sub :那智だ
私は重巡洋艦だから内容を読んだが、何かの戦術行動では無いのか?
恐らく貴様も考えていると思うが、暗殺や報復の可能性も捨てきれないと思う
最低でも護身用のナイフは持って行った方が良いだろう
教官の話は大淀から聞いているが、こうして私達に連絡してくるという事は相手は余程の強者なのだろう
自分の弱さを認めて他者に意見を求めると言う事は決して情けない事では無い
あまり大した事は言えなかったが、最後に鹿屋の艦娘一同は貴様の勝利を祈っていると伝えておこう
「ご馳走様でした」
俺は瑞鶴が食べ終えるのを待ってから一緒に手を合わせる。やはり彼女も他の空母と同じく気持ちの良い食べっぷりを見せてくれたが一体その身体の何処に入っているのか不思議に思える。
「ここのご飯美味しいよね」
「はい、舞鶴のご飯があまりに酷かったって思い知らされましたよ」
「舞鶴って京都だよな、飯は不味いのか?」
蒼龍と瑞鶴の話を聞いていると何となく疑問が生まれた、実際行った事が無いから分からないのだがなんとなく京都ってだけで美味しい和食って印象がある。
「私も翔鶴姉も良く分かんない缶詰ばかり食べてたかな……」
「……それって乾パンとちょっと臭い謎の物体か?」
「そう! それ! 何で提督さんが知ってるの?」
あくまで仮定なのだが、鹿屋の食事事情が改善された事によって余った缶詰が他の鎮守府に流れてしまったのでは無いかと思えてきた。
「う、噂で聞いたことあるだけだよ」
「すっごく不味いもんね!」
まさか俺の思い付きで被害者が出てしまっているとは思わなかった。この事は本人には知らせない方が良いと俺は黙って食後の茶をすすった。
「さて、そろそろ私達は警戒任務に戻るかな」
「そうだね、午前中は負けちゃったけど次は負けないからね。 湊さんや瑞鶴ちゃんも深海棲艦の残党が居るかもだから気を付けてね」
2人はそう言って立ち上がると蒼龍が2人分の代金を支払っているようだった。警戒任務や深海棲艦の残党という言葉から2人が鎮守府周辺の深海棲艦を迎撃してくれている事が分かった。
「私達はどうするの?」
「1度宿舎に帰るか、瑞鶴の部屋を決めないとだろうし」
俺は一気にお茶を飲み干すと立ち上がり老婆に代金を渡す。
「ご馳走様でした。 それと、この前はありがとうございました」
「何の事か分かきやねばって、また食べサこながぐれれば良いし」
「はい、また来ますね」
俺は軽く頭を下げて瑞鶴と一緒に店を出る。
「先輩達はどうだった?」
「蒼龍さんも飛龍さんも良い人かなって思った、後は一航戦の人達がどんな感じなのかなぁ……」
「赤城は普段は大人しいけど、戦闘中は見間違える程凛々しくなるな。 加賀は俺の歴史の先生って所だけど、あまり雑談なんかはした事無いんだよな」
「歴史の先生? 私とか翔鶴姉の事とか何か言って無かった?」
「いや、特に聞いて無いと思うけど」
「……そっか」
その加賀と22時から会うと言う約束をしている以上は恐らくは瑞鶴よりも俺の方が彼女の情報を欲しがっているような気がする。
「何かちょっと緊張してきたかも」
「まぁいじめられたら言って来いよ、場合に寄っては助けてやる」
「うん、そうする」
いじめなのか指導なのかは判断は難しくはあるが、本当に瑞鶴がきついと感じているようであれば間に入ってやるのも俺の仕事だろう。
「何かブーブー鳴ってない?」
「ん? あぁ、メールの返信があったみたいだ」
俺は携帯を開くと内容を確認する、瑞鶴は内容を見るのはまずいと思ったのか俺に背中を向けて鎮守府のある方角を眺めてくれていた。
「ふむ、この発想は無かったな……」
確かに加賀を1度取り押さえた事もあるし、作戦の時にはかなり反対していたと思う。もしかしたら訓練の様子を見ていたのは俺の動作から弱点を探していたと考えれば説明がつくような気がする。
「お仕事?」
「まぁそんな所かな」
やはり相談して正解だったと思う、そういう誘いだと気の抜けた状態で向かえば大変な事になる所だった。俺は携帯を再びポケットに入れると悩んでいた自分が馬鹿らしくなり大きく伸びをした。
「よし、帰るか」
「うん!」
俺と瑞鶴は並んで道路の上を歩く、立ち位置が俺の後ろでは無く横に変わった辺り少しは親睦を深める事ができたのだろうか。そんな事を考えながら鎮守府に戻ると真直ぐ目的の寮へと向かった。
「ここが艦娘が使ってる寮だな、俺も空き部屋を借りてるが飛龍達もここに住んでるらしい」
「思ってたより綺麗な所なんだね」
俺も初めてここを見た時は似たような事を思った記憶がある、実際大湊の提督が建てた事を考えれば新築同然なのだろう。
「あら、おかえりなさい」
「……加賀か、ただいま」
寮に入ると首にタオルをかけた加賀が廊下に立っていた、恐らくは先ほどまで訓練をしていたと思うのだが夜に備えて調子の確認をしていた可能性もある。
「その……、瑞鶴です」
「新造艦は五航戦の事だったのね」
挨拶する訳でも無く名前を呼ぶ訳でも無い、事前に瑞鶴から話を聞いて居なければなんとなく流していたのだろうが意識して聞いてみると確かに何処かトゲがあるように感じられるような気がする。
「な、何よ。 私じゃ不満がある訳?」
「別に」
「どうせ一航戦様から見れば五航戦なんてお荷物ですもんね?」
「そんな事よりもその大荷物は何ですか?」
「そ、そんな事!?」
何やらムキになっている瑞鶴を見ながら考えてみたが、そもそも加賀は蒼龍達の事も二航戦って呼んでた気がするし実はいつも通りじゃないのかと思えてきた。
「あ、あぁ。 瑞鶴がお土産を持ってきてくれたんだ、食べ物もあるから先に置いて来るよ」
「五航戦にしては良い心がけね、赤城さんの部屋に冷蔵庫があるのでそちらを使ってください」
「あいよ、悪いが加賀は少しの間だけ瑞鶴の相手をしてやっててくれ」
ここはもう少し様子を見るべきだろう、何か瑞鶴の方から加賀に突っかかっているような気がしないでも無いし正直今のやり取りだけでは良く分からなかった。
「それじゃあよろしくな」
俺は赤城の部屋に入ると扉を完全に閉めずに少しだけ開けて会話が聞こえるようにして様子を伺う事にした。
「……何よ?」
「相手をしろと言われましたが、何を話せば良いのかしら」
「べ、別に何も話さなくても良いわよ!」
なんだかマイペースな加賀と緊張してぎこちなくなっている瑞鶴のやり取りは聞いてて少し面白い。俺はそんな事を考えながら荷物を広げて菓子を冷蔵庫に詰めていく。
「どうしてあなたがここに配属になったのかしら」
「どういう意味よ!」
「大湊はあなたの居た舞鶴と違い最前線と言っても良い場所よ、そんな所に五航戦なんかを寄こすなんて上も何を考えているのかしら」
「つまり私と同じ鎮守府は嫌だって事?」
加賀に瑞鶴が舞鶴から来たとは言っていないはずなのだが、どうして知っているのだろうか。どのタイミングで止めに入るか考えながら荷物を整頓していると鞄の底から手紙が出てきた。
「上の考えに対して疑問を持っているだけよ」
「はっきり言えば良いじゃない!」
「私から言える事は1つね、ここに配属になった以上は訓練に励みなさい」
「そ、そんなの言われなくたって分かってるわよ!」
手紙には瑞鶴について細々と書かれていた、好きな食べ物や嫌いな食べ物、どのような性格なのか、普段どのような生活を送っていたのか。最後の締めの言葉はよろしくお願いしますと丁寧に書かれており、読んでいるとつい頬が緩んでしまった。
「何を怒っているのかしら」
「怒ってなんか無いわよ!」
「そう」
「ムギギ……!」
俺は手紙をポケットに入れると、そろそろ2人の間に入ってみるかと思い赤城の部屋から出た。
「提督さんからも何か言ってやってよ!」
「加賀がどう思っているかは分からないが、俺としては瑞鶴が来てくれたことは嬉しく思うけどな」
「私は何とも思っていません、これが上の指示であれば私のやるべきことをやるだけです」
「それで良いんじゃないか?」
「え、良いの!?」
俺が完全に味方だと思っていた瑞鶴は、俺が加賀の言葉に同意した事に驚いているようだった。理不尽な事を押し付けるようであれば止めるつもりだったが、この程度であれば俺が口出しする問題では無いと判断できる。
「提督さんはどっちの味方なのよ!」
「俺は誰かのってよりも艦娘の味方かな」
「本当にそうなのかしら」
瑞鶴と加賀から睨まれてしまう、瑞鶴に睨まれるのは何となく分かるのだがどうして加賀にまで睨まれてしまうのだろうか。やはり那智の助言の通り恨みでも買ってしまっていたのだろうか。
「それでは私は訓練に戻ります」
「そうか、無理はしないようにな」
俺と瑞鶴はその後ろ姿を見送ると、加賀が見えなくなったタイミングで結構強めに脇腹を小突かれてしまった。
「全く! 何よあの態度!」
「八つ当たりは止めろよ、思ってたより良い先輩じゃないか」
「ご、ごめん。 って何処がっ!?」
何処がと聞かれてもどう説明したら良いのか悩んでしまう、別に加賀は瑞鶴が来たことに対してはっきり不満があると口に出した訳では無いと思うし、最前線だからこそしっかりと訓練を行えっていうのは心配しているからこその言葉だと思う。
「うーん、なんて伝えれば良いんだろうな」
「知らないわよ、提督さんの嘘つき!」
瑞鶴自身の練度がどの程度の物なのかは知らないが、赤城や加賀達よりも下なのは何となく予想が付く。そうであれば低練度の者を最前線に寄こしたとなれば俺が加賀の立場でも上の考えを疑うだろう。
「もう知らない!」
「お、おい」
瑞鶴は俺が加賀の言葉を否定しなかったのが気に入らなかったのか頬を膨らませてネームプレートの無い部屋に入って行ってしまった。
「そこは俺の部屋なんだけどな……」
俺の部屋と言っても殆ど使っていなかったので別に問題は無いのだが、丁寧に鍵までかけられてしまい声をかけても返事が返って来ない。一応鍵は持っているので開ける事はできるのだが、瑞鶴が落ち着くまではそっとしておいた方が良いだろう。
「俺は少し準備する事があるから離れるが、何かあればその辺の奴を捕まえて俺を呼び出して貰え、急ぎなら治療施設に赤城や大湊の提督が居るからそっちに行くと良い」
一応緊急時の対応は伝えておくが瑞鶴からの返事は無かった、意地っ張りな寂しがり屋と手紙には書かれていたが本当に寂しがり屋なのであればそのうち部屋から出てくるだろう。俺はそんな事を考えながら夜の戦闘のための準備をする事にした───。
「待たせたな」
「……その恰好は何?」
戦闘を行う可能性がある以上は動きやすい服装を、夜の戦闘という事でなるべく暗い色と考えて俺はドッグの連中から作業用のツナギを借りてきた。
「変か?」
「いえ、別に構いません」
「それじゃあ行くか」
加賀の服装はいつもと変わらず、もしかしたら別の人間が待ち伏せをしている可能性があるのかもしれない。仮にそうだとしても逃げる事に徹したら余程の相手じゃ無い限りは大丈夫だろう。
「あの子は?」
「瑞鶴の事か? 口は聞いてくれないが夕食でカレーを差し入れしたら美味そうに食ってた。 今は蒼龍に様子を見てもらうように頼んでるよ」
「そう」
「気になるのか?」
加賀から聞いて来たはずなのだが、俺の質問に返事はしてくれなかった。そこからは黙ったまま目的の民家まで歩く、周囲に人の気配は無いようだが油断はしない方が良い。
「こんな所に隠れていたのね」
「あんまり隠れてたって気はしなかったけどな」
赤城には家から出ないようにと指示を出していたが、俺自身は近くの住民の仕事の手伝いで出歩いていたし、何度か憲兵とすれ違ったような記憶がある。
「それで、何の話なんだ?」
加賀を先に家の中に入れると、俺は玄関側に立って扉の鍵をかける。背後から来るのであれば扉を破壊する必要があるし、いざという時のために退路も確保しておいた方が良いだろう。
「その前に1つ良いかしら」
「何だ?」
「敵意を向けるのを止めて欲しいのだけど?」
加賀の言葉を聞いて鼻で笑ってしまいそうになった。
「油断させたいならその発言は見え見えだな」
「え?」
「ん?」
何故か会話が噛み合わない、加賀の頭の上に?マークが見えそうな表情をしているし、俺自身良く分からなくなってきた。
「取り押さえたり、加賀の反対を押し切って作戦を決行した恨みを晴らすんじゃないのか?」
「何の事でしょうか」
まだ俺を油断させようとしているのだろうか、それとも俺の勘違いで本当にそういう誘いだったという事なのだろうか。
「良く分かりませんが、本題に入った方が良いのかしら」
「ちょっと待て、心の準備をする」
どういう事なのだろうか、那智のアドバイスを読んでからその手の誘いを断るための方法は考えて無かった。しかし勘違いと言う可能性もまだある、本題に入る前にこちらから牽制して置いた方が良いだろう。
「その、本題って……。 その、そういう内容なのか?」
「そういう内容って何かしら」
「……夜戦?」
「空母の私に夜戦は無理かと」
空母だから無理という理屈は何なのだろうか。
「何を言っているのか分からないけど、新型の深海棲艦についてあなたに聞きたいことがあるのだけど?」
「そうか」
緊張したせいか背中にどっと汗をかいているのが分かる、どうして通気性の悪いツナギなんて着てきてしまったのだろうか。
「単刀直入に聞きますが、アレと知り合いなのかしら?」
「すまん、良く分からないんだが……」
「書類上はアレは私達が沈めた事になっていますが、無傷と言っても良い姿で現れました」
「あれだけやってもダメだったのか……」
ミサイル艦を避けた様子は無かったと思う、避けられないように色々と工夫したつもりだったが正確には深海棲艦にとっては避ける必要も無かったという事だったのだろうか。
「私達は意識の無い赤城さんとあなたを守るために艦載機を発艦させましたが、全て迎撃されています」
「それならどうして俺達は生きているんだ?」
「分かりません、深海棲艦はあなたを少し眺めた後に去って行きましたので。 だから知り合いなのかと聞いているのだけど?」
「まさか、艦娘の知り合いは居るが深海棲艦に知り合いを作った覚えは無いよ」
加賀はその理由を聞きたいのだろうが、正直俺自身今の話を何1つ理解できない。俺が覚えているのは意識を失う瞬間に見た言葉と嬉しそうに微笑む姿だけだったから。
「なぁ、深海棲艦って何だと思う?」
「敵です」
「いや、そうじゃなくて。 加賀達は昔の艦の魂を持ってるんだろ? もしかしたらアレもそういう類なんじゃないかなって」
「私達と深海棲艦が同じものだと言いたいのですか?」
俺の言葉は加賀の癇に障ったらしい、敵と同じだと言われて喜ぶ者も居ないのは分かるのだが俺の言っている意味はそうでは無い。
「口の動きだけだったからはっきりと断言はできないが、俺が海に飛び込む瞬間アイツは言ったんだ『ヤットキテクレタ』って」
「やはり知り合いか何かでは?」
「その線は無いって、もしかしたらアイツ等も人の近くに居た存在なのかなって思っただけだよ」
「深入りをするのはやめた方が良いわね、戦争中に敵の事を考えればいつか判断に迷う時が来るわよ」
「それって経験談か?」
「ええ、そういう人達も多く見送って来たもの」
少し気まずい空気になってしまったが、その空気は俺の持っている携帯の着信音で終わりを告げた。登録されていない番号のようだが俺は通話のボタンを押す。
「……もしもし?」
「あっ、湊さん!? 瑞鶴ちゃんが居なくなっちゃったの!」
鎮守府からかけてきた蒼龍の言葉を聞いて俺と加賀は走り出した、夕食の時には部屋に居たのは確認しているから居なくなってからそう時間は経っていないとは思うのだがまだ周囲に深海棲艦の残党が居る可能性がある以上は放置できない内容だった───。