作戦も無事に終了したし次の戦闘にも勝つってね!
それにしても、百枚以上のカツは…迫力あるわね…。
え? 作りすぎじゃ無いかって?
大丈夫よ! みんなカツカレー大好きでしょ?
何事も限度がある……、そうね。妙高姉さんが言うならそろそろやめておくわね。
作りすぎちゃった分は霞にでも差し入れてみようかしら。
あまり霞をいじるなって?
あの子はあんな態度だけど、意外といじられるの嫌いじゃないと思うのよね!
「……なんだよこの状況」
目の前では雷と響が浴槽の中をバタ足で泳いでいるのか、笑い声と共に俺の顔に何度もお湯がかけられてしまっている。
「私のシャンプーハットどこに行ったか知らない?」
「お部屋に置いたままだったと思うのです!」
「気付いてたなら言いなさいよ!」
暁と電が何かくだらない事で喧嘩しているようだけど、俺は頑なに目を閉じたまま開かないと意識を強く持つ。
「お前らいい加減にしろ! 俺はもう出るぞ!」
「でも、教官さんが居なくなっちゃったら阿武隈さん沈んじゃうっぽい?」
「別に俺が支えなくても良いだろ、誰か変わってくれ」
両手でどうにか阿武隈の肩を掴んで少女が湯船に沈んでしまわないようにしているが、そもそも俺じゃなくても他の子が支えてやれば良いだけだと思う。
「もー、後で教官の頭も洗ってあげるから我慢するのね!」
「それは良い、私も手伝う事にするよ」
「響、雷。 いい加減にしろよ……?」
元々は意識の無い阿武隈を入渠施設に運んでほしいという頼みだったはずなのだが、どうして俺は少女達と一緒に風呂に入っているのだろうか。
「まぁまぁ、せっかくみんなが祝勝会の準備をしてくれていたのに主役の私達が汚れたままじゃ恰好が付かないでしょ?」
「別に一緒に入らなくても、俺はお前達が入った後に入れば良かっただろ……」
「そういえば、どうして教官は目を閉じたままなんだい? やっぱり傷が痛む?」
川内と会話をしている所に響が割り込んでくる、どうして目を閉じているかと聞かれれば少女達に配慮してという理由なのだがもしかして俺が変に意識しすぎているだけなのだろうか?
「いや、痛む訳じゃないが……。 例えば響は男の人に裸を見られても恥ずかしいと思わないのか?」
「どうだろう、そもそも裸を見られるという経験が無いからね」
「わ、私は教官が見たいって言うなら別に……!」
響に関しては俺が意識しすぎているのだと分かったが、雷の言葉の意味を考えれば多少は羞恥心を持った子も混ざっていると考えた方が良いだろう。
「川内は大丈夫なのか?」
「私はタオル巻いてるしねぇ、少しは恥ずかしいって思うけど触ったりしないなら別に良いかな」
「誰が触るかよ、それじゃあ目を開けるぞ……?」
駆逐艦の子の容姿を考えればまず問題無いと思う、俺がロリコンじゃない事は時雨の件ではっきり分かった事だし妹達の面倒を見ていると考えれば問題無いと信じたい。
ゆっくりと目を開けると目の前には不思議そうな表情で俺を眺めている響と、顔を真っ赤にしてタオルで身体を隠している雷、妙にイラつく表情でニヤニヤと笑っている川内が視界に入った。
「お前等、せめて阿武隈にもタオルを巻いてやれよ……」
子供特有のイカ腹をしている響は別に良いとしても、それなりに女性らしさが見て取れる阿武隈に関しては隠してやった方が良いと思う。
「誰か阿武隈にタオル巻いてやってくれないか、意識の無いうちに裸を見られたなんて起きたらショックを受けるかもしれん」
「意識の無いうちにねぇ、別に問題無いんじゃないかな。 ねぇ阿武隈?」
川内の言葉に俺が支えている阿武隈がビクリと震えた気がする。ここは気付いていない振りをしてやった方が互いのためになるだろう。
「暁ちゃん何処なのですー!?」
「シャンプーが目に入って……うわぁぁぁん!!」
「暁も電も手を振り回すと危ないっぽい!」
夕立と暁、電が騒いでいると思い声のする方を向いてみると、顔中泡まみれになった少女達が必死で助けを求めているようだった。
「あいつら何やってるんだ?」
「さぁ、泡と戦ってるんじゃないかな……?」
こうしてこの子達を見ると先ほどまで海で化物と戦っていた兵器なんて考えは微塵も無くなってくる。少し変わった所はあるが今の少女達は年相応の可愛らしい女の子としか思えない。
「ったく、しょうがないな」
俺は阿武隈を支えていた手を離すと阿武隈が一気に顔から湯船の中へと突っ込んでいく。
「ふわぁぁ~っ! ちょっと離すなら離すって言ってくださいよぉ!」
「うるせぇ、さっさとその貧相な身体を隠せ」
阿武隈はギャーギャーと騒ぎながらも両手で身体を隠しながらタオルを取りに行ったようだった。俺は必死で腕を振り回している電の手を取ると風呂椅子に座らせる。
「大人しくしてろ」
「き、教官さんなのです!?」
俺は電の頭を両手で掴むと爪が当たらないように指の腹を使って頭を洗ってやる。こうして誰かの頭を洗うというのは何年振りだろうか。
「雷ちゃんより上手なのです!」
「あぁ、そうかよ」
「ちょっと電!? そんな事言うならもう洗ってあげないわよ!?」
鏡に映った電が気持ちよさそうな表情をしているのが分かる、頭を洗うのが上手いと言われた事は無いのだが、どうやら嘘やお世辞という訳では無いのだろう。
「目を閉じて鼻をつまんでおけ」
「はいなのです!」
電が自分で小さな鼻を摘まんだのを確認すると、一気に頭からお湯をかける。少し驚いたのかビクリと身体が震えたようだったが、頭を振ってお湯を飛ばす仕草が小動物っぽくて妙に可愛らしい。
「ほら、身体が冷える前に湯船に浸かれ」
「教官さんはお父さんみたいなのです!」
少女達がいくつなのかは分からないが、お父さんと呼ばれるほど俺も老けては居ないと思う。いや、同僚に子供が居る奴もいたはずだからありえない話では無いのか……?
「次は夕立の番っぽい!」
「その前にそこで不貞腐れてる暁からだな」
「べ、別に不貞腐れてなんて無いし!」
俺は顔中泡まみれになった暁の顔にお湯をかけてやると、電にしたようになるべく優しく頭を洗ってやる。
「……今日は悪かったな」
「別に気にしてないし……、私こそ命令に逆らってごめんなさい」
なんだか互いに謝ると妙にむずがゆくなる、それを誤魔化すように俺は頭を洗う事に集中する。電に比べて髪が長い分洗うのが面倒だが、髪は女の命と言う以上は手を抜くわけにはいかないと思う。
「痛くないか?」
「大丈夫、少しくすぐったいくらいね」
少しシャンプーが足りないと追加してしっかりと毛先まで洗ってやる、なんとか洗い終えた俺は暁にお湯をかけると、電と同じように湯船に浸かる様に指示を出した。本当は困っていた暁と電だけのつもりだったのだが、最終的には全員の頭を洗うはめになってしまった。
「流石に7人分ってのは疲れたな……」
全員で並んで浴槽に浸かると俺は天井を見上げる。こうして身体の力を抜いてただぼーっとしていると無事に帰って来る事ができたのだと徐々に実感が沸いてくる。
「比叡! 榛名! 離すネー! 教官が私を待っていマース!」
「お姉様ダメです!」
「お姉様落ち着いてください! 霧島も見てないでお姉様を止めるのを手伝ってください!」
せっかく良い雰囲気で落ち着いていたというのに、脱衣所から騒がしい声が聞こえてくる。会話から察するに金剛が乗り込んでくるつもりなのだろうが、そもそも俺はお前の事を待っていないし、流石に子供と言えない体格の金剛が入ってくるのはまずい。
「さて、騒がしくなる前に出るか」
「「「「「「「りょーかい!」」」」」」」
全員の声が浴室に響き渡った───。
「それでは、これより輸送作戦成功の祝勝会を開始します。 司会は霧島が担当させて頂きます。 本日の作戦の概要としては~」
いや、長いしそこまでかしこまる必要も無いだろ。というより、霧島の挨拶を無視して料理食ってる奴もいるし。
「ヘーイ! お疲れ様デース!」
「金剛か、最後は助かったよ。 流石戦艦って火力だったな」
思い返せば深海棲艦よりもあの砲撃で輸送船が沈む可能性の方が高かったんじゃないかと思ってしまうが、作戦が上手く行った以上は細かい事は考えなくても良いだろう。
「もっと頑張るからこれからも目を離しちゃノーなんだからネ!」
「あぁそうだな。 で、何のつもりだ?」
金剛が頭を突き出してきているが、これは新手のコミュニケーションか何かなのだろうか?
「別に撫でてくれても構わないネー!」
「次の機会にな」
俺は足早に金剛から離れる、もう少し構ってやりたいという思いもあったのだが疲れた体にあのテンションは少し厳しい物がある。
「あんたにしては良くやったわね、褒めてあげても良いのよ?」
「はいはい、叢雲さんに褒めて頂き大変光栄ですよ」
「ったく、今回上手く行ったからってあまり調子に乗ってるようなら酸素魚雷食らわせるわよ?」
口ではそうは言っているが、表情を見る限りこの作戦が成功した事が本当に嬉しいのだろう、こういう場くらいもう少し素直になっても良いだろうに。
「あら、湊教官。 本日はお疲れ様でした」
「ありがとう、妙高こそ俺が居ない間に基地の子達の面倒をみてくれてたみたいだな」
「いえ、私は何もしていませんよ。 ここに居る子達は皆良い子ですから」
俺と妙高は互いに持ったグラスを軽く打ち合わせると軽く雑談をして互いに次の相手へ挨拶をするために移動した。
「おかえりなさい」
「ただいま、作戦に参加させてやれなくて悪かったな。 時雨も本当は出撃したかっただろ?」
「今回は山城といっぱい話をできたから良いよ、でも次は僕も出撃したいかな」
「まったく、1日中あんたの話を聞かされる私の身にもなってみなさいよ。 不幸だわ……」
頭の上の艦橋らしき装飾に星を付けた山城は暗い表情のまま皿に乗った料理を口にしていた。高すぎるテンションもきついが、ここまで低いテンションに付き合うのも流石に勘弁願いたい。
「それじゃあまた後でな、あまり山城をいじめるなよ?」
俺はそう言って巻き込まれる前に離脱を試みる。少し歩いたところで部屋の隅に見慣れない顔があることに気付いた。
「お前は混ざらないのか?」
「何よ、別に私が何をしてようが私の勝手でしょ?」
「おーい! 霞どこに居るのー?」
「ち、ちょっと私を隠しなさい!」
足柄の声が聞こえたと思えば目の前の少女は俺の背中に隠れてしまった。何か事情があるのか分からないが今は付き合ってやろう。
「足柄さんは行ったかしら?」
「あぁ、途中で羽黒を見つけて連行して行ったな」
「霞よ。 覚えておきなさい」
「湊だ、別に無理に覚えなくても良いぞ」
霞と名乗った少女は自信ありげに胸を張って自身の名前を告げてきた。叢雲に近いタイプなのかなと思ったが、何故か少しからかってやりたい気持ちが沸いてくる。
「足柄は苦手なのか?」
「別になんだって良いでしょ? あんたには関係ないわよ」
「そうか……。 おーい! 足柄ー! こっちに霞が居るぞー!」
俺は足柄に聞こえるように大声で叫ぶ、俺の声に気付いたのか足柄は他の子達をかき分けながらまっすぐこちらへと歩いて来た。
「なんだ居るじゃない、霞も一緒に飲むわよー!」
「こ、このクズー! …本っ当に迷惑だわ!」
足柄は霞を抱え上げると来た方向へと戻って行った、なかなか面白い子が来たものだと俺は妙な満足感を感じた。
「あのー……教官さん、お疲れ様です」
「羽黒か、足柄達と飲んでたんじゃないのか?」
「霞ちゃんが来てくれたので、どうにか逃げ出すことができました……」
来てくれたというよりも、連れて来られたという表現の方が正しいと思うのだがあまり些細な事は気にしない方向でいこう。
「教官さんは……お茶ですか?」
「あぁ、どうも酒は苦手でな。 すぐに意識が無くなってしまう」
「意外ですね、てっきり強いと思っていました」
飲まない分食べると羽黒に説明すると俺はグラスをテーブルに置いて適当に料理を皿に取って頬張る。美味い、誰が作ったのかは分からないがろくに食事を取っていなかった俺には今まで食べた中で1番美味いのではと思った───。
「榛名、聞きましたか?」
「ひ、比叡お姉様落ち着いてください……」
私は敵の弱点をついに発見する事ができました、お酒に潰れた情けない姿を見ればきっと金剛お姉様も正気に戻ってくれるはずです!
「榛名は那智さん達が買って来たお酒の中で1番強そうなのを持ってきてください」
「は、はい……」
問題はいかにして教官にそれを飲ませるかだけど、こういった策略は霧島に相談した方が良いでしょう。
「教官にお酒を飲ませる方法ですか」
「そうです! 先ほどからあの人は私達に気を使って一滴も飲んでいないようです、このままじゃせっかくお姉様が企画したこの祝勝会も失敗に終わってしまう可能性が!」
我ながら良い言い訳だったと思う、この理由であれば霧島もきっと協力してくれると思います!
「そうですね、恐らくは初めの一杯さえ飲んで頂ければ後はなし崩し的に飲み始めるのでは無いでしょうか?」
「その一杯が難しくて霧島に相談しているんですよ! 艦隊の頭脳と呼ばれた霧島の腕の見せ所ですよ!」
「……! そうです、私は艦隊の頭脳霧島です。 比叡お姉様、是非とも私に任せてください」
そういえば誰が霧島の事を艦隊の頭脳だなんて言い始めたのでしょうか?いつも霧島が言っているから誰かが呼んでいるのだとは思いますが……。
「お姉様! 達磨と呼ばれていたお酒を手に入れてきました!」
「流石榛名、後は霧島が協力してくれるそうです!」
榛名は霧島にお酒の入った瓶を手渡し、私と一緒に机の影から霧島の行動を見守る。一体どのような知略が張り巡らされているのか……!
「真っ直ぐに教官に向かっていますね……」
「しっ! 見つかるとまずいです静かに!」
何やら話しているようですが、ここからでは流石に会話の内容まで聞き取れません。教官が首を横に振っているという事は交渉は失敗したのでしょうか?
「あれ? お酒の蓋をあけましたよ?」
「そうみたいですね、一体どうやって教官に飲ませるつもりなのでしょうか……」
霧島は突然天井を指差すと私と榛名もそれにつられて上を見上げてしまう。それは教官も同じだったようで、間抜けな顔をして上を見上げ僅かに空いた口に霧島がお酒の瓶を突っ込んでしまった。
「ひ、比叡お姉様! 無理やり瓶を!」
「まさか力業で行くとは……、味方の予想すら欺くとは流石艦隊の頭脳の2つ名は伊達じゃないですね……」
しばらく抵抗を続けていた教官でしたが、瓶の中身が半分ほどになった辺りで大人しくなってしまいました。後はだらしなく横たわっている姿を金剛お姉様に見て頂くことでこの作戦は成功に終わるでしょう。
「あの……、何やら様子がおかしいようですが」
「酔い潰れましたか?」
机から少しだけ顔を出して状況を確認すると、先ほどまで抵抗していたお酒を自ら飲み干そうとしているようだった、すぐに意識が無くなると言っていたのにどういう事だろうか?
「ぜ、全部飲み干してしまいましたね……」
「お酒が弱いと言うのは嘘や冗談だったのでしょうか?」
このままだと作戦が失敗してしまう、そんな事を考えていると教官は突然霧島の手を引き抱き寄せてしまった。金剛お姉様という方が居るのに霧島にまで手を出すとはどういう事なのでしょうか!
「教官! それ以上は見過ごせませんよ!」
思えば様子がおかしいと思った時点で逃げるべきだったと反省しています、私のつまらない作戦のせいでこの鹿屋基地が最大の危機に陥るとはこの時の私にはまだ理解できていませんでした───。
何かの節目には毎回お風呂回にしようかな。