魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

11 / 27
指輪回収・5

 アミタとアルトリアが言い合いをする寸前、即ちアルトリアがソーンの防御障壁を貫通した瞬間のこと。ソーンは一層目を破られた段階でこの攻撃は防ぎきれないと判断した。アミタを投げ飛ばした後、自分の手で(・・・・・)左腕を切り落とし(・・・・・・・・)それを媒介に幻覚を作り上げた。

 しかし、さしものソーンでもあの短時間で完全に回避することは難しく、クレーターができた衝撃によって地面に叩きつけられていた。アルトリアが自分の左腕を食べ始めた瞬間には引いていたが、無視してディアーチェたちに念話をした。

 

『ディアーチェ、シュテル、レヴィ。聞こえているか?』

 

『ソロモン様!ご無事ですか!?』

 

『ああ。左腕はもがれたが……まぁ、仕方あるまい。アレだけの攻撃だ。左腕一本で何とかなったのだから御の字、というぐらいだろう』

 

『ソロモン様、今すぐに向かいます。座標を教えてください』

 

『分かった。座標をデバイスに送るから、オプティックハイドで身を隠しながら来い』

 

『了解しました』

 

 三人が来るまでの間に極小の結界を張り、傷口を焼いた。呻き声を噛み殺し、ソーンは一息ついた。それと同時に三人が現れ、ボロボロの状態のソーンに息を呑み同時にアルトリアへの怒りを露わにした。しかし、苦悶の声を漏らしたソーンにその怒りは霧散した。

 

「陛下、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。左腕はもがれたが、回復……いや、修復魔法で戻せば済む話だ。しかし、腕を戻してあの場に戻ったところで事態は決して好転はしないだろう。この肉体の脆弱性がある限り、あいつに勝つのは難しいだろうな」

 

「そんな、陛下があのような輩に負けるなど!」

 

「……事実、現状使用できる最強の守りを破られただろう。口惜しい話ではあるが、俺があいつに後れを取っている事に間違いはない。俺が存在する器としては及第点でも、俺が力を揮う器としては未だ及第点には程遠い、という事か……ふんっ!」

 

 左肩からおぞましい音を立てながら、左腕が再生していく。完全に元に戻るまで、ソーンは歯を食いしばり痛みに耐えた。先ほどの傷を焼くよりもきつい痛みがソーンの身体を迸り、ソーンはそれに何とか耐えきった。何とか左腕は戻ったが、ソーンの体力は一気に削り取られていた。

 

「はぁ……はぁ……さて、この戦局をどう覆すか。神器を持たないお前たちは聖鎗を持つ奴には届くまい。俺もまた脆弱な肉体のままではあいつに勝てない。手がない訳ではないが……それには時間が必要だ。その時間を稼ぐ方法が必要だ。お前たちに考えはあるか?」

 

「……陛下。恐れながら、私に一つ案がございます」

 

「ほう……?陳べよ、シュテル。お前の案、一つ訊いてみようじゃないか」

 

「はっ……私の案は――――」

 

 シュテルの案を聞いたディアーチェはお前は正気かとシュテルを疑った。レヴィは自分がどれだけ気に入らずとも、そんな案を言わなくてはならなかったシュテルを案じた。ソーンはシュテルの案を聞き――――笑っていた。その作戦のいかれ具合を面白いと感じたからだ。

 

「シュテル、本気か?貴様は本気でそのような策を陛下にさせようと言うのか?」

 

「……現状、これ以外の策はございません。援軍は望めず、望めたとしても相手があの騎士王であるのならば、いかなる存在が現れたとしても無為に近い。しかし、この作戦であれば今だけに限らず今後とも陛下にとってプラスとなるでしょう」

 

「シュテルン……」

 

「陛下、どうなさいますか?決められるのは陛下の役割でございます」

 

「……良い。その作戦に乗ろう。確かにお前の言う通り、その作戦であれば今後の俺にとってもプラスとなるだろう。そうでもしなければ奴に届かないという事も理解している。ならば、するだけだろう」

 

「ありがたき幸せにございます、ソロモン様」

 

「ソーンだ」

 

「は……?」

 

「俺の名前はソーン。ソーン・アレクシスだ。この戦いが終われば、俺の事はそう呼べ。愛しき我が配下たち……否、紫天の守護者たちよ」

 

「は、はいっ!ソロモン様!」

 

 真名を預けられた。それは彼女たちにとって、最も大きな事柄だった。その言葉に籠められた信頼という衝撃が彼女らの心と体を打ち震えさせる。この世で数少ないソロモン王の真名を預けられた。彼に焦がれた彼女らにとって、それはこの世で最も至上の名誉であり幸福だった。

 

「さぁ、行くぞ。我が最強の魔導騎士たち。世界を救うとしようじゃないか」

 

『我ら女帝の名に懸けて、御身に勝利を!』

 

 そして再びソーンはアルトリアの前に立ちはだかった。何故か涙を流しているアルトリアに首を傾げたが、些細なことかと切り捨てた。アルトリアはソーンが生きている事が信じられないのか、呆然としていた。

 

「おいおい、どうしたアルトリア?この短時間でどうやったらそんなに腑抜けるんだ?敵を前にして地面に座り込んだままだなんてお前らしくもない」

 

「ソーン……?本当にあなたなのですか?」

 

「もちろんだとも。さっきまで戦っていたのが実は偽物だったなんて話はないし、ここにいるのが偽物だなんて話もない。お前と戦い始めた時から、いやこの世界に来た時から俺は俺だ。ソロモン・アクィナスと呼ばれた魔王様だよ。そんなに気になるのなら触ってみるか?うん?」

 

 ソーンは適当に言ったつもりだった。殺した筈の相手が生きているからそんな態度を取るのだと、そんな風に勝手に納得していた。真実がそうではないと知らない彼は、アルトリアを煽っていた。アルトリアはよろよろと立ち上がると、ソロモンに近付き――――抱きしめた。流石にそこまで行くとソーンもアルトリアがおかしい事に気が付いた。

 

「……アルトリア?」

 

「……あぁ、本当だ。あなたは今、生きているのですね」

 

 ソーンの肉体の熱を感じる。心臓から響く鼓動の音が聞こえる。ソーンは今、確かにここにいるのだという事を実感する事ができる。その事実に、アルトリアは再び涙をこぼした。そんな彼女を知る者であれば予想する事すら出来ない事態に、ソーンはため息を吐いた。

 

「……アルトリア。お前、一体どういうつもりだ?俺はお前の主の敵だぞ。敵に無防備に抱きつくなど、正気か?」

 

「ソーン……ソーン。あなたは生きているのですね。だったら――――」

 

「ふ、ざけるなぁっ!」

 

 魔力が球体状となりアルトリアを吹き飛ばした。その表情は怒りに満ちていた。アルトリアのその無様さに失望の表情すら宿っていた。この短時間で一体何があったのか、ソーンには分からない。けれど、きっと彼女の根本を揺るがせるほどの何かがあったのだろう。それは理解した。けれど、それでも、ソーンにとっては許せない事がたった一つだけあった。

 

「お前は、なんて顔をしているんだ。この世に絶望したのか?お前自身に失望したのか?何が今のお前を支配しているのかは知らない。それでも、その先にお前を進ませる事だけは許さない。絶対にだ!」

 

 アルトリアの瞳から光が消えていたのだ。その瞳をソーンは知っている。その瞳は、かつてアルトリアが女神の坐位に至った時の瞳だ。人間としての総てを消して、超常の存在へと至ろうとした馬鹿な女の姿だ。それは、それだけは、決して認める訳にはいかなかった。同じ選定者に選ばれた王として、何より同じく人々を愛していた一人の人間として、そんな存在に成り果てることを認める訳にはいかなかった。

 アルトリアがかつて女神となった時もそうだった。何にそこまで絶望していたのかは分からない。けれど、結果として何かに絶望しきったアルトリアは女神となった。その在り様を認められなかった。人として王となる事を決意したソーンからすれば、アルトリアの選択は到底認められない物だった。女神という超常の存在へと逃げるという選択がソーンにとってはとても許せる物ではなかった。

 

「お前だって人間だ。辛い事や苦しい事があるしあったんだろう。でもな、人間(俺たち)はそこから逃げちゃいけないんだよ。どれだけ逃げたくても、どれだけ辛くても。俺たちはそこから目を逸らしちゃいけないんだ。それが俺たちの役目なんだ。人を救い導く事を選んだ俺たちの役目なんだ」

 

 人の在り方から、目を逸らしてはいけない。それがどれだけ辛い事であっても、それがどれだけ醜い物であっても。だからこそ、逃げてはいけない。人として彼らの在り様を見つめなければならない。決して、超常の存在へと成り果てて良い筈がないのだ。

 

「その眼……俺が最も気に入らない眼だ。その、人を羽虫か何かを見るかのように見るその眼が、俺は大嫌いだ。俺に言いたい事があるのなら……伝えたい事があるのなら……自分の言葉を吐いてみろ!女神としての言葉ではなく、人としての言葉を、俺に言ってみろっ!」

 

「私、は……」

 

「それとも、お前はその程度の事も出来ない軟弱者か!?俺が、この俺が認め真名を預けたアルトリア・ペンドラゴンという女はその程度だったとでも言うつもりか?ふざけるのも大概にしろ!」

 

「ソーン……私はあなたを、あなたの事を……いえ、今言っても詮無い事。話は総ての戦いが終わった後にするとしましょう。あなた以外の総てを打ち倒し、その後にあなたを縛り付けて話し合うとしましょう」

 

 アルトリアは再びドゥン・スタリオンに乗り込み、圧倒的な存在である嵐の王としての威光を見せつける。その絶対性は決して揺らぐことなくその場にある。女神としてではなく、人としてあるために――――この瞬間から彼女は完全に嵐の王となったのだった。

 その事に、ソーンは安堵すらしていた。相手が強力な存在になった事はソーンにとってはどうでも良い事だ。それよりも自分にとっては譲れない境界線が破られなかった事の方が重要だ。彼にとって、人であるという事は絶対に守らなければならない境界線だ。自分の認めた相手が強くなる事よりも、化け物と成り果てる事の方がソーンにとっては許しがたい事だった。その代償に相手が強くなる程度、ソーンにとってはどうという事はない。

 

「さぁ、行くぞ。お前らは俺が認めた勇士だ。強くなったとはいえ、今の奴程度ならば勝てない相手ではない。違うか!?」

 

『いいえ、ソロモン様の言う通りにございます。我らの力が合わされば』

 

『あんな奴、敵じゃないね!』

 

『我ら三騎士の名の下に、陛下に勝利を齎しましょう』

 

 ソーンの足元にベルカ式の魔法陣が現れ、ソーン本来の魔力光を意味する白を中心に各角を赤と青と紫が均等に混ざり合っている。その従来であればあり得ない魔法陣の色をあえて説明するならば――――

 

「……なるほど。今の三女帝はプログラム体……理論上はユニゾンデバイスと同じ事ができる。それを利用したユニゾンによって肉体の脆弱性を埋めた、という訳か」

 

「無論、それもある。だが、それだけではない」

 

 ソーンの言葉と共に、肉体が砕ける音が響いた。左腕と右腕の骨が砕けながら魔法の術式によって肉体が再構築されていく。肉体が砕ける度に魔法陣が現れ、肉体を修復していった。何度も何度も何度も何度も。肉体は砕け、その度に魔法によって修復されていく。

 ソーンの周りに血だまりができ、最終的にソーンの全身は血まみれになっていた。それはまるで古き血を出し、新生する事で新たな肉体を得る不死鳥のようだった。音が響かなくなった頃には文字通り肉体総ての血と肉を入れ替えたのではないか、と思いたくなるほどの血が辺り一帯に流れていた。

 

「……ふぅ。やっと終わったか。痛覚をカットしておいて正解だったな。こんなの流石に平常心で耐えるのは不可能だったろうからな」

 

「あなたは……何という無茶をするのか。自らの肉体を砕き、それを再生する過程で魔力を流し込み、それによって魔力に対する異常なまでの耐性と耐久力を得たのか」

 

「よく分かったな。しかし、これでもまだ本来の半分程度、或いはそれ以下の出力が限界だろう。後は成長の過程でどうにかするしかないだろうな。だが……今はそれだけあれば十分だろう」

 

 肉体の状態を確認しながらそう言ったソーンは次の瞬間、先程とは比べ物にならない魔力を吐き出した。それと同時に空間が軋みを挙げ始める。空間を圧迫するほどの魔力に、ソロモンの肉体は傷つく事なく平然としていた。それを確認すると、ソロモンは微笑を浮かべた。

 

「先ほども言ったが……さぁ、第三ラウンドを始めるぞ!アルトリア!」

 

「来い、ソーン!」

 

 ソーンが踏み出した瞬間、ソーンの肉体が雷光に包まれた。次に足を踏み込んだ瞬間、アルトリアの圏内よりも内側に踏み込んだ。とある世界に伝わる縮地と呼ばれる技術を使ったかのように見えたソレは、何のことはない。ただ雷速によって生まれた距離を、その速度によって人の反応速度を超えて近付いただけだ。

 

「弾けろ、焰鎗」

 

 空気中に生まれた焔の鎗が生まれ、アルトリアの顔面に向かう。その総てを風の魔力放出によって迎撃され、しかし次の瞬間にはその場から空中に場所を移していた。ソーンが本来得意とする魔法砲台とはまた一風違った戦い方。けれど、なにも違和感なく戦えていた。

 天然の嵐のように何処から攻撃してくるのか分からない。何もないはずの場所に魔法陣が現れ、アルトリアを襲っていく。それによって、アルトリアは動く事ができなくなった。下手に動けば、何が待っているのか分からないからだ。それはアルトリアとしても上手いと言える手だった。

 

 しかし、鬱陶しく感じたのかアルトリアは聖鎗に風を纏わせ、一気に突き出した。それによって槍の形をした暴風がソーンに向かって突き進んできた。それを躱すことは不可能ではなかったが、ソーンはその攻撃に対して迎撃する道を選んだ。

 

「お前の得物を借りるぞ、ディアーチェ」

 

『ご存分に。我が力、総ては御身に捧げし物にございますれば』

 

「咆えたてよ、復讐の焔。その業火を持って、万象総てを焼き払え――――咆えたてよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

 ディアーチェの鎗でその一撃を受け止め、その魔力をも利用して紫色の焔を生み出した。焔を纏った槍を揮い、アルトリアに反撃した。ソーンは『敵の攻撃を受け止め、それを増幅して返す』という宝具の再現をこの短時間で成し遂げたのだ。今のソーンにとって、闇と焔と雷にまつわる宝具の再現など造作もない事だった。

 ソロモン王の叡智はこと魔術や魔法に限れば総てを知り尽くしている。単純な魔力体による反撃など、この王にとっては何の意味もない。それどころか、自分が痛い目を見るだけという悲惨な未来すら待っている。その事を、アルトリアは忘れていた。

 

「くっ、おおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 まとわりつく復讐のために生み出された焔を吹き飛ばし、アルトリアは息を切らす。ソーンは刻一刻と本来の実力へと回帰しつつある。これ以上時間をかければ、間違いなく手が付けられなくなる事は間違いないだろう。その前に決着をつける必要がある。そう決断したアルトリアは再び聖鎗に魔力を注ぎ込み始めた。聖鎗の真名解放にて総てを吹き飛ばすと決めたのだ。

 アルトリアの決意を察したのか、ソーンはアミタの傍に降り立った。そして彼女に手を差し伸べた。アミタは困惑しながらも、ソーンの手を取った。それを確認したソーンは確かに笑みを浮かべた。

 

「アミタ、相手は最後の賭けに出る事を選択したらしい。この進路方向には研究所があるから迎撃をしなくてはならない。だから……祈ってくれ。俺が勝つ事を、そして俺たちがこの世界を救える事を」

 

「どうして、それを私に……私が弱いからですか?」

 

 アミタには不思議でならなかった。ことこの戦場において、アミタは何の役にも立っていない。それなのに、どうしてそんな事を言うのか、アミタには分からなかった。邪魔だから引っ込んでいろという意味だろうか?思わずそう思ってしまうほどに、アミタは自分の弱さが嫌になっていた。しかし、それに対してソーンは笑いながらその質問に答えた。

 

「何を言ってるんだ。――――英雄の勝利には、いつだって乙女の祈りが付き物だから、さ!」

 

 ソーンは強く足を踏み込み、魔法陣を高速で稼働させる。目の前に先の戦いで宝具と衝突した際と同じ集束砲が現れる。しかし、先程とは籠められた魔力とそして周囲に散らばった残留魔力の回収速度、そしてそれを高速で動かす事でより威力を上昇させる工程の速度が桁違いに速かった。

 優にSランクを超える魔導士であるディアーチェらと、そもそもランクという括りでは縛れない領域にいる魔導士たるソロモン。その演算能力を持ってすれば、不可能はない。大規模に集束された魔力砲が眼の前に現れた。その威力は最早自然災害の域に至っていた。

 

「突き立て!喰らえ!十三の牙!――――『世界の最果てにて輝く鎗(ロンゴミニアド)』!」

 

「吹きすさべ、滅びの星光よ。世界の最果てを汝の星光を持って、我が障害の一切を汝の滅びによって満たし尽くせ――――『神々の怒りは此処にあり(オルカシア・ネプトゥヌス)』!」

 

 紫色(ししょく)の竜巻と四色(ししょく)の星光がぶつかり、その場を破壊の輝きによって満たすのだった。破壊の光に満ち、その場にいた全員が光に呑み込まれた。




なんか毎日投稿時間が後ろにずれていく……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。