妖精さんが現れるには教官を、人間を信頼する事が大事だと金剛さんからは聞いている。
教官は確かに信用に値する人物だとは理解している。
でも、私は彼を完全に信用する事はできなかった。
私は多くの仲間が沈んでいくのを見届けてきた。
時には勝ち目のない無謀な作戦だってあった。
私は運良く修理タイミングが重なり生き残ることができたけど、私以外の姉妹は全員沈んでしまった。
教官が悪い訳じゃない、今の人間が悪い訳じゃない。
でももう少し早く自分達の負けを認めていれば私は1人で他国へと向かわなくても良かったのでは無いだろうか?
そんな事を考えてしまう私に、阿武隈さんの言葉は深く心に刺さった。
(着いたか……)
エンジンが切れる音に気付いた俺は少女達を起こさないようにゆっくりと荷台から外に出る。夜明けまではまだ猶予があるだろうし、今は少しでも少女達を眠らせておいてやりたかった。
「鹿屋から呉への長旅、ご苦労だった」
「ハッ! 湊少佐、現時刻を持ちまして呉鎮守府へと到着しました!」
どこか爺と同じ空気をまとった老人が俺に向けて労いの言葉を言い放ってきた。胸に飾られた勲章の数もそうだが、声から察するにこの男がこの鎮守府の提督なのだろう。そんな人間がわざわざ出迎えとは大層な事だ。
「……作戦決行までまだ時間がある、ついて来い」
俺は大人しく男の後ろについて歩く、付近の街灯により明るく照らされた道を並んで歩いていると、少し丘を登った辺りで鎮守府やドックが視界に入ってきた。
「貴様はこの基地を見てどう思う?」
「難しい質問ですね、あれは護衛艦と呼ばれる艦なのでしょうか?」
真っ先に気になったのは何隻も並んでいた艦だった、すでに日が変わって結構な時間が経っているはずなのだが、未だに灯りを持った人達が何やら作業を行っているようだった。
「そうだ、国を守るために最新の技術を備えた艦だ。 貴様が送ってきた資料に『電』や『川内』、『阿武隈』の名前があったな」
「3人とも今回の作戦には参加予定です、今はトラックで眠っているはずですが起こすのはもう少し時間が経ってからにして頂けると……」
「そういう意味じゃない。 右から2番目とその奥に見える艦、そして1番左に停泊している艦の名前を貴様は知っているか?」
俺は首を横に振ると「分かりません」と答える。陸に関係する物であればある程度は記憶しているが流石に艦の名前まで憶えている訳では無かった。
「『いなづま』と『せんだい』、『あぶくま』だ。 流石はあの男の部下なだけあって随分な皮肉だな」
「申し訳ありません、意図して今のメンバーを決めた訳ではありません……」
この時初めて俺は少女達の名前が現在の艦の名前となっている事を知った。
「分かっている。 それでも愚痴の1つでも言いたくなると言うモノよ」
「愚痴……ですか?」
男は胸ポケットから煙草の箱を取り出すとこちらに勧めてきた。俺は自前の物があると伝えると互いに自身の咥えた煙草に火をつける。
「貴様は儂に言ったな、『戦に負ける理由を艦のせいにするな、それでも元船乗りなのかと』あぁまったくその通りだ儂等はこれだけの戦力を保有しているのに、少女達を守ることができんのだ」
「……どういう事でしょうか?」
「貴様には感謝している部分もあるが、貴様が今からやろうとしている事は軍人として最低だという事を理解しているか?」
どうしてこのタイプの人間は回りくどい問答を行おうとするのだろうか。男の口調にある程度は察してしまったのだが、佐世保の一件がある以上ここで引くわけにはいかない。
「欠陥兵器として扱う事で少女達を守っていたとでも言いたいのでしょうか? 佐世保の件を知らないとは言わせませんよ」
「その件は感謝している部分の1つだ、立場上戦果を挙げている鎮守府を責めるという事はできないのでな」
素直に自分の非を認める辺り爺とは違う分類の人間なのかもしれないと思う。それでも結局この男は少女達の命よりも立場を優先したという事を俺は認めてやる訳にはいかなかった。
「この作戦、成功してしまえば彼女達の有用性が少しずつ認められる切っ掛けにはなるだろう。 しかし、それは彼女達を戦場へと送るという意味を持っているのは理解しているのだろう?」
「理解しています。 しかし、今の現状はとても彼女達のためになっているとは思えません」
「儂等が不甲斐ないばかりに辛い思いをさせているのは重々承知の上だ。 少し話を戻させてもらうが、儂等があの艦にかつての艦の名前、今では彼女達と同じ名前を付けた時はどれだけの覚悟をしたと思う?」
正直その覚悟は俺には分からない、かつて沈んだ船の名前を付けるという事はあまり縁起の良い物では無いと思ってしまうのは艦に関して素人だからなのだろうか。
「艦は儂等船乗りにとって家族も同然だ、戦争には敗れてしまったが彼女達と共に戦った爺様やその仲間達、皆国民を守るために懸命に戦ったのだ。 だから儂等はその意思を継ぐために大切な名前をつけたのだ」
「……守れなかった国や国民を守るという覚悟でしょうか?」
男は煙草を深く吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出した。
「だが、そんな覚悟も深海棲艦と呼ばれる化物には何の役にも立たなかった。 戦えば莫大な資源を使い国民の血税を湯水のごとく使い続ける。 だからと言って今度は女子供に戦えと命令を出す。 儂等の覚悟は一体何だったのだろうな」
「どうやら俺は色々と勘違いしてしまっていたようです。 申し訳ありませんでした……」
今まで散々海軍の連中はクソ野郎ばかりだと思っていたが、自分の考えがあまりにちっぽけだったと後悔してしまう。
「謝らなくても良い。 儂等のちっぽけなプライドで多くの国民を危険に晒す所だったのだ、本来であれば彼女達を艦娘として生まれ変わらせた時点で割り切れなかった儂等の落ち度だ」
「……俺が言っても信用できないかもしれませんが、そのプライドは決して捨ててはならないモノだと思います。 でも、彼女達の事をもっと信用してやっても良いと俺は思いますよ」
俺はこの1週間での出来事を報告する。 全てという訳にはいかなかったが、どのように少女達が成長してきたか、自分達の妹を守るためにどのようにして努力してきたか。しかし報告の途中で俺の言葉は男に遮られてしまった。
「天龍には会っているだろう? 話は天龍から聞いておる、彼女達に事情を話す訳にはいかなかった手前、妹の身の安全を理由に半ば脅迫をしている形にはなってしまっているがな」
「俺にそれをばらして良いんですか?」
「貴様があの基地に配属されたのは2人目だという事は知っているな、1人目の男は戦果を上げる事を強く意識した人間を選んだ。 結果は失敗、そして次はあえて彼女達から遠く離れた人間を選んだ、それが貴様だ」
「……これ以上スパイを忍ばせておく必要が無いという事でしょうか?」
俺の問いに男は頷く。男は短くなった煙草を携帯灰皿に押し込むと、新しい煙草を取り出して再び火をつけた。
「貴様は海側の人間になるつもりは無いか?」
「その質問を以前時雨という少女にもされた事がありますが、分かりません。 これからも彼女達の成長を見守って行きたいという気持ちもありますが、成長を見守りたいのは彼女達だけじゃなく、元々居た基地にも何人か居るんです」
「そうか、早急に答えろとは言わないが良い返事を期待しておるぞ」
「この作戦が終われば陸に戻っても良いと話を聞いています、遅くとも作戦が終了した頃には返事ができると思います」
「どうも貴様の上司は儂を困らせる事に長けておるらしいな。 いつも儂の邪魔ばかりしおる……」
互いにいざこざがあるというのは聞いていたが、どうやらこの男も爺には散々困らされている仲間らしい。
「最後に1つ聞いておきたいのだが、ソレはいつから始めたのだ?」
「……ラバウル泊地での作戦からです」
「そうか……。 これからも何かを成し遂げようと思うのであれば辞める事だな。 口が寂しく感じるのであればこれをやろう」
男は中身の減った煙草の箱をこちらに投げ渡すと、鎮守府のある方角へと歩いて行ってしまったが、俺はもう少しだけこの光景を見ていたいとこの場に残ることにした。自分が目の前の事しか考えていなかった事は反省する、そしてこの作戦の先に訪れるであろう彼女達の世界についてももっと考える必要があった───。
「よし、もうすぐ夜明けだが準備は良いか?」
教官さんの言葉に私達はこれから任務が始まるのだと強く意識した。
「阿武隈、ご期待に応えます!」
「暁の出番ね、見てなさい!」
「大丈夫、響、出撃する」
「はーい!教官。 行っきますよー!」
「電の本気を見るのです!」
「教官さんは結局どうするっぽい?」
私は昨日から気になっていた事を教官さんに確認する。気のせいなら良いのだけど、妙に胸の辺りがザワついているような気がする。
「さっきお前達に渡したインカムなんだが小型のカメラがついていてな、俺はその映像を見ながらここで指示を出すことになってるんだ」
「じゃあ先に戻ってるから、向こうで待ってるっぽい!」
「あぁ、帰ったらみんなで祝勝会でもやるか!」
いつも通りの教官さんを見てなんだか安心できたっぽい。帰ったら今日の事をいっぱい時雨に話して、いっぱい美味しい物を食べて自慢してやるんだからね!
「それじゃあ、輸送船が出発する前にある程度付近の警戒を終わらせておいてくれ。 これからの指示は無線になると思うが、頑張って来いよ」
そう言って教官さんは手を振りながら建物の中に入って行った。私も背負っている艤装を強く意識して
「みんな頑張っていくっぽい!!」
「あまり先行しすぎないようにね、初めは各自で周囲の索敵を。 何かあれば無線での報告でも良いし、すぐに近くの仲間に集まる様に」
阿武隈さんの指示に全員で返事をすると言われた通り周囲の索敵を行う。まだ日が昇ったばかりで少しだけ薄暗いと思ったけれど、小さな物音でも聞き逃さないように必死で耳を澄ませる。
「妖精さんも何か見つけたら教えて欲しいっぽい!」
肩の上に座っている妖精さんに声をかけると、可愛らしい敬礼で返事をしてくれた。お喋りはできないけど、自分の言葉がしっかり伝わって居る事に安心する。
「教官、周囲敵影無しです」
《分かった、それじゃあ輸送船を出発させる》
無線から阿武隈さんと教官の声が聞こえてくる。なんだかこうしていると教官さんと電話してるみたいで少しだけ楽しいっぽい!
「それじゃあ輸送船を中心に輪形陣を組みます、敵影も無いですし少し広めで索敵を優先するように」
「了解っぽい!」
私達は練習通りに阿武隈さんが1番前、私は1番後ろ。左側に暁と雷、右側に響と電という形に陣形を組んだ。頬に当たる風は冷たいけど、火照った身体にはとても気持ちよく感じて大きく伸びをしてしまう。
「夕立ちゃん、教官は深海棲艦と遭遇率の低い海路を選んだって言ってたけどあまり気を抜かないでくださいー!」
「ご、ごめんなさいっぽい!」
「でも、風が気持ち良いわね。 朝日も綺麗だしレディにはぴったりね!」
「電ももう少し肩の力を抜いた方が良い、ずっとその調子じゃ体力が持たないよ」
「わ、分かってるのです!」
それから私達は周囲への警戒を続けながら徐々に鹿屋基地へと進んでいく。少しだけ後ろを振り向いてみると、教官さんの居る鎮守府は豆粒くらいの大きさになっていた。
《もう少し速度を落としても良いぞ、巡航速度を維持するように》
「分かりました。 みんな、少しだけ速度落としてくださいー!」
阿武隈さんの指示に従って主機の回転数を下げる。靴の形をした艤装の音が少しだけ静かになると身体の力を抜いて遅くなった速度で安定できる体勢を探す。
《そろそろ沖に出た頃だと思うが、阿武隈は川内から『風船』を受け取ってくれ》
「おーい、こっちこっちー!」
後ろからでは良く見えないが、川内さんが船の上から阿武隈さんを呼んでいるようだった。少しして白い風船が空に上がっていくのが視界に入る。
《妖精用の気球だが、距離が開いてもちゃんと意思疎通はできそうか?》
「あまり高くまで上げると難しそうですが、今くらいの距離ならなんとなくあたしに何かを伝えようとしてるのは伝わってきますー」
《5メートルくらいか、リールをそこで固定して何かあればすぐに巻けるようにだけ準備をしておけ》
作戦会議の時には冗談だと思ったけど、少しでも索敵範囲を広げようと準備されたのが風船に小さな籠をつけた気球っぽい道具だった。釣り竿と一緒に使ってすぐに手元に戻せるようにとは説明があったけど……。
「妖精さんも乗りたいっぽい?」
肩に乗っている妖精さんがすごく目をキラキラさせながら空に浮かぶ仲間を見つめていたけど、乗りたいかと聞いてみたら首を横に振っていた。
「なに? 夕立も要る?」
「要らないっぽーい!」
川内さんが風船と釣り竿を持って船の後ろに歩いて来たが、妖精さんが乗りたくないと言っている以上は必要ないと答える。
「ねぇねぇ! 教官さん! 後どれくらいでつくっぽい?」
《まだ出発して1時間くらいしか経ってないぞ……。 説明はしたと思うが深海棲艦の遭遇報告の多い海域を避けるために迂回する必要もあるし早くて夕方、遅くなっても日が変わる前には到着するだろ》
「早く教官さんに会いたいっぽい!」
なんとなくそんな事を言ってみたけど、教官さんに「真面目にやれ」と怒られてしまった。波も低いし風も強くない、お昼くらいには陽射しは強くなるかもしれないけど折角の海だから楽しんだ方が良いっぽい!
《暁、雷。 調子はどうだ?》
「もう子供じゃないんだから、これくらい余裕よ!」
「私に任せておけば海上護衛なんて余裕なんだから!」
暁も雷も出発前にはガチガチに緊張してたけど、海に出てからはいつもの2人に戻ったような気がするっぽい。
《響、電はどうだ?》
「大丈夫、少し陽射しが厳しいけど訓練に比べたらまだ余裕がある」
「だ、大丈夫なのです!」
響はいつも通りだけど、電は間違いなく緊張してるっぽい。トラックの荷台で阿武隈さんと話をしているのを聞いたけど、やっぱりまだ気にしているみたいだった。
「飲み物が欲しくなったら早めに言いなよー? 電はもっと力を抜かないと途中でバテちゃうよ」
川内さんが輸送船の上から2人に声をかけているけど、なんだか雑用をさせているみたいですごく申し訳ないっぽい。
《……もう少し四国寄りのルートに変える》
「予定よりも大回りになりますが、何か問題があったのですか?」
《念には念を入れてってやつだ、少しでも深海棲艦の遭遇報告の無い海域を進みたい》
阿武隈さんと教官さんのやり取りを聞いていると、教官さんに会えるのが少しだけ伸びてしまうって事が分かったけどみんなの安全を考えれば仕方が無いっぽい。
輸送船からの距離を維持するように後ろについて航行する。私は教官さんにも見えるようにゆっくりといろんな方向に首をひねるとインカムの位置を手で調整する。
「教官さん見えるっぽい?」
《あぁ、助かるよ。 その調子で索敵を頑張ってくれ》
教官さんに褒められたっぽい!それだけでなんだか頑張れるって気がしてくる。もっと頑張れば帰った時にもっともっと褒めてくれるっぽい!私は両手を思いっきり握りしめると帰ってからの祝勝会を考えて胸が高鳴るのを感じた───。
いよいよ作戦開始です。
作戦中のみタイトルの書き方を少し変えようと思います。