ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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 ミナトは少しずつ近づいてくる船を見ながら頬を緩ませる。演習という形であってもこれから戦う相手はかつての自分の部下だった少女たち、負けるつもりは無いのだが少女たちが1年間でどれほど成長しているのかが楽しみで仕方が無かった。

 

「はぁ……。 妙に嬉しそうですね」

 

「あぁ、敵は強いほど燃えるでしょう?」

 

 隣で大きくため息をついていた大井にそう答えるとミナトは姿勢を正して帽子を被り直す。船が桟橋に係留されると白い軍服を着た見知らぬ男が降りてきた。

 

「本日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。 ところであなたは?」

 

「失礼、挨拶が遅れましたが臨時提督として彼女たちの指揮を行っている相良(さがら)と申します」

 

「丁寧にどうも。 私は……、その……」

 

「あぁ、大丈夫です。 事情は呉の提督から聞いておりますのでご安心を」

 

 事情とはどういう意味なのか疑問に思ったミナトだったが、こちらに耳打ちをするようにして小声で語りかけてきた相良の言葉を聞いて少しだけ気が抜けてしまう。

 

「大本営から視察任務を任されていると聞いております。 不用意に自身の身分を明かせないという事も理解しており、仮名で『ミナト』と名乗っておることも聞かされております」

 

「は、はぁ……? ご協力感謝します……?」

 

「何にせよ本日は演習ということでお世話になりますので、改めてよろしくお願いします。 君たちも挨拶をしなさい」

 

 艤装を装着したまま船に乗っていたのか、カチャカチャと音を立てながら3人の少女がミナトの眼前まで移動すると頭を下げる。

 

「よろしくだクマ」

 

「よろしくお願いします」

 

 こちらに挨拶をしてきたのは球磨と時雨、元気な印象があった夕立は一瞬だけミナトを見たようだったが、口は開かずつまらなさそうに海を眺めていた。

 

「軽巡洋艦球磨、駆逐艦時雨、こちらが駆逐艦夕立です。 皆優秀な艦娘ですので、例え演習の結果が敗北であれ良い経験ができると思います」

 

 相良の言葉は遠まわしな挑発だったのかもしれない。江田島で訓練を行っている艦娘ではこの3人に勝つ事はありえないと、しかしミナトは時雨と夕立の眼を見てから口を開くことができなかった。

 

「その、どうかなされましたか?」

 

「いえっ、何でもありません。 演習はフタフタマルマルより照明を利用した昼夜戦で開始したいと思いますので控え室に案内させますので。 大井、頼む」

 

「ありがとうございます、それじゃあ行こうか」

 

「クマはもう少し海を見てるクマ」

 

「分かった、早めに来るように」

 

 相良の言葉に大井は「こちらです」と愛想笑いを浮べて建屋へと案内を始めたが球磨だけはその列についていかずに顔を青くしたミナトの前で腕を組んで睨み続けていた。

 

「こんな所で何しているクマ」

 

「な、何のことでしょうか?」

 

 球磨はミナトの襟を掴んで自身へと引き寄せるとジッとミナトの眼を覗き込む。

 

「事情はよく知らないけど、これはクマの勘違いかもしれないクマ」

 

「……勘違いだろうな」

 

「じゃあ勘違いついでに言っておくクマ。 さっさと戻ってくるクマ」

 

「何やら事情がありそうですが、聞かせて貰っても構わないかな」

 

 恐らく球磨はミナトが湊である事に気付いている。もしかしたら知っていたのかもしれないが、大淀や明石たちがそんなヘマをするとも考えづらい。

 

「さっきの時雨と夕立を見てどう思ったクマ?」

 

「……この1年間で何があった?」

 

「戦ったクマ、戦い続けたクマ。 皆1人の男が死んだって聞かされても必死で戦ったクマ」

 

 少なくともミナトが鹿屋基地に居たころは少女たちは年相応の幼さがあった。しかし、先ほどの時雨や夕立の眼からは生気が感じられない。何かを諦めてしまったような、それでもその何かにしがみ付くしか術を知らないような。

 

「皆その馬鹿が作った今を守るために戦ったクマ、自分たちが情けなかったら命を賭けてまで頑張ったその馬鹿に申し訳ないって必死にもがいたクマ」

 

「……そうか。 その馬鹿は幸せ者だな、そこまで想ってもらえて」

 

「そうクマ。 だからその馬鹿がもし生きてたら伝えて欲しいクマ、さっさと帰ってこないとそろそろダメになるクマ」

 

「分かった、伝えておく」

 

 球磨はどこか肩の荷が下りたような気の抜けたため息をついてから既に姿の見えなくなった時雨たちの後を追って行った。

 

「……情けないところ見せちまったか」

 

 ミナトは大きく息を吸い込むと想いっきり両手で自身の頬を叩く。その様子を見てしまった大井は何事かと少しだけ困惑していたが、何やら吹っ切れたような笑顔を見せたミナトを見て更に困惑してしまった───。

 

「さて、演習に向けた作戦会議です」

 

「やっぱアタシたちじゃ勝てないんじゃないかなぁ……?」

 

「少しだけ厳しいかもしれませんねぇ」

 

「そんな弱気な事言わないように、訓練通りに頑張れば大丈夫よ」

 

 不安気な敷波と綾波を元気付けようとしていた大井だが、「勝てる」では無く「大丈夫」と不確定な言葉を口にしている事から恐らく勝てるとは思っていないのだろう。

 

「大井は前に話したとおり、どうにか球磨を引き付けて欲しい」

 

「良いですが、綾波と敷波の2人で時雨と夕立をどうにかできる作戦があるのかしら?」

 

「大丈夫、この作戦の主役は敷波だから特に注意して聞くように」

 

「うぇぇ!? アタシ!? 綾波じゃなくアタシなのっ!?」

 

 ミナトの言葉に驚いたのか勢いよく立ち上がった敷波は椅子を倒しながらあわてふためいている。

 

「……分かりました。 私はそのサポートという事で良いでしょうか?」

 

「あぁ、サポートって言っても夕立を引き付けるって役割がある以上は綾波にも難しい立ち回りをしてもらう事になると思う」

 

「ちょっと!? アタシの意見はっ!?」

 

 相変わらず騒いでいる敷波を無視してミナトは各自の役割について説明を続ける。大井はその作戦の意図に気付いたのか諦めたように大きくため息をついた。

 

「敷波、頑張りなさいよね」

 

「ですね。 私も精一杯頑張るから敷波も頑張ってね」

 

 結局最後の最後まで自分には荷が重いと騒ぎ続けていた敷波だったが、ミナトが既に作戦にあわせて呉の工廠に艤装の調整を行って貰っていると説明すると諦めたようだった───。

 

 

 

 

 

「それにしても、随分と思い切った作戦だねぇ~。 同じ駆逐艦なら敷波よりも綾波に任せたほうが良かったんじゃないの?」

 

「ふむ。 北上はどうしてそう思う?」

 

 時刻は後十分でフタフタマルマルになろうとしていた。ミナトと北上は桟橋から大型のライトに照らされている6つの影を眺めていたが、作戦会議を盗み聞きしていた北上はミナトに質問を投げかける。

 

「ん~? 綾波ってソロモンの黒豹だとか鬼神って呼ばれるくらいの武勲艦だよ?」

 

「そうだな、私が貰った資料にもそう書かれてたよ」

 

「じゃあなんでなのさ?」

 

 1942年11月、綾波は第三次ソロモン海戦において敵駆逐艦2隻を撃沈、1隻を中破炎上、戦艦に損害を与え一時交戦不能状態にまで追い込むという大戦果をあげている。艦娘の艤装性能については過去の艦の影響を強く受けているというのもミナトに渡された資料には書かれていた。

 

「上手くは言えないが、この作戦は敷波じゃないとダメなんだ」

 

「提督の勘ってやつ?」

 

「まさか、そんな曖昧な理由じゃないよ」

 

 その会話を最後にミナトと北上の間には沈黙が続く。数分の沈黙の後に演習の開始を告げる空砲の音に驚いた北上が何か言っていたが、ミナトは黙ったまま海上を見つめていた───。

 

 

 

 

 

 

「球磨姉さん、乗ってくれるかしら」

 

 大井は敷浪と綾波から離れるように舵を切ると、それを追いかけるようにして舵を切った人影を見て作戦が初っ端から失敗しなかった事に安堵する。

 

「あら、本当に乗ってくださるんですね♪」

 

「妹を躾けるのも姉の役目クマ。 それにあの馬鹿の作戦に乗ってやるのも悪い気分じゃ無いクマ」

 

「あの馬鹿? 球磨姉さんはミナトさんの事を知っているんですか?」

 

「知らないクマ。 クマは何も聞いてないクマ」

 

 煮え切らない姉の返事に疑問は浮かんだが、理由はどうあれ相手が自分たちの作戦に気付いた上で乗ってくれるのであれば感謝すべきなのだろう。

 

「それじゃあ、始めましょうか♪」

 

「手加減しないクマよ」

 

 回避行動の基本に之字運動がある。単純に言ってしまえばジグザグに動いて相手の狙いを定められないようにするという事なのだが、大井の取った行動は相手に向かってただ真っ直ぐに進むという基本を無視した行動だった。

 

「何を考えてるクマ?」

 

「私は私なりに今の身体について考えていますので、お気になさらず♪」

 

 大井は球磨と衝突する直前に舵を切り脇を抜けるようにして背後に回ると旋回、球磨も常に大井を照準に捉えていたが旋回の際に姿勢が崩れたことで砲撃せずに再度主砲を構えなおす。

 

「撃ってこないんですか?」

 

「無駄玉は撃たないクマ」

 

 艦娘は艦の姿の頃に比べて小回りが効く。艦と人の姿とで大きさの違いを考えれば当然の事だったが、それと引き換えに1つだけ欠点があった。

 

「残念です。 球磨姉さんがこける姿を見てみたかったのですけどね♪」

 

「時間稼ぎクマか?」

 

 船体のバランスの悪化。通常の艦であれば余程大口径の主砲を真横に撃たない限りはその危険性は少ないが、人型である艦娘は主機や進行方向、速度によっては簡単に転倒してしまう。それ故砲撃を行う際には姿勢の制御がかなり重要となる。

 

「その通りです♪ クルージングを楽しみましょう?」

 

「舐めるなクマッ!」

 

 超至近距離では魚雷は使えない、小まめな旋回を繰り返させれば砲撃もまともに行えない。球磨を倒さなくても時間さえ稼げば作戦を遂行できると考えていた大井だったが、14cm単装砲を握り締めた球磨の手がこちらに迫ってきた事に気付き咄嗟に距離を取る。

 

「さぁどうするクマ」

 

 大井から1メートルも離れていない場所に着弾した弾は水しぶきを上げ、大井の制服を濡らす。

 

「……上等じゃない!」

 

「ふっふっふ~、今の身体でできる事を考えていたのは大井だけじゃないクマよ」

 

 球磨の取った行動は単純に主砲で大井を殴ろうとした。ただそれだけなのだが、零距離で砲撃してしまえば例え反動で自身が転倒したとしても間違いなく相手に当てることができる。仮に砲撃を行う事ができなくとも、打撃によりバランスを崩した相手に向かって改めて砲撃を行えば良い。

 

「さて、どうしようかしら……♪」

 

 こんな小細工だけで姉を押さえ込めると思ってはいなかった大井は歯を食いしばり、自らが握る14cm単装砲を衝撃で落とさないように握り締めるとお返しと言わんばかりに姉目掛けて主砲を突き出した───。

 

 

 

 

 

「よく狙って……、てぇえええ~い!!」

 

 綾波は焦っていた。始めから優位に事を運べるとは思っていなかったのだが、夕立と自分にこれほどまで差があるとは想像できなかった。

 

「ぁあっ! 被弾した!?」

 

 夕立の砲撃のタイミングを計りながら進路を変更したはずだったが、徐々に砲撃の精度が高くなってきている。このまま撃ち合っていればいつか当てられる、そう考えた綾波は別の手段での時間稼ぎができないかを必死で考える。

 

「強い……、いえ。 『お上手』ですね」

 

 それは綾波の率直な感想だった、自分なりには不規則に回避行動を取っていたつもりなのだが短い時間でそれに対応してきた。きっとそれは考えての行動というよりは経験からくるものなのだろう。

 

「もう良いでしょ? 早く降参するっぽい」

 

「まさか、2人が頑張っているのに私が降参するなんてできるわけ無いじゃないですか」

 

 綾波は夕立に12.7cm連装砲を向けると笑顔でそう答える。夕立はそれに答えるように主砲を構えた。

 

「敷波も時雨には勝てないと思う」

 

「そうでしょうか?」

 

 互いの放った弾が海面に着弾。やはり砲撃に関しては夕立の方が優れているのか、綾波は水柱によって塗れた頬を袖で拭う。

 

「佐世保の時雨、今だってその名前に負けないくらいの活躍をみせています。そう呼ばれるまでにどれほどの努力をしたのでしょうか。 」

 

「一杯したっぽ……、一杯してるわよ」

 

「そうですね、あの頃も今もきっと私の想像が出来ないほどの努力をしているのでしょう」

 

 綾波は夕立が魚雷を発射したのを見て咄嗟に旋回を行う。しかし速度を落とせば砲撃の的になってしまうと判断して転倒する寸前まで身体を倒し無理やり進路を変更した。

 

「何が言いたいのかしら?」

 

「簡単な事ですよ。 私も夕立さんも時雨さんも大きな戦果を上げてその名前は今でも語り継がれる程です」

 

 先ほどの回避行動で痛めた右足に気付かれないように笑顔を作って主砲を構えなおす。

 

「実は艦娘としては私よりも敷波の方が先に着任したそうなんです」

 

「そう」

 

 夕立は興味無さそうに砲撃を繰り返していたが、綾波は話すのをやめない。

 

「江田島に来る前に1度だけ『どうして1番艦じゃ無いのか』って言われた事があったらしいです。 でも、敷波はそんな辛い言葉を笑って話してくれたんです」

 

 綾波に比べると敷波に武勲と呼べる物は無い。縁の下の力持ちと言われる活躍をした艦だったが、負けてしまった戦争ではそのような物に送られる賞賛は無かった。

 

「2年です。 あの地獄を私よりも2年も長く、武勲艦と呼ばれる訳でもなく常に最前線で戦い続けていたんです」

 

 綾波の放った砲撃は海面に着弾。先ほどとは対象に今度は夕立が頬についた海水を袖で濡ぐう。

 

「あまり馬鹿にしないでください。 敷波は私の自慢の妹なんです」

 

「……いい加減お喋りはやめるっぽい」

 

「やめませんっ! 私は今の姿でも私の自慢の妹が自慢できる姉であり続けたいと思っていますっ!」

 

 それは綾波なりの決意。正直綾波は艦の頃の武勲とは対照的に大人しい性格だった、こうして海の上で撃ち合うよりも妹と話をしている時間の方が好きだったし、艦娘になってからは季節の流れを感じているだけでも幸せだった。

 

「だから、敷波は時雨さんに負けませんし、私も夕立さんに負けません」

 

 妹のために自分にできる精一杯の事をする。この作戦の主役だと敷波の事を信じてくれたミナトのため、私と同じように頑張ってくれている大井さんのため。

 

「この演習は、譲れません!」

 

 始めはこの演習には負けても良いと思っていた綾波だったが、妹が主役の作戦なら姉の自分がそんな弱気でいて良いはずが無い。そんな決意を込めながら真っ直ぐ夕立の眼を見つめると力強く言い放った───。

 


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