不死の身体、永遠の業。
託された使命、渡された秘宝。
求めたのは世界が終わりを迎えるまでの時間つぶしか、それとも救いか。
ジョンはまた、輪廻の世界で目を覚ます。
Soul of oratoria
「”王のソウル”は持って無いようだが……。まあいい、連中に力を与えているのはお前だな」
「力? ”
「名称などどうでもいい。問題なのは力を与え、束ねてどうするのかだ」
「そんなんどうでもええわ! ラウルを殺ったんはお前やな」
睨みを利かせるロキにジョンは掴んだ首を少し締め上げる。
苦悶の声をあげるロキの顔がジョンの陰で染まる。
「俺は人間の味方だ。
首を絞める力が徐々に強まり、手から伝わる殺意が蛇のように肌を這う感覚をロキは覚えた。
「―――待ってくれ」
「……また、お前か」
月明かりに照らされた金髪に、大人びた声、特徴的な小柄な体型はフィン・ディムナだった。
「……フィン」
「ロキ……。彼女が僕らに力を与える理由は僕が説明しよう。だから彼女を放してくれないか?」
「断る」
ジョンはそう言い切った。
フィンは深いため息を吐くと、背負っていた槍を取り出す。
「やめておけ。敵わないことは身に染みているだろう」
「確かに僕はきみに勝てないだろう。でも、ロキは僕らを長い間支え続けてくれた恩人だ。見捨てることはできない」
「お前は馬鹿ではないはずだ、もう少し賢く生きろ」
フィンは槍を構えて息を大きく吸い込む。
「恩人を見捨てることが賢い生き方なら、僕は一生馬鹿でいい」
「フィン……」
数秒、ジョンとフィンの視線が交錯し、その後にジョンはロキの首を手放した。
咳き込むロキを見下ろしてジョンは、
「話くらいは聞いてやる」
「……。僕らが出会った“ダンジョン”は覚えているだろ? あれは遥か昔から世界にあった“穴”だ。いつから、誰が作ったのかもわからない。もちろん、神ですら」
ジョンは背中から“クレイモア”を引き抜き、地面に倒れ込んでいたロキの眼前に刃を添える。
「うひぃっ」と素っ頓狂な声をロキはあげた。
「本当に知らないのか?」
「しらんしらん! 本当にしらん!」
「……ンンッ! 話を続けよう。ダンジョンにはモンスターが生まれ、人々は昔からその被害に―――」
とフィンが喋っていたところで、ジョンが遮った。
「話が長い」
「―――
言い終えたフィンを一瞥し、ジョンはロキを見下ろす。
鋼鉄の兜で顔は隠れていて表情は窺い知れないが、雰囲気には僅かな殺気が混ざっている。
「人が死ぬのも娯楽の内か? やはりお前たちは度し難いな」
「そんなわけないやろが! ……うちらは力を与えることしかできん。それをどう扱うかは
「ラウル・ノールドもその一人か?」
ジョンがそう言うと、ロキは目を細めた。
「やっぱりお前か」
「……ロキ、そのことで話がある。これは”ロキ・ファミリア”幹部と話し合った結果だ。―――僕らは彼を追わない。ギルドの方にもさっき、伝えておいた」
「……なんやて?」
「元はと言えば僕らが仕掛けたのが事の始まりだ。言うなれば自業自得……。彼はそれをラウルの命で許すと言ってくれた。なら、僕らはそれを受け入れてこの一件に終止符を打つ」
フィンはロキを見据え、言い終えるとジョンに向けて軽く頭を下げようとする。
その行為をジョンは制止した。
「謝罪は不要だ。ラウル・ノールドの命で免罪は済んでいる」
「……そうか」
「フィン。本当に、それでええんやな?」
ロキの問いに目を瞑り、「ああ」と答えたフィンに、
「なら、うちからはもうなにも言わん。
「すまない、ロキ」
「……っちゅうことや。こっちはもうあんたのことは追わん。けどあんたはちゃうみたいやな?」
突きつけられたままの”クレイモア”を辿ってロキはジョンを見上げる。
不動の甲冑の背後で月が輝く。
「悪いけど、ロキを狙うなら僕らは戦う。例え勝てなくてもね」
「愚かなまま死ぬか」
「それも、人の生き方さ」
「―――その必要はなくてよ。小人族の
7
カツカツとヒールの音が響き、建物の脇道から一人の女性が現れた。
靡く銀髪は月に照らされ美しく、ジョンを見つめる瞳はアメジスト。
メリハリのある身体に扇情的なドレスを纏い、現れたるは、
「“美の女神”フレイヤ……。以後、お見知りおきを」
「“以後”などない。お前はここで終わるのだからな」
「あら、せっかちなのね。美しい女はお嫌い?」
「美しい以前にお前は神だ。故に殺し、奪うのみ」
空いた片手で中からもう一振りの大剣“バスタードソード”を引き抜き、フレイヤへと向ける。
すると、脇道から一人の大男が現れた。
一目見れば分かるほどに鍛え上げられた肉体に、片手には既に一振りの大剣が握られている。
「オッタル……!」
「久しいな、フィン」
そう言いつつ、オッタルはフレイヤの横に立つ。
「貴方が本気で私たちを殺そうとしているのは分かるわ。でも待ってくれないかしら?」
「断る」
「なんでそこまでうちらを殺そうとすんねん。ちょっと殺意高すぎん?」
「異常やで」とロキは付け加える。
ジョンが見下ろすと、殺意にロキは視線を逸らした。
「神など人の世には必要ない」
「だけども“神の恩恵”がなければ人の子はダンジョンを攻略できないわ。素のままの子らはあまりにも弱すぎるもの。皆が皆、貴方のように強いわけじゃない」
「ダンジョンなど、放っておけばいい」
ジョンはそう言い放つ。
「はぁっ!?」と声をあげたのはロキだ。
「自分、なに言うとんねん! ダンジョン放っておいたら地下からモンスターが―――」
「その時は俺が始末する。そもそもなぜ命を賭して潜る? ロマンか? 好奇心か?」
「くだらん」とジョンは一蹴した。
「これは僕の勘だけど……。ダンジョンにはなにかがある。わからないけどそう感じるんだ」
「漠然だな。その“なにか”が判明するまでこいつらを殺すのを待てと?」
「……そうだ。きみに勝てない僕らは願うことしかできない」
「断る」
答えを分かり切っていたのかロキは深くため息を吐いた。
次に声をあげたのはオッタルだ。
持っていた大剣を中段に構え、ジョンを見据える。
「フレイヤ様はやらせん」
「神を崇拝するか、それとも魅了されたか? どちらにせよ、俺に敵対するなら行き着くのは死だ」
「オッタル、剣を下ろしなさい。分かってるでしょう? 人の身では彼は倒せない。貴方を失うわけにはいかないのよ」
「……有難きお言葉」
フレイヤの言の葉にオッタルは剣を引き、再びフレイヤの影に隠れる。
その姿を見たジョンは小さく笑った。
「神の犬か。その耳の意匠とよく合っている」
「……」
目を伏せ、沈黙するオッタルを一瞥したジョンは次いでフレイヤを見る。
「なにか考えがあると見るが?」
「聡明ね。一つ情報を差し上げるわ。オラリオの南―――。歓楽街を牛耳っているイシュタルという神がいるの」
「フレイヤ、あんた―――」
「……イシュタルはとあるモノを使ってオラリオを引っ掻き回そうとしている。“殺生石”を使って」
「“殺生石”とは?」とジョンは問う。
フレイヤは妖艶に笑い、
「なんでも
「……それで? 話が終わったならばお前たちを殺してそいつを狩るまで」
「私……。いえ、私とそこのロキは“悪い神”ではないわ。でも現実に人の命を無下にし、踏みにじる神はいる」
フレイヤの意図を理解したジョンは思わず低い笑い声を洩らした。
身体が震え、切っ先がぶれる。
「クックック……。自らの延命に他の神を売るか」
「ええ、そう。貴方が他の悪神を殺しまわる間だけ無害な神は放置してほしいの。いかが?」
「そこまでして生にしがみつくか、無様だな」
ジョンの言葉に今まで黙っていたオッタルが、「貴様……」と唸る。
しかし、「オッタル」と鈴の音のような透き通ったフレイヤの声に再び黙った。
「いいだろう。お前のその様に免じて、他の神を殺し終えるまで、その命預ける」
「断るー思ってたで」
「今死にたいのか? だったらそう言え」
「ちゃうちゃう! うちらが天界に戻るとか考えんのか?」
二振りの大剣をソウルへ返し、ジョンは踵を返す。
「その時は天を焼くまで」
「……ほんま、おっそろしいわあ……。こいつ、マジのマジ。本気で言っとるわ」
超越存在の名残、神は下界の存在の嘘を見抜くことができる。
ロキは砂埃を叩き落しながら言う。
「なにがあんたをそこまで駆り立てるんや? うちらがそこまで憎いか?」
「さあな……。そんな感情は遥か昔に抜け落ちた。この胸にあるのは使命だけだ。たったそれだけが、俺をここまで歩かせた」
「そしてこれからもな……」鎧が擦れ合い、ガチャガチャと音を立てる。
オラリオの闇の中へと消えていくジョンを、一同はただ黙って見届けた。
――――――――――
不意に、影が飛び出してきた。
ジョンは足を止め、飛び出してきた影を見つめる。
僅かな明かりで見えたのは、所々破れた衣服に、茶髪の髪。
転がるようにして飛び出してきたそれを見たジョンは、「ふむ」と呟く。
「立てるか?」
「え?」
ジョンは手を差し出し、少女を立たせる。
子供のような体格をした彼女に、
「歓楽街を知ってるか?」
と問いかけた。
to be continued......
やめて! 不死人の絶殺精神で歓楽街を攻撃されたら牛耳ってるイシュタルまで焼き払われちゃう!
お願い、死なないでイシュタル!(フレイヤ並感) あなたが今ここで死んだら、フレイヤやロキはどうなっちゃうの?
フィンたちはレベルを上げてる。あなたが耐え続ければ不死人に勝てるかもしれないんだから!(無理ゲー)
次回「イシュタル死す」 デュエルスタンバイ!