これは【GGO】であって、【MGS】ではない。   作:駆巡 艤宗

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Episode67 疎外感 〜Alienation〜

「くそ……!!そういう事かよ……!!」

 

そんな悪態が、土煙の中から聞こえてくる。

その真ん前に対峙したタスクは、その声がした方向を、ずっと見つめていた。

 

「くっ……!」

 

するとそのうち、もはや見なれた二つの剣が見えてきて、その後、ゆっくりと黒の剣士が見えてくる。

 

その剣士は、顔は厳しそうにゆがめられてはいるものの、目はまだ戦意に満ち溢れていた。

 

「……はは、いい……ですねぇ」

 

その顔を見て、そしてその姿を見て、タスクは笑みを保ったまま、武者震いをする。

 

だんだん蘇ってくる。

あの時、あの世界での色んな記憶が。

 

その記憶は、全部が全部いい思い出ではない。

忘れてしまいたい、あるいは、本来忘れてしまわければならない記憶だって存在する。

 

ただ、今この場に限っては、その全ての思い出が懐かしく、そして恋しく感じていた。

 

「……やっぱり、ダメだぁ……はは……」

 

するとタスクは、独り言を呟きつつ刀を前へと出す。

 

「ごめん……アユム、僕……」

ジャリッ……

 

その次に、足を仁王立ちにし、前に出した刀を体の中心に持ってくる。

 

そして……

 

「出す……よ、本気を」

 

キリトをぎらりと睨んで、そう言い放った。

 

笑みは保っている。

……が、明らかに先ほどと違う気迫がそこにはあった。

 

「へへ……そうこなくっちゃ……なぁ!!」

 

もちろん、その宣言を聞いたキリトは、その言葉に笑って返す。

2人の死闘は、これから本番のようだった。

 

 

本当は、すごく応援したい。

頑張れ、と声援を送りたい。

 

だけれど、それがなぜかできない。

 

当たり前だ。

皆、応援しているのはキリトなのだ。

いきなり現れたタスクなんて、嫌悪の対象にすらなりえる。

 

でも、それをできない理由にするのは、単なる逃げであることも自分が一番よく分かっている。

 

じゃあ、声援を送れるのかと聞かれると、どうしても躊躇いが出てしまう。

 

「……!」

 

そんな葛藤の最中、シノンは、彼らの死闘を見つめていた。

 

正直言うと、彼女は度肝を抜かれていた。

キリトの剣の腕はBOBで嫌という程見せられたものの、タスクの剣の腕は見たことがなかったからだ。

 

しかもそれが、キリトと互角に渡り合っているはおろか、少し上回っているようにも見えてしまう。

 

タスクの強さは、シノンはよく知っている。

ただそれは、GGO……つまり、銃の世界でのみだと思っていた。

 

「……!!」

 

……でも、よく考えてみれば確かにな、と納得も出来る。

 

なんたって、タスクと店主はあのSAO生還者(サバイバー)

それはキリトやアスナ、リズやシリカとて同じかもしれないが、タスクと店主2人に関しては、ただその世界にいただけじゃなく、その()の世界に生きていた人達なのだ。

 

銃なぞもちろん存在しないあの世界で、なおかつその裏の世界で、生き残って帰ってきたというのは、やはり伊達ではなかった。

 

「……」

 

するとその時、シノンは急に、どこか「疎外感」のようなものを感じる。

 

タスクやキリトを始め、その周りにいる人達は皆、あらかたSAO生還者(サバイバー)であることに気づいたからだ。

 

……否、正確には、()()()した、からかもしれない。

 

これに関しては、リーファもシノンと同じ部類に入る。

だがしかし、リーファにはキリトの義妹という、とてつもなく強力な枠組みが存在するのだ。

 

じゃあ、私は一体……と、シノンは思考を巡らせる。

 

タスクや店主は、自分にすごく良くしてくれる。

でもそれは、GGOの仲間としてであって、数年前に同じ境遇に閉じこめられた、いわゆる「被害者」としての絆には到底及ぶものでは無い。

 

それに、さっき少し気になったリーファでさえ、大きな括りで言えば「被害者」なのだ。

命を懸けたデスゲームに、大切な家族を何年も囚われるというのは、ある意味で「戦い」であるし、それを耐え抜いたのだから、少し劣るとしてもキリトらSAO生還者(サバイバー)に肩を並べることはできる。

 

そうして、じゃあ、私は……と、また思考が回帰してきたのだった。

それも、先ほどより重たく暗い感情と共に。

 

「……!!」

 

だんだん、じんわりと、シノンを暗い感情が包んでいく。

反射的に下を向いて、手を握りしめてしまう。

 

情けない、と自分でも思う。

自分の考えすぎだなんてことも、もちろん自覚している。

 

でも、でもやっぱり、どうしても、この気持ちは、止めれそうになかった。

 

……するとその時。

 

「シノンさん?」

「……っ!!」

 

聞き慣れたのほほんした声が、シノンの上から降ってきた。

 

「……!!」

「どうかしたかい?大丈夫?」

 

……言わずもがな、店主である。

 

 

「へぇ……それ、もう出しちゃうんだ」

 

キリトが吹っ飛ばされ、タスクが本気宣言をし、辺りが騒然とする中、店主はひとりでにそう呟く。

 

もちろんその呟きは、誰の耳にも入らず、誰の興味も寄せ付けず、まるで存在しなかったかのように、風に呑まれて消える。

 

当然といえば当然だ。

どこのものとも知れない、どこかふわふわしている謎めいた獣耳おっさんの呟きなど、目の前で繰り広げられている死闘の前では価値を持てるわけないからだ。

 

「あの感じ……ふふ、ほんとに本気なんだね」

 

そして店主は、それをいいことにまた呟く。

その呟きは、もちろん、また風に呑まれて消えた。

 

タスクの本気、それは、ここ2年半ほどの間()()()()()()()()、タスクの全盛期の実力のことである。

 

全盛期とは、タスクが間違いなく最も強かった、「裏血盟騎士団」の時代のこと。

使う武器さえ違うGGOにいる時は絶対に現れない、タスクの内に棲む獣が、顔を見せる瞬間である。

 

その瞬間は、長い間彼のそばにいる店主でさえも、ほんの1、2回ほどしか見たことがない。

ただその希少さ故か、その瞬間はたとえ店主でも戦慄を余儀なくされるのだ。

 

実際、SAO時代に一度だけ、店主はタスクと本気で対峙したことがある。

だがその瞬間、足が竦んで動けなくなったのは、今でもいい思い出だ。

 

「……よく、見とくんだよ、シノンさん」

 

何気なく、店主はシノンに声をかける。

もちろん目は戦いから逸らさない。

 

でもそれは、店主も無意識に、逃げを求めたからかもしれなかった。

タスクの、たとえ対峙してなくとも感じられる、その気迫から。

 

……だが、珍しい事に、返事は帰ってこなかった。

 

「……シノンさん?」

 

シノンは、そんな事をするような人ではない。

 

それは、どんな仕事のどんな状況でも、何か言えば必ず律儀に返事を返してくるんだ、と、タスク……もといボスから聞かされるほどだ。

それにその律儀さは、普段の彼女の振る舞いからも、店主はよく分かっている。

 

でも実際、未だ返事は返ってこない。

店主は不思議に思って、はたとシノンを見る。

 

「……!!」

 

するとそこには、俯いて、ぎゅっと手を握りしめたシノンがいた。

 

「……どうかしたかい?大丈夫?」

 

店主は、いつもの優しさからか、そんな様子を見た瞬間、半ば反射的にそう訊ねる。

今度は戦いから目を逸らし、シノンをのぞき込むように見ていた。

 

シノンはしばらくした後、慌てて顔上げて、店主の顔を見上げてくる。

その時、彼女の目を見た店主は、その原因の全てを悟った。

 

「ああ……!」

「は、はい……?」

 

シノンを見つめたまま硬直する店主を、今度はシノンが顔を覗き込むようにして見る。

 

すると店主は、しばらくした後、はっと我に返って、にこりと微笑んだ。

 

「……ふふ、なるほどね、シノンさん」

「……?」

 

シノンは、そんな言葉と共に送られてくるその微笑みに、どこか嫌な予感を覚える。

 

毎度毎度のタスク関連の弄りが来る、と悟ったからかもしない。

 

 

 

 

 

 

……ただ、今回、この場に限っては、それも少し嬉しかった。




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