分かる人には分かる。分からない人はスルー、しよう!
歩く。
荒れた地を歩き、石ころを蹴飛ばし、背中の”クレイモア”を揺らしてジョンは歩く。
「―――」
かの地は遠く、行く手を阻むように”牛頭のデーモン”が数匹、雄たけびをあげていた。
”クレイモア”に手を伸ばし、血で汚れた刃を見る。
薄汚れた鎧姿が映し出され、ジョンは乾いた笑いを洩らした。
「どちらがデーモンなのか、わからんな」
しかし決めたのだ、歩き続けると。
世界の終わりを待つだけの自分に使命を教えた騎士に報いると。
そう。
心折れかけても、剣はまだ、この手の中に。
Soul of oratoria
轟音がダンジョンの中に響き渡る。
逃げ場はなく、放たれたのは必中の魔法。
当たったことは疑いようがなかった。
「やったの?」
「どうかな……。ガレス、そろそろベートを起こしてやってくれ」
「ほいきた」
逞しい体つきをしたドワーフ族のガレスが横たわるベートに近づき、頬を引っぱたく。
鍛えられた身体から繰り出される張り手はベートを起こすのに十分で、彼は起き上がるなり吼えた。
「い―――ってえだろうが!」
「いつまで寝とるか」
「普通に起こしやがれ!」
吼えるベートを横目に、フィンが声をかける。
「”ポーション”はいるかい?」
「……いらねえ。クソっ、折れねえ程度に加減しやがった……。あの野郎はどこいった!?」
「あの土煙の中」
「野郎……ッ!!」
「待て、ベート。……アイズ、”エアリアル”で煙を吹き飛ばしてくれないか」
「うん」とアイズは頷き、続けて「”
吹き荒れる風が構えた剣に移り、アイズはそれを振るった。
風が土煙を払い飛ばし、後に見えるは見慣れたダンジョンの風景。
「消えた……!?」
「全員固まれ。幸い一本道、来るなら正面か後方だ」
「もしかして上の階のみんなを襲いに行ったんじゃ……」
そうつぶやくティオナをフィンは「いや」と否定した。
「”戦えない者は巻き込まない”。彼が言ってた言葉だ。上の階に行ったとしても、襲わずスルーしているはずさ。……ベート、アイズ、辺りに気配はないか?」
「……足音一つ聞こえねえ」
「……私も、何も感じない」
二人の返事にフィンは構えを解く。
つられるように全員が構えを解き、レフィーヤが大きくため息を吐いた。
「はぁ……。き、緊張しました……。何だったんでしょう、あの人……」
「ホントにねー……。まっさかあたしの”
「ケッ、負けたのかよ」
「ずっとおねんねしてたベートに言われたくないしいーっ!」
「じゃあさっさと起こせ! このクソ女!」
「あ、あの。お二人とも喧嘩は……。まだ終わったとは限らないんですし……」
いがみ合うティオナとベートの仲裁に入るレフィーヤがそう言い終えた瞬間、
「―――その通りだ。なにも終わってなどいない。
つい先ほどまで聞いていた声が
「どこから―――ッ!?」
「”フォース”」
「グッ―――!」
突如として起きた強烈な衝撃波に各々が飛ばされ、ダンジョンの壁に叩きつけられる。
一撃で意識が刈り取られ、残ったのは後方と前方を警戒していたラウルとガレスだけだ。
「だ、団長!」
「ぬぅっ……! どこじゃ! 姿を見せい!」
「―――見ろ、この有様を。たった一つの衝撃波でこの
ゆらり、と空間が揺れてジョンが現れる。
鎧兜は被られていて表情は窺い知れないが、口調からは失望、あるいは絶望が読み取れた。
「お前たちはもろ過ぎる。故に一度きりの生を大事にしなければならない。強大な敵との戦いを避け、惨めだろうが生きなければならない。
「姿隠しの魔法……!? いったいお主、いくつ魔法を扱えるのだ!?」
「……さっきの娘の魔術で理解した。ノーマルのお前たちがどうしてそこまでの力を持っているのか、合点がいったよ。やるべきことも、見つかった」
ジョンは動かず、ガレスを見つめている。
ガレスは”グランドアックス”を構え、ジョンとにらみ合う。
「まだやるのか? まあいい……。伝達役は二人もいらない、一人で十分だ」
「……ラウルよ、フィンたちを頼むぞ」
「が、ガレスさんッ!!」
「おおおおお―――ッッ!!!」
雄たけびを上げ、ガレスは走る。
”グランドアックス”を振りかぶり、渾身の力を込めて叩きつけ―――
「馬鹿な……」
振り下ろされた”グランドアックス”を迎え撃ったのは盾でもなく、剣でもなく、長い鍔が特徴的な短刀だった。
その刀身の倍以上もある”グランドアックス”が見事に止められ、ピクリとも動かない。
「力だけではな」
「ぬおっ!?」
短刀が捻り上げられ、押し返される。
態勢が崩れたところに蹴りを受け、ガレスは転んだ。
ジョンはゆっくりと背中から”クレイモア”を引き抜く。
「ぐッ……。ここまで……!」
「う、く……。俺だって、俺だって……っ! うおおおおッッ!!」
「よ、よせ! ラウル!」
ラウルは吼え、腰からロングソードを抜き、ジョンの背中へと疾走する。
ガレスの制止の声を振り切って、剣を突き刺した。
「……どうしてそう、お前たちは死にたがる?」
「へ、へへ……。みんなのおこぼれでここまで来たっすけど……。最後の最後、役に立てたっすかね?」
「ラウ―――」
引き抜かれた”クレイモア”をジョンは逆手に持ち替え、そのまま脇を通すようにして背後を突く。
血飛沫がダンジョンを染め、腹からせり上がる血にラウルはむせた。
そんな様子を確認するまでもなく、ジョンは”クレイモア”を引き抜き、背中に戻す。
「これがお前たちの驕りの代償だ。この男の死を以て、免罪とする」
「おのれぇっ!!」
立ち上がろうとするガレスをジョンは足で押さえつけ、地面に押し付ける。
「騒ぐな。もう助からん」
「まだじゃ、まだ
「そんな決定権はお前にはない……。伝えておけ。死を悼み、死を悲しみ、そして次は自分の身に降りかからぬように―――精々臆病に生きて往け」
その言葉を最後に、ジョンは”クレイモア”を構えて柄を振り下ろす。
意識を失う前、ガレスの瞳に映ったのは鎧兜のスリットからこちらを覗く、黒い二つのリングだった。
6
―――一週間後、”迷宮都市オラリオ””ギルド”にて。
応接間の一室、豪華な装飾がなされたその部屋に”ロキ・ファミリア”主神”ロキ”はいた。
対面に座るのは肥えた体に尖がった耳を持つ”ロイマン・マルディール”で、ロキの厳しい目に額から汗をこぼしていた。
「で、見つかったんか」
「い、いえその。ジョン・ドゥ、もしくはフルプレート、大剣装備の冒険者は存在しません。在籍している冒険者のデータはご覧になりましたよね?」
「ああ、全部ちゃう。あれ以外や」
「でしたら、我々ではもう力に……」
ロイマンの言葉にロキは「あぁん?」と睨みつける。
「うちの
「し、しかしですね……! こうして冒険者のデータをお見せしていること自体、かなりの問題でして……」
「その代わりに納税金上げとるやろうが。それに、あの腐れ名無しが他の冒険者襲うかもしれん。ちゃうか?」
ロキがそう言うと、ロイマンは唸る。
ハンカチを取り出して汗を拭うと、
「と、とにかく。ギルドとしても警告と情報提供を呼び掛けています。いずれ、情報も入ってくるでしょう」
「チッ……。しゃあないなあ。今日は帰る。情報が入ったら……。ええな?」
「そ、それはもう。ただちにお知らせしますとも」
何度も頭を下げるロイマンに片手を挙げ、ロキは部屋を出る。
すれ違うギルド職員に軽く挨拶しつつ、出口を目指す。
いつもならば護衛の一つでもつけろと小言を言ってくる職員もファミリアの状況を察してか軽く頭を下げ、無言で去っていく。
ギルドの建物から外へ出れば、既に夜。月が辺りを照らしていた。
「……さむっ」
夜風に震える。
石は転がり、転がり……。やがて人の足にぶつかる。
「なんや、自分。ぼさっと突っ立って」
「―――傷ついた飼い犬は脚を引きずり、やがて主の元へ帰る」
「あん?」
ロキが怪訝に首を傾げると、男は一瞬で間合いを詰め、ロキの首に手を掛ける。
月明かりが鎧を照らし明かし、汚れた鎧が露になった。
ロキの眼が険しくなる。
「北の、遥か北。世界の果てからやって来たぞ」
「お前か……?。お前がうちの
「お前たちから、奪うために―――」
――――――――――――――――――
「使えるのか?」
「まあ、手駒は多い方がいいだろう?」
「使えん駒がいたところで……」
暗がりのダンジョンで赤髪が揺れる。
松明の光が白骨の仮面を映し出し、三人の影をダンジョンに投影した。
to be continued......
はい、いったんCM入りまーす。
どんどん短くなってる……なってない?
誤字報告兄貴たちありがとう!フラーッシュ!(あえ)