アイドルになる事になった凛と寂園。
2人は翌日から事務所に来る様にスカウトの武内に言われ、ひとまず、大まかな話は纏まった。
そして、アメリカンレストランに食事を終えた凛と寂園の2人はこの後、用事がある武内と別れた。
別れた武内の背中を見送った後、寂園は凛に笑いかけながら提案をし始める。
「リン! ちょっとあそこの公園で話さない? 貴女もいろいろ言いたい事あるでしょ?」
寂園は親指で夜の公園を指差しながら、明るく凛にそう告げた。
凛も寂園の言葉に頷く、トントン拍子に話は進んでしまったが、それを含めて寂園に凛は言いたい事が山ほどあった。
公園のベンチに腰掛ける2人、そして、話しを切り出したのは勿論、凛からだ。
「ねぇ…、あのレストランでの話、本気なの?」
「ん?」
「全米チャート1位を私に取らせるって…私、そんな自信なんてないよ?」
そう、全米チャート1位を自分に取らせるという寂園の言葉が未だに凛は信じられずにいた。
寂園の自信はその神がかり的な歌唱力にダンステクニックを見ていれば可能だと凛は思っている。
だが、彼女に比べて自分にはその自信が無い、あんな言葉が通じるかわからない外国人相手を大勢前にして、果たして歌えるかどうか、それが受け入れられるかどうかすらわからない。
しかし、寂園は笑顔で凛にこう語る。
「no problem! 凛には素敵な笑顔も夢もある。だから心配しなくても大丈夫だヨ」
「っていうか…、勝手に舞が話しを進めるからアイドルにならなきゃならなくなったじゃん」
ちょっと不機嫌そうな表情を浮かべて、相変わらず明るい寂園の言葉に口を尖らせて告げる凛。
そこには、アイドルになるのは別に構わないのだが、自分が断り続けたスカウトに二つ返事でOKをした寂園になんとなく納得がいかなかったという凛の気持ちがあったからだ。
しかし、一方の寂園は首を傾げてそんな凛にこう話しをしはじめる。
「ん? だって凛、アイドルになりたいって言ってたでショー?」
「それは…そうだけど…」
そう言って、凛はプイっと顔を寂園から背けて納得できないような表情を浮かべている。
それを見ていた寂園は仕方ないといった具合に肩を竦める。
勝手に話しを進めてなんやかんやで話の流れでいつの間にか自分をアイドルにしたのがお気に召さなかったらしい。
すると、暫くして、寂園は何を思ったのか凛の隣で静かにある曲を歌い始めた。
「〜〜〜♪」
それは、凛にも聞き覚えがある曲で、儚さと同時に胸に来る様な英語のフレーズだった。
そして、この曲は寂園にも思い出深い曲だ。
この曲を越え、自分は、いや、自分達は大きくなった。
凛にはたくさんの可能性がある事を彼女はわかっている。
凛はシンデレラだ、なら、シンデレラには魔法使いが必要、だから、寂園はそんな魔法使いに自分がなれたら良いと考えていた。
夢見るシンデレラの魔法使い、それが、自分なんだと。
その曲を傍で聞いていた凛は寂園の歌声に気がつけば曲に夢中になっていた。綺麗な歌声と月明かりに照らされる2人。
そして、凛の頬からは涙が流れ出ていた。
寂園の綺麗な歌声に胸を打たれたのか、その曲に何かを感じ取ったのかそれはわからない。
そんな凛の様子を隣で見ていた寂園は優しく彼女の頭を撫でながら静かに曲を終える。
「
「…舞…、この曲…」
「私が尊敬する人の曲だよ、もしかしたら聞いたことあるかもしれないね?」
曲を終えた寂園は静かに目を瞑ると凛にそう告げた。
この曲は彼女の胸の中に生き続けている、だから、これは、凛に聞かせてあげたかったと寂園は語った。
そして、寂園は自分についての話しを凛に語り始める。
「…私はね、実は孤児院育ちなんだ」
「!? …孤児院…、お母さんやお父さんは…」
そう言って、凛は話しをし始めた寂園の言葉に驚きを隠せないでいた。
あんなに明るく振舞って優しい彼女にまさか、そんな生い立ちがあったなんて予想もしていなかったからだ。
寂園は凛の言葉に肩を竦めると左右に首を振り、にっこりと笑顔を浮かべていた。
「居ないよ、小さい時に父親から虐待を受けててね。それから、保護施設に保護されて、孤児院で私は育ったの…そんな時に私の生きる力になったのがmusic」
「music…音楽?」
「YES! まぁ、虐待を受けたのは…慣れてたっていうか、それでもやっぱり辛かった。だからダンスや歌にescapeしてたのよね、それしかなかったからさ」
寂園は儚げに笑みを浮かべ、凛に淡々とそう語った。だが、その聞かされた内容は凛が思っていたよりも衝撃的で言葉を失ってしまう。
それでも、今の彼女は笑顔を浮かべて明るくみんなの前で歌や踊りを披露している。
正直、凛は自分とは違う、酷い家庭環境の中でこれだけ強く生きてきた人間を知らない。
すると、寂園は腰掛けていたベンチから立ち上がると笑みを浮かべて凛に手を差し伸べる。
「辛気臭い話はこれでend! さ、帰ろう! 明日からアイドルなんでショ? Smile!Smile!」
「舞…」
「まぁ、私が身の上話なんかしちゃったからなんだけどネ! 明日からstarの第一歩だから張り切らなきゃ、それじゃ夜遅いし家まで送っていくヨ!」
そう言って、寂園はベンチに腰掛ける凛に笑顔を浮かべたまま、手を差し伸べる。
その手を掴んだ凛は先ほどまで頬を伝っていた涙を拭い、彼女の手を掴む。
もう、走り出した足は止めることは出来ない、自分の夢、寂園の隣で共に歌を歌い、踊り、輝くステージの上でみんなに夢を届けるという目標。
それが、明日からの渋谷凛の目標だ。
スカウトを受けた翌日。
凛は寂園と共に武内Pが働く346プロダクションまでやってきた。今日から2人はアイドルとしてここの事務所の所属という事になる。
早速、2人は受付に話しを通してもらい、武内が働いているオフィスに足を運んだ。
「お二人ともお待ちしてました」
「Hello! Mr.武内!」
「こんにちは」
オフィスの扉を開けて、机で書類を整理しながら目を通す作業をしていた武内に挨拶を交わす2人。
そして、ツカツカと武内の側まで歩いていく寂園はにこやかな笑顔を浮かべたまま、彼にこう告げる。
「ヘイ、Mr.武内! 私の条件書見てくれた?」
「はい、目を通しました。…とりあえず、この条件なんですが…」
「ん? どうしたの?」
そう言って、困った様な表情を浮かべて寂園から言い辛そうに視線を逸らす武内、それを見ていた彼女は首を傾げる。
暫くして、武内はため息を一つ吐くと目の前にいる寂園にこう話しを切り出し始める。
「実は…受け入れる代わりに、貴女の能力を見たいと上の方からお達しがありまして…」
「Oh! OK!OK! オーディションだね! どこでやる?」
そう言って、二言返事でサムズアップして応える寂園。
寂園としても早い話がここの偉い人達にダンスや歌を見せた方が手っ取り早いと最初から思っていた事なので、むしろ、武内の言葉は願ったり叶ったりである。
上手くいけば、自分の要望が通るだろうし、この言いづらそうにしていた武内の提案は寂園にしてみれば実にありがたい話であった。
その武内と寂園の話しを聞いていた凛は慌てた様に2人に声をかける。
「今から私と一緒について来てください、部屋にご案内します」
「ちょ…、待って、私は?」
「凛さんはすいませんが少しここでお待ちしていただいてもよろしいでしょうか? そこのソファにお掛けになっていてください」
「…わかった」
「don't worry ! 凛、すぐ終わらせてくるからちょっと待っててね」
武内の後に出ていく寂園は笑顔を浮かべて凛に手を振りながらそう告げる。
それから、凛がオフィス内にあるソファに座るのを確認した2人はオフィスを後にして扉から出ていく。
それから暫く歩くと、武内が言っていたオーディションを受ける部屋の前まで寂園は連れてこられた。
「…ここです。中には既に審査員の方がいらっしゃってます」
「OK、んじゃ、ちゃっちゃと済ませてくるわね、あ、私の音楽機器は持ち込んでも大丈夫? 一応、持ってきたけど」
「え、えぇ、大丈夫です、それじゃ頑張ってきてください」
「YES! それじゃ行ってくるわね!」
そう言って、オーディションを受ける部屋へと入っていく寂園。その背中を見送りながら、武内は不安げな表情を浮かべていた。
今回のオーディションは厳しい審査員ばかりだ。いくら、寂園が自信があるとはいえ、彼らに完膚なきまでに言われたりすればその自信が失われてしまうかもしれない。
そうなれば、この先の彼女のアイドルとしての可能性を失ってしまうかもしれない、この時は武内はそう思っていた。
それから約1時間程度をを予定している346プロダクションのオーディションを寂園は受けた。
見られるのはダンスや歌唱力、そして、彼女が作曲した歌詞や歌などそれぞれのジャンルで審査が行われる。
そう、オーディションは大体、約一時間程度、その予定であった。
武内は静かにオーディションが行われている部屋の前で時計を確認する。既に一時間はとうに過ぎていた。
それどころか、30分過ぎても寂園が部屋から出てくる気配はない。
それから暫くして、オーディションが行われていた部屋が開かれる。ようやく、オーディションが終了したのかと武内が寂園を迎えようとしたその時だった。
中から出てきたのは寂園ではなく、今回のオーディションの審査員の男性だった。彼は顔を真っ青にして武内の側に近寄るとこう声をかける。
「武内くん! ちょっと!」
「はい? 三上さん、オーディションの方は…」
「いいからちょっと来たまえ!」
そう言って、武内の肩を掴んだ審査員の三上と呼ばれる男性は慌てた様に彼を呼び出すと部屋から少し離れた場所まで連れていく。
そして、相変わらず、彼の表情は真っ青になっていた。その目には、先ほどまでとんでもないものを見たような、そんな表情を浮かべている。
武内を呼び出した審査員の男性は彼の肩をがっしりと掴むと震える声でこう話しをしはじめた。
「あんなとんでもない怪物…。君、どこから連れて来たんだね!」
「…はい?」
「寂園君の事だ! あれは…日高舞の再来だぞ! 下手をすればそれ以上だよ! あんな技術を持ち合わせていながら、何故、今の今まで世に出てこなかったのか不思議なくらいだ!」
震える声で出てきた審査員は武内の肩をがっしりと掴んで告げた。
日高舞。
その名を聞けば、このアイドルの業界の者なら知らない者は居ない怪物であり、数多くの伝説を打ち立てたアイドル。
そんなアイドルに匹敵すると厳しい審査員から言わせた寂園、そんな彼女の評価を聞いた武内は目を見開いた。
「…か、彼女がですか?」
「あぁ、そうだ、作詞作曲はもちろんだが、ダンス、歌唱力。もう非の打ち所がない、私達が語るのが申し訳なくなるレベルだ」
「審査が厳しい貴方がそこまで言うなんて…」
「とりあえず、この件は美城常務に報告させて頂く…。下手をすれば彼女は何百億と稼ぎ出す逸材だ、我々の目に狂いがなければな…、でかしたぞ武内くん!」
その三上の言葉に武内は言葉を失ってしまった。
まさか、笑顔が素敵だとスカウトした筈の寂園がそんな技術を持ち合わせているなんて思いもよらなかった。
一方、オーディションを終えた寂園はというと部屋から出てくると呑気に背伸びをして腰骨を伸ばしている。
そして、武内の姿を見つけると、いつものようににこやかな笑顔で審査員の三上との話しを終えた彼の元にやってきた。
「んー、後三時間くらいぶっ通しで踊っても問題なかったんだけど駄目だったヨ」
「…3時間…、と、とりあえずお疲れ様でした寂園さん…」
「thank youネ、Mr.武内」
そう言って、労いの言葉を送る武内にいつものように笑顔を浮かべてサムズアップで応える寂園。
それから、暫くして、思い出したように寂園はあっ、という言葉を漏らすと武内にこう話しをしはじめた。
「それで? 私の条件は飲んで貰えるのかな?」
「多分…、あの調子ならある程度は全面的に貴女の条件を会社側が飲んでくれると思いますよ…」
審査員があれほど言った人材ならば、346の事務所ではなく、寂園が他所の事務所に取られてしまう事を恐れる筈だ。
346プロダクションの相当な稼ぎ頭になり得る存在、それが、この武内の目の前にいる少女である。
ならば、彼女の機嫌を損ねて他所の事務所に移籍させるような真似は到底できるわけが無い。
「OK! それならno problem ね! 凛をだいぶ待たせちゃってるから迎えに行きましょ!」
「は、はい、行きましょうか」
武内はそう言って、オーディションを終えた寂園に言われるがまま、共に凛が待つオフィスに向かい歩きはじめる。
しかし、これは彼女が346プロダクションでの伝説を残すその序章に過ぎなかった。
キングオブポップと呼ばれた伝説の躍進が始まる。