オブリビオンゲート 異世界龍 彼の地にて 斯く集えし   作:ArAnEl

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地震、豪雨等辛い時期にいらっしゃる方もおられと存じます。どうぞ皆様も心身ともにお気をつけてください。被災された方々も、無事であることをお祈り申し上げます。

あと熱中症にも気をつけてください。


国の名は

 

「お主、わしの姿が見えるのか?」

 

 

見た目は少女だが、話し方はかなり古風であった。

 

 

「いーや、見える訳ではない。貴様の姿を感じているだけだ。貴様、我の感じるところ、怖いほどに純白の、ドヴァ()であろう?」

 

 

それを聞いて少女はさらなる笑みを浮かべる。

 

 

「さすが黒龍であるな。異世界では最強、最恐、最凶と揶揄される存在らしいの」

 

「誰が黒龍だ?」

 

「すまぬ、同族の黒龍に似ておったのでつい」

 

「我のことを知ってるのか?」

 

「まあ、あくまでも噂程度にはな。と言ってもデイドラ?とか言う奴らからじゃが」

 

「貴様も別世界の者だな?」

 

「素晴らしい。そこまでわかるか」

 

「で、別世界のジョールに化けたドヴァが我に何用だ?」

 

「一つ頼みが有ってのう……」

 

「……なんだ?」

 

「わしの同胞を頼んだぞ」

 

「はあ?」

 

 

嫌な予感しかしなかったが、あまりにも漠然とし過ぎて拍子抜けし、理解できなかった。

 

 

「どう言うことだ?」

 

「すまぬな、ワシもそろそろ限界じゃ。しばらく永い眠りに入る」

 

「ま、待て!何が何だか分からぬ。説明しろ!」

 

「まあ、簡単に言えば、ワシらはこの世界に逃げてきたのじゃよ。元の世界ではもう種の維持ができぬ。まあ、デイドラに半分騙されたようなもんじゃが」

 

「はあ?逃げてきた?」

 

「そうじゃ。お主らと一緒じゃよ。竜戦争に負けたのじゃ、こちらは2回目じゃが。漆黒龍よ、勝てよ。また会おうぞ」

 

 

そう言って次の瞬きで少女は姿を消した。

 

 

「くそっ、面倒ごとを押し付けおって!同胞って一体全体何者なのだ!?」

 

 

アルドゥインはなんとも言えないモヤモヤした気持ちを抱えながらその島を去った。

 

 

***

 

 

学都ロンデル

 

 

「エクスプロージョン!」

 

 

建物の屋根が吹き飛ぶ。

 

 

「スティール!」

 

「いやぁあ!私のパンツ返して!」

 

 

相変わらずどっかの誰かが魔法の実験で建物を吹き飛ばしていたり、パンツが盗まれたりしていた。治安もクソもないようだ。

 

 

「待ちに待った発表会ね!レレイ、頑張るのよ!」

 

 

ミモザがレレイを励ます。

 

 

「レレイ、具合大丈夫か?」

 

「うん、問題ない」

 

 

どう見ても顔色悪いのだが、と伊丹は思った。多分太陽のせいだろう。屋内に入ればまだマシかと思うが。

 

 

「昨晩伊丹から栄養もらったから大丈夫」

 

「なんか言い方が、少し考えものねぇ」

 

「血だからな、決して薄い本にありそうなことしてないからね!」

 

 

ロゥリィが薄ら笑いを浮かべるので伊丹は弁明する。

 

道中、また発表者の1人によるレレイへの暗殺未遂等のトラブルもあったが、事前に防ぐことができたので問題はなかった。

 

聞いてみると、どっかの誰かにそそのかされてレレイが自分の論文を盗んだのだと勘違いしたらしい。誤解が解けたので一応解決した。あと少しでセラーナがその発表者をミイラに変えそうになったことを除けば。

 

 

「やはり笛吹き男(パイパー)の手口ですな。これだけで収まるわけはないでしょう」

 

 

グレイが言う。

 

 

「レレイ、もしあれだったら今日辞退しても大丈夫だぞ」

 

 

レレイは無言で首を振る。やはり学会には出場するつもりらしい。

 

 

「問題ない。私は大丈夫」

 

 

そして発表会である。

 

レレイの前に数人発表があり、アルペジオの知り合いの男エルフ以外はインクを投げつけられたりとカオスな学会となった。

 

伊丹はこれを見て日本の国会より酷いかな、と思っちゃったりしている。あちらは理論がずれたことが多いが。

 

ちなみにアルペジオの知り合いの男エルフは天文学で、なんか世界の歪みを発見したらしい。それと前回の地震とかそのほか不可解現象の関係性について調査中だとか。

 

当人たちは気づいてないが、既にこの世界は歪んでいる程度では済まなくなっているが、それはまた別の話。

 

そしてついにレレイの番である。

 

レレイが壇上に上がると、1人のワイルドウーマンが立ち上がった。

 

どうやらグレイとシャンディーが情報収集で知った笛吹き男の傀儡、ノッラというワイルドウーマンのようだ。

 

伊丹たちは既に知っていたので臨戦態勢に入る。

 

しかしながら、刺客がレレイの前でナイフを抜いた時には全て終わっていた。

 

刺客の方が。

 

 

「え?何が起きたの!?」

 

 

会場を埋め尽くしていた魔導士たちの支援攻撃によって刺客はボロボロにされた。生きているのかどうかも怪しい。

 

 

「こ、怖え……」

 

 

伊丹たちは「マジか」みたいな表情をしていた。

 

彼女はどっかに運び出された。

 

そんな感じてスタートした発表会だが、すごく順調にに進み、終わった。

 

やはりお題はレレイが今まで研究していた火薬、爆発物、それらの応用について。

 

勿論日本の科学だけをそのまま発表したわけではなく、これをこの世界での魔法としての使い方、応用なども説明する。

 

そして結果として盛大な拍手が湧き上がった。

 

 

「レレイ、やるわね!導師号間違いないよ!」

 

 

アルペジオが褒め称えた。

 

 

「やったぁ!」

 

 

そのほかロゥリィたちも喜ぶ。

 

シャンディーもレレイを誉めたたえようと近づく。

 

はずだった。

 

皆その光景が信じられなかった。

 

なぜかシャンディーの右手にはナイフが握られていた。

 

伊丹が腰の拳銃のホルスターに手をかけた頃にはナイフが振り下ろされ始めていた。

 

 

(間に合わない!)

 

 

誰もがそう思った。

 

次の瞬きで確実にナイフの刃はレレイの心臓に届く。

 

と誰もが思った。

 

しかしナイフはレレイを傷つけることはなかった。

 

なぜなら、消えていたから。

 

シャンディーの、ナイフが握られていた手が。

 

 

そしてコンマ数秒の差で雷のような音が響いた。

 

 

「アァァァァァアアッ!?手が、私の手がぁ!!」

 

「伏せろ!」

 

 

伊丹は反射的に指示を出す。

 

さっきの雷のような音は物体が音の壁を超えた時に発する音。銃声である。

 

シャンディーは右手首を抑えて転げ回っていた。

 

そして、全てを物語るようにナイフを握った右手が、少し離れた所に落ちていた。

 

落ちた手から、シャンディーの手首から、真っ赤な血がドクドクと流れ出す。

 

伊丹は周囲を確認する。

 

大きな弾痕。

 

そして先ほどの音の方向を。すると長い棒を担いだ男ともう1人の男がコソコソと会場を跡にした。

 

 

(対物ライフルか!?)

 

 

伊丹は拳銃を抜くと会場の後ろの方の扉へと走る。

 

 

「グレイさん、シャンディーの傷を頼みます!」

 

「お任せください!」

 

「私の手が、手があ……痛い、痛い……」

 

 

泣き叫ぶシャンディーの手首を抑えて必死に止血を試みる。

 

 

「シャンディー殿、レレイ様を攻撃した理由、後できっちりと聞かせてもらいますぞ。まずはこちらが優先ですが」

 

 

アルペジオとミモザも治癒魔法で懸命に救助活動を行う。

 

 

「くそっ、どこだ!?」

 

 

伊丹は扉を開けたが、既に不審な人影は消えていた。

 

 

「くそったれ!」

 

 

伊丹は急いで会場に戻る。

 

他の魔導士たちも手助けしてくれた。シャンディーの様子も落ち着いて、止血され今は眠っていた。

 

 

「みんな、緊急事態だ。急いでアルヌスに戻るぞ。シャンディーも治療などのために連れて行く」

 

「まあ、笛吹き男にそそのかされたんでしょうけどぉ」

 

 

ロゥリィは溜め息をついた。

 

 

「よし、急いで準備でき次第出発するぞ!」

 

 

皆が慌てて行動する中、レレイは静観することしかできなかった。

 

そして発表資料の後ろの方の紙を破ると、それを誰にもバレないように燃やした。

 

 

「こちらは発表しなくて良かったのかもしれない」

 

 

その紙には『原子という概念とその分裂、融合がもたらす作用』と書いてあった。

 

 

この出来事により、レレイの導師号取得は取り敢えず保留となった。

 

 

***

 

 

ゾルザル政権になり、帝国は大変なことになっていた。

 

日本との戦争を回避しようとする穏健派はことごとく捕らえられ、最悪粛正される者も少なくなかった。

 

結果、日本に亡命を希望する者が激増中なのだとか。

 

しかし日本側これを(現時点では)受け入れない方針なので、数多くの貴族たちが絶望した。

 

そんな絶望は幼気な少女にも襲いかかる。

 

 

「いやぁぁぁぁああ!お父様っ!お母様っ!」

 

 

シェリーは両親が残っているはずの家が遠くで燃え盛っているのを見て慌てふためく。

 

テュエリ家が穏健派のガーゼル公爵の知り合いということ、かつシェリーが日本の特使(菅原)との関係者ということで実力行使に出た掃除夫に対し、文字通り決死の覚悟でシェリーの両親が足止めしたのだ。結果は残念なことになってしまったが。

 

 

「シェリー、だめだ、行ってはいけない!」

 

 

ガーゼルは必死にシェリーを止める。

 

それでも言うことを聞かないシェリーの頬に一発平手打ちをした。

 

 

「ご両親の覚悟を無駄にしてはいけない!」

 

 

そう少女に言い聞かせて、現実を認めさせた。

 

そうして2人の逃避生活が始まった。

 

 

***

 

 

「主人様、ご無事で何より」

 

 

アルドゥインの帰りにヨルイナールが頭をさげる。

 

 

「うむ、留守の間ご苦労だったな。ところで、何か変わりは?」

 

「帝国の人間どもが最近活発に動いておる。ちょっと蹴散らしてやったがな」

 

「よくやった。人間どもが殺し合えば我はさらに強くなることはよいことだ」

 

「そして、ジゼルがまた槍を磨き始めた」

 

「……う、うむ」

 

 

アルドゥインは何と答えたら良いのかわからなかった。

 

こんな時どんな顔をしたら良いのだろうか。

 

 

「うむ、槍は十分に集まっておるのでもう良いのだが……」

 

「槍なんぞ何使うのだ?」

 

「まあ、いずれ分かる。ということで、今まで磨いた分の槍全てをある地点において来い」

 

「……これ全部か?」

 

 

アンヘルは槍の数を見渡す。

 

ざっと2、3千はあった。

 

 

「まあ、お前ら3頭でどうにかしろ。我は別件の用事があるのでな」

 

 

そしてアルドゥインはまたどこかへ去って行く。

 

 

「全く、我々の扱いが酷いもんだ……」

 

 

アンヘルたちはせっせと槍のを束ねて担いだ。

 

そしてアルドゥインが指示した場所にその日のうちに捨て置いた。

 

 

***

 

 

「外がやけに騒がしいわね」

 

 

ボーゼスが柑橘類をほおばりながら呟く。

 

 

「どうやらまた掃除夫たちが騒ぎを起こしているみたいだぜ」

 

 

ヴィフィータが答える。

 

 

「既に斥候は出してあるから初動対処は問題ないぜ」

 

「ありがとう。助かるわ」

 

「それにしても、お前最近柑橘類食べすぎだろ」

 

「ええ、なぜがこう、酸っぱいものが食べたくなって」

 

「はは、まさか妊娠しているわけなんかないよな。あははは」

 

「……ええ、可能性はあるわね」

 

「ははは……は……ええ!?」

 

「何?私も1人の女よ。そんな珍しいことじゃないわ」

 

「そう言う問題じゃねえよ。あいつか、あの富田とかいう馬の骨!」

 

「失礼ね。私は殿方のためなら家も捨てる覚悟なのよ」

 

「ステキ……」

 

 

周りの少女たちの瞳がハートになった気がした。

 

 

「うわー、完全にだめだこりゃ。わかっていねぇ」

 

 

ヴィフィータが頭を抱える。

 

 

「まあ、仮に生まれて来るとしても7〜8ヶ月後よ」

 

 

そんな恋バナ(?)をしている中、警備兵から報告が上がる。

 

ガーゼル侯爵とシェリーが日本の特使に用件があるということで来たそうだ。

 

2人はこっそり入ることも考えたが、警備が厳重なのでやましいことをするよりは堂々と正面から行った方が得策と考えただめだ。

 

 

ボーゼスたちは2人を迎えたが、日本は現在取り合わないスタンスであることを伝える。

 

 

「ガーゼル侯殿、やはり日本に亡命するつもりでしたか?」

 

「その様子だと、私たちだけではなかったようだな」

 

「ええ、やはり帝国追われる身である貴族が時々来まして」

 

「そしてそのような者たちは?」

 

「一応帝国兵の目に入らぬ前に帝都外へ誘導はしております。見つからない限り、ですが」

 

「それで十分じゃよ」

 

 

ガーゼルは翡翠宮の境目で立ちすくんでいたシェリーを呼び寄せ、その旨を伝える。

 

 

「あの、せめてスガワラ様とお会いすることはできませんか?」

 

「シェリー嬢、あそこは外国なのだよ。無理を言ってはいけない」

 

 

ヴィフィータがシェリーの問いに答えた。

 

 

「ですがスガワラ様に私がここに居ることをお伝えしていただければ、スガワラ様は受け入れてくださるかもしれません」

 

「ほう、大した自信だな。スガワラ様と君は一体どんな関係なのだ?」

 

「スガワラ様は、いずれ私の夫となる方です」

 

「……君、歳はいくつだ?」

 

「12です」

 

「それはいくらなんでも早婚すぎるだろう。こちらでも成人とみなされるのは15歳。日本でも女性が結婚できるのは16歳からと聴いてるが」

 

「ならば16歳になってから正式な結婚をすればよいだけです!」

 

「わかったわかった。そこまで言うならスガワラ殿を名指しで伝達してあげよう」

 

 

そう言ってヴィフィータは自身でスガワラのところへ赴く。

 

 

「スガワラ殿、先ほどの亡命者の件だが……」

 

「先ほど対応はできないとお伝えしたと思いますが」

 

「ああ、分かっている。ただな、ガーゼル侯爵の同行者の、ある人物からご指名で伝令を預かっている」

 

「?」

 

 

その時、外から少女の声が聞こえた。

 

 

「スガワラ様!シェリーでございます!」

 

 

スガワラ急に立ち上がると窓に寄ってシェリーの姿を確認する。

 

 

「シ、シェリー」

 

「ふーん、あながち嘘じゃなかったわけか」

 

「嘘?」

 

「おの嬢ちゃん、お前は将来の夫だとか言っててな」

 

「そんなまさか」

 

「まあ分かっているよ。俺もおな頃の年の時は似たようや経験をしたさ。ちょっと優しくされちまっただけで相手は好意があるのだとか、自分は大切にされているだとか勘違いしちまう」

 

「そ、そうですか。ご理解感謝します」

 

「でもな、それだけあの子はお前を信頼しきってる。最後の最後の望みとしてお前をアテにしている。そこでだ、一つ男としての甲斐性を見せてやってはどうた?」

 

「……」

 

 

菅原は答えられなかった。

 

 

「それができないなら、耳を塞いで無視してくれ。そしたら彼女も諦めるだろう」

 

「そして、彼女はどうなる?」

 

「さあな。目を閉じて耳を塞ぐのであれば知る必要のないことだ。違うか?」

 

 

菅原は参ってしまう。

 

 

「そして彼女の伝言だ。『ご迷惑をおかけすることは重々承知しておりますが、ぜひお情けをかけてくださいませ。それが駄目なら、お前なんか知らないと言ってくださいませ。そうすれば諦めもつきます。』だとよ。ホント健気だよな」

 

 

そう言ってヴィフィータは部屋を出て行く。

 

シェリーは絶えず菅原を呼びかけていた。

 

 

その頃、ボーゼスは窮地に陥っていた。

 

掃除夫の代表と対峙していた。

 

 

「我々新皇帝ゾルザル様の直属の部隊として、騎士団に命令します。

 

一つ、騎士団は速やかにガーゼル侯爵たちを我々に引き渡すこと。

 

一つ、騎士団は速やかに皇帝の指揮下に入ること。

 

一つ、特使たちの身柄を引き渡すこと

 

以上です」

 

「む、無茶苦茶過ぎます」

 

「では、貴方方騎士団は皇帝の命令に背くという認識でよろしいですかな?」

 

「そ、それは……」

 

 

ボーゼスは言葉につまる。

 

 

「これは()()()()ではないのですよ。()()です。わかりますか?貴女が拒否すればここにいる全員が命令に背いたとして罰せられるのですよ。特に、ピニャ殿下が」

 

「ピニャ殿下が、どうかしたのか!?」

 

「現在、ピニャ殿下の状況は非常によろしくありませんな。貴女の態度によってはどうなるのか分かりかねます」

 

 

掃除夫の代表が鼻で笑う。

 

 

ボーゼスは迷った。

 

言葉を慎重に選ばなくてはならない。

 

自分の言葉一つで、最悪自分の尊敬するピニャが、頼りにしている部下が、命を落とすことになるかもしれないと感じた。

 

豆粒ほどの汗が額を伝わって、顎先で止まり、音が聞こえてくるのでないと思うほどに大きくなって地面に落ちた。

 

 

「いくつか確認しても、よろしいですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「特使たちは、引き渡した場合どうなるのですか?」

 

「我々も彼らを無下に扱うようなことはいたしません。最近治安の悪化に伴い、一度保護した上で帰国していただく予定です」

 

「それが本当ならよいのですが。あと、我々は貴方の指揮下に入ることはできません。あくまでも、我々はピニャ殿下指揮下にありますので。殿下を通してください」

 

「ほう、ピニャ殿下よりも上であるゾルザル陛下の命に背く、と?」

 

 

その冷たい視線にボーゼスは全身から冷や汗をかく。

 

 

「なので、提案があります」

 

 

だめ、言ってはいけない。

 

ボーゼス心の奥から声がした。

 

しかしこれしか方法が、ない。

 

 

「ほう、それは?」

 

 

これほどまでに政権が交代したことを悔やんだことはない。もし前皇帝が生きていたら、言い訳などいくらでもできた。

 

しかし、今の皇帝は、ゾルザルだ。

 

 

「我々騎士団は、中立を保ちます」

 

「ほう、どうやって?」

 

「武装解除します」

 

「おい、ボーゼス!お前なに言って……」

 

 

隣にいたヴィフィータが驚いた顔でボーゼスの肩を掴む。

 

 

「ヴィフィータ、お願い。いう通りにして!」

 

 

ヴィフィータはボーゼスの表情を見てさらに驚く。

 

どんなに厳しい訓練でも、辛い出来事でも、悲しい結果を見ても、人前では決して弱音も吐かなかった彼女が、大粒涙を零していた。

 

 

(悔しい、悔しい……)

 

 

恐怖でも、悲しみでもない。

 

悔しい。

 

ただそれだけ。

 

指揮官としての自分の力量不足に、ボーゼスは歯を食いしばって、声は出さずとも泣いていた。

 

 

「ふん、良いでしょう。当面の間は」

 

 

それを見た掃除夫はボーゼスを蔑んんだ目で見ると掃除夫たちを呼び入れる。

 

 

「ガーゼル殿、探しましたぞ。後でたっぷりと話を聞きましょうか」

 

 

ガーゼルはもう半ば諦めたようで、ただうなだれていた。

 

 

「そして、あちらがシェリー殿ですな」

 

 

そしてシェリーに近づいて乱暴に手を引っ張る。

 

 

「さあ来い!」

 

「嫌です!嫌ぁっ!スガワラ様、スガワラ様ぁ!」

 

「ほう、そんなあの男が気になります。これほどにもか弱き少女が助けを求めてるというのに、薄情な男ですな」

 

 

そしてニヤリと笑う。

 

 

「特使の皆様、我々に御同行願いたい。治安悪化につき貴方方には一時帰国してもらいたい、というのが新皇帝のご意向です」

 

 

しかし日本側からは何の返事もない。

 

 

「そうですか、ならばよろしい。今どれほど治安が悪くなっているかをお見せする必要があるようですね」

 

 

そう言って男はシェリーの服を力一杯引っ張って破った。

 

 

「い、嫌ァァァァアア!!」

 

 

シェリーは露わになったまだ成長しきっていない自分の身体を手で隠そうとする。

 

 

「ち、畜生どもめ!」

 

 

菅原はもう我慢の限界点に達していた。しかし同僚に押さえ込まれてしまう。

 

 

「私はですね、これくらいの少女も十分許容範囲ですよ。早くしなければ、幼気ない少女の純潔が無くなりますよ?」

 

「嫌っ!嫌ァァァァ!」

 

「離せえ、もう我慢の限界だ!」

 

 

菅原が叫ぶ。

 

 

「ボーゼス、これでも俺たちは中立を保つのか!?」

 

 

ヴィフィータがボーゼスに向かって吠える。

 

 

その時、何かが空を切るような音がした。

 

時間差で何かが破裂したような音がした。

 

そして、阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえた。

 

 

「誰だ!発砲したのは?」

 

 

警備中の自衛官が叫んだ。

 

 

「い、いえ……誰も発砲などしておりません」

 

 

「今の音、花火ですか?」

 

 

特使の1人、白百合副大臣が呟いた。

 

 

そう、花火の音である。

 

ただし、それは空に打ち上げられたものではなく、地面に()()()()()()()ものだが。

 

 

***

 

 

「あちゃー、年貢の納め時かあ」

 

 

加藤は苦笑いして周囲を見渡す。

 

自分のデスクの周りを完全武装した陸自隊員が囲んでいた。

 

 

「嘘だろ?」

 

 

伊丹は目の前の光景が信じられなかった。

 

急いでアルヌスに帰って緊急事態が起きたことを報告しようとしたが、基地内はそれどころではなかった。

 

やけに騒がしいと思い、その原因を探ってみると、彼が目の前にいた。

 

 

普段何ら変わらない表情で、両手に手錠をかけられながら。

 

狭い部屋の中に陸自がびっしりと海自幹部を囲んでいる光景は異様な雰囲気を漂わせていた。

 

 

「加藤3佐、貴方を拘束します」

 

 

警務官の1人が言う。

 

 

「罪状は何かな?」

 

「文書改ざん、横領、秘密漏洩、詐欺、爆発物取締罰則、毒物及び劇物取締法、公務員職権濫用、私戦予備・陰謀罪などの違反、嫌疑がかけられています」

 

「あれ、そんなもんなの?もっと多いと思ってた」

 

「など、です。詳しくは後ほど聞かせて貰います」

 

「やれやれ」

 

「加藤!てめえ何やらかしたんだ!?」

 

「ん?伊丹か。ドジったわ」

 

「てめえ何するつもりだ!?」

 

 

今にも殴りこみに行きそうな伊丹を周りが制止する。

 

 

「別に何も。言ったところでお前に理解されないだろうし、したとしても同調しないだろうしね」

 

「加藤3佐、何が君をこうしたんだ?」

 

 

顔には出さないが、雰囲気から怒りがこみ上げている狭間陸将が口を開く。

 

 

「残念ながら、貴方にお答えできませんね」

 

「そうが、非常に残念だ」

 

「加藤3佐、時間です」

 

「わかった……」

 

 

加藤はやっと重い腰を上げた。

 

すると、後ろの窓ガラスが割れた。

 

同時に、停電が起きた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

隊員たちが驚く。しかしやはり戦闘のプロである。ほとんどは反射的に戦闘態勢を取れた。

 

だが伊丹ははっきりと見た。

 

停電の直前、加藤が不敵な笑みを浮かべたことを。

 

そして突如閃光と爆音がした。

 

 

***

 

 

「何者だ、こいつら?」

 

 

口にしたのはヴィフィータだけだが、そこにいた全員が内心同じであった。

 

 

周りには掃除夫たちの遺体が転がっていた。

 

まだ動ける者は槍でトドメを刺させれる。

 

シェリーたちも何者かによって助け出されたようだ。

 

しかし、謎の集団は騎士団や帝国兵たちにも槍の切っ先を向ける。

 

 

それは、ヴォーリアバニーを主体とした、混成戦闘団であった。

 

 

問題はその容姿である。

 

全ての者は、深緑を基準とした衣服に様々な塗料をつけて、陸自の迷彩っぽくしてあった。肌もドーランのように塗ってある。中には目だけ見えるよう頭を布やフードで覆っている者もいる。

 

髪を短くしたり、結ったりバンダナで覆う者もいる。

 

そして手には多くは槍を持っていたが、中にはよくわからない筒、黒い球など見慣れないものを腰にぶら下げていた。少なくとも、今まで日本人が接した中の情報にはない物だ。

 

そして動作もかなり訓練された様子である。

 

耳を常に四方八方に向けて警戒している。

 

そしてある人物が歩いてくると、周りの謎の者たちは一斉に敬礼した。

 

自衛隊や米国式の、挙手の敬礼で。

 

 

「どうよ、ある程度は片付いたみたいだね」

 

 

どうやらヴォーリアバニーの指揮官らしい。

 

 

「あ、貴女どこかでお会いしたかしら?」

 

 

ボーゼスが呟いた。

 

 

「おや、騎士団のお嬢様方じゃないか。そんな忘れられるとは悲しいね。アルヌスの食堂で働いていたんだがね」

 

 

そう、デリラである。

 

 

「まあ、あたいはあんた達のことをイタリカにいるときから監視していたけどさ」

 

 

そしてデリラはタバコを一本吸う。服装はあまり他の者と変わらなかったが、肩に『SAW』と書いてあった。

 

 

その様子を翡翠宮の中から観察していた特使と自衛官たちは驚愕した。

 

もちろん、彼女の服装、行動もだが、何より彼女が背負っていた武器が問題であった。

 

 

「な、なぜあの武器がここに……?」

 

 

正確な種類は分からないが、その独特のシルエットから武器の素人でも分かるものだった。

 

 

カラシニコフ銃。またの名をAK自動小銃。

 

 

世界で最も人を殺戮したと言われているあの銃である。

 

 

「おい、その娘をどうする気だ!?」

 

 

やっと出てきた菅原が尋ねたら。

 

シェリーは布で覆われ、一応保護されている。

 

 

「ん?何?あんたそんな趣味あんの?」

 

 

デリラが近づく。

 

 

「待ってください、スガワラ様は決して悪い人ではございません」

 

 

シェリーが涙を浮かべて懇願する。

 

 

「……ふーん、まあいいや。スガワラさんとやら、あたいらはある目的でここに来てる。それはあんたらをアルヌスまで送り届けるためだ」

 

「お前達は、何者だ?日本からの意向なのか!?」

 

「日本?違うね。あたいらはね、ある国を造ったんだよ。その国の名は……」

 

 

***

 

 

X(エックスレイ)Y(ヤンキー)Z(ズールー)、ご苦労」

 

 

加藤は気絶した隊員から鍵を取ると手錠を外す。

 

 

「加藤3佐、ご無事で何よりです。貴方の我が国への亡命が許可されました」

 

「それにしても、陸自も思ったほどじゃないですね」

 

「Y、調子に乗るな。こいつらが本気になれば俺たちじゃ敵わん。奇襲が成功したことと、S(特戦)がいなかっただけでも幸運だ」

 

 

加藤はYと言われる者に注意する。

 

そして加藤は3人の黒い戦闘員を連れて去ろうとした。

 

 

「加藤……てめえ……」

 

「そう言えばS(特戦)が1人いたな。さすがは伊丹、回復が早いな。だがテーザーガンの痺れは効いたろ?」

 

 

加藤はまだ動けない伊丹の隣に半立ちの姿勢になる。

 

 

「てめえ……なんだそのSAS(英国特殊空挺部隊)みたいな奴らは。『SAW』って部隊、自衛隊にはいねえぞ……」

 

 

それを聞いて加藤はほくそ笑む。

 

 

「そうだよ。自衛隊の部隊じゃない」

 

「それに……亡命とか言ったな……中国か?韓国か?ロシアか?」

 

 

しかし加藤は首を横に振る。

 

 

「お前だけには教えやるよ。この世界、異世界にある国さ。その国の名は……」

 

 

***

 

 

『ジパング。国名をジパングとする』

 

 

突如、よう●べやニ●ニ●、フェイ●ブックやつぶやきを投稿する世界中の有名なサイトにこのような動画が配信された。

 

 

『我々は、独立を宣言する。国名はジパングとする』

 

 

画面の向こうには、真っ白な制服姿の彼がいた。

 

元海上自衛官2等海佐、現海将補

 

草加拓海

 




自衛隊あるあるが揃いました。

怪獣
異世界召喚またはタイムスリップ
そしてクーデター

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