山の中で起きた戦闘から一日。
傷だらけの女はお袋によって手当てを施され、今は客人用の部屋ですやすやと眠っている。
昨日は色々あったけど、その中でも俺はお袋をスゲェと思った⋯⋯。
だってよ、突然自分の息子が知らない女をおぶって連れてきて、『こいつを助けてくれ!』なんて言ってくるんだぞ?
普通は思考停止するぜ?俺だってする自信がある。
でも、お袋は最初は戸惑ったものの、直ぐに迅速な対応をしたんだ。
元々お袋は看護の道を歩んでいたそうで、そのお陰でもあると思う。
まあ⋯⋯それでも中々出来る事じゃねぇと思うけどな。大した行動力と判断力だよ、お袋。
俺は現在買い物中のお袋に尊敬の念を抱きつつ、客室に足を運ぶ。
大分体調が落ち着いてきたから大丈夫そうだが、様子見だ。俺にはその義務と責任があるからな。
扉の前に着き、ノックしようか迷ったがそのまま中に入る。
相手は寝ているわけだし、必要ねぇか。
━━━と、思っていたが。
「女の子がいる部屋にノックもなしで入るのはどうかと思うにゃん」
聞いたことのあるこの声⋯⋯!
この部屋には俺とあの女しかいないわけで、つまりはそういうことだ!
俺は思わず大声を出してしまう。
「目が覚めたのか!」
「お陰さまでね。あの時は助かったにゃん、ありがとうね、坊や」
女は布団の上で上体だけ起こしてそう言った。
けど、こんなに早く目が覚めるなんてな!
お袋の話じゃもう一日は寝たきりだと思ってたんだが⋯⋯。こいつは凄まじい生命力だぜ。
「いや、こっちこそあの時は助かったぜ。ありがとな!俺は兵藤エースだ」
「ううん、お礼をされる程じゃないにゃん。━━━私は黒歌。よろしくねエース」
黒髪の女━━━黒歌と自己紹介を済ませる。
目覚めて早々悪いが、俺には聞きたいことが山ほどあるんだ。
あの翼を生やした奴らのこと。
奴らに追われていた黒歌自身のこと。
そして、この世界について。
しかし、俺が尋ねようとする前に黒歌が先に口を開いた。
「ねえ⋯⋯君は、一体何者?」
自己紹介の雰囲気とは一転して、俺を見定めるように真剣な眼差しだった。
「何者も何も、見ての通り俺はただの子供だぜ」
「“ただの子供”⋯⋯で片付けられないにゃん。あの炎もそう。何より、戦いに慣れていたように見えたにゃ」
「⋯⋯あの時見てたのか」
気絶してるかと思ったら、ちゃっかり意識があったのかよ。
んじゃ、今更隠したところで意味はねぇか。
だからって全部を晒すつもりはないけどよ。
俺は自身について、黒歌にある程度話した。
生まれつき炎が出せることや、傷だらけの黒歌と遭遇するまでの経緯とか━━━。
因みにポートガス・D・エースの頃の話は伝えていない。
伝える必要がねぇからな。それに、信じてもらえるかも怪しい。
「次はお前の番だぜ?俺だけに喋らせるなんて不公平だ」
「わ、わかったにゃん⋯⋯」
俺がそう促すと、黒歌は躊躇うように口を開けたり閉じたりを繰り返す。
それから目を瞑って深く息を吐き、ゆっくりと打ち明けた。
「実は━━━」
▽▼▽
「⋯⋯」
「⋯⋯」
暫し無言の時間。
黒歌は気まずそうに、そして罪悪感に押し潰されそうな顔で俺をチラチラ見てくる。
俺は別に怒ってる訳でも、恨んでる訳でもない。
ただ、情報の整理に忙しいだけだ。
“悪魔”という種族。
あの四人組のうちの一人は悪魔と名乗っていた。
⋯⋯同じく、俺の目の前にいる黒歌もな。
そして、そんな黒歌が狙われていた理由。
それは、仕えていた主人を殺したからだそうだ。
凶悪な指名手配犯、“はぐれ悪魔”として討伐対象になっていると⋯⋯。
俯く黒歌に、俺は声を荒げる訳でもなく、静かに問いかけた。
「殺した理由、聞いてもいいか?」
黒歌は小さく頷き、か細い声で答える。
「⋯⋯妹を、守るためにゃん。殺すのは間違ってると思うけど、それでも⋯⋯お姉ちゃんは守らなきゃいけないの⋯⋯」
「妹がいるのか?」
「うん⋯⋯丁度エースくらいの歳で、自慢の妹にゃん。でも━━━」
懐かしむようにそう言って、黒歌は瞳からポタポタと涙を流す。
「もう⋯⋯会えない。あの子の事を思ってやったことが、逆に苦しめる結果になったにゃん⋯⋯ッ!⋯⋯私は、最低なお姉ちゃんだ⋯!」
両手で目元を抑えても溢れる涙。
俺にはその涙が、凶悪な指名手配犯からでるものとは到底思えなかった。
⋯⋯部外者の俺が口出しなんてするべきじゃないんだが、1人の兄貴としてこれだけは言わせてもらうぜ。
「お前は最低なんかじゃねぇよ」
「⋯⋯え?」
潤んだ目で俺を見てくる黒歌。
俺は構わずにそのまま続ける。
「確かに、殺しは罪だろうな。何があってもそれは変わらねぇ。⋯⋯けどな、妹の為に涙を流せるお前が最低だなんて、俺は思わないぜ」
「で、でも⋯⋯!」
「これでも俺は人を、いや悪魔か?まあ、それなりに見る目はある方だ。だから保証するぜ━━━黒歌は妹思いのいい姉貴だよ」
その後に、“ガキの俺に言われても説得力ないだろうけどよ”、と苦笑しながら付け加えた。
俺だって少しは黒歌の気持ちは分かる。
だからこそ、俺なりの考えをぶつけてみたけど⋯⋯流石に余計なお世話だったか?
嗚咽を漏らしながら、今も尚涙を流し続ける黒歌。
お、おいおい。なんか更に泣いてねぇか⋯⋯?
別に責めた訳じゃないんだが。
「わ、悪い。今のは忘れてくれ。所詮はガキの言葉だからよ」
「ち、ちがっ⋯⋯これは⋯⋯う、うれしくて⋯⋯!」
それだけが辛うじて聞き取れた。
それ以外は嗚咽と混じって殆ど聞き取れなかった⋯⋯。
俺は黒歌を落ち着かせようとするが、あまり効果がない。
こういう時、ガキの頃の俺はルフィをどうやって宥めたっけか?
⋯⋯あー、大半が怒鳴り散らしてた記憶しかねぇな。
━━━━いや待て、一度だけまともなのがあった。
俺はボロボロと泣いている黒歌の側に寄って、手を伸ばし、頭の上にポンと乗せてやる。
「⋯⋯!」
一瞬ビクッと体を震わせたが抵抗はない。
俺はそのまま、コイツが泣き止むまで頭を撫で続けることにした。
▽▼▽
「さ、黒歌ちゃん。遠慮しないでたくさん食べてね」
「は、はい⋯⋯どうも。頂きます」
「頂きまーす!」
テーブルに並べられる料理の品々。
落ちるんじゃないかと思うほどの量に、黒歌は若干引き気味になってる気がする。
言っとくけど、これでもまだ少ない方だぞ?と思いつつ、俺は手近にある料理から口に放り込んでいく。
まあ、取り敢えずは悪魔だ指名手配犯だ、なんてことは置いておくことにした。
腹が減っては何とやらって言うしな!
そうそう、あとこの状況についてだが━━━。
黒歌は直ぐにここから立ち去ろうとしたけど、偶然買い物から帰ってきたお袋と玄関でばったり遭遇。
当然、怪我人である黒歌を行かせるわけもなく、お袋によってこの場に留まってる。
そんな感じだ。
お袋はそういうの、放っておけねぇんだよ。
捨て犬から始まり、捨て猫、怪我した鳥、そして今度は怪我した人━━━悪魔か⋯⋯。
まったく、お袋らしいぜ。
そんなこんなで飯の時間は終わった。
今はリビングでお袋と黒歌が向かい合い、俺はそれをソファに座って眺めている。
「エースから聞いたわ。黒歌ちゃん、災難だったわね⋯⋯。複数人に襲われるなんて怖かったでしょうに。本当に警察に通報しなくて良かったの?」
お袋にはそう説明しておいた。
悪魔云々を言ったところで、混乱させるだけ。状況的には合ってるから問題はねぇよな。
「はい、私は大丈夫です。こうして元気になったわけですし⋯⋯本当に、ご迷惑を掛けました」
「じゃあ、ご両親に連絡は?」
お袋が優しく問いかける。
黒歌は少しの間沈黙し、こう答えた。
「両親は⋯⋯もういませんので」
「っ、ごめんなさい⋯⋯そうとは知らず!でも、親戚の方なら━━━」
しかし、黒歌は首を横に振った。
嘘、冗談⋯⋯そんな考えが過ることはない。
逆に、いるなら見てみたいもんだ。今の黒歌の⋯⋯悲しみに満ちた顔を見てな。
言葉を失ったお袋は目に涙を浮かべ、黒歌を優しく抱き締めた。
「えっ、あ、あの」
「黒歌ちゃん⋯⋯黒歌ちゃんさえ良ければ、この家で暮らさない?」
「⋯⋯え⁉で、でもそんな⋯⋯」
突然の提案に黒歌は戸惑う。
お袋は更に強く抱き締めるが、包み込むような安心感を感じさせる。
「こんなに若いのに⋯⋯辛かったわね。もう、我慢しなくていいの。あなたは頑張ったわ⋯⋯!」
「ぁ⋯⋯」
そして、黒歌も静かに涙を流した。
今まで張っていたもの全部が、切れちまったんだろう。
力じゃない別の強さ⋯⋯か。
ホント、お袋には敵わねぇな。
▽▼▽
━━━いいのだろうか。
私ははぐれ悪魔。討伐されるべき存在。
本当なら、ここで突き放すべきだ。
そうしなければ、今度はこの家族まで巻き込んでしまうかもしれない。
でも⋯⋯⋯でも、この温もりを味わってしまったら、そこに浸りたくなる。
久しく忘れていた、母の温もりに。
ダメだと頭では分かってる。
けど⋯⋯。
━━━少し、ほんの少しの間なら。
私は、幸せを得てもいいのだろうか?
あと1、2話でこの章は完結です!
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