ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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いつの時代も軍の人間は自分の事ばかり考えている。

自分は悪くない、だから別の人間に責任を取らせろと。

私達はこんなクズを守るために戦い続けてきたのだろうか。

宮坂大佐、木村小将……。

あなた達が守ろうとした世界はこんなにも薄汚れた世界だったのですか……?

私はあなた達の言葉しか従うつもりは無い、だってここで私が従えばあなた達の頑張りは無駄だったと認めてしまうのと同じ気がするから。

小さな身体になった私にはせいぜい悪態を付く事しかできない。

どんな罵倒や陰口を言われたってあなた達の言葉を思い出せば耐える事ができる。

でも、こうして部屋の隅で蹲っていると嫌な考えしか浮かんでこない。

もう1度暗い海の底へ戻れば、あなた達に会えますか……?


姉妹に会いに & すいらいせんたい?(1)

「その子に手を出すと訓練の量を2倍にするように中将に伝えるからな」

 

 時雨と羽黒を宿舎に送り届けた後、俺は爺に佐世保の見学許可と移動用の車を寄こすように連絡を入れたり、起きてきた阿武隈に今日の訓練内容を指示したりとバタバタしているうちに出発時刻の30分前になっていた。

 

 少し早いかなと思いつつも正門前に行ってみると、懐かしい顔が何やら羽黒に詰め寄っているようだった。

 

「この美人は隊長の部下ですか!? 是非とも俺達に紹介して頂けませんかね!」

 

「あっ、あの……。 ごめんなさいっ!」

 

 羽黒は俺の登場に気付いたのか、逃げるようにして俺の背中へと隠れてしまった。女の子だらけのこの基地で急に野郎に詰め寄られてしまえば怖くも感じるだろう。

 

「で、何しに来たんだ」

 

「隊長が車を寄こすようにって連絡を入れたと聞いていますが、違いました?」

 

「あぁ、お前達が持ってきてくれたのか。 助かるよ」

 

 俺の礼に気分を良くしたのか「だからその子を俺達に」と騒いでいる男に笑顔で近づくと、襟を掴み背負うようにして地面に叩きつける。

 

「き、急に何をするんですか……」

 

「受け身くらい取れるようになったか、俺が居なくなって怠けていないか心配していたんだ」

 

 俺は笑顔で地面に横たわった男に手を差し伸べると、引っ張り起こして背中についた土を払ってやる。そこからは俺が居なくなってから基地が少し静かになってしまったという事や、秘書官が話し相手が居なくなって寂しがっていたという他愛もない雑談を行った。

 

「あれ、2人共早いね……。 その人は?」

 

「あぁ時雨か、こいつは向こうの基地の俺の部下だな。 車を届けてくれたらしいから準備ができたら乗り込め」

 

「た、隊長……。 そんな趣味があったとは存じ上げませんでした……」

 

 何やら良くない方向に勘違いをしている男を思いっきりぶん殴ってやる。以前であれば黙って殴られていたのだが、コイツは生意気にも肘を曲げて上手く防御してきやがった。

 

「いつまでも黙って殴られてる俺じゃないっすよ!」

 

「そうみたいだな、お前が成長しているようで嬉しいよっと……」

 

 急に身体を動かしたせいか、一瞬地面が揺れたように錯覚する。後ろで見ていた羽黒と時雨が慌てて支えてくれたが、少し視界がチカチカと光が反射しているように見えた。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「湊教官、どこか悪いの?」

 

「すげぇクマできてますけど、大丈夫です?」

 

 心配そうに3人が好き勝手な質問をしてくる。確かに最後にまともに眠ったのは何時だろうか?基本的に眠るときは執務室の机で仮眠を取る程度だし、2日くらいは眠っていないような気もする。

 

「大丈夫だ、時間も惜しいし出発するぞ」

 

「自分は基地に戻りますので、隊長もお気をつけて!」

 

 そう言ってコイツは俺に車の鍵を手渡すと、もう1台の車に乗り込んで去って行った。用意された車を見てみると、プロボックス辺りが到着するものだと予想していたが、メガクルーザーが正門前に停められている事に若干驚いてしまう。

 

「大きい車だね」

 

「そうだな、和製ハマーって呼ばれてるくらいだからな」

 

「わ、和製ハマーですか……?」

 

 少女達にその手の知識は無いのか、用意された車を見て「ただ大きい車」という印象しか無かったようだった。しかし、3人で向かうと連絡しておいたはずだが、ここまで大きい車を用意してくれるとは何か意図があるのだろうか。

 

「まぁ良い、行くぞ。 時雨は後部座席、羽黒は助手席にでも乗ってくれ」

 

「わ、分かりました」

 

「うん、分かったよ」

 

 俺達は車に乗り込むと、羽黒に地図を手渡して案内するように頼んだ、距離を考えれば順調に進んで4時間から5時間くらいだろう。少し長い旅になりそうだが、途中で寄りたい場所もあるしのんびり向かうとしよう───。

 

 

 

 

 

「はーい! みなさん集まってくださいー!」

 

 教官からこの子達を任された以上は、私がしっかりとまとめ上げてみせるんだから!と朝は張り切って見せたのだが、保護者の居なくなった駆逐艦の子達はそれこそ自由気ままで私の指示なんて聞いてくれてない。

 

「あたしの指示に従ってくださいぃー!」

 

「……なんだか阿武隈さんってあの子達になめられてない?」

 

 これでもかつて第一水雷戦隊の旗艦を任されていたのだ、特に暁型姉妹とは関りもあったし艦の記憶があればある程度はいう事を聞いてくれても良いとは思うのだけど。

 

「今日こそ教官さんも居ないし競争するっぽい!」

 

「良いわね、負けないわよ!」

 

「それは良い、負けないよ」

 

 ここで1番厄介なのは夕立ちゃんだと思う。あの子の長所ではあると思うのだが、無邪気な性格に周りの子が釣られてしまうのだ。私が慌てているのを見て叢雲ちゃんが大きく溜め息をついているようだった。

 

「なんだか今日の訓練はまとまりが無いね」

 

 後ろから聞きなれない声が聞こえた事で振り返ってみると、そこには川内さんが両手を広げて呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

「せ、川内さん!? まだお昼だけど、どうしたのかしら?」

 

 彼女の登場に1番驚いていたのは叢雲ちゃんだった、いつも冷静なこの子が慌てるとは珍しいなと思ったが、少女が艦の時代は『三水戦』の所属だと思ってなんとなく納得してしまった。

 

「んー……、分かんない。 ただ、訓練をサボろうとしてる駆逐艦が見えてなんとなく見に来た」

 

「あ、あんた達!? 訓練をやるわよ!」

 

 元上司に恥ずかしい所を見せまいと、叢雲ちゃんが必死で騒いでいる子達を静めようとしているようだけど、やはり1度遊び始めてしまったこの子達を静めるは大変なのかどうしようかとうろたえているようだった。

 

「あはは、やっぱり私じゃ無く神通や那珂も呼んできた方が良いかな?」

 

「……っぽい?」

 

 川内さんの言葉に夕立ちゃんが凍ったかのように動きを止めてしまった。

 

「そ、それはダメっぽい! 雷も響も真面目に訓練するっぽい!」

 

 夕立ちゃんは叢雲ちゃんと同じように騒いでいる子達を静めようとしたが、自ら付けた子供心という火はそう簡単に消えそうにはなかった。

 

「あの……どうしてダメなのでしょうか……?」

 

「きゃはっ♪ やっぱり駆逐艦の子達は元気が良いねぇ!」

 

 川内さんと同じ衣装に身を包んだ2人の女性が対照的な表情で駆逐艦の子達に声をかけている。彼女達の姉妹は新しい教官とは関りを持たないと言っていたはずだが、どういった心境の変化だろうか?

 

「あれ? 教官は居ないの?」

 

「はい、今日は佐世保に見学に向かうと言ってましたので帰ってくるのは早くても明け方くらいになると思います」

 

 川内さんはキョロキョロと辺りを見渡してたが、教官が居ない事を知ってからはつまらなさそうな顔をしていた。

 

「姉さんから話くらいはしても大丈夫だと聞いて来たのですが、残念です……」

 

「那珂ちゃんは別にどっちでも良かったんだけどねー」

 

 彼女達の登場に叢雲ちゃんと夕立ちゃんは完全に怯えてしまっているようだったが、そんな姿は気にも留めず「教官が居ないなら帰る?」と3人で相談し始めてしまった。

 

「それが良いわよ、私達も訓練で忙しいし?」

 

「ま、まずは航行をしてから昨日と同じく陣形の練習するっぽい!」

 

「あなた達何をそんなに慌ててるの? レディーは何があっても冷静で居るのが大切なのよ!」

 

 叢雲ちゃんと夕立ちゃんのは必死に暁ちゃんを黙らせようとしているが、それに止めを刺すように響ちゃんが決定打を放ってしまった。

 

「川内さん達にも訓練を見てもらえば良いんじゃないかな」

 

「「それだけはダメ!」っぽい」

 

 2人の必死な抵抗も虚しく川内さんの「どうせ暇だから良いよ」という言葉で、今日の訓練は彼女達の指導の下で行う事になってしまった。燃料の問題があったため、私達軽巡は訓練を4回に分け、担当された時間だけ面倒を見る事にした。

 

「じゃあ私は1番最後って事で、どうも明るいとやる気が出ないし」

 

「那珂ちゃんは川内お姉ちゃんの前にするね、1番疲れている頃だろうしみんなを元気にしてあげなくっちゃ!」

 

「それでは私は那珂ちゃんの前にさせてもらいます、まずは阿武隈さんの訓練の様子を見て訓練内容を決めたいので……」

 

 話し合いの結果、最初は私、次に神通さん、那珂さん、川内さんの順番で訓練を行う事になった。

 

「それではみなさん、訓練を開始しますよー!」

 

「分かったわ!」

 

「がんばるのです!」

 

「ぽいぃ……」

 

 元気な暁型の子達とは裏腹に、夕立ちゃんのテンションがかなり酷い事になってしまっている。何が彼女をここまで怯えさせているのだろうか?

 

「じゃあ私は昨日と同じく走ってくるわね?」

 

「それなら私も付き合うよ、見てるだけってのも暇だしね」

 

 その場を逃げるように叢雲ちゃんはジョギングへと向かおうとしたが、その後ろ姿を川内さんが止めた。こちらを向いた少女の表情はこの世の終わりかと思わせるような悲痛な表情だった。

 

 結果だけを言ってしまえば、私の訓練はいつも通りだったと思う。航行や陣形の切り替えも上達してきているようだし、夕立ちゃんも無駄な会話も無く集中できているようで良かったと思う。

 

「あの……、阿武隈さん。 砲撃は認められて居ないのですか……?」

 

「はい、資材の消費は抑えるようにと指示が出ていますので」

 

 私の言葉に何やら考え事をしているようだったが、桟橋に置かれている小型のフロートを見つけて何か閃いたようだった。

 

「みなさん真面目に頑張っているようなので、少し遊びを交えた訓練を行ってみたいと思いますが良いですか?」

 

 神通さんはフロートを持ち上げてみたり、軽く叩いて強度を確認したりした結果、笑顔で訓練の内容は大丈夫かと私に確認をしてくる。今日は教官も居ないし少しくらいなら大丈夫だろうと私も彼女の提案に賛成した。それから私は神通さんの背中を見送る。

 

(目が笑ってなかったような気がするけど……、大丈夫かな)

 

「それではみなさん、次は私と一緒に訓練をしましょう」

 

「良いわよ! この雷様の実力に驚かないようにね!」

 

 無線から聞こえてくる優しそうな声に、先ほど思ったことは気のせいだった安心する。それよりも、私も旗艦としてあの子達の面倒を見ていくのであれば少しでも他の子達の指導を学ばなければと思って訓練の様子を見守る。

 

「少し距離を開けて、互いに近づきながらこのフロートを相手にぶつけるという感じでいきましょう、別に避けても良いですし受け止めても大丈夫です」

 

「なんだか楽しそうなのです!」

 

 少し変わった訓練をするなと思ったが、動きを想像すると嫌な汗が出てきた。神通さんの行動が『二水戦』として活躍した艦の記憶を基づいているのであれば、この訓練はとても恐ろしい訓練になるような気がしてきた。

 

「それでは、初めに雷さんの実力を見せてもらいます、フロートは交互にぶつける事にしましょう」

 

 そう言って神通さんは雷ちゃんにフロートを手渡している。

 

「分かったわ! 顔は狙わないであげるからちゃんと避けるのよ?」

 

 そこから彼女達は50メートル程距離をあけ、神通さんの手を上げる合図で互いに相手に向かって真っすぐ進む。残り10メートル程となった距離で雷ちゃんがフロートを神通さんに投げつけたが、神通さんは簡単にそれを受け止める。

 

「あら、思ったよりやるのね!」

 

「お上手なのです!」

 

「すごいね、かなり速度も出ていたと思うのに」

 

「暁だってそれくらい余裕なんだからね!」

 

 フロートを受け止めた神通さんを暁型の子達が一斉に褒めている。神通さんの表情はここからは良く見えないけど、恐らくは顔を真っ赤にして照れているのだろう。

 

「それでは次は私の番ですね」

 

「良いわよ! 私も受け止めてやるんだから!」

 

 先ほどと同じように2人が距離を開けると、ゆっくりと神通さんが手を上げたのが見えた。そこから再び互いに近づいていく。

 

「さ、避けないとぶつかるわよ!?」

 

 10メートルを切った辺りで雷ちゃんの慌てる声が聞こえてくる。そこで私の予感は当たってしまったのだと確信した。残り5メートルを切ったと思われる距離でも神通さんはフロートを投げない。雷ちゃんは回避行動を取ろうと慌てて舵を切る。

 

 残り3メートル、互いに手を伸ばせば触れ合いそうな距離で雷ちゃんはどうにか神通さんと進路を逸らして衝突を避ける。しかし追いかけるように進路を変更した神通さんは雷ちゃんのお腹目掛けて思いっきりフロートを『叩きつけた』。

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 そのままバランスを崩した雷ちゃんが大きな飛沫を立てて海面へと突っ込んでいった。顔から行ったようだけど、大丈夫なのだろうか。

 

「さぁ、立ち上がってください。 今は装備していませんが、これは私達のような非力な艦が『魚雷』を確実に当てるための訓練です、まずは遊びながらでも良いので楽しく頑張りましょう」

 

 先ほどの光景を見た他の子達は全員顔を真っ青にしているのだと簡単に想像できる。いかにフロートが軽いとは言えあの速度で叩きつけられればかなり痛みを伴うだろうし、海面に叩きつけられる痛みも想像したくはない。

 

「1人最低3回、その後は私に浮きをぶつける事のできた人から休憩にしましょう」

 

 結局訓練は1度も神通さんにフロートをぶつける事はできず、全員が何度も海面に叩きつけられるという悲惨な結果になった。

 

「次は那珂ちゃんだよー! どうしたのみんな?元気が無いぞー?」

 

「も、もう動けないわよ……」

 

「これ以上はムリっぽいぃ……」

 

「あわわ、こっちに吐かないで欲しいのです!」

 

 なんというか、とてもじゃないがこれ以上訓練を行える状況では無いと思う。暁ちゃんに至っては完全にまずい状態になっている。

 

「お洋服もびしょびしょだし、那珂ちゃんの訓練は休憩もかねてお散歩にしましょー!」

 

「ス、スパシーバ……。 助かったよ」

 

「確かに服が濡れて気持ち悪いのです……」

 

 そう言って響ちゃんと電ちゃんが桟橋に上がって艤装を外そうとするが、那珂さんはそれをダメだと言って止めた。

 

「艤装はそのままで! 今外しちゃうと次に付けた時にもっと辛くなっちゃうんだからね!」

 

 確かに極度の疲労状態にあると、1度座ってしまえば立ち上がれなくなるという言葉は聞いたことがある気もするけど、陸上で艤装をつけたまま散歩となるとかなりの重労働になってしまうような気がする。

 

「ま、まさにレディーの鏡ね……」

 

 痛みと疲労で正しく現状を理解できていないのか、駆逐艦の子達は那珂さんの指示に従って艤装を装備したまま桟橋へと上がってくる。神通さんの訓練が鞭だとしたら、那珂さんの訓練は飴なのだと錯覚するような内容だけど、それは間違いなく勘違いだと思う。

 

「じゃあ出発しまーす! みんなは那珂ちゃんの掛け声に続いてねー!」

 

「はいなのです!」

 

 私も彼女達の後ろについて歩き始める。はじめは緩やかに「イチ、ニ」と声を出しながら歩いていたのだが、徐々にそのペースが速くなっているような気がする。

 

「な、那珂ちゃんに聞きたいのだけど、いつまで走るっぽい……?」

 

「んー……! お洋服が乾くまでで!」

 

 その言葉を聞いて駆逐艦の子達が驚愕の表情を浮かべる。確かに服を乾かすために陸上に上がると言ったが、全身びしょ濡れとなった服がそう簡単に乾くはずがない。つまりは、この訓練は次の川内さんが担当する時間まで休憩が無いと宣言したようなものだった───。




7/10 一部修正

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