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「……以上が事の顛末となります」
「なるほど。こちらはサーヴァントを一騎失い、多数の大騎士は向こうの手に落ちたか。中々の被害と言えるんじゃないか?」
「そ、ソロモン殿。大変申し訳ありません。態々手助けして下さっているというのに、そちらの戦力をみすみすあちら側に……」
ソロモンたちは自国との繋がりがあったマイルス王国側に着いていた。夜が明け、アンタレスから報告を受けソロモンは楽しそうに、国王であるクルス・アゼウス・ノルド・マイルスは冷や汗を流しながらソロモンに頭を下げた。しかし、ソロモンはそれを不要と語った。
ソロモンにとって必要なのは、いかなる事態であろうとも打破する屈強な戦士だ。たとえ、サーヴァントが相手であろうとも不意打ちの一撃でやられる程度の騎士に用はない。この戦いはソロモンにとって、ただ勝てばいいだけの話ではない。ソロモンとしては彼らにはこの『試練』の中で成長してもらいたいのだ。そこに、軟弱な騎士は要らない。
「古代ベルカの掟に従えば、力こそが絶対。破れた段階で連中に価値などないのですよ。だから、そこまでかしこまらずとも良いのです。こちらとしてはアサシンを落とした事の方が問題だ。元より、アサシンは戦闘ではなく情報収集や奇襲に優れたサーヴァント。それが落ちたのは中々の痛手だ。申し訳ない」
「い、いえ!確かにアサシンの脱落は痛手です。これで、大聖杯にまた一つ力が入ってしまった。それは由々しき事態ではあります。しかし、力をお借りしている立場で偉そうな事は言えません」
「実直な人間だ、あなたは。俺としては好みだが、素直すぎるのは問題だ。少しは直していくように。……それで、管理局側のサーヴァントは分かっているか?」
「はっ。従来の六体に加え、バーサーカーの代わりにアヴェンジャーが入っているようです。アサシンを殺したのはアヴェンジャー、私の狙撃を迎撃したのはアーチャーのようです」
「なるほど。遠距離から霊核だけを分断する英霊……間違いなく未来の英雄だろう。少なくとも、俺が把握している限りそんな輩は見た事がない。それに狙撃だけならばヘラクレスの真似事ができるアンタレスの狙撃を迎撃してのけるアーチャー……中々に優秀なサーヴァントを引き当てたようだな」
「ソロモン王、少々不謹慎なのでは?彼らがこちらの味方になるとは限らない以上、警戒するに越した事はないのでは?」
「ランサー!ソロモン殿を相手に何を……!」
「構わんよ。それに、ランサーの――――雷帝殿の言う事は実に正しい。この国にとって、優秀なサーヴァントは障害にしかなり得ない。それは確かだろう。しかし……特異世界はここで終わる訳ではないからな」
「だからと言って、歓迎するような口ぶりは止めていただきたい。援軍であるあなたにそのような事を言われては、士気に関わります」
「ハッハッハッ。まぁ、そう怒るな。軍師としてはそうでも、英雄としては強敵の出現は嬉しいものだろう?」
「それは……確かに否定しきれません。しかし、私には私が楽しむ以前に、マスターを勝利させる義務がある。そんな悠長なことは言っていられません」
「雷帝殿らしい事だな。だが、俺はあなたに命令される筋合いはない。俺を従えたければ、古代ベルカの掟に従った行動をするが良い」
「……サーヴァントに勝てるおつもりで?」
「逆に問うが、負けると思っているのか?俺があなたを転がし続けたのは、はて一体何時の事だったかな?」
ランサーとソロモンの戦意がぶつかり合う。ただし、ランサーの苦々しい表情とは異なり、ソロモンは実に楽しげな表情だった。端から、互いに立っている領域が異なるのだ。ランサーがサーヴァントとしてどれだけ優秀であったとしても、それはソロモンに勝てる理由にはなり得ない。
確かに、サーヴァントは人より高次領域にある精霊の一種だ。その力は現代を生きる人間では届き得ない程、高い領域にある。人間とサーヴァントでは端から戦いにならないのが道理なのだ。しかし、その枠組みに嵌まらない存在がいる。それは――――神代の人間だ。
まだ神が世界に関わっていた時代。人と神が交じり合う事が、珍しくはあったがあり得ない話ではなかった時代。その時代に生きた英雄がサーヴァントとなれば、彼らの力は生前の物とは段違いで低くなる。それは彼らが精霊のいる位階よりも高次領域に存在しているからだ。だからこそ、劣化は免れない。英霊という代わりの器では、彼らの全霊を発揮するには貧弱なのだ。
古代ベルカは選抜者に認定された『最後の神代』。神は既にその地を離れ、精霊たちも刻一刻と世界を去っていった神代という時代の最後の残り香。ソロモンはその時代において最強と呼ばれた存在。サーヴァントに堕ちた雷帝との間にあった差は既に測れる物ではなくなっているのだ。
「いい加減にしろ、ランサー!我々に力を貸してくださっているソロモン殿に対し、何たる無礼だ!たとえ、我が身を案じての物であれど、それ以上は侮辱であると知れ!」
「……申し訳ありません、マスター」
「……殿下、この後はいかようにいたしましょう?」
「そうだな……アンタレスはこのまま残れ。戦場にこれ以上、天剣を導入するつもりはない。俺たちは援軍以上の存在であってはならない。この国には、既に旗頭たる聖女殿がいるのだしな」
そう言いながらソロモンは立ち上がり、最前線がある戦場の方に視線を向けた。今尚、冷める事のない戦場の熱を今この瞬間も最も浴びているであろう存在。ソロモンたちがこの国を訪れるまで、サーヴァントたちを相手にしてもこの国が持っていた最大の理由。
「素晴らしい事だ。あれほどの逸材をこの時代に見る事になるとは、やはり俺の選択は……」
「殿下?」
「ふっ……いいや、気にするな。ただの独り言故な。さぁ、次なる一手はどうなるか?サーヴァントに頼っているようでは、どうにもならないが」
ソロモンがそこまで呟いた瞬間、視線を動かした。ソロモンの行動に追随するように、ランサーも同じ方向に視線を向けた。今、膨大な魔力流が溢れ出してきた。その行動の意味を、この場にいる者たちはよく理解していた。
「
「なにっ!?しかし、規定量にはまだ……」
「規定量に達さずとも、聖杯自体は使える。何者かの独断による物だろうが……えらい物を引っ張ってきたな」
ソロモンの視線の先には先程まで雲一つなかった青空が広がっていた。しかし、今やその面影すら窺えない程の曇天が広がり、中心とも言える箇所から異音が響いた。
「……世界の裏側から態々舞い戻ってきたのか。ご苦労というか何と言うか……」
「……幻想種」
二人のその言葉と共に、空間が砕けた。そこから黒い鱗に赤い瞳の巨大な竜と竜に追随するワイバーンの群れが確認された。それを見た瞬間、アゼウスは部屋を飛び出し部下への指示を出しに向かった。ランサーはそれに追随し、ソロモンとアンタレスは黙って竜の群れを眺めていた。
「さて、どう出るかな?人理を生きる者たちからすれば、初の幻想種との遭遇……どう抗うか、実に楽しみだ」
「御身の威光に比べれば、比べる必要もない矮小の存在かと。私どもが討伐してきても構いませんが」
「必要あるまい。我々は彼らの戦いに深入りしてはならない。あくまでも、この特異世界での戦いは彼らが主役でなくてはならない。我々がこの世界の未来を決定づけてはならない。その事を忘れるな」
「かしこまりました。総て、御身の思うが儘に」
その言葉を最後に、アンタレスは口を噤んだ。そんなアンタレスを一瞥したソロモンは『ノア』へと戻っていった。アンタレスはソロモンに同行し、これ以降はアルフォッグに戻ってくることはなかった。この段階から既にソロモンは悟っていたのだろう。この世界での自分の役割は終わっていると。
前線では突然現れた幻想種に混乱していた。それは連合国も小国も問わずであり、誰もかれもがどうすれば良いのか分からず、まったく身動きが取れなくなっていた。しかし、小国側には希望が存在していた。一人の少女が旗をかざし、全員の視線がその少女に集中した。
「皆さん、慌ててはなりません!ジル、指揮をお願いします!」
「分かりました、ジャンヌ!全員、小隊ごとに固まっての行動を心掛けよ!巨大龍の相手はサーヴァントに任せ、我々はワイバーンの相手に専念しろ!巨大龍との接触は避け、すぐに退避せよ!」
『はっ!』
「恐れるな!我らには主と聖女の加護がある!あのような蜥蜴モドキに負ける筈がない!」
『応!』
旗の聖女ジャンヌ・ダルクと彼女を支えた軍師ジル・ド・レェ。二人の存在にマイルス王国側は瞬く間に体勢を立て直し、対処するために動き始めた。その姿を見ている集団は二つ存在した。片方は聖女たちと陣営を同じくする天剣たち。もう片方は大空を飛ぶドラゴンの頭の上から見下ろしていた。
「……あれが、もう一人の私?」
「えぇ、アヴェンジャー。あれこそが本来のあなたであり、正道と呼ぶべき存在。まさしく人々の希望となるために生まれ出でた聖女です」
「そう。キャスター、それで私はどうするの?」
「――――あなたのご随意のままに。あなたは今一度、この世界を謳歌する資格を得た存在。あなたがどのような決断をしようとも、それは誰に責められる物でもない。ならば、あなたは好きに行動すれば良い。あなたを縛る存在はどこにもいないのだから」
「……意外ね。あなたは復讐しろ、とは言わないのね。あなたの意志で私を生み出しておきながら」
「そうですとも。無論、私個人としてはあなたに復讐して貰いたいと思っています。しかし、あなたを生み出して理解しました。それは私個人の願いであって、あなた自身には関係のない事なのだと」
「身勝手だこと。それは無責任というのではなくて?」
「そうかもしれません。けれど、アヴェンジャー。いえ、ジャンヌ・ダルク・オルタよ。人とは元来身勝手な物です。そこを責めても何も始まりませんぞ?」
「……そう。なら、私は――――」
『アヴェンジャー』――――ジャンヌ・ダルク・オルタはドラゴンから飛び降りた。全身に黒い炎を纏わせながら、戦場に降り立つ。着陸する寸前、ジェット機の噴射装置のように炎を噴射させる。片手に聖女と似て非なる旗を持ち、もう片手で腰にある剣を引き抜いた。
「――――憎みましょう、この戦場に立つ総ての者を。恨みましょう、この世界に生きる者を。そして、呪いましょう、本来の私を。
さぁ、喝采せよ!我が真名はジャンヌ・ダルク!この世界とそこに生きる総てを憎み恨む
ジャンヌ・ダルク・オルタが引き抜いた剣を地面に刺し、引き抜くと間欠泉のように黒い炎が広がっていく。人を憎み、世界を恨み、自分自身を呪う復讐者の焔が広がっていく。その焔を浴びた者たちは絶叫する。この世にある負の概念を背負った焔は触れた者皆総てを呪い殺す。
その姿を見ているキャスターは徐々に広がっていく黒い炎、そしてその焔を真っ先に浴びながらも苦悶の声一つ漏らさずに立つアヴェンジャーの姿に美しさを感じた。彼女もまた聖女であると感じていた。その気高さ、完成された精神性は感嘆の一言しかない。
「さぁ、世界はどう動くかな?あの御方の望んだ通り、滅びの一途を辿るのか?それとも……」
キャスターはその姿を見下ろしながら、とある方向に視線を向けた。そこには得体の知れない黒い炎を見て、それでも決して怖れる事はなく立ち向かう聖女の姿があった。その姿はまさしくキャスターがかつて抱いていた聖女の姿そのものだった。しかし、だからこそ――――
「あなたは認められないのだ、聖女よ。あなただけは、決して容認することは出来ない」
キャスターのその言葉と共に多数のワイバーンたちが聖女に向けて放たれた。聖女と軍師もそれに気付き、対処に移る。魔法が、砲弾が、ワイバーンに向かって放たれる。しかし、ワイバーンたちとて腐っても幻想種。高々その程度の攻撃で死ぬほど柔ではない。
ワイバーンの牙が聖女たちに届きそうになった瞬間、ワイバーンたちの首が残らず刎ね飛ばされた。そこにあったのは魔導王率いる天剣保持者。時代に選ばれた王に認められた現代の英雄たち。その言葉に嘘偽りなく、威風堂々とした姿は戦場を席巻した。
「……なるほど。ワイバーンたちでは役不足という事なのね?なら、それに相応しい役者を呼ぶとしましょう」
アヴェンジャーの言葉と共に、彼女の足元に巨大な魔法陣が現れた。七つの魔法陣が現れ、彼女の手元に現れた杯からそれぞれの陣に膨大な魔力が注ぎ込まれていく。それが何であるのか、天剣たちが理解した瞬間にはもはや術式は完成していた。
「さぁ、来なさい。抑止の輪に集い、されど悪の道より集い来たる者ども。我が怨讐に華を添えよ」
その言葉と共に魔法陣が最終段階に達する。そして、それを妨げようと天剣保持者が攻撃しようとした瞬間、その攻撃を阻むように黒い剣が現れる。その剣の先には黒いドレス衣装を身に纏う女が立っていた。そして攻撃を跳ね返し、飛来したワイバーンにそれぞれのサーヴァントが乗り込んだ。
これ以後、戦場は連合国対マイルス王国対幻想種というこれ以上ない程の混沌具合を呈する事となったのだった。