ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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儂も年を取った。

血が繋がっては居ないとは言え、息子の成長した姿を見るとつい涙腺が緩んでしまう。

しかし、アレはどうにも何かを選ぶのが苦手な所がある。

施設から引き取った時も弟や妹達を置いて自分だけ儂の所に来るのが申し訳無いと1人で泣いていたと聞いている。

もう少し自分の気持ちを優先させても良かろうに。

恐らくは今回もどちらを選ぶか決める事ができないだろう。

だから最後のお節介をしてみようか。

貴様にも最後の任務を伝える、今までよく尽くしてくれたな。

もしアレが親離れする事になったら、儂の代わりに面倒を見てやってくれ。


向かい風に向かって
顔は見えなくても(1)


 何度も電卓を叩くが表示される数字の頭から横棒が消える気配が無い、間違いが無い事を確認するために資料に書かれた数字を逆算してみるが最終的には綺麗にゼロになってしまった。

 

「妙高、阿武隈達に今日の訓練は中止だと伝えてくれ」

 

「分かりました……」

 

「ちょっと頑張り過ぎたみたいネー……」

 

 初めは1人で消費資材の計算を行っていたのだが、何度繰り返しても呉から運搬してきた資材よりもこの作戦で消費してしまった資材が多くなってしまったので金剛と妙高に確認を頼んだのは良いが結果は変わらなかった。

 

「しばらくは節約だな」

 

「また乾パン生活デスカ……」

 

 原因としては金剛とその妹達が派手に資材を使い切ってしまった事が原因なのだが、そのおかげでこうして命があると考えると文句を言う訳にもいかない。

 

「ところで、陸軍のおじ様から診断結果を取りに来いって電信が届いてマスヨ」

 

「やっとか、どうせ暇だし買い物ついでに行ってくるか」

 

 未だ包帯が巻かれたままになっている顔をさすると、認めたくない数字が書かれた資料を鞄に詰めて立ち上がる。

 

「私も行っても良いデスカー?」

 

「荷物持ちで良ければ良いぞ」

 

 冗談のつもりで言ったのだが、金剛は俺の持った鞄を奪い取ると笑顔のまま扉を開けてくれた。

 

「荷物を寄こせ、本当に持たせる訳無いだろ」

 

 金剛から鞄を取り戻そうとしたが、右目だけでは遠近感が掴めていないのか伸ばした右手は空を掴んでバランスを崩しそうになる。

 

「怪我人は大人しくするネー、お姉さんが手でも握ってあげマスヨー!」

 

 金剛はそう言いながら俺の右手を握りしめてきた、なんだか照れくさくて振り払いたくなったが確かに下手に転倒して新しく傷を作るのも馬鹿らしいし大人しく頼むことにしよう。

 

「そのお姉さんってのは何だ?」

 

「秘密デース!」

 

 金剛と手を繋いで駐車場へと向かったのだが、途中出会った少女達が妙に恨みの籠った視線を向けてきたのはどうしてなのだろうか。

 

「シートベルトは締めたか?」

 

「準備オッケーネ、よろしくお願いしマース!!」

 

 妙にテンションの高い金剛が気になるが、車に乗る以上は運転に集中する事にした。交通量がほとんど無いとは言え、慣れない視界で運転するのだからいつも以上に注意しなければならない。

 

「どうしてそんなに機嫌が良いんだ?」

 

 助手席に座った金剛はラジオから流れる曲に合わせて鼻歌を歌っているが、買い物となるのであればコイツにとっては良い思い出は無いと思うのだが。

 

「教官とのデートなら楽しくない訳無いデース!」

 

「これのどこがデートだよ、診断書を貰って買い物して帰るだけだろ」

 

「『男と女が2人で出かければ全部デートだ』って前に言われマシタ!」

 

 声を低くして演技っぽく話した金剛を見て、俺の真似をしているのかと無性に苛立ちを覚える。

 

「……基地に帰ったら特別な訓練をしてやるから覚えて置け」

 

「そ、そんなのまだ私達には早いヨー!」

 

「吐くまで走らせてやるって意味だよ」

 

 俺の言葉が冗談じゃないと気づいたのか、鼻歌をやめこの世の終わりかのような表情で金剛はこちらを見ていた。

 

「やっと着いたか、行きはヘリだったせいか思ったより遠かったな」

 

「急がないとお店が閉まるかもデスネ」

 

 窓ガラスを開けると見知った警衛隊員に声をかける。少し前であればIDカードを見せれば素通りする事もできたのだが、所属が変わってしまった以上はそうもいかない。

 

「湊さんじゃないですか、しばらく見ませんでしたが何処か出張でも?」

 

「あぁ、ちょっと鹿屋までな。 爺に診断書を取りに来るように言われたんだが聞いてるか?」

 

「聞いてますよ、お通り下さい……で、横に乗ってる女性は湊さんのコレですか?」

 

 警備隊員は俺にだけ見えるように右手の小指を立てると笑顔でそんな事を聞いて来た、視線に気づいた金剛は笑顔をこちらに向けてきているが、その笑顔を見て警備隊員は緩んだ表情を直して敬礼をした。

 

「お、お名前だけでも!」

 

「私は金ご──」

 

「悪いな、急いでるんだ」

 

 俺は軽く敬礼をすると窓ガラスを閉める。からかわれるのも癪だったが、艦娘が海軍の機密という事を考えれば下手に金剛と会話をさせない方が良いだろう。

 

「さっきの人は教官のお友達デスカ?」

 

「友達ってより同僚だな、無断外出の時にはよく協力してくれた」

 

 もちろん対価は求められてはいたのだが、交代制の警備隊員の中でも融通の利くあの男の時間を狙って基地から外に出る事は多かったと思う。門を抜けてからも俺に気付いた連中が手を振っていたが、助手席に座っている金剛を見て驚きの表情を浮かべていた。

 

「さて、さっさと診断書をもらって帰るぞ」

 

「面白い人がいっぱいで楽しかったデース!」

 

 俺も久しぶりに懐かしい顔ぶれを見れて楽しくはあったのだが、最終的に金剛が窓から身を乗り出して手を振り始めたのだけは勘弁して欲しかった。

 

「随分と派手なお帰りだな」

 

 後ろから声をかけられ咄嗟に身体が反応してしまった。

 

「湊少佐、帰還しました!」

 

「帰還と言う事はあの話はこちらに戻ると言う意味か?」

 

「い、いえ。 申し訳ありませんがまだ決まってません……」

 

 俺の答えに機嫌を悪くした爺はこちらに背中を向けると「さっさと医務室へ行け」と短く告げて歩いて行ってしまった。

 

「あの話って何デスカ?」

 

「後で話すよ、今はさっさと用事を終わらせよう」

 

 俺が陸軍に戻るか海軍に残るかというのはまだ誰にも話をしていない、少女達に相談したら海軍に残って欲しいと言われるのは分かり切っていたし、それで残ったとなれば自分達が無理を言って残ったと負い目を感じると思ったからだった。

 

 俺達は黙ったまま基地の中を歩くと、何度か世話になった事のある医務室へと到着した。部屋の中にはいつもの口煩い婆が居るのかと思ったが、見慣れた秘書官が座っているようだった。

 

「いつの間に秘書官を止めたんだ?」

 

「あら、おかえりなさい。 別に秘書官を止めた訳ではありませんよ、これから話す内容に機密事項が含まれますので、おばちゃんに変わってここで待たせてもらっていました」

 

 久しぶりに会うせいか俺が居なくなってからの事で話に花を咲かせていた俺の服を金剛が引っ張ってきた。

 

「この人は誰デスカ……?」

 

「あぁ、すまない。 つい話に夢中になっちまった」

 

「申し訳ありません、私は淀川と言います。 今後共よろしくお願いします」

 

 丁寧に頭を下げた淀川さんを見て慌てて金剛が同じように頭を下げる。先ほど俺が名前を名乗るのを邪魔したのに気付いていたのか、自分の事をどう説明するべきか助けを乞うような目でこちらを見てきた。

 

「金剛型戦艦1番艦、金剛さんですよね? 話は聞いていますので安心してください」

 

「なんだ、知ってたのか。 聞かれたらどう誤魔化そうか悩んで損したよ」

 

 爺の秘書官という事もあってある程度の情報は聞いているのか、金剛の事を知っているようだった。

 

「こちらが湊さんの診断書です、おばちゃんはすぐにでも大きな病院に行って検査してもらうようにって言ってましたよ」

 

 俺は淀川さんから診断書を受け取ると中身を確認する、「網膜裂孔」の疑い有りと書かれているが聞いたことの無い傷病名にいまいちピンと来ない。

 

「放って置けば治るのかな」

 

「流石にこちらの分野は専門外なので、病院で再検査を受けた方が良いとしか言えませんね」

 

 実際完全に見えなくなってしまった訳でも無いし、少し光が眩しく感じてしまうくらいであればもう少し様子を見ても大丈夫だろう。

 

「それともう1つの本題に入りますね。 これは私からの質問ですが、湊さんは今後はどうするつもりなんですか?」

 

「どういう質問か分からないな、今後も何も命令に従うだけだろ」

 

 壁に立てかけられていたパイプ椅子を2つ組み立てると、先ほどから落ち着かない様子を見せていた金剛を座らせてから自分も座る。

 

「湊さんは艦娘の教育を目的に鹿屋へと向かいました、そしてこの度の作戦で戦果をあげました。 後は後任に任せて陸軍に戻ってくる選択肢を与えられているはずです」

 

 淀川さんが何故その事を知っているのかと驚いたが、それ以上に驚いていたのは隣に座っている金剛だった。

 

「い、今の話は本当デスカ……?」

 

「あぁ、確かに決めておくようにと言われているな」

 

「それで、どちらを選ぶんですか? こちらに戻って彼女との約束を守りますか、それとも少女達と新しい道を歩んで行きますか?」

 

 今の問いかけに違和感を感じた。淀川さんがこの基地に来た時期を考えれば隊長との約束を知っているはずは無い。ラバウルでの出来事を知っている人間などこの基地では数えるほどしか居ないし、みんな軽々しく口にするような奴等じゃない。

 

「爺に言われたのか、淀川さんを使うなんて相変わらず回りくどい事をするな……」

 

「私からは何も言えません」

 

 その返事は肯定するのと同じ意味だった。俺は淀川さんに金剛の話し相手をしてやってくれと頼むと、爺が居るであろう執務室へと向かった。

 

「ノックくらいしたらどうだ?」

 

「相変わらず汚いやり口だな、呉の提督があんたを嫌っている理由が良く分かるよ」

 

 俺が来る事を予想していたのか、机の上には俺が陸と海のどちらに行くのかを記入するための用紙が置かれていた。

 

『君も分かっただろう、この男はそういう人間だ』

 

 スピーカーから呉の提督の声が聞こえてくる。どうやら爺と話をしていたようだがあまりにも準備が整い過ぎていて腹が立ってきた。

 

「それで、どうするんだ。 考える時間は与えたぞ、まだ決まってませんとでも言うつもりか?」

 

『焦る必要は無い、君は君の望む道を選べば良い』

 

 怒りに任せて陸軍を辞めてやるというのは簡単だった、しかしそんな何かから逃げるような方法でこれから進む道を決めてはいけないと踏みとどまった。海軍に残ると言う事は少女達の命を預かる事になる、だからこそしっかりと考えてから答えを出すべきだった。

 

「陸軍には確かに隊長との約束があります、俺はあの人の代わりに多くの新兵が生き残れるように育てるって約束をしました」

 

 ラバウルでの事を思い出して吐きそうになってきたが、今は弱音を吐いている場合ではない。

 

「海軍には俺を必要としてくれている子達が居ます、俺はあの子達が戦場に出る手助けをしてしまった、今更俺だけ抜けるんて許される行為じゃない事も分かってます」

 

 ここまで言葉にして分からなくなってしまった。俺は一体どうしたいと言うのだろう、陸軍にも海軍にも俺にとっては進む道がある。それでも俺は大きく深呼吸をすると俺が進むべき道を口にした───。

 

 

 

 

 

 

「それで、湊さんは鹿屋ではどんな感じなんですか?」

 

「とっても酷い人デース、会ったばかりの私を騙して荷物運びをやらせたネー!」

 

 淀川と呼ばれたこの女性はとても不思議な雰囲気を持っていると思う、一見近寄りがたい外見をしていますが、話をしてみればとても聞き上手というか丁寧に答えてくれると言うか。

 

「でも、とっても優しい人デス……」

 

 教官が私達じゃなくこの基地に戻るのであればきっと彼女も理由の1つなのだろうか。そう考えると胸が痛む。

 

「そうですね、彼は一見乱暴そうな口調ですがとても面倒見の良い方ですからね。 この基地でも彼を慕っている人が多いと聞いています」

 

 そして今日初めてこの基地に来て、教官にとっては私達以外にも大切な人が居るのだと認識させられてしまった。私達艦娘にとってこの世界は基地の中と海の上だけでしたが、あの人はもっと広い世界から来たのだと気付いてしまった。

 

「鹿屋でもそんな感じデスネ、不思議と小さい子に好かれてマス」

 

 教官は優しいからきっと私達が頼めば海軍に残ってくれると思う、だけどそれは本当に教官が望んでいる事なのだろうか。

 

「彼には不思議な魅力がありますよね」

 

「そういえば、さっき淀川が言ってた『約束』って何デスカ……?」

 

 例え陸軍を選んだとしても、それに納得できるだけの理由が欲しい。淀川の言葉の後に教官は今まで見た事がないくらい苦しそうな表情をしていた、その言葉には私が想像できないくらい重い意味が込められているのだろう。

 

「私も詳しい事は知りませんが、彼の居た部隊の隊長との約束としか教えられていません。 もう1つ私の知っている情報だと、その部隊は彼を残して全滅していますね」

 

 その言葉を聞いて何も言う事ができなかった、失ってしまった誰かの意思を継ぐ。それは私にも経験があった、比叡や霧島だけじゃないあの頃は数多くの仲間達が海の底へと沈みその意思を受け継いできた。

 

「そう……デスカ。 淀川は教官が海軍にって考えて不安になったりしないのデスカ?」

 

 先ほど教官と話をしていたこの人もただの友人と言う訳では無いと思う。詳しくは分からないけど私達と同じように教官の事を信頼しているように感じた。

 

「少しずるいかもしれませんが、私にとってはどちらも同じなんですよ。 おっと、湊さんが帰ってきたみたいですね」

 

 私は姿勢を正すと医務室に入ってきた教官を見つめる。表情を見る限り悩んでいる様子は無いし、恐らくは教官はどちらに行くのか決めたのだと思う。

 

「どうした、俺の顔に何かついてるのか?」

 

「そうやって誤魔化す癖は直した方が良いですよ」

 

 淀川は呆れたように溜息をつきながら教官に早く何を話してきたのかを説明するように促してくれた。

 

「結果から言うが、俺は海軍に残る事にした」

 

 私はその言葉を聞いて思わず教官に抱き着いてしまった。正直淀川の話を聞いて無理だと諦めていたけど、彼は私達を選んでくれたのだ。

 

「な、泣くなよ。 まだ話は終わってないんだからさ、それで『提督』ってのを目指してみようと思う」

 

 教官はそう言ったけど私は離れる気は無かった、これからも教官と一緒に居られるそれ以上嬉しい事なんて今の私には無かった。

 

「素敵じゃないですか、でも指揮をするって簡単な事じゃないですよ?」

 

「あぁ、呉の提督からも同じことを言われたよ。 艦娘を運用できる人間が俺しか居ない以上俺が提督になる事自体は問題無いらしいんだが、陸軍の人間が簡単に提督になったら周りの人間に示しが付かないらしくてさ」

 

「大丈夫デース、教官には私達がついてマース!」

 

 私達が頑張って戦果をあげれば周りの人間も教官を認めるしかなくなる、これからは私達の努力は教官のためになると考えれば力が沸いてくるような気がする。

 

「それでしばらくいろんな鎮守府や泊地に行って勉強して来いって言われたよ」

 

 その言葉は聞き捨てならない。明日も明後日も一緒に居られると思っていたが、教官が海軍に残っても私達の前から居なくなってしまうのでは意味が無い。

 

「しばらくってどれくらいデスカ……?」

 

「細かい期間は言われていないな、しばらくって言われたからには1日2日って訳でも無いだろうし、少なくても数ヶ月単位じゃないかな」

 

「数ヶ月の研修で提督になるってもの凄い出世スピードですね……」

 

 あまりその辺りの事に詳しくはないけど、確かに数ヶ月我慢するだけで教官の事を提督と呼べるようになるのであれば我慢が必要になるのかもしれない。

 

「まぁそういう事だ、明日には出発するからさっさと帰るぞ」

 

「わ、分かりマシタ。 この時間なら買い物もできそうデース!」

 

「それじゃあ行きますか」

 

 そう言って私達は医務室から出て車の止めてある駐車場へと向かった。

 

「見送りありがとうな、また暇なったら遊びに来るから淀川さんも元気でな」

 

「色々話せて楽しかったデース!」

 

「あら? てっきり金剛さんは気付いていると思いましたが、私も鹿屋に向かいますよ?」

 

 私と教官は互いに視線を合わせて首を捻る、一体淀川は何を言っているのだろうか。

 

「改めまして、軽巡大淀、戦列に加わります。 湊さんの居ない間の艦隊指揮、運営はどうぞお任せください」

 

 どうして彼女がどちらでも同じと答えたのか理解できた、私が乗ろうとした助手席に淀川改め大淀が乗り込むと、私達に早く帰りますよと声をかけてきた───。


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