ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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あまり小説に関係の無い事を前書きに書かないようにしていたのですが、

1度は投げ出してしまった作品に戻ってきた私に対してたくさんの感想を

頂けたのでここに感謝の気持ちを書かせて頂きます。

本当に本当に励みになります、読んでくださっている方、感想を下さった方、

ありがとうございます!

拙い文章ですがこれからも精進していきますので、

どうか暖かい目で見守ってくださると有難いです!


1-4

「ちょっと痛いっ! 痛いって!!」

 

「ミ、ミナトさーん? 敷波が潰れちゃいますよー……」

 

 あれからミナトは大井に北上の事をどう伝えるべきなのか考えていた。まずは大井の事を知るべきだと判断して陸上での簡単な訓練に参加しているのだが、柔軟を行っている敷波が潰されそうになっていた。

 

「痛い痛いっ!! これ以上曲がらないって!!」

 

「あっ、すまん」

 

 ミナトは敷波の背中を押す力を緩める。予想以上に辛かったのか、開放された敷波は涙目でミナトに詰め寄った。

 

「この馬鹿力!! ちょっとは加減してくれても良いじゃない!」

 

「すまない、ちょっと考え事をしてたみたい」

 

「考え事ですかー?」

 

 綾波がまだ文句を言い足りなさそうにしている敷波を宥めながらミナトに問いかける。

 

「あぁ、大井ってお前たちから見てどんな艦娘なん……、なのかしら?」

 

「大井さんですか? そうですねぇ……。 真面目な方でしょうか?」

 

「真面目だけど、結構融通が利く所もあるよね。 でも、ルール違反とかにはすっごい厳しいけど」

 

 2人の話の共通点は『真面目』という点だった。その後は以前山城が言っていたように相手によっては猫を被っているのでは無いかという半ば愚痴にも似たような意見が飛び交っていたが、本人に聞かれるとまずいと思い3人は訓練に戻る。

 

「そういえば、あの人はどうなんですか?」

 

「ん? 大井が拾ってきた子?」

 

「そうそう、大井さんずっと付きっ切りじゃない? いつも訓練の時は見ててくれたのに珍しいなって」

 

「崖から落ちたって言ってたみたいだし、しばらく安静だってさ。 骨に異常は無いみたいだから捻挫か何かじゃない……、かしら」

 

 大井に事実を伝える事と呉から北上が逃げ出したという事のどちらか片方をミナトと山城が分担するという事になったが、呉の提督への報告は心底嫌そうな表情をしていた山城が行う事になった。

 

「もー、大げさだってー」

 

「お医者様も出歩くなって言ってましたし、出歩くのはダメです!」

 

 3人が声のする方角へ視線を向けると、松葉杖をついた北上と大井が言い争っていた。大井の発言から察するに北上が半ば無理やり外に出たようだが自由気ままなその様子に3つのため息が生まれた。

 

「おーい、大人しくしてないとダメだろー……」

 

「おっ、居た居た。 ちょいちょい、こっちこっちー」

 

「何だよ……」

 

 北上に手招きされたミナトは仕方が無く気だるそうに近づくと、背中を向けるように促される。

 

「よっと!」

 

「うわっ、危なっ!」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 急にミナトの背中にしがみ付いてきた北上を見て慌てるミナトと大井だったが、何やら満足そうにしている北上を見てため息が1つ加わる。

 

「これなら足も使わないし良いでしょ?」

 

「良い訳無いじゃないですか……」

 

 ミナトもとっさの事に聞けんだと指摘しようとしたが、首に回された手が冷え切っている事に気づいて諦める。

 

「北上の面倒はオ……、私が見るので大井は綾波と敷波を見てやってくれないかな。 さっきから大井が居ないって寂しがってたからさ」

 

「寂し……? 分かりました、それではその子をよろしくお願いしますね」

 

「いってらっしゃーい」

 

 大井はミナトの背中の上から手を振る北上を見てもう1度大きくため息をつくと、不思議そうに3人を見ていた綾波と敷波の元へと歩いていった。

 

「で、今度は何だよ」

 

「病室って暇だからねぇ、ちょっと暇潰し?」

 

「あぁ、そうかい。 あんまり大井を困らせるなよ」

 

「何でか分かんないけど、あの人だったら我侭言っても良いんじゃないかって思えちゃうんだよね」

 

「妹だからじゃないか? 大井って球磨型の4番艦だったはずだし」

 

 一般的に考えて逆だとは思っていたミナトだが、身内である以上様々な形があるのだろうと深く考えるのをやめる。

 

「んー。 なんか違うんだよね、上手く言えないけどね」

 

「それは私に言われても知らないよ……」

 

 ミナトと呉で頑張っている山城を除けば穏やかな時間が流れていた。しかし台風は突如として生まれ、無残にも大地を荒らして行くモノだった。

 

「と言う事で、呉の提督から演習の申し込みがありました……」

 

 呉での報告で心労が溜まったのか、何処か呆けた山城は1枚の封筒を大井に手渡した。

 

「演習? うちには私を含めても3隻しか居ないわよ?」

 

「互いに軽巡1隻、駆逐艦2隻で訓練を兼ねた模擬戦を行って欲しいとの事です」

 

「まぁ良いけど……、って何よこれ……」

 

 大井は受け取った封筒の中身を見ると同時に中身を握りつぶす。何が書かれていたのか気になったミナトは大井の肩を軽くたたいて寄越すように仕草をしたのだが、受け取った紙を見て広げた紙を再び握り潰して地面へと叩き付ける。

 

「断りましょう」

 

「同感です。 綾波も敷波もまだ訓練の途中ですし、そのメンバー相手じゃ訓練どころか死んでしまいます」

 

「色々と事情があって断れないのよ……」

 

 山城がミナトと北上を交互に見たことでミナトは事情を察する。

 

「姉さん……、じゃないわね。 最悪球磨を私が抑えるにしても、残りのメンバーが時雨と夕立ってどういう事? 3人とも現役で活躍してるメンバーじゃないの……」

 

「……やるだけやるしか無いんじゃないかなぁ?」

 

 内心この場に居るメンバーの中で最も逃げ出してしまいたいのはミナトだった。姿が変わってしまっているのでそう簡単にバレる事は無いと判断しての事だろうが、呉の提督の考えていることが分からなかった。

 

「そうですね……。 ミナトさん汗が酷いですけど大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫。 それより作戦を考えよう、どうせやるなら少しでも勝つ方向で考えないと」

 

 ミナトが眠っている間の1年間で彼女たちがどのように成長したのかは分からない。しかし、現役で活躍しているという大井の言葉を信用するなら決して甘い相手では無いのだろう。

 

「その、時雨と夕立について教えてもらって良いかな?」

 

「姉さんについては良いんですか?」

 

「球磨は大井が抑えるって言ってたでしょ? 少なくとも大井と同等って事が分かれば十分なのよ」

 

 今回の演習での肝は駆逐艦2隻の力量の差だった。実際大井と球磨はどちらかが無謀な賭けに出なければ簡単に勝敗は付かないのだが、後ろで不安そうにしている綾波と敷波にとっては明らかな格上が相手だった。

 

「軽率なことを言うんじゃなかったわね……。 資料があったはずなのでちょっと場所を変えましょう。 綾波と敷波は陸上訓練を中止して海上での訓練を行って」

 

「はーい!」

 

「ほ、ほんとにやるんだね……」

 

 訓練の内容が変わり本当に演習をやるんだという事を意識して戸惑っていた2人だったが、大井の「駆け足!」という声で走って行ってしまった。

 

「さて、何から話せば良いのかしら……」

 

「この子も1度病室に連れて行った方が良いかしら?」

 

「いえ、軍としての機密はありませんので聞いてもらっても大丈夫です」

 

 背中で申し訳なさそうにしている北上だったが、その表情を見たミナトはそんな気遣いもできるのだなと全く関係の無いことを感じていた。

 

「綾波と敷波に席を外して貰ったのは別に理由があるんです」

 

「理由?」

 

「時雨と夕立の異常性。 と言うよりもあの男が居た鹿屋基地に所属していた子達に共通している点なんですけど、この1年間で1隻も轟沈した艦が出ていません」

 

「それの何処が異常なの?」

 

 ミナトの発言に大井は大きくため息をついた。ある程度事情を察しているのか話を聞いていた山城は気まずそうに視線をそらす。

 

「駆逐艦だけで言うのであれば、この1年間戦い続けることができた子は1割程度だって報告書を読んだ事があります」

 

「……詳しく」

 

「記録が1年分しか取れていないので正確な数値とは言えませんが、駆逐艦に適正があると診断された子の7割は轟沈、私たちにとっての死を迎えることになります」

 

「なんだよそれ……」

 

「生き残った30人のうちの半数も身体的な損傷を受けて退役、一応は軍で役割を与えられているそうですが艦娘以外の生を歩んでいるそうです。 そして残った15人の中でも3割程度は精神的な問題が発生していると聞きました」

 

「訓練体制はどうなってるの? 新兵をそのまま戦場に送り出してるって言われても……。 そういう事か」

 

 この1年間で深海棲艦に対する反撃は多大なる成果を挙げた。それこそ今も綾波や敷波が江田島近海で訓練できる事が証明だった。日本近海全てという訳では無かったが、鎮守府や基地周辺の海域は漁を行う事ができる場所もある。

 

「はい。 軍は艦娘に適正のある子達を手当たり次第作戦に投入しました、その結果日本近海という僅かな領海を取り戻すために大勢の少女が命を失いました」

 

「……続きを」

 

「もちろん命を落したのは艦娘だけじゃ無いですよ。 多くの護衛艦が、そこに乗っていた大勢の人も命を落したでしょう。 その被害を減らすために動いてくれたのが呉と大湊の提督でした、艦娘の教育に力を入れているのは現状2箇所しかありませんので」

 

「つまり、そんな環境の中で戦い続けた2人が異常だと」

 

 ミナトは奥歯を噛み締め罪悪感に震える身体を黙らせる。その様子に気づいた北上は少しだけ戸惑ったが、ミナトに回した手に力を入れなおす。

 

「あの男さえ居なければこんなに大勢の命が失われることは無かったんです。 それなのに勝手に私たちの運命を決めて勝手に死んで、全く迷惑な事を……」

 

「……すまない」

 

「どうしてミナトさんが謝るんですか? ご親族だからと言ってミナトさんが悪い訳では無いですよ」

 

「あぁ、いや。 提督を目指しているのにそんな事も知らなかった自分が申し訳なくてね」

 

「その気持ちを忘れないで下さいね……」

 

 それだけ言い残して大井は訓練を行っている2人の元へと行ってしまった。残された3人はしばらく無言だったが、その沈黙を破ったのは北上だった。

 

「アタシが逃げた理由が分かった?」

 

「あぁ、分かった。 だけどそれ以上に気になることもある」

 

「なになに?」

 

「鹿屋基地に所属する艦娘は少なくない。 何故轟沈した艦が出てない? どれほど訓練を積んで技量を上げても損失ゼロってのは異常過ぎる」

 

 ミナトの感じていたことは現在も多くの提督が調べている事だった。軍としても戦力の消耗はなるべく避けたかった、それ故その理由を知りたいと願っていたのだが未だに結論は出ていない。

 

「噂なんだけど、鹿屋基地と大湊の艦娘って特別なんじゃないかって。 どんなに厳しい戦場でも必ず生還する、他の子みたいに大破してそのまま沈んで行くんじゃなくて、必ず持ちこたえるらしいよ」

 

「大湊もなのか」

 

 多くの少女たちの命を失ったという事実に胸を締め付けられるミナトだったが、少なくとも知っている子達は今も生きているようで少しだけ助けられた。

 

「山城は知ってたのか?」

 

「まぁ、少しは……」

 

 この事実を大淀や明石も知っていた。ミナトに気を遣って言葉にしなかったのだが、ミナトのためと言うよりはその事実を言葉にしたくないというのが本音だった。

 

「あぁ……、あいつ等にあったら謝ら───」

 

「ダメよ。 あんたは謝っちゃダメなの、1年も待たせてるんだからこんな所で歩みを止めないで」

 

「1年……?」

 

「こっちの話だから気にしなくても良いわよ」

 

 ミナト以上に泣きそうな表情をしている山城を見て北上はそれ以上何も言えなかった。自身が呉から逃げ出したという後ろめたい行為をした以上にこの2人も何か背負っているのだと言う事だけが理解できた。

 

「で、どうするの? まずあんたがやらなきゃならない事って何かしら?」

 

「演習に勝つ。 申し訳ないがもう1度呉に行って可能な限り資料を貰って来てくれないか」

 

「全く、人使いが荒いわね。 行ってくるわよ」

 

「勝てるの? 相手ってすごい艦娘なんでしょ?」

 

「負けると思って挑む馬鹿は居ないよ。 やるからには勝つ、勝たせてみせる」

 

 たかが演習かもしれない。だけどこの演習はミナトの提督としての実力を彼女たちに見せる良い機会だった。これからミナトは彼女たちの命を預かる立場になる、ならば情け無い姿を見せる訳にはいかなかった。

 

「北上に1つ聞きたいことがあるんだが」

 

「なんでしょう?」

 

「駆逐艦の生存率は分かったんだが、他の艦種はどうなんだ?」

 

「……駆逐の子達に比べれば微々たる物かな」

 

 北上の言う通り駆逐艦を除き最も沈みやすい軽巡洋艦であっても1割程度。一見数字だけを見れば駆逐艦を使い捨てているように思えたが、実際は主戦力を戦場に送り出すために文字通り命を懸けて守りきったという結果だった。

 

「死にたくないから逃げ出したいって言ってた事と少しだけ矛盾してるわね」

 

「そ、そうだねぇ……」

 

「死なせたく無いって事が本音じゃないのかしら」

 

「やっぱり提督になる人って凄いんだねぇ……」

 

 北上は諦めたようにゆっくりと語り始める。それは今までのようなおちゃらけた話し方ではなく、北上自身の言葉だった。

 

「アタシはさ、戦艦になりたかった訳じゃないの。 欲を意うなら駆逐艦だったら逃げるなんてことはしなかったかな」

 

「自分が死ぬかもしれないのにか?」

 

「置いていかれるって自分が死ぬより辛いよ。 アタシがこの子を受け入れることができたのはそこで共感を得たからかな」

 

「どういう事だ?」

 

「北上って艦はね、沈まなかったんだよ。 周りの艦が頑張って駆けて、守って、戦って。 そんな中北上は沈まずに終戦を迎えた艦なんだってさ」

 

 仲間を失うという経験はミナトにもあった。部下だけでは無い、隊長を失ったと思った時にはそれこそ自らの命を絶とうと考えた。薬に逃げるという事すらやってしまった。

 

「そうか、辛いことを思い出させて悪かったな」

 

「いやぁ、アタシは良いんだよ。 辛い思いをしたのはアタシの中にいるこの子だからさ」

 

「それでも悪かったと思うよ」

 

 ミナトの冷え切った身体には北上の体温はとても暖かく感じた。同時にミナト自身の甘えた考えを改めることもできた。

 

「北上って適当そうに見えたけど、意外と真面目だったんだな」

 

「んー、真面目ってのは大井っちみたいな子の事を言うんじゃないかな?」

 

「なんだその呼び方」

 

「可愛いでしょ?」

 

 いつの間にあだ名をつけたのかと考えたミナトだったが、北上の普段の言動を考えるに思いつきなのだろう。

 

「さて、準備をしますか」

 

「準備って何をするのさ?」

 

「まずは呉の鎮守府から兵装を借りよう、技量で負けてるなら少なくとも装備では負けたくない」

 

「ずるくない?」

 

「ずるじゃないよ、戦場はいつだって最後に生きていた奴が正義だからね」

 

 悪そうに笑うミナトを見て北上も釣られて笑う。少しだけ、本当に少しだけだが北上にとってこの人に付いて行けば仲間を失いたくないという不安を無くせるのでは無いかと感じていた───。


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