魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

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外部の反応・とある執務官の場合

 ソロモンが目覚めてから数日後、管理局執務官フェイト・T・ハラオウンは自室で報告書を書いていた。しかし、その指はまったく進んでおらず、あからさまに集中しきれていなかった。そんなフェイトの様子を見ていた補佐であるシャリオ・フィリーノ――――シャーリーはコーヒーを置いた。

 

「あ、シャーリー……ありがとう」

 

「いえ、気にしないで下さい。先日の調査の報告書ですか?」

 

「うん……色々と不可解な点が多くてね。全然筆が進まないんだ」

 

「う~ん、そういう時は一度整理してみたら如何ですか?意外とスッキリするかもしれないですし」

 

「……今回の件は今までの違法研究所の調査だったんだ。そこで行われている研究内容は『プロジェクトF』の研究だった。それ自体は別に何事もなく行われたし、子供たちも無事に保護する事ができた。でも、問題はその後だった」

 

「……アグリアス帝国の方と遭遇したんですよね。しかも、出会い頭に戦闘に勃発して」

 

「うん……本国の方に問い合わせても、詳細は不明だって話だしね」

 

 アグリアス帝国――――現存している古代ベルカ時代より続いている国であり、管理局と対等な関係にある大国。管理局と戦争を起こせるだけの戦力を持ち、歴史に名高い魔王が建立した国家。さしもの管理局と言えども、早々手を出すことは出来ない相手だ。

 

「恐らくだけど、彼らは衛士隊と呼ばれている人達なんだと思う。練度はエース、或いはストライカー級だったから、間違いないと思う」

 

「確かに数で圧倒的に勝っているこっちを食い止めるどころか、押していましたけど……そんな高い地位にある人たちがあんな短慮な行動に出るでしょうか?」

 

「……分からない。でも、あの国には伝説があるから。それに関連しているのかもしれない」

 

「伝説、って……ソロモン王の遺言の話ですか?でも、あんなの与太話に近いと思いますけど」

 

 ソロモン王の伝説――――既に死したソロモン王が最後に残した遺言である自身の復活を謳った物。しかし、そんな伝説の事を、シャーリーは信じる事ができなかった。その意見に対して、フェイトも否定することは出来なかった。ソロモン王の復活を信じる事など、少なくとも二人には出来なかった。

 

「そう、だね。私もそう思うよ。でも、一度話した事があるから分かるんだけどね。あの国の人達はソロモン王の事を絶対視しているみたいなんだ。彼の言う事なら間違っている筈がない。そう信じきっているんだ。だから、完全に否定することは出来ない」

 

「でも……」

 

「それに、方法が完全にない訳じゃない。プロジェクトFを利用すれば、死者の復活をする事ができる。その人がその人のままであるとは限らないけど、それでも復活はできない訳じゃない」

 

 プロジェクトF、通称プロジェクトF.A.T.E.(フェイト)。クローニングした素体に記憶を定着させることにより、従来の技術では考えられない程の知識や行動力を最初から与える事が出来る。その目的は、元となった人物の肉体の精製と記憶を植え付ける事で精神を再現する事。

 その技術を持ってすれば、ソロモン王を復活させる事は不可能ではない。その者が本当にソロモン王であるかどうかはさておき、理論上はソロモン王を復活させられる。かつてフェイトの母であったプレシア・テスタロッサが試みた時のように。

 

「あの廃棄された研究所では実際、その研究がされていたんだと思う。しかも、あそこにいたのは恐らくジェイル・スカリエッティ。あの男であるなら、不可能とはとても言い切れない」

 

 世紀最大の科学者にして次元犯罪者。ガジェットを始めとした多くの機械を作り、管理局に対して大きな被害を与え続けてきた。しかも、ジェイルはプロジェクトFの雛型を作った人間であり、クローン体という形で犠牲者を作り続けている人間だ。フェイト自身の経緯もあり、ジェイルは捕らえておきたい犯罪者のトップに当たっている。

 

「奴を放っておく訳にはいかない。もし、奴がソロモン王を復活させるのに成功していたとしたら、その力をどんな風に操るか分かった物じゃない。それだけは絶対に防がないと……」

 

「でも、実際どうなっているか分からないんですよね?衛士隊の方々も捕縛する事すら出来ずに撤退されましたし、残されたポッドの中身もありませんでしたし」

 

「そうだね。それに、戦闘中に起こった光の柱。アレも結局何だったのか分からずじまいだし……シャーリーはアレが何だと思う?」

 

「調査結果では純粋な魔力体という事ですが……俄には信じがたい、というのが感想ですね。100Mはある距離を魔力体で撃ち抜いた、という事になるんですよ?そんなの、不可能に近いです。なのはさんだって、そんな非常識じみたことは出来ませんよ」

 

「あははは……なのはを例に出したのは聞かないでおくけど。やっぱりそうだよね。私も正直、信じがたいと思う。でも、まずはそう考えてみないと話が進まない。もし、本当に魔力体であれだけの壁を打ち抜くとしたら何が必要になってくる?」

 

「そうですね……まずははやてさん並みかそれ以上の魔力量は必要です。後はなのはさんに並ぶかそれ以上の魔力制御技術ぐらいだと思います。地下から地上を撃ち抜いていますが、その魔力は本当に一直線になるように調整されています。少しも拡散していないんですよ?これってとんでもない技術ですよ」

 

「そうだね。あの二人の長所以上の物を兼ね備えた相手か……中々厳しい相手だね」

 

「もし、その人が本当にソロモン王だったとすれば納得ですけどね。聖王様に負けることなく、今も続くような大帝国を築き上げた人なんですから。古代ベルカ時代で最も強い王というのも納得ですよね」

 

「まぁ、それだけじゃないと思うけどね」

 

 考古学者曰く、ソロモン王が古代ベルカ時代において最強の王と称えられた理由は幾つか存在する。まず一つ目が本人の卓越した実力。次に彼の使っていた武器。だが、それ以上に強力な臣下がいた事が最大の要因ではないか、と言われている。

 ソロモン王が在位中、基本的には常勝不敗。誰が相手であっても負ける事はなく、悪くても引き分けの状態だったと言う。それほどまでの圧倒的な実力を持った人材がその土地で燻っていたとは思えない。実力さえあれば、いかなる国家でも名を馳せる事ができる。それこそが、古代ベルカという時代の異質性だからだ。本来であれば男社会であったのにも関わらず、女性も名を上げる事ができたという事がどれだけ人材不足だったかを語っている。

 

 ソロモン王は本人の実力もさる事ながら、ソロモン王に仕えた十四人を上手く使った。いかなる戦場であろうと、その十四人が登用された戦場では敗北はあり得ない。ソロモン王自身より大騎士の称号を与えられ、多くの騎士を屠ってきた者たち。そんな者たちを率いていたソロモン王がどういう人物なのか、フェイトには想像できない。

 だが、少なくとも言える事は一つだけある。現代に至って、ソロモン王が復活したのなら。十四人の後継者たちは絶対に馳せ参じる。ソロモン王亡き後、それぞれの大騎士はこう言い残した。『もし、閣下が再びこの世に顕現なされたのなら、疾く馳せ参じ力となるように』と。

 

「どちらにしても、ソロモン王が相手方にいる事を計算した上で動いた方が良いだろうね。スカリエッティの事だから、実際にソロモン王でなかったとしても利用している可能性が非常に高いだろうからね」

 

「分かりました、フェイトさん。関係各所に情報伝達をしておきますね」

 

「うん。お願いね、シャーリー」

 

「はい、お任せください!」

 

 出て行ったシャーリーの後姿を見た後、フェイトは徐にパソコンを立ち上げた。そしてソロモン王の伝説を確認し始めた。フェイトも歴史的に名高いソロモン王の事は知っている。しかし、それも言ってしまえば人が当然のように知っている程度の情報しか知らないのだ。

 古代ベルカ時代における最強の王、と言われてもフェイトにはピンとこない。知人であるシグナムよりも強いのかな?程度の事しか分からないため、危険性なども分からないのだ。そういう意味では、当時を生きた生き証人であるシグナムに訊けばいいのかもしれないが、生憎あちらも仕事中なので迷惑をかける訳にはいかない。そうでなくとも、気になったのだ。

 

「ソロモン・アクィナス……今の時代も語り継がれる絶対の王様。当時小国だった国を再建し、瞬く間に強大な大国へ導いた立役者。その手に十の指輪を身に着けたその王は、衛士隊と呼ばれた十人の天剣保持者と四人の魔導騎士を従えていた。魔導騎士は何となく分かるけど……天剣って何だろう?」

 

 どこを調べても天剣というワードが出てくるが、そのワードの意味が分からない。検索しようにも引っかからない。どうにも分からないので、フェイトは書物の迷宮とも言える無限書庫に向かった。ここになければ、どこを探しても存在しないと言われるほどに書物が溢れている場所であり、そこにはフェイトの知人であるユーノ・スクライアが館長をしている。

 

「あ、テスタロッサ執務官。今回はどうかされましたか?」

 

「こんにちは。いきなりで申し訳ないんだけど、ユーノ……スクライア館長はどこにいるか分かるかな?」

 

「スクライア館長ですか?資料をお求めのようでしたらこちらで用意しておきますが……」

 

「あ、ううん。そうじゃなくて……天剣保持者って知ってる?」

 

「……いえ、すいません。私は存じ上げません。そちらがご要望の資料ですか?」

 

「知っていたらな、程度の質問だったんだ。もしかしたら、スクライア館長なら知っているかと思ったんだけど……忙しいようならまた時間を見合わせるけど」

 

「少々お待ちください。館長に問い合わせてみますね」

 

「ありがとう。よろしくね」

 

 少しすると、ユーノと連絡を取ることに成功した。ユーノの休憩のついでに昼食を取りながら話をする事になった。フェイトはユーノと合流して近くの喫茶店に入り、注文した後に天剣保持者についてユーノに訊ねるとユーノは口を抑えた。

 

「……ユーノ?もしかして、訊いたらまずかった?」

 

「いや、そうじゃないんだけど……話しても良い物か分からなくてね。天剣保持者っていうのは、ソロモン王に仕えた10人の大騎士の事……っていうのは知ってる?」

 

「うん。でも、天剣と呼ばれる者が何であるのかは調べても出てこなかったんだ」

 

「それはね、天剣と呼ばれる物が現存していないからなんだ。理由までは分からないけど、少なくともこの世には天剣は現存していない事だけは確かなんだ」

 

「なんでそれだけは分かるの?」

 

「……ソロモン王が亡くなった時、当時の天剣保持者たちがソロモン王の亡骸の前で天剣を折ったからだよ」

 

「えっ!?」

 

「昔の歴史書曰く、天剣は折れず曲がらず朽ちず欠けず滅びないと言われていた。ソロモン王という絶対の権威ある限り、天剣は祝福されている……それはつまり、ソロモン王亡き後にはただの武具に戻るという意味なんだと思う」

 

 その身に欠損を許さない武具――――それこそが天剣。ソロモン王という天に捧げられる剣。天がなくなれば、それは天剣たる資格を失う。勝利を捧げるべき絶対の王がいなくなれば、騎士が騎士たる資格を失うように。天剣の破壊はベルカ戦争という時代の終焉を意味していた。

 

「でもね、フェイト。これは裏返せば、勝利を捧げるべき相手さえいれば、天剣はその性能を発揮できるという意味でもあるんだ。事実、帝国にはまだ天剣保持者の制度が残されているしね」

 

 帝国には今も尚大騎士の家柄が残っており、その名は最強を示している。ソロモン王亡き後、天剣という最強の武具を無くしてもなお帝国が最強と呼ばれる所以である。多くの世界に携わる管理局ですら、帝国には関わろうとはしない。それは関わろうとすら思わせない絶対の軍事力を持っている証でもあった。

 

「フェイト、これは忠告だけどね。帝国の問題には関わらない方が良いよ。下手をすれば、虎の尾を踏む程度では済まなくなってしまうからね」

 

「……うん、分かった。ありがとう、ユーノ」

 

「気にしないで。寧ろこの程度しか協力できないことに申し訳なさすらあるんだから。でも、急にどうしたの?」

 

「ちょっと今関わっている案件に出てきたんだけど、どこを調べても出てこなくて。私は帝国に行ったことないんだけど、ユーノは行ったことあるの?」

 

「僕もないよ。1族の中に1人だけ行ったことがある人はいたけど……随分前の事だからね。あんまり情報としては役に立たないと思うよ」

 

「そっか……私は帝国の貿易商の人と1回だけ喋った事があるぐらいなんだ。それでも、ソロモン王に対する敬意みたいなものが凄かったんだ。どうしてか知ってる?」

 

「う~んっとね。それはあの国の宗教が関係しているんだと思うよ。あそこはソロモン王を神様として仰いでいるんだ。地球でいう所の現人神って言うのかな?ともかく、それ以外の宗教がないから、熱心な信者が多いんだと思うよ」

 

 ソロモン王を教祖、というよりは神として崇めている。それはあまりにも大きな意味を持っている。聖王教会ですら、聖王を崇めていても神様のように扱っている訳ではない。平和を齎した偉大なる王として扱っているだけで、決して神様ではない。だが、ソロモン王は現代の技術を支える魔導の王。神様として扱われるには十分な経歴を持っている。

 

「ソロモン王に扱えない魔法はない。だからこそ、信仰される対象としては最上の存在なんだと思うよ。ミッドチルダにだって魔導王に祈願する人がいない訳じゃないからね。そういう意味で、ソロモン王は多くの魔導士にとっては羨望の対象だったんだよ」

 

 力は人を見る上で大きなファクターとなり得る。それが大きければ大きい程に、人の心を魅了する。強大な力を持つ存在は、それだけ周囲を揺り動かす力を持っているからだ。フェイトとユーノの知り合いである人々がそうであるように。外見と同じように、その身に宿す強大な力は人を歪めていく。そしてその歪みが、大勢の人を巻き込む渦となる。

 

「でもね、正直な話僕は怖いと思ったよ」

 

「え?」

 

「だって、なのはもはやてもこう言うのはどうかと思うけど……真っ当な生活を送ってない。なのはは一家離散の危機に見舞われたし、はやては両親を亡くした上に闇の書の生贄になりかけた。まるで強大な力を持つためなら、それに相応しい試練を受けなければならないとでも言うかのように」

 

「それは……言い過ぎなんじゃない?」

 

「分かってるんだ。本当はただの偶然だったんじゃないかって思ってる。でも、どうしてもそう思えてしまうんだ。なのはもはやてもフェイトも……英雄となるために犠牲になる道を選ばされているような、そんな気がしてならないんだ」

 

 力を手に入れるために、より華々しく高貴な存在となるために。傷つき、もがき、抗うように戦わせている。ユーノにはどうしてもそう思えて仕方がなかった。そう思えてしまうほどに、彼女たちは傷ついている。この現実をどうにかしようともがき、抗っている。そのあり様がまるで仕組まれているかのように思えてしまうのだ。

 もし、本当にそうであったとしたら。ソロモン王という存在はどうなる?彼こそまさしく古代ベルカという時代において、戦いの権化と称すべき相手だ。そして、戦いのあるところには輝かしい経歴を持った英雄が現れる。彼らは多くの存在を巻き込みながらその力を振るっていく。運命に轢殺された亡骸を山のように積み上げながら、彼らは戦い続けるのだ。

 

「ソロモン王の伝説は僕も知ってる。彼らが最後に残した言葉も……だからこそ、僕は思うんだ。ソロモン王がこの世に蘇れば、きっと酷い事になる。伝説は伝説のまま、眠らせた方が良いんだよ」

 

「……ユーノ?」

 

 フェイトはユーノの様子がどうにもおかしいと思わざるを得なかった。元々優しい青年である事は知っていたし、賢い上に鋭いからひょっとしたらこちらの気にしている内容に気付かれるかもしれないと思っていた。しかし、それにしてはおかしい。まるで何かに怯えているかのような姿に、フェイトは眉を顰めざるを得なかった。

 

「……ごめん、フェイト。どうにも疲れているからかな?なんだか嫌な考えばかりが湧いてしまうんだ。そろそろ休暇を貰った方が良いのかもしれないね」

 

「そうだよ。ユーノは頑張り屋さんだから働きすぎなんだよ。もし、ユーノの思った通りだったとしても、私もなのはもはやても平気だよ。だって、守りたい人たちがいる。私たちの事を支えてくれる人がいる。だから、そんな事にはならないよ」

 

「そうだね。確かにフェイトの言う通りだと思う。でも、働きすぎは君には言われたくないかな?前にクロノと飲みに行った時に言ってたよ。フェイトが全然休みを取らずに働いているって。リンディさんたちも心配してるらしいし、偶には実家に帰った方が良いんじゃない?」

 

「うっ……今の仕事が落ち着いたらね」

 

「またそんな事言って。どんな仕事をしているのかは知らないけど、すごく時間がかかる奴じゃないの?適当な理由を見つけて休みを取らないと大変だよ?」

 

「それを言ったらユーノだってそうじゃないの?無限書庫って仕事が凄く多いから、全然休みを取ってないって受付の人が言ってたよ。ユーノの方がよっぽどワーカーホリックだよ」

 

「……そう思うなら、クロノから送られてくる資料請求をどうにかしてくれないかな?僕が忙しい理由の半分ぐらいはソレだから」

 

「えっと……なんかゴメンね?クロノには私からも言っておく」

 

「お願いするよ……」

 

 暗い表情をするユーノに苦笑を浮かべるしかないフェイト。先ほどまでのユーノの様子に疑問は浮かんだものの、普段のユーノらしい表情を見てからは突っ込む気にもならなかった。


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