火拳が転生しました。   作:しろろ

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4話 温もり

 

 

 

 山の中で起きた戦闘から一日。

 

 傷だらけの女はお袋によって手当てを施され、今は客人用の部屋ですやすやと眠っている。

 

 昨日は色々あったけど、その中でも俺はお袋をスゲェと思った⋯⋯。

 

 だってよ、突然自分の息子が知らない女をおぶって連れてきて、『こいつを助けてくれ!』なんて言ってくるんだぞ?

 

 普通は思考停止するぜ?俺だってする自信がある。

 

 でも、お袋は最初は戸惑ったものの、直ぐに迅速な対応をしたんだ。

 元々お袋は看護の道を歩んでいたそうで、そのお陰でもあると思う。

 

 まあ⋯⋯それでも中々出来る事じゃねぇと思うけどな。大した行動力と判断力だよ、お袋。

 

 俺は現在買い物中のお袋に尊敬の念を抱きつつ、客室に足を運ぶ。

 

 大分体調が落ち着いてきたから大丈夫そうだが、様子見だ。俺にはその義務と責任があるからな。

 

 扉の前に着き、ノックしようか迷ったがそのまま中に入る。

 相手は寝ているわけだし、必要ねぇか。

 

 ━━━と、思っていたが。

 

 

「女の子がいる部屋にノックもなしで入るのはどうかと思うにゃん」

 

 

 聞いたことのあるこの声⋯⋯!

 この部屋には俺とあの女しかいないわけで、つまりはそういうことだ!

 

 俺は思わず大声を出してしまう。

 

「目が覚めたのか!」

 

「お陰さまでね。あの時は助かったにゃん、ありがとうね、坊や」

 

 女は布団の上で上体だけ起こしてそう言った。

 

 けど、こんなに早く目が覚めるなんてな!

 お袋の話じゃもう一日は寝たきりだと思ってたんだが⋯⋯。こいつは凄まじい生命力だぜ。

 

「いや、こっちこそあの時は助かったぜ。ありがとな!俺は兵藤エースだ」

 

「ううん、お礼をされる程じゃないにゃん。━━━私は黒歌。よろしくねエース」

 

 黒髪の女━━━黒歌と自己紹介を済ませる。

 目覚めて早々悪いが、俺には聞きたいことが山ほどあるんだ。

 

 あの翼を生やした奴らのこと。

 奴らに追われていた黒歌自身のこと。

 そして、この世界について。

 

 しかし、俺が尋ねようとする前に黒歌が先に口を開いた。

 

「ねえ⋯⋯君は、一体何者?」

 

 自己紹介の雰囲気とは一転して、俺を見定めるように真剣な眼差しだった。

 

「何者も何も、見ての通り俺はただの子供だぜ」

 

「“ただの子供”⋯⋯で片付けられないにゃん。あの炎もそう。何より、戦いに慣れていたように見えたにゃ」

 

「⋯⋯あの時見てたのか」

 

 気絶してるかと思ったら、ちゃっかり意識があったのかよ。

 んじゃ、今更隠したところで意味はねぇか。

 だからって全部を晒すつもりはないけどよ。

 

 俺は自身について、黒歌にある程度話した。

 生まれつき炎が出せることや、傷だらけの黒歌と遭遇するまでの経緯とか━━━。

 

 因みにポートガス・D・エースの頃の話は伝えていない。

 伝える必要がねぇからな。それに、信じてもらえるかも怪しい。

 

「次はお前の番だぜ?俺だけに喋らせるなんて不公平だ」

 

「わ、わかったにゃん⋯⋯」

 

 俺がそう促すと、黒歌は躊躇うように口を開けたり閉じたりを繰り返す。

 それから目を瞑って深く息を吐き、ゆっくりと打ち明けた。

 

「実は━━━」

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

 暫し無言の時間。

 

 黒歌は気まずそうに、そして罪悪感に押し潰されそうな顔で俺をチラチラ見てくる。

 俺は別に怒ってる訳でも、恨んでる訳でもない。

 

 ただ、情報の整理に忙しいだけだ。

 

 “悪魔”という種族。

 あの四人組のうちの一人は悪魔と名乗っていた。

 ⋯⋯同じく、俺の目の前にいる黒歌もな。

 

 そして、そんな黒歌が狙われていた理由。

 

 それは、仕えていた主人を殺したからだそうだ。

 凶悪な指名手配犯、“はぐれ悪魔”として討伐対象になっていると⋯⋯。

 

 俯く黒歌に、俺は声を荒げる訳でもなく、静かに問いかけた。

 

「殺した理由、聞いてもいいか?」

 

 黒歌は小さく頷き、か細い声で答える。

 

「⋯⋯妹を、守るためにゃん。殺すのは間違ってると思うけど、それでも⋯⋯お姉ちゃんは守らなきゃいけないの⋯⋯」

 

「妹がいるのか?」

 

「うん⋯⋯丁度エースくらいの歳で、自慢の妹にゃん。でも━━━」

 

  懐かしむようにそう言って、黒歌は瞳からポタポタと涙を流す。

 

「もう⋯⋯会えない。あの子の事を思ってやったことが、逆に苦しめる結果になったにゃん⋯⋯ッ!⋯⋯私は、最低なお姉ちゃんだ⋯!」

 

 両手で目元を抑えても溢れる涙。

 俺にはその涙が、凶悪な指名手配犯からでるものとは到底思えなかった。

 

 ⋯⋯部外者の俺が口出しなんてするべきじゃないんだが、1人の兄貴としてこれだけは言わせてもらうぜ。

 

 

「お前は最低なんかじゃねぇよ」

 

 

「⋯⋯え?」

 

 潤んだ目で俺を見てくる黒歌。

 俺は構わずにそのまま続ける。

 

「確かに、殺しは罪だろうな。何があってもそれは変わらねぇ。⋯⋯けどな、妹の為に涙を流せるお前が最低だなんて、俺は思わないぜ」

 

「で、でも⋯⋯!」

 

「これでも俺は人を、いや悪魔か?まあ、それなりに見る目はある方だ。だから保証するぜ━━━黒歌は妹思いのいい姉貴だよ」

 

 その後に、“ガキの俺に言われても説得力ないだろうけどよ”、と苦笑しながら付け加えた。

 

 俺だって少しは黒歌の気持ちは分かる。

 だからこそ、俺なりの考えをぶつけてみたけど⋯⋯流石に余計なお世話だったか?

 

 嗚咽を漏らしながら、今も尚涙を流し続ける黒歌。

 

 お、おいおい。なんか更に泣いてねぇか⋯⋯?

 別に責めた訳じゃないんだが。

 

「わ、悪い。今のは忘れてくれ。所詮はガキの言葉だからよ」

 

「ち、ちがっ⋯⋯これは⋯⋯う、うれしくて⋯⋯!」

 

 それだけが辛うじて聞き取れた。

 それ以外は嗚咽と混じって殆ど聞き取れなかった⋯⋯。

 

 俺は黒歌を落ち着かせようとするが、あまり効果がない。

 こういう時、ガキの頃の俺はルフィをどうやって宥めたっけか?

 ⋯⋯あー、大半が怒鳴り散らしてた記憶しかねぇな。

 

 ━━━━いや待て、一度だけまともなのがあった。

 

 俺はボロボロと泣いている黒歌の側に寄って、手を伸ばし、頭の上にポンと乗せてやる。

 

「⋯⋯!」

 

 一瞬ビクッと体を震わせたが抵抗はない。

 俺はそのまま、コイツが泣き止むまで頭を撫で続けることにした。

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

「さ、黒歌ちゃん。遠慮しないでたくさん食べてね」

 

「は、はい⋯⋯どうも。頂きます」

 

「頂きまーす!」

 

 テーブルに並べられる料理の品々。

 落ちるんじゃないかと思うほどの量に、黒歌は若干引き気味になってる気がする。

 

 言っとくけど、これでもまだ少ない方だぞ?と思いつつ、俺は手近にある料理から口に放り込んでいく。

 

 まあ、取り敢えずは悪魔だ指名手配犯だ、なんてことは置いておくことにした。

 腹が減っては何とやらって言うしな!

 

 そうそう、あとこの状況についてだが━━━。

 

 黒歌は直ぐにここから立ち去ろうとしたけど、偶然買い物から帰ってきたお袋と玄関でばったり遭遇。

 

 当然、怪我人である黒歌を行かせるわけもなく、お袋によってこの場に留まってる。

 そんな感じだ。

 

 お袋はそういうの、放っておけねぇんだよ。

 捨て犬から始まり、捨て猫、怪我した鳥、そして今度は怪我した人━━━悪魔か⋯⋯。

 

 まったく、お袋らしいぜ。

 

 

 

 そんなこんなで飯の時間は終わった。

 今はリビングでお袋と黒歌が向かい合い、俺はそれをソファに座って眺めている。

 

「エースから聞いたわ。黒歌ちゃん、災難だったわね⋯⋯。複数人に襲われるなんて怖かったでしょうに。本当に警察に通報しなくて良かったの?」

 

 お袋にはそう説明しておいた。

 悪魔云々を言ったところで、混乱させるだけ。状況的には合ってるから問題はねぇよな。

 

「はい、私は大丈夫です。こうして元気になったわけですし⋯⋯本当に、ご迷惑を掛けました」

 

「じゃあ、ご両親に連絡は?」

 

 お袋が優しく問いかける。

 黒歌は少しの間沈黙し、こう答えた。

 

「両親は⋯⋯もういませんので」

 

「っ、ごめんなさい⋯⋯そうとは知らず!でも、親戚の方なら━━━」

 

 しかし、黒歌は首を横に振った。

 嘘、冗談⋯⋯そんな考えが過ることはない。

 逆に、いるなら見てみたいもんだ。今の黒歌の⋯⋯悲しみに満ちた顔を見てな。

 

 言葉を失ったお袋は目に涙を浮かべ、黒歌を優しく抱き締めた。

 

「えっ、あ、あの」

 

「黒歌ちゃん⋯⋯黒歌ちゃんさえ良ければ、この家で暮らさない?」

 

「⋯⋯え⁉で、でもそんな⋯⋯」

 

 突然の提案に黒歌は戸惑う。

 お袋は更に強く抱き締めるが、包み込むような安心感を感じさせる。

 

「こんなに若いのに⋯⋯辛かったわね。もう、我慢しなくていいの。あなたは頑張ったわ⋯⋯!」

 

「ぁ⋯⋯」

 

 そして、黒歌も静かに涙を流した。

 今まで張っていたもの全部が、切れちまったんだろう。

 

 力じゃない別の強さ⋯⋯か。

 ホント、お袋には敵わねぇな。

 

 

 

 

 ▽▼▽

 

 

 

 

 ━━━いいのだろうか。

 

 

 私ははぐれ悪魔。討伐されるべき存在。

 

 本当なら、ここで突き放すべきだ。

 そうしなければ、今度はこの家族まで巻き込んでしまうかもしれない。

 

 でも⋯⋯⋯でも、この温もりを味わってしまったら、そこに浸りたくなる。

 久しく忘れていた、母の温もりに。

 

 ダメだと頭では分かってる。

 

 けど⋯⋯。

 

 

 ━━━少し、ほんの少しの間なら。

 

 

 私は、幸せを得てもいいのだろうか?

 

 






あと1、2話でこの章は完結です!

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