デザートライオンとの試合が開始し、イナズマジャパンの先攻でボールは動き出す。センターサークルから豪炎寺が吹雪にボールを蹴り、吹雪から私にボールが渡る。
『さぁイナズマジャパン、最初にボールが渡った結城を中心に他の選手が攻め上がって行く!』
イナズマジャパンの司令塔といえば、誰がなんと言おうと鬼道だ。鬼道を中心に、ゲームは組み立てられていくといっても過言ではない。前回のビッグウェイブス戦でも鬼道が主にボールを運び、イナズマジャパンの攻撃の主軸となっていた。が、今回はその役目を私が担う事になっている。
なぜそうなったかというきっかけは、試合開始5分ほど前に遡る。久遠監督からチームのみんなに言い渡された指示は、以下のたった一言だけだった。
ーーー今回の試合、攻守の主軸は右サイドの結城を中心に組み立てていけ。結城、お前も攻撃は常に最前線、守備はゴール前でプレイするくらいのつもりで意識しろーーー
要するに私がボールを運び、点を取りに行きながら尚且つゴールを守れってこと。確かにMFは時と状況に応じて攻めに行ったり、守りに入ったりと攻守の切り替えが激しい右往左往するポジションだ。けど、攻めるときは誰よりも前に、守りのときはゴール前で、なんてコートの端から端まで動きまくることはない。というか普通に考えて体力が持たないし無理。
監督のその指示を聞いた時は、私を含めチームのメンバー全員が呆然としていた。ゲームメイクを鬼道ではなく私に任せるってだけでも異例なのに、そこから更に私に攻守はフル参加というある種の試練を与えてきた。何人かは反対の意思を露わにしたが、監督の「嫌ならベンチに下がれ」という有無を言わさぬ一言で押し黙ってしまった。おい、そこはもうちょい反発しないのか。なんていっておきながら私は何にも言わなかったけど。てかこんな指示原作では聞いてないし、今回は監督の考えがマジで読めない。鬼道じゃなくて私にボール運びをさせるメリットってなんなんだろ。それに攻守フル参加て……鬼畜にも程がある。
ってなわけで、早速私がドリブルで攻め上がっていき、他のみんなも前線に上がっていく。
「女だからって容赦しねぇぞ!」
「むしろ舐めてかかると痛い目見るかもよ?」
早くも私をマークしてきた相手FWのザックが突っ込んでくる。確かデザートライオンの選手はみんな当たりが強くてラフプレーもお手の物なんだっけ。私みたいな、か弱い女の子がタックルなんてされた日にはひとたまりもないだろう。まぁそれはさておき、なかなか鋭いスライディングで私からボールを奪いにきたザックを飛び越えて躱し、続けてタックルをかましにきたもう一人のFWマジディに、身体が接触する寸前でドリブルをピタリと止め、タイミングをずらして緩急をつけて抜き去る。いくら当たり負けしない足腰の強さがあろうと、当たらなければどうということはない。実際に出来るかどうかはまた別の話だが。
『なんと結城、デザートライオンの激しいディフェンスを掻い潜ってボールを淡々とゴール前まで運んでいく!』
「いいぞ結城!」
「あの5番を止めろ!」
デザートライオンのキャプテン、カイルが指示を出す。ちなみに5番というのは私のユニフォームの背番号だ。栗松の番号をそのままもらっていることになっている。
カイルの指示で相手DF2人がプレスをかけに来るが、それに捕まる前にマークが空いていた豪炎寺にパスを出す。
「決めろ吹雪!」
そしてそのまま吹雪にラストパス。フリーの状態でボールを受け取った吹雪はシュート態勢に入る。
「ウルフレジェンド……うおぉぉぉッ!!」
「くそっ……ぐっ!?」
吹雪の雄叫びとともに放ったシュートをカイルが身を呈して止めようとする。カイルの抵抗虚しく、勢いは完全には止まらず吹っ飛ばされてしまったが、それでも威力の落ちたシュートは相手キーパーのパンチングにより防がれ、ボールは一旦コートの外へと出る。
『イナズマジャパンあと一歩のところで得点ならず! 一方デザートライオン、カイルの身体を張ったディフェンスにより一旦危機を逃れました!』
ゴールは逃したが、イナズマジャパンのコーナーキックから試合は再開するため、以前チャンスには変わりない。ちなみにキッカーには風丸が入る。本人曰く試したい必殺技があるらしい。
ふぅ、と風丸が一つ息を吐き、集中力を高める。次いでトントンと軽くジャンプし体をほぐした後、キックのモーションに入る。
「来るぞ!」
「これが俺の新必殺技だっ!!」
風丸が勢いよく蹴りつけたボールは、大きく弧の字を描きながらカーブし、そのままキーパーの伸ばす手に阻まれることなくゴールに吸い込まれていく。なんと言うか、割と呆気なく1点目を取ってしまったというか……いや、普通のサッカーならスーパーゴールなんだと思うけど、超次元サッカー的に見ると少し地味だ。けどまぁ1点入ったし、風丸も嬉しそうにしてるからいいか。
「大きく弧を描くシュート……まさに「バナナシュート」ってちょ、なんで先に言っちゃうんですか〜!?」
ベンチではメガネが必殺技の命名をしようとしていたが、冬花が先に技名を言ってしまい涙を流していた。いや泣くほどの事かね。まぁ確かにメガネからそれを奪っちゃうと自称戦術アドバイザーの仕事は無くなっちゃう訳だが。
『さぁデザートライオン! 反撃となるか!?』
デザートライオンからのキックオフにより、試合は再開する。ザックがドリブルで上がってきているところを緑川がディフェンスに行く。
「邪魔する奴は吹き飛ばす!」
「思う念力岩をも通すってね! 努力は必ず報われるものさ」
緑川がザックからボールを奪い去る。おぉ、緑川気合入ってるね。こりゃあ私も負けてられない。前線でマークを振り切っていたヒロトとアイコンタクトを取り、私は攻め上がっていく。
軽快なドリブルで進んでいく緑川に、相手が2人がかりでディフェンスにつきにくる。
「結城!」
ディフェンスにマークされる前に緑川が私にパスを出す。それを読んでいたのか、カイルが私をマークするよう素早く指示を飛ばす。
「5番だ! 奴につけ!」
『パスが出された結城に素早くマークしに行く! これは読まれていたか!?」
緑川から来たパスを、私はトラップせずに素通りする。ボールは私をすり抜けていき、そのまま直線上にいたヒロトに繋がった。元宇宙人コンビ+おまけで私の息の合った連携だ。
「なに!?」
『おぉっとイナズマジャパン! これは裏をかいたパスワークでデザートライオンを翻弄する! そしてパスを受け取った基山は完全にフリーだぁ!!』
「流星ブレードっ!」
ヒロトの放った渾身のシュートに相手キーパーは反応しきれず、そのままゴールが決まる。早くもイナズマジャパン追加点で、スコアは2ー0となる。このまま勢いに乗って勝利となるかに思えたが、久遠監督だけは表情を変えないまま、何かを気にするように照りつける太陽を見上げていた。私はというと、まだ前半が始まって間もないから誰も気にしていない様子だが、デザートライオンの地味なしつこさと粘り強さに、少し驚いていると同時に不安を抱いていた。まず、デザートライオンの選手たちはとにかく動く。やっぱり目立つのは激しいタックルだったりとか強引なドリブルだけど、それ以外にも地味にフォローに入っていたり、ディフェンスは2人がかりでプレスをかけにきたりと総動員してプレイしてる感じだ。
故にイナズマジャパンのメンバーもそれを突破していくために動き回っている……いや、動き回されてると言った方が正しいかな。体力がある今のうちにできるだけ有利に立っておきたい、けど相手のペースに合わせてるとあっという間にみんなへろへろになってしまう。
どうしたものかと考えていると、審判のホイッスルが鳴りデザートライオンのキックオフで試合が再開された。前方から再びFWのザックがドリブルで突っ込んできているのが目に入る。
「……考えていても仕方がないっ」
私がそれを止めようとディフェンスにつく。が、ザックは強引に突破しようとしてタックルを仕掛けにくる。非力な私じゃ張り合うことも出来ず、いとも簡単に跳ね除けられてしまう。
「結城!」
「大丈夫! それよりも緑川と木暮はザックをマークして、2人でプレスをかけて!」
「分かった」
「任せろ!」
素早く2人に指示を出しつつ、私も態勢を整えてすぐさまDFラインまで走り下がる。
「どけぇっ!!」
「くっ、なんてパワーだ!」
ザックの猛攻を止めるため、緑川と木暮が2人掛かりで身体を張ったディフェンスをする。少しだけ拮抗した様子を見せたが、ザックの勢いは留まることを知らず、なんと2人ともまとめて力技で吹っ飛ばしてしまった。
「なんてやつだ……!」
「へっ、俺たちの砂漠で鍛えた足腰を舐めてもらっちゃ困るぜ!」
あっという間にザックが円堂のいるゴール前にまで迫る。完全にフリーの状態と思われたが、私が横から遮るように間に入り、ザックの前に立ちはだかる。
「女ごときじゃ止められねぇよ!」
構わずザックがシュートを放つ。ボールはゴールめがけて一直線に進んでいくが、私はそれを勢いをつけた回し蹴りで跳ね返そうとする。
「ぐっ!? 重っ!」
砂漠で鍛えられた足腰から放たれるシュートは並の威力ではない。だからと言って押し負ける気は毛頭ないけど。
ボールに押し付けている右足を振り切り、なんとかシュートをクリアする。
『ザックの強烈なシュート! しかしそこは結城によって弾き返されます! イナズマジャパン、ピンチを乗り切りました!』
「鬼道さん!」
クリアしたボールは転々としつつ壁山が拾い、続けて鬼道にパスを通す。みんなもそれを合図に一気に前線に上がっていく。この機を逃さずカウンターで前半のうちにもう1点取っておきたい、そう思いつつも私も駆け上がっていった。
鬼道がドリブルで中盤まで持ち込み、再び私へとボールが渡る。次いで1人、2人とフェイントと股抜きで躱しながら右サイドギリギリの所まで上がっていき、ゴール前に少し高めのセンタリングを上げる。
ゴール前にかたまっていた両チームの選手の中から一人、豪炎寺がボールの高さまで飛び出し、体を捻ってオーバーヘッドキックでシュートを放った。やはり跳躍力でいえば豪炎寺の右に出るものはいないだろう。
「させるかっ!」
カイルが先ほど私がやったようにシュートを蹴り返しクリアする。ボールはあらぬ方向へ飛んでいき、コートを出たがそれと同時に長めのホイッスルが鳴り響く。前半戦終了の合図だ。欲を言えば、今のチャンスでもう1点取っておきたかったが、防がれたものは仕方がない。
『ここで前半戦終了です! イナズマジャパン、2点リードのまま前半を終えました。対するデザートライオン、後半からは反撃となるか!?』
ハーフタイムとなり、両チームの選手がベンチに下がっていく。試合中は気づかなかったけど、試合が始まる前よりもさらに気温が高くなっている気がする。2点リードの有利な立場といえど、みんなの足取りは決して軽快なものではなかった。
「みんな良い感じよ!」
「後半もこのままの調子で行こうぜ!」
木野と円堂がみんなを活気つけるが、スタメンのほとんどはくたびれた様子で座り込み、タオルで汗を拭いていた。まだ余裕がありそうなのは、私を含め円堂、鬼道、豪炎寺くらいか。
ふと相手ベンチの方を見ると、こちらの様子を眺めていた監督のエリザとキャプテンのカイルが口元を緩ませていた。まるでここまでの展開が予定通りだとでも言わんばかりに。