今日は那珂ちゃんのライブに集まってくれてありがとー!
こうしてこんなに大勢の人が集まってくれるなんて、嬉しすぎて那珂ちゃん泣いちゃいそうだよっ!
よぉし!那珂ちゃん今日も可愛ぃ♪
これなら帰ってきたみんなも喜んでくれるよね?
あれ、神通お姉ちゃんどうしたの?
真面目に準備しなさいって……?
分かってないなぁ、アイドルにとってこうしてリハをやるのも準備のうちなんだからねっ!
……ま、真面目に準備するから怒らないでよー!
「ガラ空きなんですけど!」
深海棲艦とすれ違いざまに14cm単装砲を向けて引き金を引く。砲弾は敵の右側面に当たり轟音と煙を上げながら標的は沈んでいった。
「阿武隈さん避けるっぽい!」
無事に相手を沈めた事で少しだけ油断したのがまずかった。私は夕立ちゃんの声を聞いて咄嗟に出力を全開にして前に進む、急に加速したせいか足に鋭い痛みが走る。
「雷、もう少し下がって!」
「私の事は良いから暁は目の前の敵を!」
後ろから暁ちゃんと雷ちゃんの声が聞こえてくるけど、今は2人の援護に回れるほど余裕が無かった。海面に雷跡を確認して一気に舵を切って針路を変えるけど私の近くで爆発した魚雷は水柱と共に私の身体を少しだけ浮かび上がらせる。
《大丈夫か!?》
教官の焦った声が聞こえてくる、右足がすごく痛い。前が見えないのは目に海水が入ったせいなのか意識が混濁しているのかも判断できない。
「このまま負けるなんてイヤ!」
必死で頭を振って意識を繋ぎとめる。揺れる視界には破れてしまったスカートや腰についている艤装の砲塔が曲がってしまっているのが見えた。それでもこんなところで諦めたくない。
「電、危ない!」
「はにゃあーっ?!」
後ろで電ちゃんの叫び声が聞こえる、今は自分の心配よりも目の前の敵を沈める事に意識を集中させる。せめて後1隻沈める事ができれば、そう思い単装砲の照準を私達に向けて大きく口を開いた敵に向けて引き金を引く。
しかし不安定な体勢で放たれた砲弾は明後日の方向に飛んで行くのが見えた、それを嘲笑うかのように深海棲艦はこちらに口の中に見える方向を向けてくる。
「やっぱあたしじゃムリ……?」
急いで射線から逃げようと出力を上げようとするけど、主機からはカラカラと何かが空転するような音だけが聞こえてくる。
《艤装の浮力を落とせ!》
どうしようかと必死で考えていると教官の声が聞こえた、そんな事をしてしまえば私達は海に浮かんでいられなくなる、それでも今はその指示に従うべきだと思った。
《川内、阿武隈の援護に迎え!》
「分かってる!」
浮力を無くすために缶の火を落とす、被弾して元々浮力が少なくなっていた右足が海へと沈んでしまい私はそのまま海面へと倒れこんでしまう。そして私の前を敵の砲弾が通り過ぎて行った。
「兵装を捨てろ!」
無線では無く教官の声が直接聞こえた。
(この人は本当に馬鹿な人ですね……)
身体が半分程沈んでしまった私の視界には甲板から救命具を抱えて飛び込む教官の姿が見えた。まだ敵は残っている、私達艦娘は敵の攻撃を受けてもどうにか耐える事ができるけど、生身の人間が受ければ間違いなく無事ではいられない。
「お前の相手は私だよ!」
橙色の制服を風でなびかせながら川内さんが私の横を通り過ぎていく。動きづらい海中でどうにか単装砲や魚雷を外すと、浮力を失った体の沈んでいく速度が緩やかになった。
「大丈夫か!?」
「体中が痛いです……」
教官は私を抱きかかえると手際よく救命具をつけてくれた。「痛いのは生きている証だ」と教官は苦笑いを浮かべると、そのまま私の背中を引っ張って輸送船へと泳ぎ始めた。
「阿武隈さん大丈夫!?」
「暁、今は敵を倒すのを優先するわよ!」
暁ちゃんと雷ちゃんが川内さんの応援に向かうのが見えた。
「電は阿武隈さんと教官を船へ、私も川内さんの援護に行くよ」
「はいなのです!」
電ちゃんに曳航されながら輸送船へと戻ると、甲板で1人の女性がロープをこちらに投げ渡してくれた。
「まったく、面白いと思ってたけどここまで面白い人だとは思わなかったわよ?」
「俺は面白くねぇよ、早く阿武隈を引き上げてやってくれ」
救命具に結び付けられたロープによって私の身体は甲板へと引き上げられていく。薄れていく視界には川内さん達が最後の1隻を沈めるのが見えた───。
「川内、被害の報告をしろ」
阿武隈の応急手当を終わらせて甲板に戻ると川内以外の全員が座り込んでしまい息を荒げてしまっている。
「暁、雷と響が小破、夕立と電が中破寄りの小破ってところかな。 阿武隈は大丈夫そうだった?」
「あぁ、魚雷の破片で何ヵ所か裂傷があったが命にかかわるような出血は無い。 意識が無いのは爆発の衝撃で軽い脳震盪でも起こしたんだろ」
陽が沈み始めてから目に見えて深海棲艦との遭遇が増加している。数自体も増えているとは思うのだが、こちらの索敵範囲が狭くなっていく事でどうしても事前に針路を変更するというのが難しい。
「夕立と電の被害をもう少し細かく教えてくれ、場合によっては龍田や球磨達に交代してもらう」
「夕立はまだ戦えるっぽい!」
「電もまだいけるのです!」
2人は疲労のせいなのか顔は若干赤みを帯びており、目も軽く充血してしまっている。目立った怪我は無いようだが、夕立は左足についている魚雷発射菅の取り付けがおかしくなっているようだし、電も2本ある砲塔が1つ曲がってしまっているようだった。
「……針路を変更して佐田岬から佐賀関港へのルートを使う。 龍田、悪いが呉に連絡を入れてもらっても大丈夫か?」
「別に良いけど、問題を先延ばしにしてばかりじゃ何もできないわよ?」
問題を先延ばしにしてる事は十分理解している、例えどれだけ陸の近くを航行したとしても夕方からの敵との遭遇率を考えれば焼け石に水とでも言える。それでもいざという時の事を考えれば陸地が近い方が生存する可能性は高くなる。
(それと、こいつらに俺の事をどう説明したものか……)
少女達には呉から映像を見ながら指示を出すと伝えていた、響はすでに俺がこの船に乗っている事を知っているが、他の子達にどう説明したものか。
「教官さんには悪いけど、みんなもう知ってるっぽい」
「そうね、私達に内緒で船に乗ってるなんて失礼しちゃうわね!」
「暁ちゃんの言う通りなのです、なんだか水臭いのです!」
どういう事だろうか、響が他の子達に話したとは考えづらいし、他に俺が船に乗っている事を知っているとしたら川内や龍田達が話したのだろうか?
「おい、川内。 どういうことだ?」
「い、いやぁ……。 やっぱり夜の海は良いね!」
怪しげな態度を取る川内に問い詰めてやろうかと歩いて距離を縮めようとするが、雷に間に入られてしまった。
「まったく、教官も素直じゃないのね! 寂しいって素直に言ってくれれば一緒に居てあげたのに!」
「どういう事だ?」
俺の問いかけに雷は無線から俺と響の会話が聞こえてきたと教えてくれた。その時の様子を振り返ってみると、確かに響のインカムが机の上に置かれていた事を思い出した。
「どうして俺に話さなかった?」
別の意味で川内を問いただす必要ができた俺は何やら胸を張って「もっと頼っても良いのよ」と言っている雷を無視して川内に近づく。
「この際だから言わせてもらうけど、それは教官が暁達に秘密にしていた理由と同じだよ」
「……そうか。 お前達は余計な事を考えなくても良い、今は自分達が生き残る事だけを考えてろ」
叱るに叱れなくなった俺は少女達に背中を向けると操舵室へと戻る事にした。恐らくはこのまま戦闘を続けていれば少女達の体力が持たないと思う、撤退のルートも考えなければならないが、下手に迂回を続けるより体力があるうちに一気に距離を稼いでしまった方が良いのではなかろうか。
「おい、お前達も艤装をつけておけ。 働いてもらう事になるかもしれない」
操舵室に戻ると球磨だけじゃなく多摩までもが空調の下で涼んでいるようだった。
「了解だクマー!」
「多摩も出撃するのにゃ?」
「あぁ、それに艤装を付けておけば最悪この船が沈んだとしても海上を航行して逃げる事ができるだろ」
どちらかと言えば後者の意見が本音に近い、それでも訓練を行っていない川内に長時間の戦闘は厳しいだろうし球磨の話を聞いている限りここはこいつ等にも力を貸してもらう必要があると思った。
「全員よく聞いてくれ。 ルートは佐田岬から佐賀関港を使うが、ここから先は海軍のセオリーじゃなく俺の経験で作戦を立てさせてもらう」
無線からは少女達の息をのむ声が聞こえてきた。俺がこの船に乗っている事を少女達が知っているからには最悪俺が囮として少女達を撤退させるという作戦はできないと考えた方が良い。
「阿武隈以外の艦娘は佐田港に到着したらこの船との距離が1km以上開くまで待機してもらう。 俺が出撃の指示を出したら距離を維持したまま航行を開始、恐らくは俺の後方に付いてきている敵を迎撃してくれ」
《それじゃ教官さんが危ないのです!》
「それはお互い様だろ、龍田と球磨、多摩は川内達の後方へ位置して川内達に集まってきた敵の妨害を頼む。 お客さんに殿を頼むようで申し訳ないが、危険だと察したら最優先で撤退してもらっても構わない」
「上等だクマ」
「問題無いにゃ」
《そんな事やらなくてもいけるっぽい!》
電や夕立は俺の事を心配してくれているようだったが、どちらにしても少女達が戦闘を行えなくなった時点でこの作戦は終了してしまう。この船に兵装が取り付けられていない以上は俺が囮になって効率的に敵を殲滅していく方がまだ見込みがある。
「異論は認めない、それでも嫌だと言うのなら佐田港に迎えを寄こすように頼んでやるからそこでこの任務から降りろ」
少女達に負担をかけているのは十分理解している、守ろうと思っている相手を囮にするなんて俺が指示を出される側なら断固として拒否しても良いと思える。しかし少女達が俺を守りたいと思ってくれている以上に、俺は少女達が生き残る可能性を少しでも上げてやりたかった───。
「次に同じことを言ったら無事じゃ済まないデスヨ?」
「あら、逆ギレ? 天下の戦艦様も随分とだらしないのね」
「2人共落ち着いてください、霞も人を侮辱するような発言は控えるようにと何度も言っているはずですよ」
霞の口の悪さは以前から注意していましたが、やはりこうしてもめる原因になってしまったと私は溜息をついてしまう。
「金剛さんも少し落ち着いてください、私が厳しく指導しておきますので……」
「……子供の言った事デシタ、私も少し大人げなかったデース」
「あーもう、バカばっかり。 クズをクズだって言って何が悪いのかしら」
身を乗り出そうとした金剛さんを比叡さん達が必死で引き留めてくれていました。私は霞に目線を合わせるようにしゃがむと、先ほどの言葉を訂正するように促す。
「どうせ今の軍人なんてみんなクズよ、妙高さんだって佐世保で嫌って程味わったでしょ?」
「……確かに佐世保の提督は決して褒められる方ではありませんでした、しかしこの基地に居られる湊教官は私達を囮として扱うような方ではありませんよ」
「何よ、妙高までそのミナトって男に誑かされたの?」
霞の性格を考えれば引くに引けなくなってしまっているのだという事は理解できる、しかし鹿屋の方達にそれは伝わっていないだろうし、何より信頼している自分達の上司を侮辱されたのであれば金剛さんのように殺気立っている方が居てもおかしくない。
「僕からも一言良いかな、霞が誰をどう思っても勝手だと思うけど僕達の前で湊教官を侮辱するのはやめてもらえないかな?」
「時雨までそんな事を言うのね、あんたの大切な山城が佐世保でどんな目にあってたか知らない訳じゃないんでしょ?」
時雨ちゃんは一見冷静そうに見えるけど、拳を強く握りしめているのが見える。少女なりの精一杯の妥協だったと思いますが、流石に霞の返事に眉間に皺を寄せてしまっているようでした。
「騒がしいようですが、どうされたのでしょうか……?」
食堂が騒がしい事に気付いて様子を見に来たのか、橙色の制服をまとった少女が心配そうな表情を浮かべて入ってきた。その姿を見た瞬間霞の表情が固まってしまった。
「じ、神通さん! べ、別に何も無いのよ?」
「そうですか……、それなら良いのですが……」
先ほどまでの強がりは何処に行ってしまったのか、金剛さんに詰め寄られても平然としていた霞の様子が少しおかしい。
「金剛さん、霞ちゃんの言っている事は本当でしょうか?」
「……本当デース、私達はただ自己紹介をしていたダケネ」
神通さんが金剛さんに事情を尋ねているのを黙って見ていた霞でしたが、先ほどの暴言について話すことが無いと分かったのか少しだけ安堵しているようでした。
「そうですか、それでは私は祝勝会の準備に戻りますので……」
これ以上ここに居ても仕方が無いと判断したのか神通さんは自分の担当する場所へと戻って行った。
「その……、助かったわよ」
「助けた訳じゃナイヨ、私はまだ教官の事をクズだと言った事は許して無いデス」
急な登場人物のおかげで少しはこの場も落ち着いてくれたようですし、仕切りなおすのであれば今しかないと判断する。
「それでは皆さん、各自手分けをして祝勝会の準備を進めましょう。 那智達もそろそろ帰ってくるでしょうし、料理も沢山必要になると思うので」
私の言葉で各自自分の担当する場所へと帰って行きました、1人残されてしまった霞の頭に手を乗せると優しく撫でてやる。
「神通さんは苦手なのですか?」
「別に苦手って訳じゃないけど、なんだか身体が逆らっちゃダメだって……」
「そうですか、もし本当に霞がこの基地の教官さんの事をクズだって本気で思うのであれば、神通さんの前でも同じことを言ってみるのはどうでしょう?」
霞はその場面を想像したのか顔を真っ青にして頭をブンブンと左右に振って誤魔化しているようでした。
「確かに私達が艦の時代に比べると、尊敬できるような方は減ってしまっているように思います。 それでも金剛さんや時雨さん、この基地に居る艦娘にとっては湊教官は信頼に値する人物なのでしょうね」
「……悪かったわよ、言い過ぎたって反省してる」
「それは私じゃ無くあそこにいる方達に伝えた方が良いんじゃないかしら?」
金剛さんが駆逐艦の子達に料理を教えているのを指差して霞に謝ってくるように促してみましたが、流石に恥ずかしいのか顔を真っ赤にして霞は壁の飾りつけに戻ってしまいました。
「まったく、少しは素直になれば可愛らしいところもあるんですけどね」
そんな事を考えていると無線から呼び出し音が聞こえてきた、金剛さんの持っている無線にも連絡があったのか料理の続きを他の方に任せてこちらに歩み寄ってきました。
「難しい話かもしれません、執務室に移動しましょう」
「私も同意見ネ、今はこの子達に心配させるような話は聞かせない方が良いデス」
なんだか胸騒ぎを感じているのは金剛さんも同じようでした、これがただの順調だという報告なら良いのですが。
《聞こえるか?》
「大丈夫デース! それで用件は何デショウ?」
《少し無理をするかもしれない、可能なら前に話した地点まで迎えを頼みたいと思ってな》
「無理ですか……?」
私と金剛さんは教官さんがこれから行う作戦について説明を受けた後に、声を荒げてその作戦を否定した。
《悪いが納得してくれ、これが1番作戦成功の可能性が高いんだ》
「……何を言ってもダメなんデショウネ、それでタイミングはどうやって合わせるのデスカ?」
《鹿屋からの距離と航行速度を計算した結果をこっちに送ってくれ、それを見て出撃のタイミングは俺が出す》
資材に不足により私達はあまり長距離航行する事ができない、それでもギリギリ往復可能だと思われる場所まで私達が迎えに行くという案は事前に計画されていました。
「教官……、必ず迎えに行くカラ、沈むなんてノーなんデスカラネ……」
《分かってるよ、何があってもあの子達は無事に鹿屋に送り届けるから安心しろ》
金剛さんの心配そうな表情を見ているととても胸が苦しくなります、先ほどの霞とのやり取りもそうですが、余程教官の事を大切に思っているのだと伝わってきます。恐らくは彼女もこの作戦に参加したいと思っていたはずですが、心配そうな表情は今まで見せていなかった、私はこの女性はとても強い方だなと心の底から思った───。