オーディションを終えた寂園を連れて、再び、自分のオフィスへと戻っていく武内。
厳しい審査員の三上という男性を含む全員から怪物と称される少女を傍らに連れている彼の心境としてはこんな少女がまさか、そんな能力があるとは未だに信じられずにいた。
しかし、そんな寂園はというと楽しそうに英語で音楽を口ずさみながら指をパチンパチンと鳴らしている。
「うーん、もうちょいimpactがあるフレーズが良いかな? んー」
難しい表情を浮かべながら口ずさむ曲に納得がいってないのか何やら悩んでいる様子であった。
そんな呑気な彼女の姿を見ていると武内は思わず笑みが溢れてしまいそうになる。とはいえ強面の武内は笑うのが苦手なので相変わらずの仏頂面であるのだが。
暫くして、オフィスの扉の前まで戻ってきた2人は中へと入る。
「……ちょっとってなんだったかな? 舞?」
そう言って、ソファに腰掛けている凛が満面の笑みで2人を出迎えてくれた。
しかし、その表情とは裏腹に明らかに怒っているような口調である。まさか、ここにきて二時間近く1人でこんな知らない部屋に待たされれば凛も不安になるのも致し方ないし、怒る理由も頷ける。
そして、ソファから立ち上がりズンズンと歩み始めるとその笑顔のまま寂園の顔前まで迫ってくる。
その迫力に寂園も思わず苦笑いを浮かべて顔を引きつらせていた。
「…oh…、り、凛、sorry」
「2時間くらい掛かったよね! ね!」
「いやー、私のdanceとmusicを審査員の人達がもっと聞きたいっていうもんだからサ! ちょっと張り切り過ぎちゃった」
そう言って、迫ってくる凛から視線を逸らして、冷や汗を垂らして助けを求める様に隣にいる武内に視線を向ける寂園。
しかし、その助けを求める寂園の視線から武内はスッと視線を逸らす。それを見た寂園は軽くショックを受けた。ここに来て、まさかの武内の裏切りである。
こうなっては自分でどうにかするしかないと寂園はパン!と手を叩くと凛にこう話しをしはじめる。
「ヘイ!OK! わかった! sorry! 今度、美味しい料理食べさせてあげるから、許して」
「…ふーん…」
「あ、疑ってるね? 食べたら多分、凛が腰抜かすヨ?」
「…ま、まぁ…それなら許してあげる」
「HAHAHA! 凛は本当に素直で可愛いprincessネ!」
「もう! そうやっていつもはぐらかすんだから!」
そう言って、機嫌が良くなった凛の頭を撫でる寂園。ひとまず、オフィスで凛を二時間も放ったらかしにして待たせた件についてはこれで丸く収まるみたいである。
落ち着いた頃合いを見計らって、武内は戯れる2人に改めて口を開く。今回、凛を呼んだ目的も含めた大事な話だ。
「遅くなってすいません、凛さん、これから養成所に向かいます」
「… 養成所?」
「oh、lesson schoolネ!」
そう言って、声を上げる2人の言葉に頷く武内。
そして、そのことに関して改めて伝えておかなくてはいけない事について、凛と寂園に話しをしはじめる。
「実は、既に先にお二人程、候補生の方が養成所にいらっしゃいます。多分、今はトレーニングを行っている最中ですね」
「ふーん…そうなんだ」
「trainingね、んー、dance lesson?」
「はい、今日は丁度そのレッスンかと」
「really? oh、それは面白そうネ!」
そう言って、にこやかな笑顔を浮かべている寂園。
どんなダンスレッスンをしているか、彼女は非常に興味があった。条件にも書いてはいるが凛のレッスンは寂園がマンツーマンで教えようと考えていたからだ。
レベルが高いダンスレッスンならもしかしたら彼女の能力を上げるにも役立つかもしれない、そう考えていた寂園は早速、養成所のトレーニングがどんなものか見てみたい気持ちがあった。
それに凛とユニットを組ませようとしている2人にも寂園は非常に興味がある。
武内がスカウトした女の子、もしかしたら凛の様に面白い子がいるかもしれないという期待感があった。
「それじゃ!養成所にlet's goネ! ヘイ! 凛、Mr.武内! 早く行くよ!」
「ちょ! 舞! もう! こんな時は行動早いんだから!」
「あ、待ってください!」
そう言って、先導して駆けていく寂園に声をかける2人は後を追う様にオフィスから出ていく。
何はともあれ、こうして、凛と寂園の2人の活動はこれから始まろうとしていた。
それから暫くして、武内の案内で養成所に訪れる事になった2人。
既に中には武内が話していた通り人がいて丁度、ダンスのレッスンをしている最中のようだった。
寂園と凛の2人は先導する武内の後ろからついていき、ダンスのレッスンをしている中、部屋へと入る。
「…ここです」
武内は部屋へと2人を招き入れると中ではダンスのトレーナーと共に踊る女の子たちの姿が目に入ってきた。
ターンや、腕の動き、そして、音楽に合わせてステップを踏む女の子達とダンスの指導者。
すると、それを面白そうに寂園は眺めている。ダンスのステップや腕の動き、そして、彼女達全員の表情をじっと分析するような眼差しだった。
「はい! ここで切り返し!」
そのダンスのトレーナーの掛け声と共に2人はパッと動きを切り返す。
すると、それを眺めていた凛は思わずその練習風景に感心するように隣にいる寂園に声をかけた。
「凄いね…、なんだか」
「ん…?」
「いや、あの迫力。あんな練習するんだ」
そう言って、寂園に練習風景の感想を述べる凛。
しかし、一方の寂園はというと肩を竦めて左右に首を振っていた。それは、彼女からしてみればどこか納得がいかない部分があっだからだろう。
暫くして、練習でダンスレッスンを終えた女の子2人は練習風景を見ていた武内と寂園達の姿を見つけると歩いて近寄ってくる。
「お疲れ様ですっ! プロデューサー!」
「お! 貴女達がプロデューサーが言ってた子達だね!」
そう言って、元気な声を出して先ほどまで練習をしていたにも関わらず満面の笑みで近寄ってくる女の子2人。
卯月と未央の2人を指導していたダンストレーナーはタオルで汗を拭きながら、武内と視線を合わせると笑顔で頷く。
そして、そんな2人から声をかけられた寂園と凛はそれを肯定するように頷くと話をし始めた。
「Hello! oh! 可愛いSmileの子達だネ! さすがMr.武内がスカウトするだけの事はあるわ! 私の名前は舞・K・寂園! 舞で良いわ。マイケルでも良いけどネ! そしてこっちは」
「初めまして、渋谷凛。よろしくね」
そう言って、自己紹介を兼ねて名前をそれぞれ語る2人。
それを聞いていた、女の子2人は互いに頷き合うと自己紹介をしはじめる。まず、最初に名前を語り始めたのは、ロングヘアの上方の髪を両側面から後頭部にかけてまとめ、後ろで1つに結んだ髪型をした可愛らしい少女からだった。
「私! 島村卯月と言います! まだアイドルとして卵ですが、これから今以上に頑張って、みんなから好かれるアイドルを目指しますので!どうぞよろしくお願いしますね!」
「ヘイ、卯月ネ! 覚えたわ! そのbestを尽くす姿勢、私、大好きよ!」
「ほ、本当ですか!」
「YES、努力は報われるものだからネ!よろしくね! ウヅキ!」
「私もよろしくね」
そう言って、卯月と何気なく握手を交わす寂園、そして、凛もまた寂園と同じように卯月と握手を交わして親交を深める。
そして、続いて、自己紹介をし始めたのは短髪の羽毛で活発そうな女の子だ。ダンスを見た感じ身体能力が高いように寂園が個人的に感じた少女である。
「私は本田未央! 最近知り合ったしまむーとはもう仲良だし、貴女達ともこれから是非仲良くしたいと思ってるんだ! よろしくね!」
「未央だね、うん、これからよろしく、仲良くしよう」
「OK、niceなsmileネ! これからよろしく!」
そうして、活発そうな女の子、未央との自己紹介を終えて握手を交わす寂園と凛の2人。
こうして、一通りの自己紹介を終えた寂園は上機嫌で武内の側に近寄ると嬉しそうにこう話をし始めた。
それは、先ほどから寂園が聞いていた会話の中で気づいた事、武内が彼女達のプロデューサーであり、そして、自分達のプロデューサーである事に気付いたからだ。
「なるほどネ! Mr.武内、貴方がプロデューサーなんだネ。それじゃ私達もこれから武内Pと呼ばないといけないね、凛」
「あ、そうだったんだ…。スカウトだけとばかり…。それじゃ武内Pもこれからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、武内Pとも改めて握手を交わす2人。
スカウトだけの人かと思っていたがどうやらその武内がプロデューサーを兼任している事について寂園は満足がいっていた。
彼女がアイドルというメディアに晒される表舞台に再び出ようとしたきっかけを作ったのは他でもない武内Pだ。
だから、もし、自身のプロデューサーにするなら武内Pだと会社側に直談判するつもりだったのだが、手間が省けたと寂園は思う。
それからしばらくして、ひと段落したところで寂園はダンスのレッスンを指導していたダンストレーナーの元へツカツカと歩いていく。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「…はい?」
「youがダンスのトレーニングの先生?」
「え、そう…ですけれど」
そう言って、先ほど未央と卯月にダンスの指導を施していたダンストレーナーに訪ねる寂園。
すると寂園はにこやかな笑顔を浮かべて、肯定するように頷いたダンストレーナーである彼女に親指でダンスレッスンを行っていた部屋を指差してこう話をし始めた。
「さっきのダンス。一から全部凛とlectureして欲しいんだけど時間大丈夫かな?」
「え、えぇ、それは…大丈夫ですが」
「ちょっと! 寂園!」
「えぇ! 今から!?」
そう言って、驚いたような声を上げる未央と静止するように寂園に声を掛ける凛。しかし、寂園はにこやかな笑顔のままで武内Pの目を見る。
そこには一回、ダンスレッスンをさせて見ろという明確な意思が込められた視線が武内Pに向けられていた。
寂園のその眼差しと目が合った武内Pは困った様に頭を抑えるとダンスのレッスンをつけてくれたダンストレーナーに視線を合わせて静かに頷く。
それを受けたダンストレーナーは仕方ないと言った具合に寂園と凛にこう告げはじめた
「…わかりました、それじゃ教えますね?」
「OK…、凛、着替えて来なヨ、スグに準備してcome on !」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだかすごい事になって来たね」
静止する凛を他所に既に準備万端な寂園の姿に圧倒されてそう呟く卯月。
そして、凛は寂園に言われた通り、更衣室に未央から案内されるとジャージに着替えてレッスンルームへとやってくる。
それから、ダンストレーナーの言う通りの振り付けを凛と寂園の2人は共に一通り教えてもらうのだが、一通り教えてもらった時点で寂園はダンストレーナーである彼女にこう告げた。
「OK、もう全部覚えたわ、通しで全部音楽流してちょうだい」
「はい?」
「え? 嘘、まだ振り付けを復習する段階だよね!?」
「…本当に…? いやいやいや…」
「じぁ、一緒にdancingしましょ先生」
しかし、皆が驚く中、寂園は何事もないかのように早く音楽を流せと言った具合に再三促す。
すると、その要望に応えて音楽が流れはじめ、それに合わせてステップをダンストレーナーと共に寂園がステップを踏み、踊り始める。
そこからは、もう、寂園の独壇場だった。
一緒にダンスを踊っていたダンストレーナーに対して寂園はなんとダンスを逆に指導しはじめたのである。
「NO! そこはキレ良くターンしないと見栄えが良くないヨ! こう!」
スパンッとキレが良く可愛らしくターンを決めてそう告げる寂園。
ダンストレーナーはそんなダンスを目の前で披露する寂園に度肝を抜かされたのか、目をまん丸くしている。
そして、音楽と共にダンスを踊りながらダンストレーナーである彼女に逆に寂園が次々と要望を出す。
もう、どちらが指導者なのか全く訳がわからなくなっていた。
しかし、明らかにダンストレーナーである彼女には悪いが、凛や未央、卯月が見た限り、寂園の方がダンスが圧倒的に上手いのである。
「…す、すご…、何あの子…先生に逆にダンス指導してるよ…」
「あぁ…うん、舞は本当、なんでも飛び抜けて上手いからね」
「飛び抜けすぎだよ!」
そう告げる凛に突っ込む様に声を上げる卯月。もう凛は寂園についていけず、早々にリタイアして2人のダンスを見守っている状態である。
寂園のダンスが上手過ぎて、先ほどまで卯月と未央がダンストレーナーに教えられていた振り付けが彼女の物の様に感じてしまう。
そして、ひとしきりダンスを終えるとダンストレーナーは息絶え絶えの状態だった。一方の寂園は何食わぬ顔で涼しげな表情を浮かべている。
「まだまだ行くよ! ヘイ! Stand up!」
「も、もう、ちょっと勘弁してください…」
「…ま、舞さん、今日はこの位に…」
そして、その凄まじい光景を見ていた武内Pが思わず仲裁に入った。
息絶え絶えのダンストレーナーの姿を武内Pを見るのは初めてだ。それだけ、ダンスのレベルの次元が段違いに違っていた。その光景を見ていた卯月も未央も凛も思わずドン引きしている。
しかし、寂園は肩を竦めると涼しい顔つきでにこやかな笑顔を浮かべていた。
「oh、OK!しょうがないネ! …じゃあ最後に私のdanceをしっかり見て覚えてネ?」
そう告げると寂園はいつも持ち歩いている音楽機器を淡々と設置すると、そこから、音楽を流しはじめる。
そして、いつもの様にハットを被ると凄まじいキレのあるステップを踏み、曲に合わせて身体を上下しはじめる。
そのテンポの良い曲に釣られて思わず、凛達3人も気がつけば身体が上下に動いていた。
寂園は持ち前の神がかり的な歌唱力を披露し、英語でその曲を歌い始める。
「bloodstains on the carpet♪」
そして、その声と寂園が繰り広げるダンスを目の前で聞いた武内Pは身体が硬直してしまった。
凄まじい歌唱力、異次元のダンステクニック、どれを見てもずば抜けている。あの、審査員が言っていた怪物という言葉がこの光景を目の当たりにして一瞬で理解できた。
綺麗で透き通る歌に鋭くそれでいて繊細なダンスに魂が震える。
それは、その場で寂園の曲とダンスを見ていた全員がそう心から感じさせられた。
そして、驚くべきはその後の光景だ。卯月や未央を指導していたはずのダンストレーナーは寂園が見せつけたあるダンスに度肝を抜かされる事になる。
「!? …ゼログラビティですって!!」
そう、身体を斜めに倒しても決して倒れない、まるで重量を感じさせられない動き、ゼログラビティを部屋にいる皆の前で寂園は披露してみせたのだ。
ゼログラビティのトリックとして、寂園の靴は足首までを覆う形で、なおかつ、かかと部分にフックをひっかけるためのV字の金属のパーツのついた特殊なものをつかっている。
さらに音楽機材に含まれている床に簡単に設置できるT字型のフックに足を引っ掛けて、それを利用してこの技を行なっていた。
完璧だった、その後のムーンウォークも全てが全て、天上の域、まさにその一言だった。
寂園のダンスや歌を目の当たりにした未央と卯月と凛の3人は声を上げて驚きを露わにしている。
「凄い! すごいすごーい!」
「…どうなってんのあれ…」
「舞、そんな技まで持ってるんだ…」
それからは、寂園の痺れるようなオンステージが約1時間程度、繰り広げられる事になった。
だが、それについて誰も何も言おうとはしない、それは、彼女が凄いということを理解して尚且つ彼女のダンスや歌に魅力されているからだ。
そして、同時にこの光景を目の当たりにしている未央と卯月の2人のダンスの指導をしていたダンストレーナーは悟った。彼女に教えてもらうものはあれど教えてあげられることは何もないという事を。
寂園はひとしきり歌を歌い終わるとハット外して皆に深いお辞儀をする。
「thank you very much!」
そして、その場にいた皆の底から湧き上がってくるものは賞賛が込められた自然な拍手だった。
寂園はいつものように、柔らかい笑顔を浮かべて、ダンストレーナーの元に近寄ると手の平の甲にキスをする。
「sorry、ちょっと無茶な要求をし過ぎたわ。今度から気をつけるわね?」
「い、いや、いいの! …それより私がむしろ貴女にまたダンスを教わりたくなったわ」
「本当に? thank you、そう言ってもらえると光栄です。princess」
寂園はにこやかに笑みを浮かべてその場からゆっくりと立ち上がる。そして、華麗にターンを決めると凛達に身体を向ける。
そして、いつものように飄々とした顔で凛に申し訳なさそうにこう告げる。
「ちょっとやり過ぎちゃったネ」
「やり過ぎちゃったじゃないでしょ!」
そして、養成所に凛の声が木霊する。
確かに凄かったのは凄かったが、まさか、養成所に来た初日から寂園がダンストレーナーの心を折ってしまうとは予想もしていなかった上にそのダンストレーナーから逆に指導を請われる始末。
それから、歌を歌い終え満足しきった寂園が凛からしっかり怒られる事になったのは言うまでもない。