soul of oratoria   作:変態転生土方

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ちょっとくらい……投稿しても、バレへんか


神と人と 2

その先に、光があると信じて歩き続けた。

その光こそが、絶望に溺れ闇に溶けた者たちを救うと信じていた。

だからこそ同類を斬り捨てることに躊躇いはなかった。

だが。

その光が我々を照らすものではなく、我々を見捨てた巨人(神々)を照らすものだと知った時、光は消え、闇が満ち、救世の旅路は贖罪へと変わり、勇者は悪魔に成り下がった。

 

 

 

 

 soul of oratoria

 

 

 

 

雨が降りしきる闇夜の中、ジョンは鎧を鳴らしながら歩を進めていた。目指すは”ソーマ・ファミリア”の本拠で、案内人はリリルカ・アーデと名乗った少女。

後ろから見る彼女の姿は大きなバッグで隠れていて、しかし歩む二つの足に揺らぎは見えない。見掛けによらず、存外彼女は鍛えているようだった。

そんなバッグがポツリポツリと語りだす。己の生い立ち、世界への怒りを。

 

「リリの両親は神酒欲しさに死にました。少しでも稼ごうと欲を出して、不相応な階層に潜って」

「そうか」

 

ジョンは淡泊にそう答えた。

そう答えるべきだと考えたからだし、それ以上の答えが見つからなかったからでもある。

特に気にする素振りも見せずにリリルカは続けた。

 

「ファミリアの仲間は神酒欲しさに仲間を蹴落とすようになりました。裏切り、横領、闇討ち……」

「……そうか」

 

ズキ、と記憶の欠片が痛む。

目の前を歩くリリルカが少年の姿に変わり、ジョンを見た。懐かしい、記憶の彼方にしか存在しないその顔は満々の笑みを浮かべて走り去る。

走り去ったその先に佇む二人の夫婦に連れられて、いつかの少年は消え去った。きっと、夢にも思っていないのだろう。自分が呪われるなど。自分が、見捨てられるなどとは。

 

「……ソーマ様が死んだら、変わるんでしょうか」

「変わらんだろう」

 

それが人間の本質だ、とジョンは続けた。

だがそれも終わる。裏切り、奪い、見捨てる。そんな感情は神々と共に消え去る。

光の消失。即ち、(ダークソウル)が満ちた時に人は真に理解かり合える。未来永劫にわたって争いが無駄だと悟り、人々は一つになる。

ふと、リリルカは立ち止まって振り返った。

ジョンも同様に足を止め、フードの下から目を向けてくるリリルカと向き合う。

 

「あなたはどうして神様を殺そうとするのですか? ソーマ様は特殊ですが、ほかの神々は冒険者と上手くやっていると思います」

「……」

 

ジョンは思う。

それら全ては偽りであり、奴らは所詮己の保身しか考えていないのだと。

どんな現実を見せられても、どんな仲睦まじい姿を見せられても、この考えだけは決して揺るがない。揺るぎようがない。

古い神々が迫る闇に怯えて逃げ出したように、ダークリングが発現した己を見捨てたように、この地に住まう神々も、身の危険が迫れば人の子を盾として逃げ出すに決まっている。

そうなれば人々は絶望するだろう。嘆き、悲しみ、()()()()()()()()。その前に、元凶となる連中を消し去る。

 

「奴らは多種多様というだけで、本質は変わらん」

「本質?」

「俺たちのことを、自分の土台程度にしか思っていない」

 

そんな連中が人と手を取り合い、生きて往く。

()()()()()。ジョンと混ざり合った()()()()()()たちがそう叫ぶ。

 

「そうとも、殺さなければな……。誰も、救われないのだから……」

「……?」

「行こう」

 

揺れる()()に言い聞かせる。まだ、終わるべき時ではないのだと。

 

 

 

 

 1

 

 

 

部屋のドアが開く音にアイシャは身構えつつも振り返った。そこにいるであろうと予想した鎧姿は無く、いたのは美しい金髪を雨に濡らし、どこか濁った金色の瞳をこちらに向ける軽装の剣士。

冒険者の間では著名な、”剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインその人だった。

しかし、とアイシャは訝し気に目を細めた。以前、彼女を見かけた時はもっと明るく、無垢な印象を受けたが、今の彼女はまるでその逆だ。手に持ったその得物がそれを際立たせる。

 

「あんた―――」

「ジョンからの伝言がある」

 

言葉を遮ったアイズの冷えた言葉に、思わず息を呑む。

 

「好きにしろ」

「……それだけかい?」

「そう」

 

短く答え、アイズは踵を返して出ていこうとする。アイシャは慌てて呼び止めた。

このまま彼女を行かせてはなにか、言葉にできないが、なにかよくないことが起きてしまう。そんな気がしてならなかったからだ。

 

「ちょ、ちょっと待ちな! ……髪くらい乾かしていきなよ」

「髪?」

 

とアイズは問い返し、次いで自分の髪から滴る水滴を見、思い返したかのように「あぁ」とつぶやいた。まるで、今まで自分が濡れていたことに気づいていなかったかのように。

だがそんな表情もすぐに消える。どうでもいい、とばかりに視線を外し、深い黄金の闇がアイシャを貫いた。

 

「必要ないから」

「必要ないってあんた……。風邪ひくよ?」

「そんなこと、どうでもいい。今はただ、やるべきことがある」

 

それは? と吸い込まれるようにアイシャは問うた。

自分の剣を見下ろしていたアイズは小さく答える。

 

「もっと力を」

 

 

 

 

 2

 

 

 

リリルカは歩く。

”ソーマ・ファミリア”敷地内に建てられた酒蔵に挟まれた石造りの道を歩み、視線の先に立つ管理棟を目指す。その心臓はやや速く、高く鳴り続ける。

透明になりながらも後ろをついてきているであろう鎧姿の男がこれから神を殺す。その手伝いをしているのだから当然だ。しかし、それとは別の感情がリリルカの中で高鳴り続けていた。

地獄からの解放。”ソーマ・ファミリア”冒険者の荷物持ち(サポーター)として蔑まれ続けてきたことからの解放。それだけではない。なにか、もっと別な……。

と、そこまで考えたところで管理棟の入口にたどり着く。平常心を保ちながらリリルカは門番に向けて口を開いた。

 

「ザニス様はどちらに?」

「ん? あぁ……。今はソーマ様のところじゃないか? なにか用か?」

 

門番の探るような目から逃げるようにフードを深くかぶりなおしたリリルカは、懐から大きく膨らんだ革袋を取り出し、音を立てるように揺らす。

 

「上納金を納めに」

「そうか。わかった。入っていいぞ」

 

管理棟の内部に入り込み、ソーマがいるであろう最上階を目指す。

出入り口から大分離れた人気のない階段で、後ろから声が降りかかった。

 

「ザニスというのは?」

「……ソーマ様に代わってファミリアを運営してる冒険者様です。ソーマ様は神酒を造ること以外に興味がありませんから」

「ほう」

「ファミリアの仲間が仲間を裏切っている現状を作り出した張本人でもあります。ザニス様が上納金のノルマ達成者の上位に神酒を与えるシステムなんて作り出さなければ……。こんな、こんな地獄は……!」

 

時折聞こえる怒声、僅かに鼻につくアルコールの香り。耳を閉じ、鼻を塞ぎたくなるような現実が窓から見える敷地内にはあった。

窓辺から目を逸らし、足早に階段を上る。

早く、はやくこの地獄を終わらせてくれ。そんな思いで上り詰め、辿り着いた最上階に、一人の(ヒューマン)がいた。

 

「おや、珍しいなアーデ。お前がここにいるとは」

「ザニス、様……」

「上納金でも納めに来たか? これまた珍しい。一切納めようとしなかったお前が」

 

理知人を気取ったザニスの顔から目を逸らしたリリルカは今すぐにここから消えたい衝動に駆られた。同時に、己の中に高ぶる”なにか”がざわついた。

 

「……ザニス様はなぜノルマ達成の上位者に神酒を与えることをはじめたのですか?」

「ん? そんなの決まっているだろう? そうすればもっと金が手に入るじゃないか!」

 

ガチャリ、とリリルカの後ろで鎧が擦れる音がした。

 

「私はな、アーデ。ソーマ様が作る神酒も欲しいし、女だって欲しい、無論金もだ。この世に蔓延る快楽、そのすべてを味わいたいんだよ」

 

ああ―――。とリリルカは内心に嗤った。

 

「ここは最高だ。どれだけ悪事を働いても主神から咎められることはない。趣味に没頭するあの野郎(かみ)の邪魔さえしなければ好き放題できる」

 

おぞましい顔の口元を歪ませ、ザニスは嗤う。それと同時に”風”が吹き、リリルカの身体を隠すコートを揺らめかせた。

”空中”からくすんだ銀色の手甲に守られた手が現れ、ザニスの首元を掴み壁に叩きつける。次いで腕が現れ、脚が現れ、兜が露になると、低い声が唸った。

 

ギルティ(有罪)

 

 

 

 

 3

 

 

 

 

なんだこいつは。

声にならない声でザニスは呻く。

首を掴んで離さない手を外そうともがくが、Lv.2の力を以てしても手が外れることはなかった。窒息死を防ぐために手と首の間に指を滑り込ませるのが精いっぱいだ。

ならば、と空いた手で腰から護身用のナイフを引き抜き、振りかざす。が、動かない。振りかざせと脳が命じているのに、上げた手が下りることはなかった。

 

(なぜ―――!?)

 

必死に目をやると、短い短刀で壁に縫い付けられている様が映し出される。

現実を認識し、痛みが脳を襲うが、悲鳴は出ない。くぐもった声が誰もいない廊下に響くだけだ。

()()()()()()()()()()()()()()

思考が錯乱し、動悸が激しくなる。状況を打破するきっかけを必死に探し、フードで顔が隠れて見えないリリルカが目に付いた。

 

「あ゛、ーデ……ッ!」

 

ピクリ、とフードが動き、リリルカが顔を上げる。その顔は――。

 

―――無邪気な笑顔に染まっていた。

その笑顔の口元が動く。言葉を発さずに、唇だけを動かしてリリルカは言葉を描いた。

 

―――死んでしまえ。

 

貴様、貴様、きさま―――っ! ザニスは心中に怒り、目力で威嚇する。

 

「知っているか。欲望とは炎らしい」

 

目の前の鎧姿、その左手に()が溢れ出す。

ザニスは思わずぎょっとし、()()に見入った。

よく目にする松明の炎ではない。魔法のそれでもない。もっと特別な、見るモノすべてを魅了する炎だった。

 

「欲に溺れたお前は、炎で燃え尽きるのがお似合いだ」

 

まさか、まさかこいつは――!

()が溢れ出る左手で口を押えられ、ザニスは呻く。

声にならない悲鳴が上がるが、それもすぐに消えた。ジョンの左手から噴出する炎によって舌が焼かれ切ったからだった。

内臓を焼き、肌を焼き、後に残るは灰のみ。

その灰も、ソウルの粒子となってジョンへと吸い込まれ消えた。

 

 

 

 

 4

 

 

 

 

ドアを”クレイモア”が切り裂く。音を立ててドアが倒れ、その音に部屋の主は作業中の手を止めた。

 

「誰だ」

()()()はジョン・ドゥ。神ソーマと見受ける。命を貰いに来た」

「酒ではなく、命を?」

 

返答は大剣、”クレイモア”だった。柄を両手で握りしめ、刃の切っ先をソーマへと向ける。

ピリピリと空気が殺気で張り詰め、剣の切っ先を向けられながらも、ソーマがとった行動は杯をジョンへと向けることだった。

まさか、とリリルカは思わず唾をのむ。

 

「これを飲んでも同じことが言えるのならば、好きにしろ」

 

”神酒”。

多くの冒険者を魅了し、中毒にさせてきた酒が、今差し出されていた。

その匂いを嗅ぐだけで、リリルカは”神酒”の魔力に魅了されていた当時の記憶が蘇り、背筋が凍る。

いけない。あれを飲ませては。

きっと、魅了されてしまう―――。

 

「ジョン様―――!」

 

言葉を続けようとしたその瞬間、ジョンの姿が消えた。次に()()()()()、そして遅れて地面を強く踏みつける音が部屋に響く。

消えたのではなく、踏み込んだのだった。その姿は既に大剣を振り下ろし終わり、静止していた。

パキッ、と杯が渇いた音を立てて割れ、”神酒”が零れ落ちる。

 

「俺が欲したのは魂であって酒ではない。言葉すら聞き間違えるほどに酔っているらしいな」

 

()()されたソーマが言葉一つ発さずに光になって消える。その光はジョンへと吸い込まれ、一体化した。

 

「消えろ、酔っ払い」

 

”クレイモア”に付いた血を振り払い、背中に戻したジョンが言う。

へたりと地面に座り込んだリリルカは、わけも分からず静かに涙を流した。

問題は山積みだが、それでも元凶は消え去った。この地獄はようやく終わりが見えたのだと、そう思えたからなのかもしれなかった。

 

「立てるか?」

「……はい」

 

(嗚呼―――。リリはようやく―――)

 

冒険者を目指して”オラリオ”を訪れる人々は、たった一人仕える神を選ぶ。

リリルカは選ぶことはできなかったが、今こうして、仕えるべき相手を見出した。

 

(光、わたしを救ってくれた光―――)

 

しかしそれは大人数から見れば闇であろうとは、リリルカは考えなかった。

 

 

 

 

to be continued......

 




次回予告と違うやん! どうしてくれんのこれ?
運営に連絡させてもらうね

某スタイリッシュの人に焚きつけられてパパっと書いて、投稿!って感じで……

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