養成所から何故か飛び出していった凛。
寂園とのレベルの違いを実感させられたからか、はたまた、彼女が遠くに行ってしまうことからの焦りからかそれはわからない。
「何やってんだろ…私」
養成所から飛び出して、空を見上げる凛はそう1人で呟く。
初めて、寂園と出会った日からこんな風になることは鼻からわかっていた事だ。彼女の天賦の才も全て桁外れたもの、それを最初から追いかける側だった。
だけど、彼女の背中がどんどん遠くへ行ってしまう。彼女の隣で歌いたい、踊りたいのに自分を置いて行ってしまう。
「…ここに居たのネ、リン」
そして、飛び出してきた凛の背後からその目標にしている彼女の声が聞こえてきた。
その声はいつものように優しい声だった、まるで、最初から凛がこうなる事がわかっていたようであった。
凛はゆっくりと声をかけてきた寂園の方へと振り返る。この世界に自分を連れてきたのは他でもない彼女だから。
「なんで出て行ったのかは…、大方予想がつきますネ」
「…なんで…」
「追って来たのか、でしょ? それは、私の大切なfriends だからネ」
そう言うと、寂園は笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと凛に近寄っていく。
彼女はポケットからある物を取り出すとそれを凛に手渡しはじめた。
その寂園の行動に目を丸くする凛、だが、寂園は笑顔を浮かべたまま静かにそれを受け取るように凛に促した。
凛は寂園から手渡されたそれを静かに受け取る。そこにあったのは一枚の紙、しかし、その紙には寂園の大切な思いが込められていた。
「私が書いた作曲した曲ネ。凛の為の曲だよ」
「作曲…。舞がしてくれたの? 私の為に?」
「YES! 凛はお姫様で私は魔法使いダヨ!魔法使いにもMPがいるでしょ? だから今回の米国デビューは私のMP回復の手段に過ぎないの!」
「いた…、ん…」
そう言うと寂園はコツンと凛の額を指で軽く小突く。
小突かれた凛は額を軽く押さえながらムスッとした表情を浮かべていた。米国デビューというスケールが大きい事を寂園はたかだかMP回復だと言い切る。
そんな例えを寂園の口から直接聞かされれば凛もなんだか大した事がないように不思議と思ってしまった。
「凛はちょっと難しく考え過ぎネ、私の隣で歌ったり踊ったりしてくれるんでしょ?」
「!……舞、覚えててくれたんだ」
「凛のDREAMだからね、当たり前だよ」
そう告げる寂園は静かに凛の言葉に頷いた。
初めて凛と一緒にバーの奥部屋でダンスの練習を行った日のことを寂園は忘れてなんかいない。
寂園のようなエンターテイナーになりたい、それが凛の目標であり、この346プロダクションに来た理由だ。
その事を寂園は理解していた。だからこそ、焦る気持ちを抑えきれない凛の心境も察せる。
寂園はひとまず凛に自分が手掛けた曲を手渡した後、さらに、紙を取り出すとそれを彼女に手渡した。
「凛、あと、これ私が米国行ってる間のトレーニングメニューね」
「これ…」
「私が組んだトレーニングメニューだヨ♪」
そう言って凛が手渡された紙にはビッシリと書かれた練習と食事の献立などが書かれていた。
これを見た凛は思わず目を見開く、まさか、自分達の為に寂園がここまでしてくれるとは予想もしていなかったからだ。
すると、寂園は紙に釘付けになる凛にこう話しを続ける。
「私が居ない間はそれをキッチリやる事ネ、帰ってきたらちゃんと見るから、あ、卯月や未央と一緒にやっても大丈夫だヨ」
「舞…。ありがとう」
そう言って、凛は寂園に抱きついてお礼を述べる。彼女は自分を置いてったりするつもりは最初からなかったと、それが、とても嬉しかった。
そして、凛に抱き着かれた寂園はと言うと驚いた様な表情を浮かべるが、親愛を込めたハグはアメリカでもよくある為、それを受け入れて優しく凛の頭を撫でた。
まるで、凛の面影がかつていた自分の娘の面影と重なる様に感じる。彼女もまた、自分の手からは離れて、アメリカで立派なスターになった。
凛の頭をしばらく撫でた寂園は彼女の肩を掴むとゆっくり引き離した。そして、親指で養成所を指差すと凛にこう告げる。
「さ、それじゃreturnするヨ、みんな待ってるからネ」
「うん」
そして、凛は寂園と共に養成所へと帰っていった。
これから先、凛はきっと物凄い可能性を秘めている。それは、養成所にいる卯月や未央達も一緒だ。
だから、夢見る彼女達に自分が魔法をかけてあげなくてはいけない、寂園にとって、シンデレラは彼女達なのだ。
それから、二週間程の期間が経った。
寂園は予定通り、CDデビュー、及び、ライブを行う為、飛行機に乗り込み、アメリカへと渡った。
また、日本では凛達も寂園に言われたトレーニングを行いながら346プロダクションからCDデビューを行う事に成功。
そして、他のシンデレラプロジェクトも順調に進行、バラエティ、写真撮影、そして、演劇などいろんなジャンルに個性的な様々なアイドル達が台頭していく。
そんな中、日本のニュース番組で衝撃的なニュースがこの日、日本中を駆け巡る事になった。
『次のニュースです。米国で活動中の346プロダクション所属の舞・K・寂園さんのデビュー曲を収録したCDが歴史的な売り上げを記録し、デビュー曲にも関わらず全米チャート1位にランクインしました』
それは日本で活躍しているアイドル達が衝撃を受けた日だった。
まさか、米国デビューした日本の新人アイドルが米国チャート1位を取った上にCDで歴史的な売り上げを記録するという偉業を打ち立てたのである。
しかし、アメリカのメディアでは大々的にこう報道される事になった。
『キングの凱旋』『ポップ界の神の帰還』と。
そう、聞く人が聞けば、やはりわかるのだ。彼女が一体どの様な存在で、一体、どれだけの価値がある人物であるのか。
そして、熱狂的なファンは寂園のライブを聞くたびに涙を流す。あぁ、そうだ、彼女こそが『それ』なんだと。
アメリカと日本に激震が走る中、346プロダクションではこの日から四六時中電話が鳴りっぱなしである。
マスコミ、メディアはこぞって彼女を掘り当てた人物を取材しようと346プロダクションには人だかりができていた。
「すいません! 本田未央さんですよね!同じプロダクション所属の 舞・K・寂園さんについて何か一言頂けませんでしょうか!」
「あ! 渋谷さん! すいません一言お願いします!」
そして、その情報を一言でも聞こうとこぞって346プロダクションのアイドル達にインタビューを迫る始末。
これには、流石の武内Pも頭を悩ませていた。
これ以上のメディアの押しかけは確かに346プロダクションの仕事を増やす事にも繋がるが同時にアイドル達のストレスにも繋がってしまう。
しかも、現在ニューヨークにいるあの美城常務から先日連絡が来た時は自分も耳を疑ってしまった。
『彼女をどうにかしてくれないか、頭がどうにかなりそうだ』と役員を通して通達があったのである。
彼女とはおそらく、寂園の事だろう事は武内Pには容易に想像がついてしまった。
「ほんとに…全米チャート1位を取るなんて…」
これには武内Pも頭が痛くなる。
だが、ここでなんと、さらに頭が痛くなる出来事が武内Pに降りかかる事になる。
なんと、米国から急遽、いろんなスケジュールを終わらせた寂園が帰国してくるというのだ。
346プロダクションは大慌てである。
しかも、今回はニューヨークにいる美城常務も共に帰国するというダブルパンチだ。
会社側は波乱の連続であった。シンデレラプロジェクトもそうだが、346に所属する他のアイドル達もザワつき大慌てする346プロダクションに振り回されっぱなしである。
そして、寂園を乗せて出発した飛行機は米国から日本へと無事に到着。
到着した飛行機の出入り口ではマスコミが殺到していた。彼女を一目見ようと日本のファンも多く、物凄い人々で空港が埋め尽くされている。
「ふぅ、ようやくついたネ、みっしー早く行くヨ!」
「…その渾名、どうにかならないのか…」
「えー、みっしーが私とduet組んでくれるまでずっと続けるヨ?」
「胃が痛い…」
そう言って、美城常務を傍らにボディガードで周りを固めて、寂園は日本の空港を米国チャート1位を引っさげて凱旋する。
あらゆるところからシャッターフラッシュと悲鳴の嵐である。しかし、寂園はいつもの様に気ままにカメラに手を振ったりピースサインをしてそれに応えてあげる。
そして、隙さえあればいつの間にか日本のファンの子供の色紙にサインを書きにいく始末だ。
美城常務も自由奔放な彼女に振り回されっぱなしで目を離せばいつの間にか居なくなっている事がアメリカでも頻繁にあった。
例えを挙げるなら、夜のブロードウェイのど真ん中で人々を集めて路上ライブを繰り広げる始末である。
そんな自由奔放な彼女を傍らに管理するのが、気が気でない毎日を送っていたのである。
彼女に美城常務がどうしたら大人しくなるのかと聞いたところ、武内Pがいれば多分大丈夫だと寂園が答えたものなので藁にも掴む思いで先日、電話を日本に繋いだ訳なのだが…。
しかし、日本の346プロダクションも対応に追われているためそれどころじゃない事を悟ると、流石の美城常務も諦めるしかなかった。
「…舞、お願いだから、突然いなくならないで」
「oh、みっしー顔色悪いネ、大丈夫?」
「えぇ、おかげ様で」
「HAHAHA! みっしーもなかなかjokeが上手くなったネ!」
「…………」
向こうでもずっとこの調子である。
明るい事は彼女の良いところではあるのだが、毎回、胃を痛めている美城常務は顔を引きつらせるばかりだ。
これ以上、何かあって欲しくない、そう心から願っていた。予想外の出来事はもう散々アメリカで体験したし、まさか、何かあるとは思えない。
すると、空港の出入り口付近で何やら見覚えのある人物がこちらに手を振っている。
多分、幻覚か何かだろう、美城常務はそう思う事にした。こんな、空港の入り口にまさか彼女が来ているはずがない。
「おい! あれ…」
「ひ、日高…、あれって引退した日高舞じゃないか!」
どうやら、美城常務は幻覚を見ていたわけではない様だった。
なんと、満面の笑みで寂園を出迎えていたのは芸能界をとっくに引退したはずの日高舞の姿があったのだから。
主婦の様な格好をしているが間違いない、日高舞である、なぜ、彼女がここにいるのかはわからないが大方予想はついていた。
「ヘイ! youがMs.日高? 私は舞・K・寂園。よろしくネ!」
「Hello!初めまして日高舞よ! こうして会えるなんて光栄ね! 貴女の曲聞いたわよ!ビビっと来ちゃって! そのままこっちに来ちゃった♪」
そう言って満面の笑みを浮かべて空港の出入り口付近で寂園と握手を交わす日高舞。
引退した筈の彼女が何故ここにいるのか、報道陣は理解できないが、これは大事件だった。
そして、隣にいた美城常務はというと、力なくパタリと日高舞の出現というショッキングな出来事のあまりその場で倒れてしまう。
「美城常務! 美城常務が倒れたぞ! 救急車!」
そして、ガードマンがすぐさま救急車を呼ぶために電話で話していた。
それを見ていた寂園は肩を竦めると苦笑いを浮かべ、握手を交わしている目の前にいる日高舞にこう告げ始める。
「oh、sorry、今日のところはゆっくり話せそうにないネ! 来週あたり、レストラン予約しておくからそこで本題でもどうですか?princess?」
「princessだなんて! 是非ご一緒させてくださいな♪ 色々聞きたい事があるんですよ私も」
「really ?それは楽しみね! それじゃ今日のところはこれで…」
そう言うと、被っていたハットを外して日高舞にお辞儀をする寂園は、そのまま先導されると空港の外で待機させてあった車に乗り込みその場を後にする。
一方の美城常務も駆けつけた救急車に運ばれ、帰国早々、病院に急行する羽目になってしまった。
そんな、カオスな状況に目をまん丸くする空港に取り残された報道陣と寂園のファン達。
日高舞も寂園が立ち去るのを見送るといつの間にか彼ら達の前からいつの間にか姿を消していた。
これが、『ポップキング帰国事件』と見出しを打たれて翌日の週刊誌を賑わせる事になったのは言うまでもない。