魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

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未だ来たらぬ魔王

 魔王。

 

 その言葉を聞いた者は一体どんな人物を想像するだろうか?

 RPGゲームに登場するようなラスボス?それとも戦火をばら撒き続ける悪鬼?はたまた永遠に戦い続ける修羅だろうか?どれを選ぶにせよ、一つの共通点が存在する。それは魔王と呼ばれる存在は絶対に圧倒的なまでの力を持っている、という事である。誰も寄せ付けないほどの強大な力。それこそが魔王を魔王たらしめる物だ。

 

 この世に地獄を齎す存在。とある魔王はそう称された。周りにある国に戦争を仕掛け続け、そしてその戦いの総てを勝利で終わらせる。そんな奇跡とでも呼ぶべき所業により、瞬く間にほんの小国だった国は大国へと成長していった。

 

「……陛下、よろしいでしょうか?」

 

「……入れ」

 

 玉座の間。そこには髪も瞳も総てが真っ黒ながらも、身に纏っている豪奢な服はピタリと似合っている青年――――魔王がいた。まるで総てに飽いているかのような輝きを放ちながら、玉座の間に入ってきた者を見る。

 現れたのは茶色の髪に翡翠の瞳を持つ少女。静々と玉座の間を進み、魔王の前に着くと片膝を付いて頭を垂れた。魔王の側近の一人であるこの少女は誰よりも深く彼に忠誠を誓っていた。その様子がありありと伝わってくる光景だった。

 

「失礼いたします。ご休憩の最中、申し訳ございません」

 

「……構わん。貴様が報告すべきと思った事だ。ならば、それを聞くのが俺の役目だ」

 

「ありがたき幸せでございます。……聖王家の件を報告に参りました。やはり聖王家は『ゆりかご』を動かすつもりであるようです」

 

「……そうか。搭乗者は誰が……と訊くだけ野暮か。聖王女の奴だろう?」

 

「……はい。殿下のお気に入りであらせられるオリヴィエ・ゼーゲブレヒト嬢です。どうも、『ゆりかご』との適合係数が並外れているようでして……」

 

「適合係数などまやかしよ。あの王家と貴族共は散々虐げてきた相手が有名になるのが不快なだけだ。どいつもこいつも王の器とはとてもではないが言えん。

王は王でも愚王の類だ」

 

「では、どうなさいますか?聖王女を暗殺なさいますか?」

 

『ゆりかご』は聖王家の最終兵器とも呼ばれた物だ。もし、それが解放されたなら間違いなくその矛先はこちらに向かうであろう事も、誰もが分かっていた。だが、だからこそ、それを阻もうと考えた。しかし、魔王は欠片も興味がなさそうだった。

 

「……陛下?」

 

「……王とは、何だと思う?」

 

 唐突な質問。何の脈絡もなく、何の意図を込めての発言なのかも分からない。しかし、少女にとってそんな事はどうでも良い。忠誠を誓う王が自分に問いを投げかけている。ならば、それに応えなければならない。それが少女にとっての絶対なのだから。

 

「国を纏め、民を率いる者。或いは旗頭となる者と愚考いたします」

 

「……なるほど。お前の言い分も正しい。それもまた王の在り方だ」

 

「では、陛下はどうお考えなのでしょうか?よろしければ矮小なる我が身に偉大なる知恵をお授け下さい」

 

「そこまで自らを卑下するな。逆に不愉快だからな。貴様はこの俺が選んだ、俺の側近だ。お前たちを侮辱する者は誰であろうとも赦さん。それがたとえ、貴様ら自身であったとしてもな」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

 その言葉に、少女は顔が緩むのを必死に隠していた。それ故に歓喜に打ち震えている少女の事に魔王は気付かず、天井に視線を向けた。いや、天井ではなくその向こうに広がっている曇天を見つめているのかもしれない。それほどまでにその瞳は遠くを見つめていた。

 

「王という者は民に己の王道を示す者。聖者の如き者であろうと、覇を唱える者であろうと、それこそ冥王のような死者を愚弄する者であろうともだ。それができぬ俗物だから、あの王は愚物なのだ」

 

 王道を示すことの出来ない者は王たりえない。誰よりもそう確信しているからこそ、魔王は現状を認められずにいる。だからこそ、魔王は自分のやるべき道を決めた。

 

「……決めた。人員を百名用意しろ」

 

「はっ、指揮は誰が……」

 

「俺がする。聖王女の方を抑えに行くから、他の面子で聖王家を襲撃して『ゆりかご』を落とせ」

 

「なっ、態々陛下自らが出ずとも、我々が……!」

 

「駄目だ。貴様らでは聖王女の足止めもできない。それよりはあの愚王めの城を落とし、『ゆりかご』を破壊せよ」

 

「……なぜ、そこまで陛下は彼女に拘るのですか?」

 

 少女はそれが謎だった。いくら武勇を誇ろうとも、相手は敵だ。その武勇は恨めしく思う物ではあっても、決して誇るような物ではない。だと言うのに、魔王はあの聖王女に拘っていた。その理由が彼女には分からなかった。

 

「別に好悪の感情を抱いている訳ではない。だがな、アレだけは、『ゆりかご』だけは駄目だ。アレは王の死に方を損なわせる物だ。認める訳にはいかない」

 

「王の……死に方?」

 

「そうだ。王とは戦場において誰よりも鮮烈に輝かねばならない。奥で引っ込んでいる者は王ではない。それと同じように、王は戦場で死ぬべきだ。少なくともこのベルカの地において、ベッドの上で安らかに死ぬことは最大の屈辱だ。『ゆりかご』はそれと同じ者を齎すだろう」

 

 そこで一度言葉を切ると、少女の方に視線を向けた。魔王が言わんとしている事を、少女が分かっていない筈はない。即ち――――魔王以外に聖王と対峙できる者はいないという事実を。

 

「俺がやるからこそ、意味がある。あの娘にも伝え損ねていた事があったからな。ちょうど良いと言えばちょうど良い。自らの役目をまっとうせよ、『灼熱の煉獄女帝(デストラクター)』。我が従僕よ、我が命令を見事こなしてみせよ」

 

 魔王は告げる。ベルカという時代が終わりを告げる前兆を阻め、と。『ゆりかご』のような兵器の存在を赦すな、と。文字通りの『ゆりかご』のように、王を死なせる兵器など存在してはならない。鮮烈に生き、清冽に散るべきだと信じているが故に。

 

「……かしこまりました。我が命、我が力は総て陛下のために」

 

 どんなに不満があっても、決して少女は漏らさない。それこそが王への忠義であり、それこそが王に捧げる絶対の信仰なのだから。王の言葉こそが、何物にも代え難い至高の物なのだと本気で信じていた。

 そして少女が立ち上がった瞬間、目の前に魔王が立っていた。つい先程まで玉座に座っていた魔王が目の前に立っている。おかしな事はあるが、たったそれだけの事で少女は止まる。魔王はそんな少女に頓着する事なく、手を伸ばして少女の頬に触れる。

 

「貴様の苛立ちの理由は知らん。だが、俺に述べたき事があるなら述べるが良い。我が従僕の中でも特に我に近き貴様の言い分を蔑ろにするほど、狭量ではないつもりだ」

 

 頬から顎へ指を伝わせ、魔王はそう告げる。そこには労りと慈しみの感情がこめられていた。少女を誇るべき忠臣だと理解しているが故に、その言葉に偽りは存在しなかった。誰よりも彼女の事を信じ、同時に案じていた。その気持ちに嘘偽りはなく、その時だけの感情ではなかった。

 

 しかし、それは決して愛ではない。彼は王となって以来、いや、物心ついた頃からそんな物を持っていなかったのだから。誰にも与えられなかったが故に、魔王はそれが何なのか分からない。分からないのだから、与える事などできる筈がない。

 だが、そんな事は少女には関係がなかった。今、自分は敬服する王に言葉をかけられ、触れられている。たったそれだけの事で少女は満足だったのだ。愛される事など望む訳がない。王の傍に侍り、王の命令に従い、王の期待に応える。たったそれだけで、自分は満足できるのだから。

 

 故に、満たされている。誰に憚る事もなくそう言える。これこそが至上の幸福だと確信できるのだから、これ以上を望む事などどうしてできようか。

 

「……いいえ、そのような事はありません。私は王の望みと命令に応える王の下僕でございます。故に、不満など抱くはずもありません」

 

 同時に不甲斐なく感じてもいる。王を安心させるべき自分が、逆に不安がらせている。これを不甲斐ないと感じる事に、何の間違いがあろうか。しかし、だからこそ、自分はその不安を解消しなければならないだろう。

 

「お任せ下さい、我が王よ。あなたに勝利を報じる事こそ、我ら従僕一同の役目でございます」

 

「……そうか。ならば、我が総軍をもって『ゆりかご』を破壊せよ。完了次第、撤退せよ。勝手に死ぬ事は赦さん。貴様らの死に場所は俺が作るのだからな」

 

「ハッ!」

 

 今度こそ少女は玉座の間から出て行き、玉座の間には魔王ただ1人が残る事になった。魔王は玉座に戻り、誰も来る事がないその場所で、魔王は黙って待ち続ける。どことも知れぬ場所を視るその瞳は、絶えず人とは違う視点で世界を眺めているのだった。

 

 時と場所は移り、魔王は1人の少女と相対していた。真っ赤に燃え盛る木々、死体から流れる血の臭い、傷つき倒れた者たちの苦悶の声、そして炎によって焼かれた死体から出る焦げた臭い。そんな中で2人は立っていた。

 

「『魔王』……どういうつもりですか?」

 

「どういうつもり、とはどういう意図での質問だ?聖王女」

 

「このような襲撃をして、自らの身を危険に晒すような真似をする事です。あなたには何の利益もないでしょう」

 

「聖王家が『ゆりかご』を動かすと聞いた。そこで、貴様に言い忘れた事があったのを思い出したのだ。それを言いに来た。そして貴様に問いたい事がある」

 

「……何でしょう?」

 

 これまで多くの戦火をばら撒いてきた存在。そんな存在が自分の身を危険に晒してまで、言いたい事は何か。少女はそれが気になった。長引けば長引くほどにこの戦乱を終わらせるのに多大なる時間がかかる事を知っていても、好奇心を抑える事はできなかった。

 

「確認だが……貴様は本当に『ゆりかご』に乗るつもりか?」

 

「……もちろんです。それがこの戦乱を終わらせるのに必要だと言うのなら。私は『ゆりかご』に乗ります」

 

「……そうか。ならば、言ってやる。貴様は聖王女になどなるべきではなかった」

 

「な、にを……」

 

 言っているのか?目の前の男は一体、何を言っているのか少女には分からなかった。そしてその姿を見たが故に、魔王は自分の考えが間違っていない事を悟った。目の前のこの少女は、戦場(こんな場所)になど立つべきではなかった。

 

「戦場に貴様のような女は不釣り合いだ。力を持ってしまった事が、貴様にとって最大の不運だろう」

 

「あなたは!一体何を言っているのですか!?」

 

 力を持ってしまった事が不運?そんな訳はない。この力で多くの人々を救う事ができたのだ。不運であった訳がない。自分は皆を救う機会を得たのだ。これが不幸である筈がない。否、あって良い筈がないのだ。そうでなければ、自分が殺した人々に申し訳が立たない。

 

「そう思ってしまう事がそもそもの間違いなのだ。女らしく普通に生まれ、普通に生き、普通に死ねば良かった。

貴様は聖者にはなれても、決して王にはなれないのだから」

 

「……黙って、ください」

 

「貴様は優しすぎる。非情にはなりきれない。より多くの人間を助けたいと思ってしまう。貴様にとって、勝利とはどうでも良い物なのだろう?」

 

「……黙って」

 

「勝利を望めない。そんな存在が国を、民を、臣下を率いる王になどなれるものか」

 

「……黙れ」

 

「貴様は王族になど産まれるべきではなかった」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 認められない。認めてはならない。王族に産まれるべきではなかったなんて────認める事はできない。だって、それは今までの人生と出会いを否定する行為だ。感じてきた苦しみを、辛さを、悲しみを、楽しかった思い出を、幸福だった時間を否定する事だ。

 

「クラウスやリッドとの出会いが、間違いだったなんて認められる筈がありません。それは、それだけは、絶対に!」

 

「想い出を理由に否定するか。だからお前は王族に産まれるべきではなかったのだ。王族であるのなら、否定する理由は国や民であるべきだというのに……まぁ、良い」

 

 手元に1本の鎗と本を携えた魔王と鉄腕を構えた聖王女はぶつかり合う。互いの言葉と信念を否定するために、殺し合いを始める。魔王は1人の少女に終わりを与えるために。聖王女は魔王の言葉を否定するために。両者は決して混じり合うことなく、交錯することもなく、力を振るうのだった。

 ベルカ戦役において存在した最強の王。聖王女もその他の歴史に名だたる王の誰もが勝てなかった相手。もし、魔王が聖王女が『ゆりかご』に乗り込んだ後も戦場にその姿を現していたのなら。ベルカ戦役が終結するのはもっと長くなっていただろう、と言われている程の存在である。

 

 管理局創設以後も王として君臨し、配下の貴族の娘を娶って家を作った。現在の管理局と同等或いはそれ以上の戦力を保有し、今尚同盟という関係を崩さない程に巨大な家となっている。それほどまでに巨大な政権を保とうとも、魔王という存在は畏れられている。同時に、こう言い残されている。

 

『もし、私と同じ名を名乗る者が遥か未来で現れた時、その者を必ず保護せよ。それを怠った時、我が家は滅びを迎える物と覚悟せよ』

 

 魔王の子孫たちは遥か未来において、魔王は必ず再臨されると信じている。ベルカ戦役末期における最強の王たる魔王が再臨すれば、その力が自分たちに向くかもしれない。それはどんな難題に挑む事よりも恐れるべき事なのだ。特に魔王自身の力を知る者たちは最もその力を恐れたと言われている。

 歴史書曰く、魔王の力は世界を統べる力。ベルカ戦役時代、魔王が本気で世界の侵略を願っていたのなら必ずその願いは叶っていたと言われている。それほどまでに圧倒的な力があったからこそ、小国でしかなかった国が大国として成長した。考古学者たちはオカルト的ではあるが、魔王という存在はそういう運命の中にいたのではないかと言いたくなるほどに。

 

 あれほどまでに賢智に優れ、実力を有した王はいない。あれほどまでに運命という物に愛された王はいない。ベルカ戦役という数多の国が崩れ滅びてしまうような環境の中で、国と家を栄えさせた王はいない。だが、同時にあれほどまでに人間と世界という物に対して絶望していた王はいない。それが魔王と呼ばれた王に対する総称である。

 

「ふぅ……こんな物かな」

 

「ドクター?調べ物は終わりましたか?」

 

「ああ、ウーノ。今、終わったところだよ。やはり、魔王閣下は凄いという事を改めて理解したよ。あの御方こそ、私の選んだ中で最上の王の器だ」

 

 王の器の選定者(キング・メーカー)。それは時代の節目にいたとされる、世界の流れを変え得る器を選定する役割を担った存在である。

 

「古代ベルカ末期に存在したとされる最強の王。それがドクターの選んだ王の器なのですか?」

 

「そうなんだよ。私はこれでも色んな時代にいてね。この場にいる私もこの時代という括りにいる私でしかない。私は科学者であると同時に、王の器を選定する役割なんだ。しかし……この時代にはどうも私が選ぶに値する王の器が存在しないんだよ」

 

「それも時代の流れ、という事なのではないですか?時代が王を必要としていないという事では」

 

「それもそうなのかもしれないけどね。しかし、私はそれではいけないんだよ。確かに、私は一流を超えた超一流の科学者だ。それとしての役割を求められたのも知っている。しかし、私の本質は選定者なんだ。それになにより……それでは私が面白くないじゃないか!」

 

 選定者――――ジェイル・スカリエッティの言葉に、彼の娘であるウーノはため息を吐かざるを得なかった。徹頭徹尾、己の欲を満たそうとする姿は選定者などという仰々しい存在とはとても思えなかった。 無限の欲望という二つ名を受けるに相応しい、強欲な人間としか映らない。

 

「ウーノ、君は何やら考え違いをしているようだから言っておくがね。王の器の選定者(キング・メーカー)と呼ばれる者は私一人だけではないし、その中には君が思っているような奴もいる。しかし、大体は自分が楽しみたいがために王の器を選ぶのさ」

 

「それは……不道徳という物なのでは?」

 

「何故だい?」

 

「それは……」

 

「いや、君が言いたい事は分かるんだ。つまり、こう言いたいんだろう?一国の王となり得る器を選ぶのだから、そこには責任がついて然るべきで、そうする者は人の事を案じている物であるべきだと」

 

「……はい。違うのですか?」

 

「もちろん、違う。私たちは王と呼べるだけの器を持っている者を選ぶだけだ。その者に切っ掛けと持っている器に等しい力を与えるだけだ。その王が結果的に何をするのかは私たちの知った事ではないし、どうでも良い事だ。私たちはその王が綴る物語を通して、人間という存在の面白おかしさを楽しみたいだけなんだ。そこには、決して道徳なんて物は存在しない。あるとすれば、精々欲望くらいの物さ」

 

「……では、ドクターはかの魔王に何を求められるのですか?こう言うのはどうかと思いますが、彼の物語は既に終わってしまった物なのでは?」

 

「確かに。君の言う事は間違っていない。でもね、先ほども言ったが、この時代には私が選ぶにたる王の器がいない。英雄の器はいる。死者から作り出された新たな器もいる。継承され続ける闇の器もいる。しかし、この世界を魅了し、狂奔させるほどの王の器がいない!

管理局にいるのは私欲を貪る屑か、現状維持を望む根性なしか、正義を謳いながら改革を望まないヘタレばかりだ。まだレジアス・ゲイズの方が王の器に近いと言えるだろう!だが、彼では駄目だ。あまりにもその精神は俗世によって穢されてしまっている。惜しいものだよ。彼であれば、良き王の器となれただろうに」

 

「それで、彼の王を甦らせようと?失礼ですが、ドクターの努力不足なのでは?」

 

「ハッハッハッ。中々言うね、ウーノ。それもあるとは思ったんだがね。この世界は致命的に王の器が育つ土壌がないんだ。不足しているではなく、無いんだよ。それがどういう意味か分かるかい?」

 

「いえ……どういう意味なのですか?」

 

「それはね……アルハザードの再来だよ。何故生きているのかも分からず、ただ唯々諾々と生きていく日々を生み出すんだ。文明の最長期に到達し、そして滅びてゆく。いや、規模はアルハザードの比ではないかもしれないね。なにせ、多くの次元世界を巻き込むと言うのだからね!」

 

 きっと管理局の倒壊に多くの次元世界が巻き込まれる。そこで生まれる争いの比は、ベルカ戦役程度に留まらない。あのレベルの戦争ですら、次元兵器や禁忌兵器なる兵器が生まれたのだ。そうなった時、世界は一体どうなってしまうのか?想像するに難くないだろう。

 

「果ては次元世界の倒壊さ。何もかも悉くが死に絶える。そうして何もかもが消え去ってしまうんだ。それを防ぐために我々はあるんだ。目下の標的は最高評議会という所かな?」

 

「次元世界の倒壊を防ぐために、管理局を滅ぼすという事ですか?」

 

「それは違う。言っただろう?王の器が何をしようと、私たちは関与しないと。彼がどうするのか、それは彼自身が決めれば良い事なんだ。ただ私は何をするにしても、最高評議会の連中は邪魔だと言っているだけだよ」

 

 自分の家に戻るのも、管理局を叩き潰すのも、はたまた管理局を支配するのも王の自由だ。王の行動に関して、ジェイルは一切関与しない。だが、王を復活させる以上、管理局の頂点である最高評議会を斃さない事には彼も自分も自由にはなれないとジェイルは言っているのだ。そうしようとしているのが自分である、と言っているにもかかわらず。

 

「……ドクターのやる事ですし、私は関与いたしません。しかし、彼の王の怒りを買わないようにしてくださいよ?」

 

「もちろんだとも。なんだい、私の事が信用ならないのかい?」

 

「ええ。ドクターはその時のノリで勝手な事をされますから」

 

「ハハハッ、これは一本取られたね。なんにしても、大丈夫だよ。彼の器となる大事な肉体だ。私の全力全霊を尽くすさ。それこそが、私の彼に対する礼儀だからね」

 

 そう言いながら、ジェイルは後ろを振り返る。そこには一つの巨大なポットが置かれおり、そこには一人の青年が収まっていた。瞼を閉ざし、まるで世界の総てを拒絶しているかのように起きる気配がない。その姿を見ながらも、ジェイルは爛漫とした表情を隠そうとはしなかった。

 

「ああ、我が王よ!偉大なる『魔』導の『王』たるソロモンよ!どうか、今しばらくお待ちください。あなた様に相応しい環境は未だ整ってはいませんが、いずれ必ずあなた様がこの世に再臨させるだけの器を完成させて見せましょう!」

 

 それこそが我の役割なりと、そう告げたジェイルの姿はまるで神に仕える神官のようであり、同時に悪魔に仕える魔術師のようだった。即ち、神秘的にして魔的な感情を露わにしていた。己が選んだ史上最強の王と再び言葉を交わし、仕える事のできる喜びをジェイルは隠すことは出来なかった。

 そう。かく言う彼もソロモンという王の器に呑まれてしまった一人でしかない。本来、王の器を選定する事しか許されていない選定者すらも呑み込んでしまうほどの王の器。そんな存在がこの世界に蘇ってしまえばどうなってしまうのか……想像する事も出来ない。

 

 本来であれば、ここで計画を頓挫させてしまった方が身のためであり社会のためだ。強烈なカリスマを持つ者がいたとしても、それは社会を混乱させてしまうだけだ。今という現状の安定を望むのなら、目の前にあるポッドを叩き壊してジェイルの計画を止めた方が良い。それが一番だとは分かっている。しかし、ウーノにその選択をすることは出来なかった。いや、彼女だけではなく彼女の妹たち全員もだ。

 この御方を傷つけてはならない。理性ではなく、本能の部分がそう告げている。まるで、完全に完成した絵画を眼にした時、それを壊す事を恐れてしまうのと同じように。瞳を開かずとも、口を開かずとも、意志がなくとも、自然に放出されてしまうカリスマだけでそう思わされてしまう。それが、王の器の選定者(キング・メーカー)すらも狂奔させる王の力だった。

 

「ベルカ戦役最強の王――――ソロモン・アクィナス。聖王女がゆりかごを持ってしても討ち果たす事の叶わなかったと言われる存在ですか……」

 

 雷帝も、鉄腕も、覇王でさえも魔王たるソロモンに勝つことは出来なかった。それは智慧が優れているだけでなく、彼自身の実力が異常だったからだ。現代でさえ異常と言われるベルカ戦役時代の中でも異常と謳われていたのだ。今の時代でソロモンに勝てる者などいる筈がない。名実ともに最強と謳うべき存在だ。

 

「……考えていても仕方がないですね。私は私のできる事をしなければ」

 

 心を入れ替え、彼女は歩きだす。たとえ、その行為が一時しのぎの物でしかなくとも、彼女はそうせずにはいられない。王の気紛れ一つで木っ端微塵になってしまうような細やかな命でしかない以上、せめて王の興味を引かないようにするぐらいしかできる事はない。その程度しか彼女にできる事は残されていないのだから。

 

「フハハハハハハハハハハッ!あぁ、今からあなたの帰還が楽しみだ!」

 

 未だ総てを統べる王は来たらず。けれど、その兆しは既にあり。魔王がその眼を開いた時、その瞳に如何なる感情が宿るのか――――それは誰も予想のできない事であった。




就活中で色々と忙しい身なので、何時更新するかは分かりませんが気長にお付き合いください。何気に初短編なので、ご容赦のほどをよろしくお願いします。

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