その2つのどちらかの感情に人の行動は大きく左右される。
何かを守ろうとする行動はその2つの影響をもっとも受けた行動と考えて良いだろう。
大切なモノを失いたくないという『恐怖』
大切なモノを守りたいと願う『愛』
しかし、彼女達とそのような絆を築く時間などこの国には残されていなかった。
我々には守るべき家族が居る、国がある。
だからこそ戦い続ける。
利用できる物はなんだって利用してやる。
例え兵器如きに嫌悪されようと、我らには進むべき道があるのだから。
「早く起きな……さ……」
徐々に活性化していく中、誰かが俺を起こそうとしてくれている。
「いい加減……ないと、怒る……よ?」
誰かに起こしてもらうなんて何時振りだろうか、まだ小さな小隊として活動していた頃、訓練をさぼって昼寝してたらよく隊長に叱られたっけな。
「いい加減にしろって言ってるのよ!!」
「うわぁぁぁぁ!?」
耳元で大声で怒鳴りつけられた事で驚いて、椅子から崩れ落ちる。眼がまだ光に慣れていないせいか、若干白さを帯びた視界には叢雲が腕を組んで不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしていた。
「お、おはようございます」
「ったく、様子を見に来て正解だったわね」
壁にかけられている時計を見て現在の時刻が0800である事を確認する。どうやらコイツは俺を起こしに来てくれたらしい。
「って、アンタ怪我してるじゃない! どうしたのよ!?」
「あぁ、ちょっと資料で切った」
椅子から崩れた際に思いっきり床に手をついてしまったせいか、昨日の傷が開いてしまったらしい。まさか艦娘に襲われたなんて説明する訳にもいかないし、苦し紛れの言い訳をしてみる。
「紙でそんなに切れる訳……、まぁ良いわ。 包帯を持ってきてあげるから大人しくしておきなさい」
叢雲はそう言って小走りで執務室から出て行ってしまった。机の上にカップが2つ並んでいる以上、昨晩ここに誰か居たという推測は簡単にできるだろうし、叢雲なりに空気を読んでくれたのだろう。
少しして息を切らせて戻ってきた叢雲から包帯を受け取り傷の処置を行う。利き腕に包帯を巻くというのは思いのほか難易度が高く、四苦八苦していたが最終的には呆れたようにこちらを見ていた叢雲に任せることにした。
「聞き忘れてたんだけど、着任式ってどこでやるんだ?」
「正門の近くにある建屋の中よ。 場所も知らないなんて、私が来なかったらどうするつもりだったの?」
相変わらず辛口な奴だなと思いながらも、適当に笑って誤魔化す。その後も細かな事に対してグチグチと文句を言われたが、時間も迫っているから移動しようという言葉でどうにか逃れることができた。
「この基地にはどれくらいの人が居るんだ? 活気が無さすぎるような気がするんだが……」
「アンタと私を含めて全員で25人。そのうち艦娘は4艦隊分ってところかしら? 交代でやってくる憲兵を入れればもう少し数は増えると思うけど」
「25人で艦娘4艦隊分って……、俺以外は全員艦娘って事じゃねぇか……」
俺の返答に叢雲は「あら、ちゃんと勉強したみたいじゃない」なんて満足気な視線を向けてきた。通常艦娘は6人で1艦隊として隊列を組み、艦の護衛や戦闘を行うと資料には書かれていた。先ほどの回りくどい言い回しは試されていたと分かり、少し苛立ちを覚える。
「私は隊に戻るから、アンタは後ろから入りなさい」
「あぁ、サンキューな」
叢雲は軽く右手をあげると、気だるげな足取りで建屋の中に入っていった。俺は指示された通り、建屋の側面に見える扉から中に入ると、明りに照らされた壇上が視界に入った。なんというか、意味も無く緊張してきたような気がする。
大きく深呼吸して、ゆっくりとした足取りで壇上に登ると、これから面倒を見ていく艦娘達へと視線を向ける。
「……なんか話に聞いてたより少なくないか?」
我ながら第一声としては最悪だと思ったが、ざっと数えても10人程度しか居ないと思う。その中に天龍とその後ろに隠れてる子供の姿は確認できたが、4艦隊中2艦隊程度しかこの場に集まっていないということは分かった。
(要するに半数以上はさぼってるって事か……)
なんだか無性に腹が立ってきた。普通こういう場くらいは出てくるもんだろ?欠伸を噛み殺しながらでも長ったらしい話を聞くもんだろ?
「そこの君、このマイクって館内放送に切り替えられるか?」
「そ、そこの君ってあたし……?」
「あぁ、そこのうざそうな前髪の君だ。 館内放送に切り替えるか、さぼってる奴等を全員連れてくるか選ばせてやる」
金髪のセーラー服に身を包んだ少女を指差す。「あたしの前髪を馬鹿にしないで」とか言って怒りだしてしまったが、低い声で10・9・8……と呟くと少女は壇上の裏へと走って行った。
「い、いけると思うけど……」
先ほどの少女が館内放送に切り替えたという報告を行ってきた。俺はマイクを手で押さえ声が入らないようにすると、集まってくれた少女達に耳を塞ぐように指示を出す。中には反抗したいのか、文句を言ってくる奴等も居たが警告をした以上は自業自得だろう。
「さぼってる奴等よく聞け! 3分以内に集合しない場合、引きずり出してでも俺のありがたい自己紹介を聞かせてやるから覚悟しとけ!」
右手を軽く上下に振って館内放送を切るように指示を出す。しかし、俺の発言に驚いて固まってしまっていたのか、金髪の少女は30秒ほど遅れて再び壇上の裏へと走って行った。
「という事で、3分休憩。 楽な姿勢で待っていてくれ」
正直壇上から見下ろすと、全員がまるで宇宙人でも見るかのような唖然とした表情で俺を見上げていた───。
「ふむ、なかなか度胸のある奴が多そうで楽しめそうだな」
3分経ったが、恐る恐る建屋に入ってきたのは3人だった。これでここに居る艦娘の数は13人となる。過半数は超えたようだが、それでもまださぼっている連中が居るらしい。
「所で、君の名前はなんて言うんだ?」
「阿武隈です……」
先ほどからこき使われているせいか、阿武隈と名乗った少女は頬を膨らませてこちらに抵抗の意思を見せているようだった。
「来てくれたみんなには悪いが、式は中止だ。 俺はさぼり共を指導してくる事にするから、阿武隈は俺を案内してくれ」
「あ、あたしなの!?」
俺は阿武隈の肩を押して建屋から外へ出る。残された艦娘達は阿武隈に同情の視線を向けているようだった。
「ちょ、ちょっと! アンタ何勝手な事してんのよ!」
艦娘の宿舎と思わしき場所に到着すると、後ろから足音と怒鳴り声が聞こえてきた。流石に朝から怒鳴られているせいか、叢雲の声だとはっきり分かった。
「人がせっかく挨拶の内容まで考えていたというのに、さぼる方が悪い」
「そういう事じゃなくて! あの子達はまだそっとしておかなきゃダメなのよ!」
さぼりかと思ったが、叢雲の焦り具合から察するに何か理由があるのかもしれない。しかし、そうであれば尚更現状を確認しておく必要がある。叢雲が追ってきたという事は、この宿舎の中に居るのは確定だろうし、もし怪我や病気の類であれば放置する訳にもいかないだろう。
「ふわぁぁ~っ! あんまり触らないでくださいよ、私の前髪崩れやすいんだから!」
「すまん、丁度いい具合にいじりやすそうなのがあったから、それじゃあ行くか」
俺と阿武隈は叢雲の制止を無視して宿舎の中に入る。外観からして予想はついていたが、刑務所の中と説明されても違和感のない内装に眉をしかめる。勝手なイメージかもしれないが、叢雲や阿武隈、集まってくれた少女達の姿を考えれば、あまりに無機質で似つかないと思った。
「そ、その……あたし的にもやめた方が良いんじゃないかなぁって……」
「良いから案内しろ、もし逃げ出したらその前髪を水平線の如く真直ぐに切りそろえるぞ」
俺の意思を曲げることはできないと諦めたのか、阿武隈は大きくため息をつく。
「分かりましたよぉ……。 でも、乱暴な事はしないって約束してくれますか……?」
「……約束しよう」
先ほどまでオドオドしていた少女とは思えないほどの真直ぐな視線に少し驚いてしまう。今までの対応が演技だったのかと疑いたくなってしまったが、恐らくは少女にとって重要な約束だからこその真剣さなのだろう。
「正直あたし的には、あなたみたいな乱暴な人は苦手です。 でも、前の人とは違うって分かったから……」
ブツブツと呟く阿武隈の後ろについて歩く。
「まずはこの子達を見て欲しいです……」
阿武隈は立ち止まると扉を指差す。扉には『暁』『響』『雷』『電』の4つのネームプレートがかけられている。俺はゆっくりと扉を開くと、そっと中を覗き込む。室内には窓も照明も無く、目が慣れるまで少しの時間を要した。
「……阿武隈、説明しろ」
8つの瞳が俺に集中しているのが分かる。その視線はどれも恐怖や不安を感じさせ、無意識のうちに怪我をしている右手を握りしめる。
「この子達は暁型の4姉妹です。 前の人が『素直にさせるためだ』って……」
容姿から察するに、まだ小学生程度だろうか。4人の少女は互いに抱き締めあい、互いを守ろうと必死になっていた。その光景だけでも腸が煮えくり返るような思いをしたが、決定打となったのは少女達の足に繋がれた鎖だった。
「鍵は何処だ」
「わ、分かりません……」
「切断するための道具は」
「わ、分かりませんよぉ……」
一瞬怒鳴りそうになってしまったが、寸前のところで抑える。ここで阿武隈に八つ当たりした所で解決には繋がらない。これが前任者のした事であれば必ず、執務室のどこかに鍵を保管しておくはずだ。
「ちょっと鍵を探してくる、お前は毛布と何か温かい物を用意しろ。 人手が足りなければその辺に歩いてる艦娘に俺からの命令だと伝えろ」
少女達を怯えさせないようにゆっくりと扉から遠ざかると、視界に入っていない事を確認して全力で執務室に向かって走った。自分だったらどこに保管するのか、もし分かりやすい場所であれば叢雲辺りが見つけて彼女達を助けていても良いはず。
執務室に入ると、机の引き出しを取り出しては床に投げ捨てる。中に入っていた資料が床に散乱したが、気にしている余裕は無い。机に鍵が無い事を考えると、次は本棚にしまってある本を全て床に投げ捨てる。すると、金属が床に落ちる音が耳に入った。
(本に挟んであったか……)
本を逆さにしてみると、残り3つの鍵が出てきた事である程度の確信を得た───。
「鍵、見つかりましたか……?」
宿舎に戻ると、阿武隈が少女達にマグカップを配っている所だった。叢雲も手伝ってくれているのか、懐中電灯を持って様子を伺っているようだが、今は本当に鎖の鍵かを確認する方が先だろう。俺はゆっくりと少女達に近づくと、突然マグカップを投げつけられ、中に入っていた液体が顔にかかる。
「み、みんなに酷い事したら…許さないんだから!」
長い黒髪の少女が瞳に涙をためながらも必死で仲間を守ろうとしているようだった。それを見た阿武隈が宥めようとしているが、少女の耳にその声は届いていない、俺はゆっくりと黒髪の少女に左手を伸ばす。
「い……嫌だ……っ!」
恐怖に負けて目を閉じた事で、瞳から大粒の涙が零れるのが見えた。
「そうか、お前がお姉ちゃんか。 ちゃんと妹達を守ってやるなんて偉いな」
震える頭の上に手を乗せると、ゆっくりと撫でる。恐怖に耐えながらも必死で妹達を守ろうと必死な姿に心が痛む。
「もう良いんだ、お前は立派に妹達を守ったんだ」
「あ、暁は妹達を……守れた……の?」
少女の問いに優しく頷いてやる。その瞬間少女の身体から力が抜け、床に倒れこみそうになったのを慌てて支える。恐らくは極度の緊張から解放して意識を失ってしまったのだろう。暁と名乗った少女を毛布に包み床に寝かせると、足につないである鎖の鍵穴に鍵を差し込む。
「良かった、これで合ってたみたいだ。 もしかして君が次女か、鍵を外すから足を出してくれないかな?」
「アンタ知ってたの?」
後ろから叢雲が不思議そうに質問を投げかけてくる。その質問の答えはいたって簡単だった。
「いや、知らない。 でも、綺麗な銀色の髪をした子が次女で、ヘヤピンをしてる子が三女、後ろで髪をまとめてる子が四女だろ?」
暁が俺にマグカップを投げつけてきた時に2人を庇うようにしたのが銀色の髪の少女、その中で最後の1人を力強く抱きしめていたのがヘヤピンをした少女。恐らくは自分達の妹を守ろうと全員で戦ったのだろう。
「名前、教えてもらっても良いかな?」
「……響だよ」
「お前もよく頑張ったな」
先ほどと同じように優しく頭を撫でてやると、緊張が切れたのか嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまった。阿武隈に視線で抱き締めてやるように合図を送ると、鍵を外してやる。
「君の名前は?」
「雷よ……」
「すまん、ネームプレートを見た時に『かみなり』って読んじまった……」
「……わ、私は後で良いから、先に電のを外してあげて……」
泣かれ続けるのも困ると思い、少しおどけてみたがダメだったらしい。同時にもう1人の子も『でん』では無い事を知った。
「電は最後で良いのです、雷ちゃんから先に……」
この際どちらからでも良いのだが、ここは姉を立ててやるべきなのだろうか?そんなくだらない事を考えていると、叢雲が俺の肩を叩き鍵を寄こせと手を差し出してきた。
「同時ならお互い文句無いでしょ?」
全員鎖から解放したのは良いが、大丈夫だと思った雷と電も響につられて泣き出してしまい、必死で泣き止むように諭してみたが、結局全員が泣きつかれて眠るまで泣き止むことは無かった。
「俺が2人を運ぶから、2人は1人ずつ頼む」
そう言って暁と響きを抱き上げる。阿武隈は雷を、叢雲は電を背負う形で扉から外に出た。そのまま宿舎から出ると、太陽の光がとても眩しく感じる。その光から逃げるように抱えていた2人が体を捩じるせいで、危うく落としてしまいそうになり慌てて抱きなおす。
「アンタにしては良くやったわね、後で特別に包帯巻きなおしてあげるわよ」
「あたし的にも感謝してます!」
なんだか礼を言われるのが無性にくすぐったい。俺は俺の思った通りに行動しただけだし、そのきっかけがさぼり共に痛い目を合わせようだったなんて今思えば恥ずかしくなってきた。
「ん~……、礼より先に暁達を風呂に入れてやらないとな。 ちょっと臭う気がする」
場を和ませるための冗談のつもりだったのだが、幼いとは言え女の子に使うべき冗談では無かったと後悔する。
「あたしやっぱりこの人苦手かも……」
「……アンタ最っ低ね、さっきの話は無しで」
先ほどとは正反対の言葉を投げつけられたが、幸せそうな少女達の寝顔を見ることで十分満足したと言えるだろう───。
7/10 一部暁の台詞の修正