魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

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大戦の始まり

「……これは一体どういう事なのですか?」

 

 黒のランサーは問うていた。黒と赤の陣営は一時的ではあるが、一纏まりとなっていた。この戦いが終われば、再度聖杯対戦は再開されるだろう。しかし、それでも手を取り合う事が出来た。この機会を逃すわけにはいかないし、下手な行動をとられると困るのだ。そう、例えば――――決戦を前にしての退却とか。

 

「何故、ソロモン王がいらっしゃらない?この情勢下で勝手な行動をとられては困るのですが」

 

「『最後の雷帝』カストレイア・クリュス・ダールグリュン卿。あなた個人に関して、私は畏敬の念を感じえない。だが、あなたに猊下の行動を縛る権限はない。いや、そんな物は誰にもないのだ。猊下は自らの存在がこの戦場において不要と仰られた。故に身を引かれただけの事だ。一々騒ぎ立てるな」

 

「言ってくれますね――――天剣風情が」

 

「ほぅ……それは私共に対する侮辱か?それとも歴代に対する侮辱か?」

 

「どちらでも構いません。あなた方はいつもそう。ソロモン王の意向のみを絶対とし、周りの迷惑など欠片も考えない。ソロモン王を仰ぐことしかできない木偶風情が、偉そうに宣うな」

 

 黒のランサー――――カストレイアは吐き捨てるようにそう言った。生前、ソロモン王に敗れた後も思い続けてきた事を。ソロモン王は絶対の実力を持つ王だ。それは真実で、カストレイアも否定することなく頷くだろう。かの聖王女がゆりかごをもってしても、倒せなかったのだ。ならば、その実力を疑う事はしない。

 しかし、ソロモン王が人間的に見て完璧だった訳ではない。ソロモン王は人を超越した視点をもって動いており、それ故に人の心が分からなかった。それは騎士王にも似たところがあったが、アレはそれ以上だった。それでも、天剣と女帝たちはソロモン王を仰ぎ続けたのだ。これを木偶と言わず何と言うだろうか?

 

「ランサー!何を……」

 

 それに慌てたのは、カストレイアのマスターを始めとした黒のマスター陣営。事実として、ソロモン王の援助があったからこそ小国であるにもかかわらず、連合軍相手に立ちまわれてきた。今後の作戦に関しても、彼らの援助なくして勝つ術はない。だと言うのに、堂々と喧嘩を売るのだ。それは慌てるだろう。

 

「黒のランサーの言い分は尤もだ。きつい言い方ではあるが、間違っちゃいねぇ。今は全員が総力を結集して対処するべき場面だ。だってのに、敵前逃亡たぁ……誹りを受けてもしょうがねぇわな」

 

「貴様……使い魔(サーヴァント)風情が、猊下を愚弄するか!」

 

「愚弄も何もその通りだろうよ。んで?その辺りはどうなんだい?魔王殿」

 

 赤のランサーがそう言うと、唯一空席だった席に立体映像のソロモンが現れた。その表情は実に楽し気な物であり、二人と天剣のやり取りを面白がっていたことが窺えた。ソロモンは片手をあげ、感情を荒げる騎士たちを諫めた。ソロモン王の命令に騎士たちは黙して従い、下手ないざこざが再発する事はなかった。

 

「流石はサイクリアが誇る最強の英雄の呼び声高き『魔眼の槍手』だ。俺がこの軍議を覗いているのが、分かっていたのか?」

 

「いんや?別に千里眼で見るほどじゃねぇよ。あんたはこの聖杯大戦を終わらせに来たはずだ。だったら、あの魔女を殺すための軍議を放置しておくわけねぇよな?」

 

「なるほど。確かに、それは道理だな。だが、勘違いしてもらっては困る。俺は聖杯を取る気はない。あの中に、俺の求める物はないからな。俺がこの聖杯大戦に願う物はない」

 

「だから、手を引くと?そら、身勝手ってなもんじゃねぇのか?」

 

「ランサー……いい加減にしておくことだ。それ以上、猊下を侮辱するというのなら……」

 

「言うのなら、なんだ?まさか、お前ら如きが俺に敵うなどとは思っていまいな?なぁ、ソロモン王」

 

「そうだな。今のこやつらでは、お前には勝てまい。惑星を代表するに足る力を持つ大英雄たるお前に敵うとすれば、初代の天剣たちぐらいのもんだろう。だがな……()を侮るなよ」

 

 ソロモンがそう言った瞬間、赤のランサーが肌が粟立つような感覚に襲われた。ソロモンは赤のランサーを高く評価している。しかし、それはソロモンが赤のランサーに劣っているという意味ではない。ソロモンからすれば、赤のランサーも無数にいる英雄の一人でしかないのだから。

 

「赤のランサー……惑星サイクリアにおいて神と人の間に生まれた人間よ。お前は特別なのだろう。かの猛犬に劣らぬほどに、貴様の実力は際立っているのだろう。だが、それでも俺は負けん。それが何故か……お前に分かるか?」

 

「………………」

 

「背負うものが違うからだ。所詮という訳ではないが、一人で生きるお前に背負う物などあるまい。あったとしても、微々たるものであろう。しかし、俺は国を背負っている。俺の背には俺の守るべき民がいる。故に、俺は負けんのだ」

 

「……絆こそが力ってか?魔王らしくもない言い方だな」

 

「背負う物があるものは強い、という事だ。世界から課せられた使命を放棄してでも、俺はしなければならないことがある。無駄な事にかかずらっている暇はない。俺には世界を救う義務がある」

 

 ソロモンの言葉には力が宿る。赤のランサーはようやく理解した。これが『王』だ。『惑星』ではなく、『時代』を代表する『王』。決して英雄が劣っている訳ではないのに、それの上位に立っているようにすら感じられるほどの威圧感。初めての感覚に、興奮すら覚えていた。自分がこの王と同じ時代にいたなら、その下にいたかもしれないと僅かながらでも思ってしまった。

 これこそが、ソロモンのカリスマ。人智を超越した王の放つ言葉に万民が魅了された。強大な力を持ち、その理想のために総てを捧げた王がいたとすればそれは『神』と呼ばれるようになるだろう。そして、信仰こそが人の力ならば、ソロモンに勝る者はいないだろう。

 

「……とはいえ、だ。確かに、このまま何もしないのであれば不義理が過ぎよう。故に、マスターたちの安全ぐらいは保障しよう」

 

「ほう?どうやって」

 

「こうやって、だ――――宝具展開」

 

 ソロモンの手元に一冊の本が現れ、その本から膨大な量の魔力が溢れかえる。その魔力はまさしく濁流の押し広がり、王都とそれ以外を遮るように展開されていく。

 

「我が輝きよ、不変たれ。その威光は色褪せる事無くありて、遍く総てを包み込め――――」

 

 

 

――――彼方にて輝く星の都(ログリアス・ソロモニア)

 

 

 

 ソロモンの言葉と共に、結界が完成した。その宝具が展開されたのを結界の外から見たジャンヌ・オルタは真龍に攻撃させてみた。端から破れるとは思っていないが、生半可な防御なら防御ごと食い破らんと言わんばかりの強烈な攻撃だった。

 事実、その攻撃は黒と赤両陣営のサーヴァントが宝具解放して漸く相殺できるだろうという威力だった。しかし、ソロモンは特に構えることもなくただ悠然と笑みを浮かべる。放たれた火球は結界にぶつかり、結界の外の大地を蹂躙し――――けれど、結界には傷一つつけることは叶わなかった。

 

「スゲェな。あれだけの攻撃をもってしても、傷一つつかんとは。どうする、マスター?破れかぶれで宝具解放でもしてみるか?」

 

「不要よ。どうせ、あの壁は壊そうと思っても壊せない。あの中を蹂躙したければ、正面から堂々と破ってこいという訳ね。言われるまでもない事よ、ソロモン王。我が悲願の邪魔立てなどさせはしない。行くわよ、我がサーヴァントたち。敵は目前。時には英霊らしく正面から食い破って見せなさい」

 

「英雄らしく、か……俺ららしくもない事だ。俺たちみたいな悪役(ヒール)にはな」

 

「ならば、悪役らしく盛大に散りなさい。心配せずとも、骨の一つは拾ってあげましょう。どうせ、私たちにほかに道など存在しないのだから」

 

「はっ……言ってくれるじゃねぇか。まぁ、良いさ。ならば言葉通り、せいぜい華々しく散るとしようか」

 

「――――礼は言わないわよ。悪鬼」

 

「カカカッ!いらねぇよ。あんたは信念のために戦い、俺はそんなあんたの道具として戦った。そんだけの話さ。あのバカほどじゃねぇが、あんたも損な性格をしてるよ」

 

「私は太陽の寵児ほど、周りに嫌われてないけどね」

 

「そもそも、そこまで思われるほど周囲の人間なんざいないだろうに。役割を与えられ、その役割の通りにしか生きられない……そんな生き方を不憫には思うが――――そんな生き方は嫌いじゃない」

 

 その言葉と共に斧を片手にオルタと話していた男――――バーサーカーは先頭に立った。悪役となるしかなかった少女の姿に、かつての旧友の姿を垣間見ながらも意気揚々と戦場に立つ。それぐらいしか自分に出来ることなどないと知っているがゆえに。

 バーサーカーは進みを遮るものはなく、空中を飛び回るワイバーンたちですらバーサーカーの前では道を開けた。そんなバーサーカーの先には彼と同じくマスターたる少女に仕えるサーヴァントたち。これまで狂化を受け、しかし先だってその枷を解かれた者たちだった。

 

「さぁて、最後の戦いだ。不満もあったろうが、これが最後だ。なら、精々楽しんでいこうじゃねぇか」

 

「……解せんな、バーサーカー。貴様はあの蹂躙を楽しんでいたのではないのか?」

 

「そら、言いすぎだなアーチャー。蹂躙なんて楽しんじゃいないさ……ただ、思うところはあった。それだけだ」

 

「あの女の来歴か……世界を呪うその在り方には同情するが、我はあの女は好かん」

 

「それで良い。誰もがあいつの事を好きである必要なんかないし、そんなのは気持ち悪いだけだ。俺はただあいつの扱いが俺の友と似てたから、協力しただけだしな」

 

「まったく狂戦士(バーサーカー)らしくないな、貴様は」

 

「まっ、俺の狂化スキルってEランクだしな。血を見たら戦いが楽しくなっちまう……それぐらいのもんさ。もっと酷くなれば、そりゃあ会話もできないだろうが。嬢ちゃんはそこまで望まなかったんだろうさ」

 

「あのマスターが?何の冗談だ、それは」

 

 アーチャーはバーサーカーの言葉を鼻で笑った。アーチャーからすれば、今のマスターは敵でしかない。彼女は人が懸命に生きる姿が好きだ。しかし、あのマスターはそれを嘲笑うかのように無力な人々を殺した。その所業を許しておく事などできない。

 バーサーカーにもアーチャーの言い分は分かる。信頼を得るというには、彼女はあまりにもやりすぎた。英霊の心を捻じ曲げ、力のない人々を痛めつけることで己の心の闇を晴らそうとした。己の役割を、踏みにじられた己の過去を払拭しようとした。しかし、今の彼女にそんな負の感情はない。何故なら、見てしまったからだ――――踏みにじられても、嫌悪されても尚、己の意思を貫くオリジナルの姿を。

 

「かく在れかしと定められた己。役割に縛られたあの少女は、過去を直視させられた事で悟っちまった。自分のしたかった事を……そして、自分のなすべき事をな」

 

「それがキャスターの抹殺だった、と?」

 

「さぁね……ただ、あの男がいたままだとマスターは己の道を進めないと思ったんだろ。俺も実際にそう思うしな……あれはまさしく妄念の塊だよ」

 

「確かに……それは違いない。ならば、彼女は正しく自分の因縁を断ち切ったという事かな?」

 

「そこまでは知らねぇよ。ただ、ここからなんだろうさ。あの子の復讐譚は。……まっ、やれるだけやろうじゃねぇか。どうせ、やれる事なんてたかが知れてる。華々しく戦って散る。それだけで良い。細かい事は一々考えないようにしようぜ」

 

「単純明快と……戦士らしい考え方ですね」

 

「考えるのは王様の仕事で、俺たちの仕事は王様の考えた作戦を実行するだけ。そういう風に生きてたし、死んだってその生き方は変えられんさ。なんせ、馬鹿だからな俺は」

 

「自信満々に言う事ではないですね……」

 

 笑うバーサーカーに対して、アサシンはそんな姿に呆れかえるしかなかった。いっそ、さっぱりとしたその姿は英雄らしく、それ故に世界を滅ぼす陣営に協力していることが信じられなくなるほどだった。その疑問に対して、彼はきっとこう答えるのだろう――――仁義だと。

 

「嬢ちゃんは覚悟を示した。なら、戦士として俺はその覚悟に応える義務がある。白痴ではなく、一個の人間として進むってんなら応えない訳にはいくまいよ。それに俺は好きなんだよ。どんだけ人に否定されようが、一つの生き方を貫こうとする奴がな」

 

 そう告げたバーサーカーは傍に停まっていた自らの乗騎であるワイバーンに乗った。主が乗り込んだのを確認したワイバーンは一際強い咆哮を挙げながら飛び立った。そして、己が持つ戦斧を掲げ天に向かって咆えた。

 

「この一戦こそ、この世界の命運を決める大舞台!死に物狂いで参れ!貴様ら(英雄)の討つべき()はここにいるぞ!」

 

 バーサーカーの言葉に励起されるように、戦斧が風を纏う。その風に集まるかのように雲が集い、集った雲はいつの間にか雨を降らし、風が吹き荒れ、雷が降り注ぐ。しかし、本来当たって然るべきワイバーンたちには一筋たりともぶつからず、ソロモンの張った結界にのみ雷がぶつかり続けている。

 

「我が雷と風を恐れぬ兵どもよ!我が首を取って見よ!さすれば、この星の――――否、世界の命運を預けるに足ると認めよう!されど、この俺の屍を踏む事すら叶わぬ者にその大望を叶える事など不可能と知るが良い!」

 

 その啖呵を聞き、奮えぬ者は英雄などではなくただの臆病者だ。そう、誰しもが思ってしまう程にはバーサーカーの啖呵は晴れ晴れとしていた。それは天剣と女帝たちも例外ではなく、自分(ソロモン)のためではなく英雄としての血が彼らを突き動かそうとしている姿を見てソロモンは笑みを浮かべる。

 

「素晴らしい。さぁ、どうする?宣戦はなされたぞ。英雄(お前たち)の勇姿を俺に見せてくれ。なに、心配するな――――俺はいつだってお前たちの背中を見ている」

 

 ソロモンが見ている。世界の総てを支配するにたる最後の王が、この一戦を見ている。これに奮い立たぬ騎士など存在しない。ソロモンのことが好きではないカストレイアとて、その例外ではない。それほどまでに影響力を与える存在だからこそ、彼は世界の総てを支配することの出来る器だからこそ、世界で最も偉大な魔導士の名を冠するのだ。

 

「さぁ、戦に挑め。この世界の命運はその肩に掛かっている。その命の赴くままに――――己が武威を揮え」

 

 その言葉と共に、大戦を終わらせる戦いは幕を挙げた。


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