ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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人間と兵器との間で
人と機械と(1)


 どうしてわたしがこんな事をしなければならないのだろうか。人を迎えに行って欲しいと班長さんに頼まれた所までは良かったのだが、まさか車で大湊まで来る事になるとは思わなかった。

 

「会ったら文句の1つくらいは言っても良いですよね……!」

 

 車についているデジタル時計はもうすぐ0500になろうとしていましたが、正直睡魔との闘いでわたしの背中を押しているのはまだ見ぬ男へどのような文句を言ってやるかという思いだった。

 

「飛行機が嫌だから車にしてくれって、どんな我儘なのよ!」

 

 苛立っているせいかアクセルを踏む足に力が入る、正直こんな田舎道なら他に車も居ないだろうし余程の事が無ければ大丈夫だとは思うのだが、小さな段差があったのか後ろに積んでいる荷物がガタンという音を立てて慌てて速度を緩める。

 

「はぁ、朝日が眩しいなぁ……」

 

 太陽の光を反射している海が視界に入る、わたしは艦娘として再びこの世に生を受けたが1度も海に出た事は無い。正直あんな思いをした海に進んで出ようなんて周りの子達が不思議で仕方が無い。

 

「海なんかより工廠で仕事してた方が楽しいけどなぁ」

 

 あの時代には無かった設備や道具、そこだけは再び生を受けて良かったと思える事の1つ。そんな事を考えていると目的地である大湊鎮守府に到着した。そこでわたしは慌ててブレーキを踏むと車から飛び降りて海を眺める。

 

「綺麗……」

 

 艦載機の演習か何かなのだろうか、キラキラと光る海の上に桃色のスモークで大きな花が描かれる。花びらの数は6枚、先端が僅かに割れておりすぐにその花が桜なんだと分かった。艦載機を操っている艦娘の練度の差なのか1枚1枚の形は微妙に違うけどそれでも綺麗以外の感想が浮かんでこない。

 

「でも、何で桜……?」

 

 桜と言えば海軍では無く陸軍だったような気がする、それをどうして海軍である大湊鎮守府の演習で描いているのだろうか。わたしはもっと近くで見たいと思い長時間の運転で固まってしまった身体を無視して歩き出す。

 

 そこでわたしは優しく微笑みながら空を見上げている1人の男の人と出会った、左目には眼帯をしており目付きは悪く決して人相が良いとは言えない。それでもわたしにはその人がとても優しく微笑んでいるように見えた───。

 

 

 

 

 

 

「悪いがもう少しだけ見ていても良いかな?」

 

 車の音が聞こえて足音がこちらに近づいて来た事で迎えが来た事は分かった、俺が無理言って陸路にしてもらったからには俺の都合で待たせるのは失礼だと思ったがそれでも俺は彼女達の贈り物をしっかり胸に刻みつけておきたかった。

 

「えっ、あっ! 全然お気になさらず! ごゆっくりどうぞ!」

 

「ありがとう」

 

「綺麗ですね。 でも、どうして桜なんですかね?」

 

 てっきり迎えは野郎だと思っていたのだが、声で女性だと分かり少し意外に感じる。そして女性が疑問に思うのは当然だと思って俺はどうして桜なのかを知らせるために錨では無く桜が刺繍されている白い帽子を女性に見せる。

 

「たぶん俺が陸の出身だからじゃないかな」

 

「それではあなたが湊少佐ですか」

 

 俺は女性の質問に首を縦に振って答える、風が吹き空に描かれた桜が僅かに輪郭をぼかそうとした時に女性は慌てて車に走って行ったと思ったらすぐに何か荷物を持って戻って来た。

 

「これを!」

 

「ん? 随分と古いカメラだな」

 

「本当は修理を頼まれていた物なんですけど、1枚くらいなら試写という事で大丈夫だと思います!」

 

「……ありがとう」

 

 俺は古びたカメラを受け取ると桜が散ってしまう前にシャッターを切る。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「は、はいっ!」

 

 俺は女性の乗って来た車の助手席側のドアに手を伸ばそうとしたが手を止める。

 

「クマができてるみたいだけど、俺が運転しようか?」

 

「そんなの申し訳無いですよ! あなたを送迎するのがわたしの仕事ですし!」

 

 誰がどう見ても女性が寝不足だという事は分かる、ツナギを着ているという事は工廠辺りの作業員だと思うのだが恐らくは仕事の途中で上司から面倒な仕事を押し付けられたのだろう。

 

「交代で運転するってのはどうだ? 横須賀に着く前には必ずあんたに運転してもらう事にするからさ」

 

「で、でも!」

 

「睡眠不足で事故なんて起こしたらどういう処罰があるんだろうなぁ、怪我や車の故障で済めば良いけど上官が部下の不注意で死亡なんて事になったら大問題だろうなぁ」

 

 俺はわざとらしく運転を譲らない事で発生するデメリットを並べていく。流石に少しでも休めるという誘惑には勝てなかったのか女性は大きく溜め息をついて頷いてくれた。

 

「その前に名前を聞かせてもらっても良いかな?」

 

「明石です! 今は横須賀の工廠で艤装の修理や開発をやってます!」

 

「若いのに凄いな。 それじゃあ明石さんよろしく頼むよ」

 

「こちらこそよろしくお願いします……」

 

 俺は明石さんの言葉に頷いてから運転計画の書かれた紙と車の鍵を受け取って運転席に乗り込む。明石さんは申し訳無さそうに助手席に座ると初めのうちは必死で目をこすって起きようとしていたが、睡魔に負けて寝息を立て始めてしまった。

 

「余程疲れてたんだな」

 

 階級は分からないが歳は俺よりも若いのは分かる、それでもこの若さで艦娘という機密に関わるという事は余程優秀なのだろう。どうしても女性よりも男性が優遇される軍という場所で自らの立ち位置を見つけているというのは素直に凄いと思う。

 

「最短だと高速を使って9時間くらいだけど休憩しながらならもう少しかかるか……」

 

 運転計画を見る限り行きは小休憩のみで大湊まで来た事は分かったが、仮に運転に慣れて居たり運転好きだとしても9時間の運転となればかなり大変だっただろう。チラリと助手席を見てみると僅かに口を開けて疲れ切った表情で眠っている顔が見えた。

 

「……逃げ……て。 わた……しの事は……、良いから……」

 

「寝言か……?」

 

 表情を見る限り余り良い夢は見ていない事は分かる、起こした方が良いかと考えて数度声をかけてみたが反応は無く断片的な寝言が聞こえてくる。

 

「何度でも……、直してみせる……から……」

 

 夢の中でも仕事をしているのだろうか、仕事熱心だなと感心しても良いのだが間違いなくそんな甘い話では無いのだろう。流石にこれ以上悪夢を見たままじゃ可哀そうになり車を路肩に停めてから明石さんの肩を揺する。

 

「明石さん、起きてください」

 

「えっ、あれ……? す、すみませんっ! 寝てしまっていました!」

 

「そのまま寝てて良いよ、うなされてたみたいだから起こしちゃったけど大丈夫です?」

 

「大丈夫です、ちょっと嫌な事を思い出しただけなんで……」

 

 彼女には彼女なりに色々とあるのだろう、あまり深く追求するのも失礼だと思い短く返事をして会話を終わらせて車を発進させる。

 

「少し寝たら元気になりました!」

 

「カラ元気なのが見え見えですよ。 俺が疲れたら交代して貰うんでもう少し元気を温存しといてください」

 

「そ、そうですね。 それではお言葉に甘えて……」

 

 そう言って明石さんは助手席を倒すと大きく伸びをした、正直最近は金剛だったり赤城だったりと女の子達と一緒に過ごすことは多かったのだが、軍の同僚が相手だとどういう風に接して良いのか。変に馴れ馴れしく話して次の鎮守府で妙な噂がたっても困る。

 

「……湊さんにとって艦娘ってどう見えます?」

 

「大切な仲間ですよ」

 

その質問は俺が初めて大湊の提督に会った時の質問と同じだったと思う。

 

「即答ですか、それは道具に愛着を持ってるとかって意味です?」

 

「まさか。 確かに道具に愛着を持つことはありますが、彼女達は道具なんかじゃなく部下であり戦友と言った感じですね」

 

 明石さんは彼女達の事をどう思っているのだろうか、工廠の技術者の目から見れば彼女達はやはり欠陥品だと思うのだろうか。

 

「ありがとうございます……」

 

「どうして明石さんが礼を言うんです?」

 

「いえ、なんだか嬉しくて」

 

 頬を緩めて笑顔を作っている明石さんを見て安心する事ができた、この人は本気で艦娘を認めてくれる相手に出会えて喜んでいる。開発も行っていると言っていたし親心のような物が芽生えているのだろうか。

 

「湊さんの部下になった艦娘は幸せ者ですねぇ」

 

「まさか、俺より立派な人はいくらでも居ますよ。 今だって鎮守府の運営は彼女達に任せっきりにしてますし」

 

「鹿屋の子達が頑張ってるって話は良く耳にします、近隣海域の護衛任務は彼女達に任せたいって評判良いですよ」

 

 俺はサイドミラーを確認する振りをして明石さんから顔を背ける、ある程度の事はメールのやり取りで知っていたがこうして第三者から彼女達の話を聞くとつい頬が緩んでしまう。

 

「あれ? 照れてます?」

 

「放っておいてください、ちょっと後ろの車が気になっただけです」

 

「後ろに車なんて走って無いみたいですけどぉ?」

 

 それから俺は外から見た彼女達の話を色々と聞かせてもらった、少しくらいは暗い話題もあったがそれでも彼女達の働きを評価している人達は少しずつ増えているようで2人でその事を喜んでいた───。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、こんなに艦娘について誰かと話したのなんて久しぶりですよ」

 

「開発に携わってるなら嫌でも四六時中誰かと話をするんじゃないです?」

 

「そうでも無いんですよね。 最近は艦娘ってより、艤装を別の方法で運用できないかって話で持ち切りですし」

 

 わたし達はコンビニで買ったお弁当を食べながら雑談を続けて居たが、この人と話していると本当に艦娘の事を大切に思ってくれているのだと良く分かる。

 

「前に駆逐艦の艤装を持とうとしてみましたが、あんな重い物を良く背負うなって驚きましたよ」

 

「彼女達の艤装は適正の有る本人にしか持てないですからね、武装なんかはある程度共通した物は使えますけど主機やタービンなんかは簡単に交換できないって制約もありますし」

 

「簡単にって事は方法もあるって事ですよね?」

 

 大抵この手の話をすると軍のお偉いさん何かは食いついて来ない、上層部に取って艦娘は消耗品であり海の上で艤装を失ったわたし達はそのまま沈んでしまう。それでもわたしに話を合わせてくれているのかこの人は妙に鋭い所に目を付けてくる。

 

「姉妹艦なんかの艤装であれば、時間をかけて組み直せば可能ですね。 この前も長良型の艤装が1つロストしたって聞いて慌てて適合者の居ない艤装を使って組み直しましたし、長良型の6番艦って若干艤装の形違うんで大変だったんですよ?」

 

「……その、すまなかった」

 

「どうして謝るんですか?」

 

 確かロストしたと聞いた艤装は長良型の6番艦だから阿武隈さんの艤装だったはず、所属は確か鹿屋基地だったような。

 

「助かるためとは言え、艤装を切り離すってのは安直過ぎたかもしれないと思ったからかな」

 

「い、いえ! わたしもちょっと疲れてて愚痴っぽくなっただけなので! 艤装はすぐに作ったり直したりできますし、それを使う人が助かる事を考えるのが正解ですよ!」

 

「そう言って貰えると助かります、それでも大切に扱うようにってのは鹿屋に戻ったらしっかり伝えておきます」

 

 本当に面白い人だと思う、わたし達艦娘に好意的というだけでも珍しいのだが工廠で働いている人達にこうして素直に頭を下げられると言うのも軍の上層部の人とは思えない。

 

「明石さんって艦娘関係だと艤装関係を主に携わっているんです?」

 

「うーん。 艤装だけじゃなく本人達にもそれなりに関わっていますけど、その辺りは結構機密が多くて何を話して良いか難しいですね」

 

「答えられないのであれば無理に答えなくても良いですよ、それでも前から気になっている事があるんです」

 

「何ですか? わたしに答えられる範囲であればお答えしますよ」

 

 何が聞きたいのだろうか、今まで色々な人達に質問された事を思い返してみれば量産に関してだったり1人あたりのコストであったりわたし達を1つの兵器として捉えた質問が多かった。

 

「艦娘って男は居ないのか?」

 

「はい……?」

 

「あぁ、いや。 艦は女性だって考え方があるって話は聞いたことあるんだけど、明石さんが言う通り適正ってのがあれば男でもいけるんじゃないかなって思って」

 

 先程艤装の適性について話をしたように、艤装を艦娘以外の軍人で利用できないかという話題は出た事がある。恐らくはこの人はそんな事よりも、単純にどうして艦娘は女性しか居ないのかという事が気になっているのだろう。

 

「少し話しづらい内容ですが、順を追って説明した方が分かりやすいかもですね。 初めに艦娘になるための適性は艤装を装着する事で確認できるのですが、ここまでは男性でも行う事はできます」

 

「ふむ」

 

「この時点で艤装を簡単に持ち上げる事ができるかできないか、そんな簡単な見分け方ができます。 次は艤装を取り付けた状態で海に出てみます、ここで海に立てた男性は1人も居ないらしいですよ」

 

「適正に男女差は無いけど、海の上に立つには性別が関係してるって事か。 その理由って何かあるんです?」

 

 資料にまとめたり研究者と呼ばれる人であれば恥ずかしいと感じた事は無かったが、なんだか普通の男の人にこの先を説明するのは少し恥ずかしい。

 

「その、艦娘になった女性にはアレが来なくなるんですよね」

 

「アレ?」

 

「その……、アレです。 なんて言うか、男性には無い……」

 

「すまない、女性には言いづらい事だったか。 何となく察しが付いたから大丈夫」

 

 現在の日本に居る艦娘は徐々にだがその数を増やしている、中には年齢的にそもそも始まっていないという子達も多いのだが、ある程度成熟した女性では全員が同じような結果が出ている。

 

「ち、ちなみに艤装を取り外してしばらく時間を置けば艦娘では無くなると言う結果があるそうなので一生そのままって訳じゃないですよ……?」

 

「そうか。 戦争が終われば元の生活に戻れるって事なら安心した」

 

「そういう身体の変化も含めて、女性しか艦娘になれないんじゃないかって言われています」

 

 基本的には艤装を装着する事で普通の人と比べれば身体は頑丈になるし、筋力や視力と言った点も大幅に向上される。それでも1番身体に影響を与えるのは子宮や卵巣と言った臓器の活動が停止したと言っても良い程低下する事だと思う。

 

「不思議ですよね、その現象がどうして起きるのかはまだ分かってないんです」

 

「大湊で読んだ本の中に、艦は荒れる海から乗組員を守るための子宮だって例えた本があった。 女性は自らの子供をその身体で守り育てている、きっと本能的に誰かを守りたいって思いが形になっているのかもしれないな」

 

「なるほど、艦娘が奥さんだとしたら提督は旦那さんって感じになるんですかね?」

 

「……今の話は無かった事にしてくれ」

 

 顔を背けられてしまった。この身体の変化については染色体の影響が大きいとか、女性ホルモンの問題だとか不要な機能が停止したとか色々な意見が出ている。どんな資料を見てもしっくり来るものは無かったけれど、この人の言葉は不思議と納得できる言葉だなと思った───。


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