ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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夜の海を見ているととても心がざわついてくる。

それなのに、私は夜になると毎日ここから海を眺めている。

他の子よりも艦の魂と結びつきが弱いのか、なんだか私には艦娘っていうのがいまいちよく分からない。

それでも夜になると、何かを求めるように海を見に来てしまう。

今日は駆逐艦の子達が訓練している姿を窓から見て、すごく懐かしく感じた。

私にはそんな記憶は無いのに、何故か涙が零れた。

そんな事を考えていると、急に噂のあの人から声をかけられた。

焦ってる顔面白かったな。

私達のために必死になってくれる人なんて初めて見た。

あの人だったら、この胸のざわつきを静める方法を知っているのだろうか?


小さな背中に背負うモノ(EO)

 隊長、自分は今非常にまずい状況下に置かれています。

 

 様々な状況に対応できるようにと訓練をしてくださったのには感謝していますが、今ほど危険な状況下ではどのようにして対応したら良いのでしょうか。

 

 必死で目を閉じて隊長の言葉を思い出す。

 

『どうせやるなら上手くやれ』

 

 そうでした、隊長はそういう人でした。俺の脳裏には俺達に内緒で訳の分からない訓練を企画していた時の素晴らしい笑顔が描かれていた。

 

「後ろ向いててもらっても良いかな……?」

 

 擦りガラスの向こうに人影が見える。必死で対策案を考えていたが、どうやら時間切れとなってしまったらしい。

 

「あ、あぁ。 俺はずっと壁を見ているから安心してくれ」

 

 時雨のメンテナンスを行うために俺はタオルを2人分用意すると、入渠施設へと入った。確かに入ってすぐの所には艤装のメンテナンスを行うであろうエリアもあったのだが、時雨は俺の袖を引くと更に奥に進むように進言してきた。

 

 艦娘のメンテナンスなどまったくと言っていい程知識の無かった俺は余計な事をして少女の負担にならないようにと素直に指示に従った。

 

(服を洗濯機に入れた所まではまだ理解できる、濡れたままの姿でいる事は間違いなく身体に悪影響を与える)

 

 持ってきたタオルで隠すべき場所は隠すことができたし、全裸になるという事はSF映画で見たような殺菌シャワー的な施設があるのかと子供心を甦らせたりもした。

 

(どうして俺は風呂に浸かっているのだろうか)

 

「は、入るね……」

 

「あぁ……」

 

 後ろからガラス扉をスライドさせた音が聞こえ、ヒタヒタとタイルの上を歩く足音が聞こえてくる。先にシャワーで身体を洗い流しているのか、バルブを捻るような音と共に水音が浴室内に響き渡る。

 

「なんだか緊張するね……」

 

「あぁ…」

 

 水音は止み、時雨の気配がこちらに近づいてくるのが分かる。

 

「こっち向いたらダメだよ……?」

 

「あぁ……」

 

 時雨が浴槽に入ったのか、お湯が揺れた。どうして少女達はこの大浴場の事を『入渠施設』などと紛らわしい名前で呼んでいるのだろうか。

 

「やっぱり入渠は良いね、疲れが取れていくのが分かるよ」

 

「あぁ……」

 

「湊教官さっきから同じ事しか言ってないよ?」

 

「あぁ……」

 

 俺と時雨の間に無言が続く。これほど気まずい無言は上官を殴って爺に呼び出された時以来だろうか。

 

「僕の身体に興味があるの?」

 

「あぁ……。 って違う!断じて違う!」

 

 俺の反応を見て時雨が後ろで笑っているのが分かる。どうして俺がこんな恥ずかしい思いをしなければならないのだろうか。

 

「良かった、湊教官っていつも素っ気ないイメージがあったけど意外と面白い人なんだね」

 

「もう良い! 俺は上がるぞ!」

 

 立ち上がろうとすると、後ろから時雨に肩を押さえつけられる。

 

「ダメだよ、湊教官だって雨に濡れて長い時間外に居たんだ。 温まらないと風邪をひいてしまうかもしれない」

 

「こんな事になるなら素直に夕立の言う事を聞いておけば良かった」

 

 俺が立ち上がろうとするのを止めると、時雨も肩から手を離してくれた。しかし、背中に何かがもたれかかってくる感触を感じる。

 

「なんだか緊張してたのが馬鹿らしくなってきたよ、てっきり一緒に入渠施設に行きたいなんて言うからやましい事でも考えていると思ったよ」

 

「そう思ったなら止めろよ……」

 

 そもそも一緒に風呂に入ろうなんて俺が言い出すとでも思っていたのだろうか。無理な訓練で衰弱していたとは言え、時雨もそこまで空気が読めないはずは無いのだが。

 

「お前、俺が入渠の意味を知らないの分かってただろ」

 

「うん、もちろんだよ」

 

 背中から時雨が声を殺して笑っているのだとお湯の振動で分かる。俺はしてやられたと大きく溜め息をつくしかなかった。

 

「グダグダ悩んでるより、そっちの方が時雨らしいな」

 

「……うん」

 

 先の事なんて誰も分からないのだ、いつか誰かと離れなければならないなんて考えながら人付き合いをしていく奴は馬鹿以外の何者でも無い。

 

「それにしても、僕に興味があったんじゃないの?」

 

「正しくは時雨じゃなく、艦娘についてだな」

 

「む、まるで僕には興味が無いって言いたいの?」

 

 正直に言えば駆逐艦くらいの子であればそういった対象としては外れている、今後の事を考えてここで変な誤解を生む訳にはいかない。と言うより、こうしてあからさまに意識しているような態度を見せる方が誤解されてしまうのでは無いだろか?

 

「なんだか俺も馬鹿らしくなってきた、よく考えたら妹や弟達を風呂に入れているようなもんだよな……」

 

「湊教官にも兄弟って居るんだ」

 

 なんとなく施設で育ったとは言いづらく、適当に言葉を濁したが仕事で親の帰りが遅く、よく面倒を見ていたと説明すると時雨はどこか嬉しそうだった。

 

「そっち向くから、せめてタオルか何かで隠しておいてくれ」

 

「少し待ってね……。 うん、良いよ」

 

 時雨が俺から離れたことを確認すると少女の声がする方向へと体の向きを変える。視界には白いタオルを身体に巻いた少女の姿が入ってくるが、なんだか昔の事を思い出したせいか本当に妹達を風呂に入れている気分になってきた。

 

「どう……かな?」

 

「どうと言われても、なんとも言えないな」

 

 時雨は両手でタオルを押さえて恥ずかしそうにこちらを見ていたが、やはり駆逐艦くらいの子には反応しないものだと内心ホッとする。

 

「やっぱり男の人は金剛さんくらいじゃないとダメなのかな……」

 

「ガキの癖にマセた事言うんじゃない。 それにしても、艦娘って言ってもやっぱり普通の子と何も変わらないんだな」

 

 身体の中心部はタオルによって見えないが、シルエットから察するに何か機械がついている訳では無い事が分かる。しかし俺の言葉に時雨は右肘を湯船から上げるとこちらへ見せてくる。

 

「もう治ったのか……?」

 

 俺も久しぶりに包帯を外した右手を見てみるが、瘡蓋となってしまった傷口に特に変化は無かった。

 

「僕達は全然普通じゃないよ、少しの傷くらいならこうして入渠して居れば治るからね」

 

 どことなく寂しそうな表情を浮かべている時雨にかける言葉が見つからない、俺としては非常に便利な身体だとは思うのだけれど。

 

「湊教官って元々何をしていた人なの? 身体のあちこちに傷跡があるみたいだけど……」

 

「陸軍に入ってからはしばらく海外で働いていた。 日本に帰ってきたのは割と最近なんだけど、そこからはずっとお前達みたいな新兵の教官って事で適当にやってたよ」

 

「ふーん……。 海外ってどんな所に行ってたの?」

 

 答えるかどうか悩んだが、少女達がどれくらい外の世界に関する知識を持っているのかを確かめるためにあえて正直に答えてみる事にした。

 

「ブイン、ショートランド、ラバウル。 もう少し離れた場所だとタウイタウイとかブルネイ、リンガだな」

 

「……暴動があった場所?」

 

 時雨は質問した事を申し訳なさそうにしているが、特に気にする事でも無いと言葉をつけたして置いた。

 

「知ってたのか、今は泊地として機能しているようだけど建設に反対した人間も多かったからな」

 

「そうなんだ……」

 

 深海棲艦という化物が確認されてから、日本は防衛能力を持たない島国を保護するために海軍の派遣を行った。しかしその行為は一部の国からは侵略行為だと非難され、そんな情報を信じてしまった現地の人間が暴動を起こしてしまったのだ。

 

 問題はそれだけでは無かった、先に他国を侵略したのは日本軍だと言って被害国を保護するという名目で大陸から泊地へと進軍してきた国もあった。海軍は深海棲艦の対応で人手が足りていない以上は、そちらの問題は陸軍へと回されていた。

 

「……明るい話題に変えるか」

 

「うん、ごめんね」

 

 俺は何か話題が無いかと考えてみるが、このご時世に明るい話題など少なくどうしても軍事関係の話題しか思いつかない。

 

「そういえば、佐世保で思い出したんだが。 艦娘との共同作戦で近隣海域の確保ができたらしいぞ」

 

「へぇ、僕達以外にも頑張ってる子が居るんだね」

 

 艦娘に偵察任務を任せている基地は何ヵ所かあるというのは資料や叢雲を通して知っていたが、『共同作戦』という内容を考えれば少女達も戦場に出て戦ったという事なのだろうか。

 

「そこでだ、佐世保の時雨さんは里帰りをしてみたくないか?」

 

「里帰り……?」

 

 次の作戦の事もあるし、少女達と上手く付き合えている基地があるのであれば1度見てみたいと思っていた。

 

「単純に見学ってやつだな、向こうに知り合いとか居ないのか?」

 

「残念だけど、僕自身の出身は佐世保じゃないからね」

 

 俺の問いかけに呆れたような表情を浮かべている時雨に「じゃあ行くのやめるか?」と聞くと、「連れて行って欲しいかな」と返事が返ってきた。爺に車を借りるとして、後1、2人くらいなら連れて行っても大丈夫だろうか。

 

「そうと決まればさっさと寝るか、訓練は金剛姉妹や阿武隈に任せて置けば大丈夫だろうし少し眠って昼食を取ったら出発しよう」

 

「僕はもう少し入渠してから眠ることにするよ、まだ少し脚の痛みが残っているような気がするからね」

 

 俺は1度頷くと、浴槽から出て脱衣所へと進む。見学に連れてっても良いと思えるメンバーの中には金剛や阿武隈も含まれていたが、彼女達には今は暁達の訓練を優先して欲しいと思った。

 

(もう少し指揮官向きの子が居れば良いんだがな……)

 

 俺は擦りガラスでできた扉に手をかけると、勢いよく開く。

 

「「……え?」」

 

 黒髪を短く整えた半裸の女性と目が合ってしまった。俺たちは互いに妙な声を上げてそのまま固まってしまう。しばらく互いに見つめあったまま沈黙を続けていたが、沈黙を破ったのは女性の悲痛な叫び声だった。

 

「……ダメ…見ないで…見ないでぇー!」

 

「わ、悪い!!」

 

 俺は慌てて再び浴槽へと向きなおす。非常にまずい、駆逐艦達のように子供であれば問題無いのだが、いや問題はあるがスキンシップだと言い張って、しかし、流石に今の子くらい大人だとそれも通じないよな……。

 

「湊教官、流石にそれは隠した方が良いと思う……」

 

 時雨の言葉に腰に巻かれていたタオルが外れている事に気付き慌てて拾い上げる。それを見てしまった時雨は顔を真っ赤にして視線を泳がせているようだった。

 

「あ、あの…私、羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘です。あ、あの…ごめんなさいっ!」

 

「い、いや。 謝るのは俺の方だ本当にすまない……」

 

 背中を向けたままだが、必死で謝罪をする。ここで妙な誤解を招いてしまえば俺は『駆逐艦に手を出したロリコン』という不名誉を背負ったままこの基地を追い出される可能性がある。まずは誠意を持って謝罪することから始めよう。

 

「私の方こそ、ごめんなさいっ……」

 

「いやいや、俺の方こそ本当に悪った……」

 

「2人は一体何をしてるのかな……?」

 

 互いに謝り続けている俺と羽黒と名乗った彼女を止めたのは、何やら冷たい視線をこちらに向けている時雨だった───。

 

 

 

 

 

「さっきは本当にすまなかった」

 

 俺は食堂で深々と羽黒に頭を下げる。ちゃんとした謝罪をしたいから入渠が終わったら食堂に来て欲しいと告げて30分くらい待ったと思う。

 

「い、いえ。 私の方こそお見苦しい物をお見せしました……」

 

「湊教官は胸の大きい子が好きみたいだから嬉しかったんじゃないかな?」

 

 余計な事を口にする時雨の頭に手を乗せると、徐々に握る力を強めていく。どうしてコイツは不機嫌になっているのだろうか。

 

「改めて自己紹介させてもらうけど、俺は湊だ。 階級は少佐、一応言っておくが提督じゃなく教官って立場だから間違えないように」

 

「は、羽黒です……。 その……、よろしくお願いします……」

 

 なんと言うか、もの凄く気まずい。羽黒は気にしなくても良いとは言ってくれるが、間違いなく最悪の初対面となってしまっただろう。俺達は椅子に腰かけると、用意しておいた麦茶を飲みながら軽く雑談をする事にした。

 

「時雨は早く寝た方が良い、寝坊したら置いていくからな」

 

 麦茶の入ったカップを持ったまま目を閉じそうになっている時雨に声をかける。入渠して体の損傷が治ったとはいえ、完全に疲労が無くなる訳では無いらしい。

 

「どこかに行かれるのでしょうか……?」

 

「あぁ、ちょっと佐世保に見学に行こうと思ってな」

 

 俺は羽黒にそう思った経緯を軽く説明する。次の作戦については流石に話さなかったが、こことは別の場所で活躍する艦娘を見て訓練に活かせたらと誤魔化すことはできたと思う。

 

「わ、私も連れて行ってもらえないでしょうか……? いえ、やっぱり無理ですよね……」

 

「遊びに行く訳じゃないから、理由次第だな」

 

「佐世保には私の姉達が居るはずなんです……、よく手紙を送ってくれていたのですが、最近は送っても全然返事が無くて……」

 

 姉妹の事が心配だと言うのが主な理由なのだろうか、下手に不安を抱えたままにさせておくのもまずいだろうし、連れて行っても問題ないとは思うのだが、どうせ連れて行くのであればもっと多くの物を持ち帰れる子の方が良い気もする。

 

「その……、やっぱり私なんかじゃダメでしょうか……?」

 

 羽黒は少し考え事をして黙っていたせいか不安そうな顔でこちらの様子を伺っているようだった。どうしようかと悩んでいると、時雨が俺の肩に寄りかかって来てしまった。

 

「眠ってしまったか……」

 

「そうみたいですね……。 私が宿舎まで運んでおきますので、教官さんもお休みください……」

 

 完全に連れて行ってもらえないと判断したのか、彼女は暗い表情のまま時雨を抱き上げようとしている。なんだかこのままじゃ俺が悪役みたいじゃないかと妙に居心地が悪い。

 

「1330だ、それまでに昼食を取って正門に集合。 遅れたら置いていくからな」

 

「え……? それって……。 教官さん…本当に…ひっく…ありがとうございますぅ……ぐすっ、うぅ~……」

 

「お、おい泣くな! 流石に大げさすぎるだろ!?」

 

 姉達の事が心配なのは表情から伺えていたが、ここまで不安を溜め込んでしまっていたのだろうか?俺は改めて彼女達の姉妹という絆の深さに驚いてしまった。

 

「私達妙高型は、艦娘になる前から姉妹だったんです……」

 

 どうにか羽黒に泣き止んでもらうと、未だに目を真っ赤にしている彼女の代わりに時雨を背負って少女の宿舎へと向かっている。その途中でポツリと呟くように羽黒は姉妹の事を教えてくれた。

 

「妙高姉さんはいつも優しく私達の事を見てくれて居ました……、那智姉さんはいつも冷静で何かあればすごく頼りになるんです……」

 

「うんうん、良い姉だな」

 

「足柄姉さんはいつもふざけていましたが、落ち込んでる私を何度も慰めてくれました……」

 

 まだ出会って間もないが、彼女の性格を考えるにものすごく可愛がられていた事が良く分かる。施設でも末っ子の方になると、どこか保護欲をくすぐるような性格の子が多かったと思う。

 

「会えると良いな」

 

「……はい!」

 

 暁達を助けるために宿舎の中に入ってはいるのだが、流石に女の子が眠っているであろう時間に俺が入るのはまずいと判断して、入口で時雨を羽黒に任せる。最後に寝坊しないようになと一言告げると、俺は執務室へと戻って行った───。




初めて後書きを書かせていただきます。

本当はお風呂を書くかどうか悩んでいたのですが、今回は様子見ということで書いてみる事にしました。

あまりそういった描写は控えるようには注意して書きましたが…。

修正する前は結構時雨の身体を通して艦娘とはって感じで書いていたのですが、流石に自分で読み直してアカンと思いましたので控え目な形で投稿させていただきました。

一応今回が10話目という事もあり、お気に入りや評価を入れてくださっている方もいますので、感謝の言葉を書かせていただきます。

そして、これからもよろしくお願いします!

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