「ねぇねぇ一郎太くん、これなんかどう?」
「へぇ、いいんじゃないか? 結構似合ってるよ」
「も〜さっきからそればっかりじゃん」
「しょうがないだろ、実際どれも似合ってるんだし」
「あ、なんか今の言い方チャラい。女の子にはみんなにそう言ってそうだねー……」
「なっ、そんな訳ないって!」
「ホントに〜?」
さて、突然だけど私こと結城悠香は、現在風丸一郎太と一緒にサッカーのスパイクを買いに来ています。年頃の少年少女がふたりきりで出かけている、つまりはデートというやつです。会話だけ聞けば普通にショッピングを楽しんでるカップルに見えるかもだけど、悲しいかな……共に日本代表に選ばれたサッカー選手というだけあって、その内容はただ一緒にスパイクを買いに来ているだけなんだ。
まぁ私の中ではこの後どこか行く? って流れになることを期待して待ってる訳だけど。
ちなみに、なぜ風丸とふたりきりでスパイクを買いに来ているかというと、時は数時間ほど前に遡る。
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「よし! 行け、結城!」
「よぉーしッ!」
ネオジャパンの急な襲来を少々危うげに返り討ちにした次の日、いつも通りイナズマジャパンのメンバーは練習に励んでいた。
私もいつも通り練習をこなし、その日を何事もなく終えるだろうと思っていた。
がしかし、その時事件は起きた。
ブチッ
足元で急に、何かが切れたようなそんな音が聞こえた。そしてそれと同時に、靴紐で固く結んでいたはずのスパイクが、急に緩くなった気がした。
「ん……?」
少し嫌な予感をよぎらせつつ、足元を見るとものの見事に私の右足のスパイクの靴紐……というよりかは靴紐を通す穴が切れており、使い物にならなくなってしまっていた。
「げっ……マジか」
「どうした結城?」
ちょうど近くにいた風丸と鬼道が、私の様子に気付いたのか駆け寄ってくる。
「いや、ちょっとスパイクが切れちゃって」
「あー……これは修理してもらうか、最悪新しいの買わないとダメだな」
「今日はこの後自主練の予定だったから丁度いいだろう、稲妻町で新しいスパイクでも見に行ったらどうだ?」
「うん、そうするよ」
鬼道にそう言われ、早速この後稲妻町のスポーツショップに行くことを決めた私だが、自主練の時間までまだ少しだけ時間があるため、とりあえずみんなの練習の邪魔にならないようグラウンドから出てベンチに座る。
「あら? 結城ちゃんどうしたの?」
「もしかしてどこか怪我でもしましたか?」
ベンチでタオルやスポーツドリンクの準備をしていた木野と、その隣で手伝いをしていた音無が私一人だけベンチに下がって来たのを見て、不思議そうに尋ねてくる。
「ううん、ちょっとスパイクが切れちゃってね。今日はもう出来そうにないから下がっとこうかなって」
「あっ、ホントだ」
「この後自主練しかないし、ちょうどいいから新しいスパイクでも見に行こうと思うんだ」
「へぇ、誰と行くんですか?」
「へっ?」
「やっぱり風丸センパイとですか!?」
「えっと、なんでそこで一郎太くんの名前が出てくるのかな……?」
急に出て来た風丸の名前に驚いて吹き出しそうになったのを堪え、私は冷や汗を垂らしながら尋ねる。
「だってせっかく2人で出かけれるチャンスじゃないですか! いい口実になりますよ!」
「んー……まぁ、確かに」
憧れの風丸とふたりきりでどこかに出かけてみたいという気はある。それが例えスポーツショップだろうと、私的には全然問題ない。むしろどこだろうと構わない。
だけど、問題は相手が誘いにOKしてくれるかだ。
「でも、誘って断られたらどうしよう……」
「大丈夫ですよ! きっと風丸センパイなら結城センパイの誘いを断ったりはしないですって」
「なんで音無ちゃんがそんなに自信満々なの……」
一方その頃風丸の周りでは、鬼道とヒロト、吹雪が風丸を見てニヤニヤしながら問い詰めていた。
「結城ちゃん、この後スポーツショップにスパイクを見に行くみたいだけど、風丸くんは行かなくてもいいのかい?」
「な、なんでおれが……?」
「えっ? いやだって……付き合ってるんでしょ?」
ヒロトのその言葉に、風丸が思わず驚いて吹き出しそうになる。が、なんとか堪え、頬を赤く染めながらゴホゴホと咳き込む。
「おっ、その反応は黒かな?」
「いや、
「ほう……」
「まだ……ね」
意味深に鬼道と吹雪が相槌を打つ。しかし、風丸は自分の失言に気づく事なく続ける。
「それに、おれが誘っても断られるかもしれないし」
「それなら心配ない。結城ならお前の誘いを断ることはないはずだ」
「なんで鬼道がそんなに自信満々なんだ……」
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てな訳で、その後の流れで私と風丸は2人でスパイクを見にスポーツショップに寄ることになった。
ちなみに、私も風丸も目的はスパイクを探しに来ただけだが、なぜか2人とも思いっきりオシャレをしてきている。
風丸の方は黒のスニーカーに、ブラウンのチノパン。ゆったりめな長袖の白いTシャツの下からは、黒いヒートテックがちょい見える程度に顔を覗かせる。その上には淡い黄色のパーカーを着ており、ノースリーブな所がこれまたおしゃれポイントの一つだ。全体的にカジュアルなコーデで纏められており、完全に私の好みどストライクですわこれ。うん、カッコ良すぎる。もうお腹いっぱいだわ。
ちなみに私はというと、白のスニーカーにベージュのショートパンツ。白いロンTの上からは薄いグレーのカーディガンを羽織り、明るい色で綺麗な清楚感を醸し出しつつカジュアルに纏める、いわゆるキレカジ系なコーデだ。
どう考えてもたかだかスポーツショップに寄るために着てくる服装ではない。
「じゃあ、これにしようかな」
私が悩んだ末、気に入ったスパイクを見つけたため、とうとうふたりきりのスポーツショップデートは終わりを迎えてしまう。
あんまりここで長居しても、お店にも迷惑だと思うし、正直言ってスポーツショップではデートなんて気分には中々なれない。まぁそこそこノリノリだったけど……。
「この後どこか行くか?」
風丸からそう告げられ、私は名残惜しいが応える。
「うん、そうだね……えっ?」
あれ? 風丸今なんて言った?
「さて、どこ行こうか?」
「えっ、あ、えーと……どこにしようか」
これは……我が春が来たかもしれない。
しかし特に行く当てが思い浮かばず、この世界に転生したばかりでそこまで稲妻町に詳しくなかった私は、とりあえず風丸に今回のデートプランを託した。といっても風丸が行きたい所ならどこでもいいけど。
そして結果的に、商店街をぶらぶらして散歩がてら、良さげな店があれば入ろうというのんびりなデートとなった。
「そういえば一郎太くんの私服初めて見たけど、結構オシャレさんなんだね」
ごめん、結構オシャレどころじゃなくてとんでもなく私好みのオシャレ加減です。恥ずかしくて嘘つきました。
「結城こそ、その……凄く似合ってるぞ」
「えっ? ほ、ホント……?」
なんてことない会話を繰り広げながら、風丸と一緒に商店街を渡り歩く。たぶん他人から見れば至極つまらないだろうけど、私からすれば感無量です。
ただ、一つだけ懸念を抱いていることがある。
私と風丸の背後からいくつかの不穏な影が後をついてきている気がする。というより見覚えのあるマントが物陰から見切れている。あのさ鬼道、尾行するならもうちょいそのマントどうにかしようよ。
結局、最後の最後まで鬼道たちの尾行が気になり、私は風丸とのデートをあまり満喫することが出来なかったのであった。