ソウルオブオラトリア
遠い、遠い昔の話。
世界に光は在らず、霧と、古の竜たちばかりが在った。
その世界には人も、生も死もなく、ただただ石の底が続くばかり。
そんな”灰色の世界”にある時、火が起きた。松明なんてものじゃあない。まさしく海のような火が地の底から噴き出たのさ。
火が起きたことで世界に光がもたらされ、同時に闇を生んだ。
これが”最初の火”さね。
その火で暖をとろうと、石ばかりが続く底のどこに隠れていたのか、竜とは違う生き物たちが火に群がりだした。
後に神々の地を創り上げる巨人たちさ。名をグウィン、ニト、イザリス、そしてその娘たち。
彼らは湧き出た火を”最初の火”と名付け、その炎の海から特別なモノを見出した。それが”王のソウル”。
”王のソウル”を見出した者たち、そして従者と共にグウィンは世界の支配者である不死身のドラゴンへと反乱を起こす。
これが、”神と人”の始まりさね。
――なに? 人はどこだって?
イッヒッヒ……いいところに気付くじゃあないか。いたんだよ、巨人たちの陰に隠れて暖をとる、”王のソウル”それ以上の力を持つソウルを見出した”小人”がね。
グウィンたちと比べれば非力も非力、踏みつぶされれば塵芥と成り果てるその身が見出したるソウルは――
――ダークソウル
Soul of oratoria
――ふと、目を覚ました。
兜のスリットから見る地面は見飽きた土で、辺りは鬱蒼とした雰囲気に包まれている。唯一違うと思える点は、大空が厚い岩肌ということだろうか。
跪いた状態から立ち上がり、体の調子を窺う。
手、足、共に満足だ。気を失っていたにしては、上等と言える。
そこまで確認してから不死人――ジョンは再度、辺りを見渡した。天井と同じような岩肌が左右上下に続き、奥は霧掛かっていて見えない。全てが赤茶色で染まったこの場所は、さながら墓地だ。
――俺はさっきまでなにをしていたのだったか。
そう己に問うてみる。
しかし、直前の記憶は曖昧で、遥か昔、
記憶に靄がかかっているのではなく、きれいさっぱり抜け落ちていた。
どうやら人間性の限界が近いとみえる。もっとも、近いからといって何か手を打てるわけではない。川を流れる水を止めることができないように、時の流れが不変のように、すり減る人間性を保守する方法はない。
呪われた不死人の証である”ダークリング”が体に現れた者は、決して死なぬ体を手に入れる。しかし、体は不死身でも精神は不死身ではない。精神という器に死という水が注ぎ続けられれば、いずれ受け止めきれずに器が壊れてしまう。
壊れた結果が、亡者だ。意志を持たぬ、欲望のままに生きる存在。
欲望のままに生きるが故にボロボロの衣服、爛れた皮膚、欠けた歯……おぞましい、しかし哀しい亡者の姿を思い浮かべたジョンは、地面が細かく揺れ始めたことに気付いた。
揺れは徐々に大きくなっていき、遠くの地面がボコボコと沸き立つのを見たジョンは、すぐさま手を背中に回し、担いでいた大剣その柄を握りしめる。
「――メェェェ……」
顔を出した”化け物”が産声をあげる。
特徴的な二本の巻き角に、180ほどあるジョンより遥かに高い身長。無骨な岩の棍棒を握る腕は逞しく、身体に無駄な贅肉は見当たらない。
「牛頭の……」
ジョンは小さく呟くが、直ぐに「……違うか」と否定した。
牛頭のデーモン、奴は”アレ”ほど体躯は細くないし、獲物も大斧だ。なにより――。
――メェェェェェェ……。
「多いな……」
これほど数はいなかった。
ボコボコ、ボコボコと絶えず聞こえてくる土の音に、ジョンは背中から抜いた大剣、”クレイモア”を肩に担いだ。
一匹、十匹という話ではない。百、二百……まだまだ増え続けていた。横の壁から、地中から、天井からも生まれ落ちてくる。
多すぎる産声は何重にも重なり、一つの咆哮と成る。あれを一体一体切り裂いていたら、身体がいくつあっても足りないだろう。
ジョンは”クレイモア”を地面へと突き刺し、腰から一つのタリスマンを取り出した。
長い旅路で汚れきったそれは一般の信者たちに配られるような簡素なもので、拳ほどの大きさしかない。
ジョンはそれを握りしめ、”クレイモア”を構えなおした。
いつの間にか地面の振動は止み、目の前には牛頭擬きがまるで海のように蠢き、ひしめき合っている。あそこに突っ込む間抜けはいないだろう。ジョンは”クレイモア”を頭上に掲げ、力いっぱい地面に叩きつけた。
叩きつけた衝撃で地が揺れ、天井から岩の欠片が落下し、空気が悲鳴をあげる。それと同時に牛頭擬きもジョンに気付き、獲物を見つけたことに対する歓喜のような咆哮を一斉にあげた。
――メェェェェェェ……!!
連なる咆哮、その後に牛頭擬きは一斉に走り出す。
幾百、下手をすれば千を超える個体数に多くの人間は恐怖し、逃げ出すだろう。対抗できるだけの装備と人数がいればあれに抗うかもしれないが、たった一人で挑む馬鹿はいない。
たった一人で挑めば一撃で首を飛ばされ、食い漁られ、骨も残らない。
普通はそうだ。しかし――。
「死よ、我が剣に」
――ジョンは、普通ではなかった。
握るタリスマンに光が集い、ジョンはそれを地面へと叩きつけた。
タリスマンの光が一層強まり、地面へと吸い込まれる。瞬間、橙色の、禍々しい色をした切っ先が地面から顔を出す。
「突き、穿て」
ジョンの小言に呼応し、切っ先が勢いよく地面から飛び出す。
橙色の透けた大剣が無数に地面から飛び出し、牛頭擬きの股座を裂き、天を衝く。
血が飛び散り、痛み嘆く咆哮が響き、それでも剣は天を衝く。無数に、果てしなく現れ続けるそれは”死”そのものであり、墓王の眷属のみが知りえる業でもある。
多くの死の礎の上にあるその力の名は――”墓王の大剣舞”と言った。
1
――世界には、”穴”があった。
大陸の片隅にぽっかりと空いた”穴”はいつからあるのか、誰が掘ったのかもわからぬ大穴で、人々が理解していたのはその穴から異形の化け物……モンスターが溢れ出てくるということだけだった。
”穴”は無限にモンスターを生み続ける魔境で、一時はその軍勢に地上を奪われかけた人々だったが、異種間同士で手を結び、モンスターひいては”穴”に対する反撃に出る。
後世において”英雄”と称えられる者たちによって地上に進出したモンスターたちは葬られ、人類は”穴”へと到達した。
”穴”の中にはまさしく未知の世界が在った。
数多の階層で構成される”地下迷宮”。
日の光がなくとも不思議な光源で明るく、地上では見られない草花が群生し、迷宮にしか存在しない鉱石などが発見された。
そして”穴”の上に”蓋”という名目で都市が作られ、モンスターの地上進出を抑えるために有志が集まる一方で、未知の”地下迷宮”それを探索しようとする酔狂者たちが現れるようになった。
”冒険者”とは、そんな彼らを指す言葉として人々に浸透した。
そして時は流れ、”古代”と呼べる時代に転機が訪れる。
”神々”の降臨。
超越存在である彼らが、”下界”に顕現したのである。
悠久の時を生き、退屈していた彼らは文化を育み、モンスターと命を削りあう人類に”娯楽”を見出したのである。
万能ともいえる神の力を封じてまでして下界に降り立った神々により、人類は急速な成長を始める。
もたらされた”神の恩恵”によって人類は発展を続け、遂には”地下迷宮”の攻略にも乗り出し始めた。
迷宮都市オラリオ。
かつて”穴”の上に築き上げられた大陸屈指の要塞都市。
多くの神々が住まい、未知が眠るその地に人は集まり続ける。
富を、栄光を、あるいは未知の世界を求めて。
ヒューマンが、エルフが、ドワーフが。あらゆる種族が、あらゆる年齢の子らが神々を求めてやってくる。
”古代”以前。
”原初”の時代において古き神々を討ち果たした不死人さえも。
2
「――
天を衝く死の剣を見た”ロキ・ファミリア”のラウル・ノールドは静かにそう呟いた。
”地下迷宮”……ダンジョン、その49階層にて大量発生する山羊頭の巨大なモンスター”フォモール”。
何十人という歴戦の冒険者たちが盾で壁を作り、その壁を崩させないようファミリアのエースたちがフォローし、後方から大火力の魔法で薙ぎ払うことでようやく攻略が完了する四十九階層をたった一人で攻略し、しかも無詠唱でこれほどの大魔法を発動する冒険者。
「……団長の勘は当たってたな」
『嫌な予感がする』。
四十九階層を手前にしてロキ・ファミリアを率いる
フィンの予感、その裏付けのためにラウルは先行偵察をしていたのだ。
一人の冒険者によって築かれていくフォモールの両断された死体を見、気分が悪くなったラウルは少し空気を洩らし、一歩後退する。
「おっかないけど、人で良かった」
瞬間、ラウルの全身を震えが襲う。
地面が揺れているのかと錯覚するほどの震え。寒さではない、これは――。
「――誰だ、貴様」
「――」
――恐怖。
いつの間にか背後に立たれていたこと、そして血に濡れた大剣の刃が自身の首に添えられていたこと、背中に伝わる鋭利な切っ先を感じたこと。
どれからくる恐怖なのか、今のラウルにはわからなかった。
「―――」
「どうした。声も出せんか」
「ち、ちがう」
鎧越しに聞こえるくぐもった声にラウルは思わず答えた。
「敵じゃ、ない。ロキ・ファミリアの、ラウル・ノールドだ……」
「ほう。――それで?」
ガチャリ、と鎧が揺れて大剣が少し首に近づく。
これから先、返答を間違えれば死ぬ。例えオラリオの最強、その一角を担うロキ・ファミリアの人間でもこいつは容赦なく殺すだろう。
冷汗が頬を伝い、大剣に垂れる。
何を言えばいい、何と説明すれば解放される。そんな疑問ばかりがラウルの頭の中をぐるぐると周り、口から出るのは荒い息だけだ。
「敵じゃ、ないんだ……!」
思考の末に漏れたのは懇願だった。
体の震えは止まらず、膝は笑い出した。過去がフラッシュバックし、涙が浮かぶ。
「……信じよう、その言葉」
「……え?」
「許せ」
大剣が首元から退かされ、背後から覆いかぶさってきていた殺気が消える。
崩れるように座り込んだラウルが振り返れば、大剣を背中に戻しながら霧の向こうへと歩く一つの鎧姿が見えた。
「一つ聞いてもいいか?」
「は、はいぃっ!?」
「出口はどっちだ?」
立ち止まり、振り向いた男に動揺しつつも、振りかけられた質問にラウルは仲間が待つ階段方面を指さした。
「あ、あっちに上に戻る階段があるっス……」
「助かる」
ガッシャ、ガッシャと鎧を鳴らして歩き去っていく男の姿にホッと息を吐いた次の瞬間、ラウルはハッとした。
「団長に報告しないと……!」
立ち上がり、服のあちこちに付いた砂埃を払うことなく、ラウルは赤茶色の地面を駆けた。
3
先ほどの青年が言っていた通り、歩む先に階段があった。だが、ジョンは階段を見つけると同時に複数とは言えない人の塊とも呼べる存在を感じ取っていた。
微かに聞こえる人の声、擦れる鋼の音、僅かな風に乗ってくる温かさ……。それら全てが大勢の人間がいることをジョンに教えてくれる。
初々しい青年は斥候といったところか。
ジョンは考えつつも歩を進める。確かに大した数だが、先ほど葬った牛頭擬きに比べればひどく劣る。中には数人、優れた者もいるようだが、それだけだ。
階段に足を掛け、上る。
数秒上れば、そこはまた赤茶色の風景が広がっていた。しかも些か狭く、さながら洞窟だ。
「……むさ苦しい」
人、人、人――。狭い洞窟に所狭しと立つ人々に、ジョンはうんざりした。が、同時に気付く。
生気を失っていない、と。
目を見てみれば皆、光が宿っている。どうやら亡者ではないようだった。それに―――。
(ダークリングがない……)
呪われた不死人の証であるダークリング。それは大抵両目に現れるモノで、彼らにはそれが見当たらなかった。
つまり彼らは普通の人間であり、健常者であると言える。
ならば、ならばなぜこんな辺鄙な場所にいるのか。しかもこんなにも大勢で。
住んでいる場所がモンスターにでも襲われたか、あるいは――。そこまで考えて、思考をやめる。
自分と彼らでは文字通り住む世界が違う。
自分が闇で、彼らは光だ。余計な詮索は必要ない。
ジョンは止めていた足を再び動かし、前へと進む。
「……ちょっと待ってくれ」
その言葉に、足を止める。
振り返れば、ジョンの背の半分もない子供がそこにいた。
「
「俺は
好奇心旺盛な子供は苦手だ。とジョンは思う。不死人にホイホイ近づくのだから、たまったものではない。
関わるな、と言い捨ててジョンは歩き出そうとする。が。
「話は終わってねェ」
奇妙な風貌の男が、行く手を塞ぐ。
銀髪に、防御力が低そうな服。
「言い方が悪かったかな。どこの
「それに」と子供は続ける。
「その背中の剣に付いている血は、いったい誰のかな?」
その言葉に、周りが殺気立つ。
目の前の銀髪も犬歯をむき出しにして殺気を洩らしていた。
どうやら、あの青年はこいつらの仲間だったらしい。が、話を聞いてくれるほどの冷静さはなさそうだ。
「フー……」
ジョンは深くため息を吐く。
背中のクレイモアに手を掛け、
「俺は人斬りは好まない。だが、降りかかる火の粉を払わないほど愚かでもない」
空気を裂き、銀髪の男のすぐ横をクレイモアが勢いよく過ぎる。
地面に切っ先がめり込み、亀裂が洞窟内を幾つも奔った。
「この言葉を聞き、死を恐れぬのならば来るがいい」
来るな、という意思を込めて言葉を放つ。
息を呑んだ彼らの返答は、武器を構えることだった。
「……そうか」とジョンは短く応える。
「死にたいらしいな」
殺意が、鎧から漏れ出した。
to be continued......
([∩∩])<死にたいらしいな
このすば? なんのこったよ(すっとぼけ)
オリ主タグは追加した方が良いんですかね……?