パチパチと篝火が燃えていた。
辺りは暗く、月が崩れた建物を照らしている。
「勇者よ、不死の勇者よ。まだ”こころ”はあるか?」
背後から嫌な臭いと共に聞こえてくる声に、ジョンは沈黙を通した。
「未だ王の器に魂は満たされず、道は閉ざされている。満たせ、満たすのじゃ。王のソウルを持つ者たちは既に役目を終え、あるいは道を誤っている」
抱えた剣を背中に戻し、ジョンは立ち上がった。
「それらを倒し、奪うことは世界の蛇が認める正しい行為なのじゃ。お主が気に掛けることなど何もない」
「そう、なにもないのじゃ――」
Soul of oratoria
「レベル4以下は全員階を上れ!」
鎧男から目を離さずにフィンはそう吼えた。
疼く親指を抑え込み、槍に手を掛ける。
只者じゃないことは火を見るよりも明らかで、放たれる殺意は肌を粟立たせる。
「――」
「……あぁ?」
警戒しながら去っていく団員たちを見た男はゆっくりとクレイモアを持ち上げ、切っ先を地面に突き立てると、その柄に両手を添えて動かなくなった。
怪訝な顔をした
「どういうつもりだ? テメエ」
「戦えない者を巻き込む気はない。去るまで待つ」
「……随分と、優しいんだね」
とフィンは投げかける。
男は無反応で、それが気に喰わなかったのかベートは拳を振りかざした。
「よせ、ベート」
「あぁ!?」
制止の声を上げたのはハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴで、深い緑の長髪を揺らしてエメラルドグリーンの瞳をベートと鎧の男に向けていた。
彼女の制止にベートは一瞬声を荒げるが、リヴェリアの冷めた瞳に貫かれ、忌々しそうに舌打ちを洩らす。
「あ、あのっ……。私はどうすれば……」
「レフィーヤ……」
フィンの眼の先には山吹色の髪を後ろでまとめた少女が立っていた。
人のモノとは違う尖った耳はエルフの証で、男の殺気を恐れているのか杖を持つ手が震えていた。
レベル3である彼女は優秀な魔法使いで、この後起こる未知数な戦闘には巻き込めない。
だが―――。
「だーいじょーぶだって! あたしやティオネ、アイズだっているんだから!」
そう豪語するのは小麦色の肌をした少女、ティオナだ。アマゾネス特有の露出が多い服を着こなし、愛用武器である両刃剣【
「……大丈夫だよ、レフィーヤ」
金の長髪を靡かせてティオナに続くのはアイズで、既に手には愛剣である【デスぺレート】が握られていた。
「……良い仲間を持ったな、娘」
「えっ!?」
「怯えるな。まだ戦いが始まったわけではない」
突然始まった会話にレフィーヤは身を固まらせる。
「良い、実に良い仲間だ。お前を守り、お前を育ててくれる」
「あ、ありがとうございます……?」
「―――故に、死ぬ」
「っ!!」
放たれる殺気に各々が一斉に武器を構える。
アイズはレフィーヤの前に飛び出し、フィンが、ティオナが更に前へと出る。
「俺は手加減はしない。敵対者に贈れるのは死だけだ」
大剣は未だ地面に刺さったままだが、向けられる殺気は既に戦闘レベルにまで達している。
場の雰囲気が張り詰めていき、フィンたちが息をのんだ瞬間、
「―――団長っ!!」
聞き覚えのある声が、ダンジョンに響いた。
「ラウル! 無事だったのか!」
「お、遅れてすいません……! はぁっ、はぁっ……。ほ、報告します!
「―――なんだって?」
「そんなわけねえだろ! 四十九階層を一人で攻略だ!? んなもん聞いたこともねえし、ありえねえ!」
「ほ、ホントっすよお! 俺、見てたんすから!」
「……フォモール?」
不意の男の発言に、皆が一斉に男を見据える。
ラウルは恐る恐るといった具合に、
「あ、あんたが倒したモンスターの名前っす」
「そうか」
それだけ言って、男は背を向けて去ろうとする。
「待て! どこへ行こうってんだ?」
「殺意の源は消えた。今更戦うこともない。俺は、上を目指す」
「その前に教えてほしい。きみの名前は?」
四十九階層を単独で攻略する冒険者など聞いたことがない。
どこかのファミリアがその存在を隠していたとすれば、警戒しておくに越したことはない。
ギルドに名前を照会すれば、所属しているファミリアがわかる。
「―――名前、名前か。そんなものとっくの昔に忘れてしまった。今はただの
「忘れる? 名を?」
「もういいだろう。これ以上俺に関わるな。詮索するな。そして―――」
瞬間、男の行く先を塞いでいたベートが壁に叩きつけられた。
「―――俺の前に立ち塞がるな」
4
「ベートォ!」
「騒がしい連中だ……」
背後の声を無視してジョンは歩み始めた。
確かに派手にめり込みはしたが、それなりに力加減はした。意識は失うだろうが、死にはしないだろう。
後ろから迫る”風”に意識をやりつつ、”ソウル”から一本の剣を出して後方へ向き直る。
「っ!」
「せっかちな娘だ」
「武器が……。変わった……?」
鍔迫り合う剣の向こう側で、端整な顔が疑問に染まる。
兜の中で不敵に笑ったジョンは、軽々と”銀騎士の剣”を振りぬいた。
後方に吹き飛ばされながらも空中で”不自然”に体勢を整えた娘の後ろから二人、突進してくる。
「アイズどいてーっ!」
「ティオナ、あんたは右!」
「はいはーい!」
「む……」
少女が持つ両刃剣は巨大で、”銀騎士の剣”では受けきれないと判断したジョンは剣を消し、新しく剣を引き出す。
引き出したるは黒鉄の剣、身の丈ほどもある超巨大な特大剣。
それを片手で引き抜いたジョンは少女の両刃剣を弾き飛ばし、ククリナイフで迫るもう一人の女に向けて”ソウル”から”ダガー”を引き抜く。
「どうなってんのよ、それ……っ!」
「悪態を吐く前に力を入れたらどうだ」
「言ってくれるじゃないの……オラァ!!」
女とは思えない言葉遣いの後に繰り出される拳を”グレートソード”を盾にすることで回避する。
「あい――ったあ……っ!!」
「徒手格闘で挑んでくる奴はそうそういない。面白いやつだ……。名前は?」
「ティオネ、よっ!」
同時に投げられるナイフを”ダガー”で切り払い、一歩、二歩と下がる。
「覚えておこう」
「余裕そうに……! アイズ!」
「―――任せて」
風が吹き荒れ、一人の少女が舞い降りる。
手には一本の長剣が握られ、切っ先はジョンに向けられていた。
「”
「―――面白い」
風の属性付与は見たことがない。
先ほど見た不自然な体勢の整え方から察するに、あれもこの魔術の応用なのだろう。
移動に使え、武器にもなる。素晴らしい魔術だとジョンは内心に思った。
それに加えての扱い易い直剣。一撃の重さではなく、手数とスピードを重視していると踏んだジョンは”ダガー”と”グレートソード”を消す。
淡い白銀の粒子となって消えた武器たちの後には白銀の光だけが残り、そこから一本の剣の柄が顔を覗かせていた。
ジョンが持つ”内なるソウル”には無数の武器や防具が蓄えられており、そこから無制限に好きなものを取り出すことができる。
ジョンが引き抜くこの剣もまた彼の集めた
剣を引き抜き、切っ先を少女―――アイズへと向ける。
「死力を尽くして来るがいい」
「……行きます」
瞬間、風が吹く。
アイズの姿が消えるが、ジョンはすぐに己の直剣を自身の背後へと持っていく。
衝撃が走り、背後で息を呑む音が聞こえた。
「―――どうして」
「甘い」
振り返りながらも剣を振りぬく。
「風が教えてくれる。お前がどう動き、どう攻撃するか」
「……風を、読んだ?」
「そうだ。そして二撃目はない」
握られた”アストラの直剣”が粒子となって消え、新たな剣が引き抜かれる。
石造りのそれは刀身に幾つものルーンが刻まれ、長い年月の経過によって苔むしていた。
ジョンはそれを両手で構え、切っ先を地面に突き刺す。
「”緩やかな平和の歩み”を」
詠唱が終わるとともに水面に雫が垂れたような波紋がジョンを中心に広がる。
「……なにを」
「すぐにわかる」
そう言い、ジョンは”石の大剣”を構え、ゆっくりとアイズに向けて歩き出した。
アイズは剣を構え、一先ず距離を取ろうとしたのか後ろへとバックステップを繰り出す……がそれはただの後退りで終わった。
「なんで……!」
下がろうとしても足が重く、一歩一歩と緩やかにしか下がれない。
「普通ならば逃げるために使われる魔術だがな。俺は、確実に仕留めるために使う」
一歩、一歩とジョンは近づく。
「助けを期待しても無駄だ。連中も効果の範囲内だからな。諦めろ」
「クッ……!」
ジョンの影がアイズを覆う。
上段に構えられた”石の大剣”がダンジョンの天井を擦った。
「これが結果だ」
剣を、振り下ろす―――。
5
「―――え?」
「ゴホッ、ゴホ……。この鎧を抜くとは……」
振り下ろされるはずの剣は止まり、不思議に思ったアイズが閉じていた目を開けると、一本の槍がジョンの腹部を貫通していた。
「どうやら、上半身は普通に動けるみたいだね」
「子供と侮ったか……」
「僕は四十代だよ」
「ほ、お……。クっ、ハッハッハ……! 面白い、じつに面白いな……!」
「どうやら魔法の効果も切れたみたいだ。アイズ、戻れ」
フィンの言葉に静かに頷き、アイズは駆ける。
確かに強力な魔法だが、どうやら十秒程度しか持たないらしい。
「さて……。きみの所属ファミリアを教えてくれたら”ハイポーション”をあげるよ。当然、言わなかったらこのまま放置する」
「治療など必要ない。こんなもの……」
ジョンはそう言い捨て、腹を貫通する槍に手を掛けた。
フィンは少し顔を顰めると、
「止めておいた方がいい。出血がひどくなるだけだ」
「放っておけ。死にたがりなど」
「リヴェリア……」
「クク……。ハハハ……! 死にたがりか……。言い得て妙だな……。だがな、女。俺は、俺たちは―――
槍が引き抜かれる。
溢れ出る血が鎧を伝い、足元に血だまりが出来た。
「うえ……」
「そら、返すぞ」
槍が投げられる。
フィンはそれを上手く掴み、先の言葉を反芻した。
「
「そのままの意味だ」
そう言ってジョンは鎧兜を取った。
くすんだ白髪が揺れ端整な、しかしどこか老けた顔が露になる。
「何歳だと思う」
ジョンはフィンに問いかけつつも腰から一つの硝子瓶を取り出した。
硝子の中には薄い橙色の飲み物が揺れている。
「さて、ね……。二十代後半かな」
「外れだ」
「……三十代?」
「それも違う」
ジョンはそう言い、硝子瓶に口を付けた。
中の飲み物を一口飲むと、瓶を腰にしまい込む。
「もう体感数百年ほど生きている。最も、あの世界で時という概念があるとは思えないがな……」
「数百年……!?」
「俺たちは呪われ、世界の終わりまで生き続ける
ジョンは言い終わると、剣を構えた。
「その傷で戦う気かい?」
「もう傷は癒えた。心配は無用だ」
「さっきの瓶が、治癒薬か……。フィン」
「ああ……。しょうがない。彼はやる気みたいだ。レフィーヤ、頼む」
「は、はい! 【解き放つ一条の光、聖木の
杖を構え、詠唱に入ったレフィーヤを見たジョンの顔色が変わる。
剣を逆手に構えて投擲すると、一気に駆け出した。
「リベンジ! おりゃあッ!!」
「馬鹿の一つ覚えか……」
「言ったなあっ!!」
光から黒鉄の大剣を引っ張り出したジョンはティオナの
剣先がぶつかり合い、弾かれたのはティオナだった。
「まだまだあっ!!」
「振りが大きいぞ」
振り回される
「あーん、またやられたー! でも、時間は稼いだもんねー!」
「【汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手】」
「チッ……。阻止は無理か」
「【穿て、必中の矢】」
詠唱阻止を諦めたジョンは下がり、後方を見る。
長い通路が続くばかりで、障害物は見当たらない。
「【アルクス・レイ】!!」
杖先から放たれるのは速度重視の単発魔法。
自動追尾の特性を持ち、放たれれば回避不能の魔弾と化す。
迫りくる光を見たジョンは何も握っていない片手を振りかざし、唱えた。
「”雷の槍”を」
to be continued......
あぁ^~話が進んでるのか進んでないのかさっぱりなんじゃあ^~