崩れそうで崩れない荷物を見ているとなんだか目が離せないにゃ。
資材を無事に送り届けろというのは、提督からもらった最初で最後の任務にゃ。
だから絶対に無事に送り届けるにゃ。
でも、あのドラム缶が崩れたら1人で支えられるのかにゃ?
いざとなったら球磨姉にも手伝ってもらうとするにゃ。
それにしても……、退屈にゃ。
《夕立ったら、結構頑張ったっぽい!? 教官さん、褒めて褒めて~!》
無線から夕立の声が聞こえてくる。確かに急な初陣となってしまったが、予想以上に好調な滑り出しになったと思う、こちらは弾薬をいくらか消費してしまったが目立った被害も無い。
「あぁ、そうだな。 映像なんかじゃなく直接見たいくらいすごかったよ」
《もっともーっと頑張るからちゃんと見てると良いっぽい!》
もう少し褒めてやりたいと思ったが、今の戦果を呉の提督に報告してくると伝えて無線のスイッチをOFFにする。戦闘自体に悪い点は無いのだが響の不調が少し気がかりだ。
「教官、戻ったよ」
「川内か、響の様子はどうだ?」
「今は龍田に預けてきた、あのままじゃ出撃させない方が良いよ……」
最悪響が出撃できないのであれば積み荷の資材を使用して川内を出撃させる事も考えておかなければならない。
「不調になった原因も調べる必要があるか、もし深海棲艦との接敵が原因なら他の子達も同じ状況に陥る可能性があるからな」
「それにしては少しタイミングがおかしい気がするんだよね」
「どういう事だ?」
「無線を聞いてた感じどうも私が雷跡を発見するより前に様子がおかしくなった気がするんだよね」
川内の言葉を聞いて当時の様子を思い返してみる。確かに夕立と阿武隈が違和感を感じて警戒を強めた、そこから俺は川内に索敵に加わる様に指示を出した。電が響と陣形の位置を変わると提案した辺りで様子がおかしくなったような気がする。
「私達の提督になろうとしているのに随分と無知ねぇ」
操舵室の扉がゆっくりと開かれると龍田が顔だけ出して中の様子を伺っているようだった。てっきり鹿屋につくまで客室で大人しくしているものだと思っていたが、何の用だろうか?
「悪いが俺は提督なんて目指していない。 それと無知ってのはどういうことだ?」
「おじ様にでも聞いてみたらどうかしら? 私は響ちゃんが無事に眠ってくれたって伝えに来ただけだもの」
それだけ言って龍田は操舵室の扉を閉めてしまった。突然の事であまり状況を理解できていない俺と川内は顔を見合わせる。
「おじ様って呉の提督の事かな?」
「たぶんそうだろうな、このまま悩んでいても仕方が無いし連絡を取ってみるか……」
俺は無線の周波数を呉の司令部へと変えると少しだけ時間をおいて応答があった。
「こちら湊少佐です、提督と連絡を取りたいのですが」
《少々お待ちください》
話が長くなってしまう可能性を考えて、川内に周囲の索敵を怠らないように指示を出しておくようにと伝えて置く。川内は頷くと双眼鏡を持って操舵室から出て行った。
《戦果の報告なら要らんぞ、こちらも映像は確認している》
「1隻撃破したなんて事で戦果を喜ぶほど能天気じゃありませんよ。 それより『駆逐艦 響』について知っている事があれば教えていただきたいのですが」
《どういう意味だ?》
俺は響の不調を伝えると、当時の状況を細かく説明する。龍田は俺に無知だと言った、つまり知識があれば気付ける問題だという事なのだろう。
《なるほどな、ヒ六一船団の輸送船護衛でも思い出してしまったのだろう》
「どういう事ですか?」
聞いたことのない船団名を言われてもまったく理解できない。思い出してしまったという言葉がある以上は艦の記憶に関係しているのではという俺の予想は当たっているとは思うのだが。
《駆逐艦響は目の前で敵潜水艦に駆逐艦電を沈められている。 その時の状況と今回の状況が重なって見えてしまったのだろう、艦娘が過去の記憶を思い出して不調に陥るのは数例確認されていると資料にも乗っているはずだが?》
「勉強不足で申し訳ありません、そうであれば響に作戦続行させるのはまずいと判断した方が良いでしょうか?」
《この作戦の指揮権は貴様にある。 好きにしろと言いたいところだが、1つ助言をするのであれば少女に『信頼している』と伝えてみるんだな》
どういう意味かと尋ねる前に無線を切られてしまったようだった。過去に目の前で妹を失ってしまった少女に信頼しているとはどういう意味なのだろうか?それでも今はそれ以上の情報が無いため素直に助言を聞き入れる事しかできない。
俺は操舵室から出ると客室へと向かう。本来であれば俺が輸送船に乗っているという事は少女達には伏せておきたかったのだが、妖精の居ない響であれば俺が居るからと無茶をする事は無いと思うしかない。
「入るぞ」
俺は数度ノックして響が休んでいるであろう客室の扉を開ける。返事が無かったためゆっくりと扉をあけて中の様子を確認してみると、龍田から聞いていた通りベッドで横になって眠っているようだった。
(目の前で大切な人を失う、艦の記憶とは言えこの小さな身体でその記憶は重すぎるよな……)
額に大粒の汗を浮かべていた響をテーブルの上に置かれていたタオルでそっと拭ってやる。昔の事を思い出して震える手で煙草を取り出そうとするが、呉の提督の言葉を思い出して胸ポケットまで伸ばした手をそっとおろす。
「……信頼しているか。 そんな言葉を君達に送れるほど俺は強い人間じゃないよ」
震える手を握りしめて客室から出ようとした所で後ろから声をかけられた。
「教官……? どうしてここに?」
「あぁ、悪い。 起こしちゃったか、響の代わりに川内に出撃してもらうから鹿屋に着くまで休んでいていいぞ」
「……待って欲しい!」
響の声が狭い客室の中に響き渡る。あまりにも必死な表情に少しだけ気おされてしまう。このまま出ていくわけにもいかず、椅子に腰かけると響の顔をじっと見つめる。
「無理はしなくても良いんだ」
「無理じゃない、少し休めばすぐに出撃できるようになるさ」
顔色は優れず、先ほど拭った額にも再び汗が浮かんできている。視線もどこか安定していない所を見る限り強がりだという事は容易に想像できる。
「悪いが俺の判断で響は待機してもらう。 先ほどのような事があれば他の子にも負担がかかるからな」
少し可哀そうだとは思ったが、再び戦闘になれば次は誰かの命に関係してくる可能性がある。それこそ響を庇って暁達が犠牲になったとなれば不幸な記憶を増やしてしまうだけだろう。
「嫌だって言っても無駄なのかな……?」
「響だって俺がダメだって言っている理由は分かってるだろ?」
暁型の姉妹の中でも響は賢い方だと俺は認識している、それ故自分の不調やそれが他の仲間達にどのような影響を与えるかは自身も理解しているだろう。
「……少しだけ私の話を聞いてくれないかな?」
響の言葉に俺は黙って頷く。どのような内容であれ少女が話したいと思った事ならばしっかりと聞いておきたかった。
「まだ艦の姿だった頃に、私は目の前で電が沈んだのを見てしまったんだ……」
先ほど呉の提督の言っていた内容は正解のようだった。やはり少女達と付き合っていく以上は俺ももう少し勉強しておく必要があると反省する。
「私達は交互に索敵を行っていたんだけど、電と交代して30分も経っていなかったと思う」
どうやら今回の不調の原因は電が索敵をするから場所を変わって欲しいと響に頼んだ状況が過去と重なってしまった事が原因だと察する。
「そして私は姉妹の中で1人だけ生きて終戦を迎えたんだ。 戦後は賠償艦としてソ連へ移った、そこで『Верный』信頼できるという名前を貰ったんだ」
「信頼できるか、良い名前じゃないか」
俺の言葉に響は首を横に振った。
「妹達を見殺しにして、仲間たちが決死の作戦に挑んだいうのに私はドックでただ待っていたんだ。 そんな私が信頼できるなんてひどい皮肉じゃないか、どうして妹達じゃなく私が生き残ってしまったんだろうね」
「そうだな、自分だけ生き残るって辛いよな」
俺に返事に何か言いたそうな響だったが、目が合った瞬間に黙ってしまったようだった。確かに命を奪われた者は、生き残った者には分からない苦しみを経験するのかもしれない、しかし残された者の苦しみは残された者にしか分からない。
「……教官は一体何を?」
「俺の事はどうだって良いさ、それにしてもどうして艦娘ってみんな不器用なんだろうな」
自分だけ生き残ってしまったという話は以前時雨からも聞かされた記憶がある。確かに忘れられない辛い過去だとは思う、何度も自分を責めたくなる気持ちも分かる。しかし、少女達は望んでいなかったかもしれないが『もう1度やり直すチャンス』を手に入れたのだ。
「もっと楽に考えろよ。 確かに響の妹達は遠い昔に沈んでしまったのかもしれない、でもさっきまでお前自身が話していた相手は誰だ? 姿形は違うけど大切に思っていた姉妹なんだろ?」
「それはそうだけど……」
「確かに響の何が分かるかって聞かれても答えられない。 だけど目の前に守りたかった仲間がいるなら過去に拘らずに必死で守ってみせろよ。 お前達にはもう1度やり直す機会が与えられてるんだろ」
俺の身体がこれ以上発言するなと反抗している。喉は焼け付くように痛み、背中には嫌な汗をかいているのが分かる。それでも俺が少女達の教官としてこれからも付き合っていくのであれば間違いは正してやらなければならない。
「教官、顔色が悪いよ……?」
「すまない、熱くなり過ぎた。 ただ自分の名前を皮肉だなんて考えるのは止めた方が良い、きっとその名前を付けた人達は大切な思いを込めてお前の事をヴェールヌイと呼んだはずだからな」
「……向こうで教官と同じことを言っていた艦が居たよ」
響が誰の事を言っているのかは分からない。それでも艦に名前をつけるという事は呉の提督の話を考えれば簡単な事では無いと思う。
「さっきは過去の記憶に引きずられて仲間を危険に晒したんだ。 忘れろとは言わないが、乗り越える努力は見せてみろ」
「……教官は乗り越える事ができたのかな?」
少し熱くなって余計な事を言い過ぎたのかもしれない、何かを察しているような視線で響は申し訳なさそうに俺に質問を投げかけてくる。
「さぁな。 鹿屋に帰ったら教えてやるよ」
「私には散々言っておいてそれはずるいんじゃないかな?」
確かにずるいとは思う、しかしこれ以上話をするのは俺の方がきつい。正直昔の事を思い出して今にも吐きそうな気がする。
「……1時間だけ待ってやる、そこでもう1度出撃できるか聞くから答えはその時に聞かせてくれ」
「……Спасибо」
最後に言った響の言葉は分からない。俺は客室から出ると壁にもたれかかって胸ポケットに手を伸ばす。
「艦内は禁煙よー? 随分と熱くなってたみたいだけど、あなたの経験則なのかしら?」
「……分かってるよ、火を付けるつもりはない」
龍田に話しかけられた事でギリギリの所で踏みとどまる。自分で辞めると決めておいて早速負けてしまう所だった。
「なんだか見たことない煙草ね、それにシガレットケースだなんて随分とお洒落じゃない」
「……随分と詳しいんだな。 お前も吸うのか?」
「そんな風に見えるのかしら? 私はおじ様から教えてもらっただけよ?」
誰かと話せた事で少しは気を紛らわす事ができた。しかし、落ち着いたら先ほど響に偉そうな事を言った事を後悔してしまう。自分ができていない事を教え子に押し付けるとか教官として最低だと自覚する。
「私達にはもう1度やり直す機会が与えられている。 良い言葉ね、胸に響いたわよー?」
「盗み聞きは褒められた事じゃないな」
俺は汗が引いたのを確認すると操舵室に戻ることにする、俺自身気持ちを切り替えないとと思い頬を強めに叩く。少し情けないと思うが、それでも後1時間は俺も休ませてもらう事にしよう───。
「まったく、あなた達の教官は面白い人ねぇ」
客室の扉を開けるとベッドの上で響ちゃんが自分の手をじっと見つめていた。私に与えられた艦種が軽巡洋艦のせいなのか、どうもこの子達を見ていると放っておけない気持ちになる。
「そうだね、不思議な人だよ」
「やっぱり椅子に座って威張っている人より、現場の人の方が私達の提督には合ってるのかしら?」
私はグラスに水を注ぐと響ちゃんに手渡す。さっき私が注いであげた時には要らないと言って断ったのに、響ちゃんは一気にグラスの中身を飲み干していった。
「教官は提督になるの?」
「あの人はその気は無いみたいだけど、艦娘のみの作戦で初めて敵を撃破。 向こうに着くまでにどれくらい戦闘を行うか分からないけど、生きて辿り着く事ができれば十分にあり得る話じゃないかしら?」
例え断ったとしても、おじ様の話を聞く限りあの人の意見は相手にされないと思う。私達の運用ができる人があの人しか居ない以上は、海軍側からしたらあの人を手放せば艦娘という戦力全てを手放すことに等しいから。
「龍田さんはもう1度やり直したい事ってあるのかな?」
「そうねぇ……。 やり直したいってより、今はいっぱい天龍ちゃんとお話ししたいかな?」
「それだけ?」
確かにやり直せるならと思う事もあるけど、私が守りたかった人達はもうこの世界には居ない。だからと言って不貞腐れるほど私は子供じゃない。
「それだけで良いのよ? あの頃と違って私達は自分の意志で手足を動かして話すことができるの、だからそれを楽しまないとね」
「楽しむ……か。 確かにみんなで料理をして、カレーを食べて、訓練をして。 楽しかったな」
あの人に助け船を出すようで少しだけ考えてしまうけど、今は天龍ちゃんが付けた傷に免じて助けてみようと思う。
「そこにあの人の姿はあるのかしら?」
「……カレーを作った時に暁がお肉を焦がしてしまったんだ。 そうしたら教官がずぶ濡れで食堂に飛び込んできて、結局は教官の早とちりだったけどこの人は私達のために必死だったんだなって思った」
「随分頼りになる教官さんみたいねぇ」
響ちゃんは私の言葉に頷いてくれた。そこまで自覚しているのであればもう少しだと思う。
「響ちゃんはあの人の事を信用しているし、頼りになるって思ってる。 それって皮肉だって否定し続けた信頼しているって事じゃないかしら?」
口を開いたまま目をまん丸にしている姿がとても可愛らしい。私はあの人の事をまだ信用していない、だけどおじ様があの人なら大丈夫だと言ってくれた言葉を信じている。そんな事を考えていると響ちゃんが咄嗟に何かを隠したのが見えた。
「別に隠さなくても良いのよ? 私にだって居るもの」
天龍ちゃんからの報告書に書かれていた内容を思い出す。確か他の軍人には見せないようにと指示を受けていたんだったと思う。私は荷物の中に隠していた妖精さんを取り出すと響ちゃんに見せてあげる。
「本当はね、私は呉を離れるのは嫌だったの。 あなた達の教官に負けないくらいおじ様も素敵な人だったのよ?」
「き、教官だって負けてないさ」
少しムキになった響ちゃんの肩を押して再びベッドに横にさせる。まだ何か言いたそうだったけど、今はお話している程余裕のある状況じゃない。
「話は向こうに着いてからにしましょう? 今はしっかり休んで残りの作戦を頑張らないとよね」
私はそう言い残して客室から出る事にした。また暇になっちゃったし球磨や多摩でもからかって残りの時間でも潰そうかしら───。