かつて全世界を沸かせたエンターテイナーがいた。
その踊りは人々を魅了し、カリスマ性溢れるダンスは見るものを虜にした。
人々はそんな彼に畏敬を込めてこう呼ぶ『キング』と。そう、全世界を震撼させた彼にこそ相応しいと誰もが認める称号だ。
そして、その人物は伝説となり、今を輝くアイドル達にもその存在は今日まで語り継がれている。
この話はそんな彼(彼女)が日本と呼ばれる国で新たに生を受け、シンデレラを夢見る少女達を導く、そんな夢のような、おとぎ話である。
東京、渋谷。
この日、渋谷にある大画面テレビにはある広告が掲示されていた。
シンデレラプロジェクト。
この広告は駆け巡る様に夢見る少女達の目に飛び込んできた。自分達が知らない夢の世界、そんな、夢の世界への足掛かりになるプロジェクト。
そんな渋谷の街の真ん中に少女の姿があった。
綺麗な肌に透き通る様な眼差し、そして、目を引く様な綺麗で長い黒髪を束ね、容姿は外国人とのハーフなのだろうか綺麗で端麗な顔つきをしている上に、お洒落な黒いハットを被っていた。
「さて、今日もJapaneseにshowを魅せるとしようかな」
音楽を流す機器を設置して、黙々と作業する1人の少女。
そして、音楽機器の設置を終えると彼女は静かに立ち上がり、持ってきた自作で作詞作曲した音楽を流しはじめる。
辺りには不思議そうにそれを見守る人々が自然と足を止めはじめていた。
そして、音楽機器からはだんだんとリズム感のある曲が流れ始める。
それに呼応する様に彼女も踊りはじめた。
「No one can stop me♪」
キレのある不思議なダンスと透き通るような歌声は人々の足を止めるのにそう時間はかからなかった。
革靴のスキール音が辺りに響く、それは少女が歌うにはあまりにも逸脱した曲だった。
しかし、それにもかかわらず、彼女がその曲を歌い踊るのが至って自然であった。とても、一般の人じゃ真似できないようなそんな独特な踊り。
滑らかで柔らかい関節の動き、そして、回りステップを踏むそのダンスはスパンッと音を立てるかのような鋭い動きである。
気がつけば周りには数多くの人だかりができていて、彼女の歌声とダンスを一目見ようと集まってきていた。
気品があり、それでいて眼が覚めるようなダンスは彼等には眩しく尊いものを見るような錯覚さえ思い起こさせる。
曲が一通り終わると、彼女は華麗に何回にも及ぶターンを決めてポーズを取る。
「Thank you so much」
そして、彼女は被っていた黒いハットを外すと深いお辞儀をして、足を止めて見てくれた人々に感謝を述べる。
気がつけば、周りにはかなりの人だかりができていた。
しかし、彼女にとって見ればそれが自然で当たり前な事のような振る舞いである。拍手喝采がいたるところで巻き起こる中、彼女は淡々と設置していた音楽機器を片付けはじめた。
「sorry、今日はこれで打ち止めダヨ、また来週辺りにでもcome back するからその時にでも来てください」
「えー1曲だけー?」
「もっと見てたいのに残念だぜ、あんた超クールだよ!」
そう言いながらにこやかな笑みでそんな彼等に応える彼女。
ひと段落ついたのちに彼女は再び、設置した音楽機器を再び回収しはじめる。
すると彼女の背後からに黒いスーツを身に纏った1人の男性が近寄ってくると静かに彼女の肩を叩いた。
肩を叩かれた彼女は首を傾げたまま肩を叩いてきた人物に振り返る。
「あの! 私、こんなものなんですが! 先ほどのダンス! 歌! お見事でした! 良ければウチの事務所に…」
「What? …コレは芸能プロダクション?」
「はい! 良ければ是非、貴女にウチの事務所に入って頂けたらなと!」
その言葉を聞いた彼女はハァとため息を吐く。
どうやら、スーツを着たこの男性は芸能プロダクションのスカウトの方のようだ。
最近はこういった勧誘が彼女が路上でダンスをするたびに増えてきた。
勧誘される事は別に嫌いではない、嫌いではないが自分の卓越した技術にあやかろうとする魂胆が見え透いていてそれが彼女には面白くなかった。
まず、彼等が真っ先に挙げてくるのは容姿とダンス、歌声ばかりだ。
それが彼女には面白くなかった。彼女にとって見れば卓越したダンススキルや歌声は前世で極めに極めたものだ。
それこそ、これ以上極める部分が無いくらいに大勢の観客の前で歌い踊りを披露したのだから。
「No、他を当たってください、私は興味が無いので」
「そ、そんなことをおっしゃらず! 私は貴女のダンスに惹かれて…」
「ヘイヘイヘイ、そこがdifferent!」
「え?」
「この話はこれでおしまい、see you 」
そう告げると彼女はそそくさと立ち上がりその場を後にしようと踵を返す。
それを見ているだけのスカウトは唖然とした様子で彼女の背中を見つめる。そして、しばらくして我に帰るとすぐに彼女の背中を追いかけ呼び止めた。
側から見れば不審者極まりないが、彼女は毅然とした態度で呼び止めたスカウトの男性にこう問いかける。
「んー? まだ何か?」
「せ、せめてお名前だけでも」
「my name ? oh… ok!」
確かに名乗らずさっさとその場を去るのは申し訳ない。
彼女は勇気を持って自分を呼び止めてきたスカウトにそう感じ、彼女はとりあえず名前だけ教えてあげることにした。
すぐに持っていた鞄から彼女は色紙を取り出すとサラサラッと手慣れた様子で名前を書いていくとそれを彼に手渡してあげる。
そこに書いてある名前を彼はゆっくりと読み上げた。
「舞・K・寂園…さん?」
「YES! それが私のnameだから覚えておいてね!」
そう告げる彼女は再びスラッとした長いモデルのような足を動かし、手をひらひらとさせながらその場を後にしはじめる。
その色紙を見つめるスカウトは彼女の後ろ姿を見つめながら色紙に視線を落とした。
この色紙の文字、そしてあの踊りを目の当たりにして気づく人間は気付くものだ。それが、長年スカウトをしていたベテランなら尚のこと。
「いや…、まさか、そんなこと…」
彼は思わず、目を丸くしながらその色紙を見つめる。
あのキレキレのダンスにも驚いたが、あの立ち振る舞い方は尋常じゃない、間違いなくあの歌声であのダンスを振る舞えば音楽チャートのトップはすぐに取ってしまうだろう。
カリスマ性もさることながら人々を自然と集めてくるスキルが卓越していた。普通、路上で一曲ダンスと曲を披露するだけであれだけの人だかりはできない。
全米デビュー…それすらもおそらく可能どころか全世界を席巻する事だってもしかしたら可能だ。
そんな、人材が渋谷のど真ん中で埋もれてしまっているそれはあまりにも大きな損失だとスカウトはそう感じていた。
そして、そんなスカウトに声をかけられ、渋谷を後にした彼女はと言うと…。
「んー、my homeに飾るflower…どれをchoiceするか迷うわね」
自宅に帰る前に立ち寄った花屋でいろんな花を見つめていた。
色とりどりの花はどれも素敵だから迷うのも仕方ないが、それにしてもどの花を部屋に飾るのか彼女は困り果てていた。
花言葉というものもあるし、できれば自宅に飾るなら綺麗で縁起が良い花を飾りたい。
そんな、花を見つめている彼女の姿を見かねた1人の綺麗で長い黒髪の少女が舞に声をかけてきた。
「お客様? 何かお探しですか?」
「oh! just timing ! 実はyouに頼みがあるんだけれど…、縁起が良くてbeautifulなflowerってないかしら?」
「え、縁起が良くて? ビューティフル?」
「そうそう! beautiful! オススメがあれば是非buyしたいんだけど」
そう告げる舞は柔らかい笑みを浮かべて店員である少女に頷く。
店員である彼女はうーんと思案するとある花を選び、寂園に手渡した。
「これはどうですか? すずらんって言うんですけど」
「oh…、小さくてcuteな白い花ね」
「花言葉は幸せの再来、純粋、純潔って言葉なんですけど、お気に召しましたか?」
「YES! これに決めたわ、thank you 」
そう言って、寂園は彼女から花を見繕ってもらい、それを梱包し持ち運びやすいような形にしてもらっていく。
そして、しばらくしてその店員の顔をジッと見つめると柔らかい笑みを浮かべてこう告げ始めた。
「貴女、良い面構えしてるわね、年は? 見た感じ私と年が近いみたいだけれど?」
「え? えーと…」
「your name 聞かせて貰えるかしら?」
そう言うと寂園はまっすぐに彼女の眼差しを見つめて問いかける。
綺麗な黒髪の長い、容姿端麗な少女。しかし、花を見繕ってくれた時に寂園はふと感じとった。少女の中に燻る開花しそうなそのスター性を。
すると、名を寂園から問いかけられた少女は渋々ながらこう告げはじめる。
「渋谷…、渋谷凛です」
「ok! リンね! 覚えたわ!」
そう告げる寂園はにこやかに笑うと手を差し出して握手を求める。
それを見た渋谷凛と名乗った少女は困惑したような表情を浮かべて寂園から差し出された手を見つめていた。
寂園は首を傾げて何でもないといった具合に凛にこう告げる
「ただのshaking hands。何も取って食べようとか考えてないわ」
「あ、いえ、すいません、突然の事だったのでちょっと驚いてました、はい、よろしくです」
「私は舞・K・寂園、舞って呼んで頂戴、マイケルでも構わないけど」
そう笑みを浮かべて告げる寂園の言葉に目を点にする凛。
女性なのにマイケルと呼んでほしいとは変わった趣向であるし、何だかおかしな気がした。
「女性なのにマイケル?」
「私はそっちがeveryoneに言われ慣れてるからね、マイケルの方が好きなのよ」
寂園はそう凛に告げるとクスリと小さく微笑んだ。
そして、握手を終えた彼女は凛の肩をポンポンと叩くと思い出したようにこんな話をし始める。
「あ、そうだ、素敵なflower をchoiceしてくれたお礼をさせて欲しいんだけど店前のone space貸してくれるかい?」
「え? あの…」
「こんな素敵なflower shopがあるのに素通りするpeopleはわかってないネ、Timeはとらせないから、ね?」
そう告げる寂園は軽くウインクをして、凛に店前を使ってもいいかお願いをし始める。
少しは花を移動させればそれなりのスペースを確保することはできるが一体彼女は何を考えているのか凛にはよくわからなかった。
「わかりました…それじゃ少しだけ」
「thank you、それじゃすぐ取り掛かりましょ?」
そう言うとすぐさま花を移動させてスペースを確保し始める寂園と凛の2人。
そして、ある程度のスペースが確保できたところで寂園は音楽機器を設置しはじめた。
「本来ならtoday は一曲onlyのつもりだったんだけどね、お礼も兼ねてやらせて貰うわ」
「…はぁ…」
「まぁ、こんなものかしら、リン、それじゃちょっと離れてて?」
そう寂園が告げると凛は首を傾げたまま、音楽機器を設置し終えた彼女の側から離れる。一体彼女が何をするのか全く予想もつかなかった。
すると寂園はいつものように音楽を流しはじめるとイントロに合わせてハットを深く被り静かに下を向く。
そして、音楽が始まると同時に滑らかな英語で歌を歌い始め、鋭いダンスが繰り広げられる。
「〜〜〜〜♪」
足は滑らかに動き、キレの鋭い動きがそれを目の当たりにしていた凛を釘付けにした。
歩く人々は次から次へと足を止めはじめる。花屋の前でハットを被る少女の歌声とそのダンスを見て自然と身体が止まってしまった。
足の動きもそうだが、彼女の踊るダンスは次元が違っている。
凛は目の前の光景に思わず声を失いのめり込んでいた。
「are you OK?」
いつの間にか花屋には人だかりが出来ている。
英語で歌い凄まじいダンスを披露している彼女を一目見ようと集まった人達ばかりだ。皆が気がつけば、彼女が歌う曲と共に身体が上下に動いている。
そして、寂園のダンスは佳境に入る。
「あれは…」
それは、まるで歩いているように見えるのに全くその場からうごかない、それどころかちょっとづつ後ろへと下がる動き。
綺麗なムーンウォークであった。彼女がやるのが至って自然な様にいや、それどころかムーンウォークが彼女の物のような錯覚さえ感じてしまう。
そして、曲が終わると同時にビシッとキレのあるポーズで終える寂園、寂園の周りにできた人だかりからは大きな拍手が巻き起こっていた。
「…すごい」
思わず、凛の口からそんな言葉が飛び出す。
何もないところから歌とダンスだけでこれだけの人をかき集めてくる。
ダンスを終えた寂園はにこやかな笑みを浮かべながら握手を求めてくる人達と手を握りしめていた。もちろん、花屋の宣伝も忘れずにしている。
そのおかげか凛の働いている実家の花屋には人が殺到してきた。うって変わって大忙しである。
ひとまず、それがひと段落ついたところで凛は改めて、設置してある音楽機器を回収している寂園の元へと足を運んだ。
「いやー、大盛況だったね、flower shop 」
「し、死ぬかと思ったわ。舞? 貴女何者?」
「んー? そうだね、エンターテイナーって言っておこうかな」
「エンター…テイナー?」
「そうそう、エンターテイナー、良ければ凛。興味もったなら私がいろいろと教えてあげようか?」
そう告げる寂園は優しく笑みを浮かべていた。
あの凄まじいダンスとキレのある動き、そしてあの歌声を目の当たりにした凛はそれを鮮明に思い出す。
一瞬にして自分の家の前が気がつけばこの人のダンスや歌声でアイドルのステージのようになってしまった。
「…まぁ、連絡先は教えておくから興味があれば連絡pleaseネ、それじゃ私は行くよ、可愛いflower。thank youね」
そう告げる寂園は軽く花の匂いを嗅ぐと凛に名刺のようなものを手渡し、ひらひらと手を振りながらその場を後にする。
これが、渋谷凛とエンターテイメントを全て極めた寂園との邂逅であった。