これは【GGO】であって、【MGS】ではない。   作:駆巡 艤宗

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Episode167 音声ファイル 〜Audio file〜

「……この部屋も、じきに解体が始まります」

「え……」

 

告別式の日の夜。

担当の倉橋医師と和人と一緒に、明日奈はユウキのいた部屋を訪れていた。

 

「メディキュボイドの中に蓄積されるデータは、ほとんどが取り出し不可なんです。患者の生活の全てがそこにある訳ですから、その……まあいわゆる、プライバシーの観点から、ですね」

「だから……」

「ええ、その通り。唯一アクセスが許された信用できる研究機関に、丸ごと引き渡します。そこでちゃんとした研究データ化されて、広く世に明け渡される訳です」

「……」

「なんとも言えませんね……僕とて、長年通い詰めた場所だ」

 

ガラスに手を添え、少し寂しそうにする倉橋医師。

 

電灯はついておらず、全ての機械は電源が落とされ。

あくまでそこに、()()だけ。

 

明日奈は、その部屋をただただ見つめていた。

 

 

「お待たせ」

「ん、ああ、おかえり」

 

病院のロビー。

誰もいない、静まり返った空間のソファに一人座っていた和人は、明日奈の声で振り返った。

 

「お待たせしました」

「いや、全然」

 

後ろから歩いてきた倉橋医師にも、和人は会釈をする。

 

「んしょ……」

「大きな箱だな……」

 

明日奈は抱えていた箱をキリトの前の机に下ろし、キリトの向かいに座った。

倉橋医師は、その二人を正面に見れるように椅子を引っ張ってきて座る。

 

「これは、メディキュボイドのパーツ類です」

「え……!!」

 

中身が気になるのか、ソワソワするキリトを見て、倉橋医師が微笑んで話し出した。

 

「本来はご存知の通り、許されませんが、今回だけ特別に許可を出してくれたんです」

「す、すごい……」

「ええ……まぁと言っても、外装パーツとか、彼女が使用していたヘッドレストくらいですが……」

 

微笑む二人を見て、和人も思わず微笑む。

 

こんなことは、本来ならありえないことだ。

前述の通り、ユウキのメディキュボイドはかなりのレベルでの機密をもって扱われる。

 

外装パーツはおろか、ヘッドレストでさえも、普通なら触ることすらできないのだ。

 

「向こうの機関の中で、かなりこちらに譲歩した説得をしてくれた先生がいらしたみたいです。お名前は確か……」

「へ、へぇ……」

「あぁ、多中医師です。わざわざこちらに出向いて、これはいい、これはできない、と御指南いただきました」

「多中……医師。いつかお礼を言わなきゃだね」

「そ、そうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和人は、どこか()()()()()を感じていた。

 

 

その後、三人は並んで帰途についていた。

 

倉橋医師が、『ユウキくんの生活を支えてくれたお二人に感謝したい』と言って、飲み物を奢ってくれた流れから、帰り道が近くの駅までは同じ道だと分かったからであった。

 

黙って歩く三人。

沈黙がどこか寂しさを滲ませんとしたその時。

 

「私は……」

「「?」」

 

倉橋医師が、不意に呟くように話し出した。

 

 

 

 

 

 

「仮想世界の技術がアミューズメントととして世に出てよかった、SAOが起こってよかった……と、思っています」

 

 

 

 

 

 

「「!!」」

 

二人があまりにびっくりした顔をするので、倉橋医師は少しだけ苦笑いを見せる。

 

「ああ、いや。不謹慎であることは重々……!!」

「いえ……それはお気になさらず……」

「え……?」

 

慌てて弁明する倉橋医師とは裏腹に。

二人は不謹慎? はて、と言った顔を見せた。

 

「いえ、その……先生、以前は『アミューズメント用途で開発されたのが失礼ながら残念である』と仰っていたから……」

「あ、あぁ……あの時はどうもとんだ失礼を……」

「いやいやそんな……!!」

 

ペコペコと頭を下げる倉橋医師を、二人も慌てて遮る。

 

「……ただ」

「「?」」

「私はあなた方お二人を見て考えを改めたのです」

「え……」

 

すると。

倉橋医師は立ち止まって二人を正面から見つめる。

 

二人も少し遅れて立ち止まると、振り返って向き合った。

 

「よくよく考えたのです。もし、仮想世界技術が以前の私がいうように政府主導で最初から医療目的で開発されていたら……?」

「「……」」

「そもそもユウキくんが、あそこまで生き生きすることはなかった……。我々医師陣の予想をはるかに超える頑張りを引き出すことはできなかったでしょう。何故ならそこに()()()()()()()()()()だろうから」

「「!!」」

 

倉橋医師の言わんとすることは、二人には十分理解できた。

 

そもそもアミューズメントとして世に出ていなければ、二人はユウキと出会うことはおろか、仮想世界の存在すら知らなかっただろう。

 

ユウキにしても、あそこまで仲間やファンに囲まれ、輝くことはなかったし、頑張る意味さえ見つけられなかったかもしれない。

 

「それにもしそうであったとしたら、上の人間はあの技術の危険性ばかり注視して、決して世の中に出さないでしょうね。そのうち技術の取り合いも起こり得ました」

「なる……ほど」

「だからあの……茅場は、アミューズメントとして、仮想世界技術を大成させたんだと思います。ザ・シードを和人くんに託したのも……」

「……」

「仮想世界技術を誰もが手が届くところにおいておくことにより、それそのものの価値を下げたんです。そしてその取り合いを未然に防いだ」

「……」

「そしてそれが回り回ってユウキくんと皆さんを繋げたんです。終末期医療という、狭い狭い世界から、広く大きな世界へと……」

 

そう言って、倉橋医師は夜空を見上げる。

都会であるはずなのに、今日はどこか星がくっきり見えるような気がする。

 

「ただ……もちろん、危険性も必ず見なきゃいけない。想像がつかないほど大きな、そして計り知れない、危険を……」

「……だから、ですね」

「ええ」

 

和人は同じく夜空を見上げながら。

倉橋医師の言葉に頷き、拳を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、茅場は自分の夢に乗せて、あの事件を起こしたんだ…………SAO事件を」

 

 

それから数時間後。

明日奈はやっと帰宅し、自室の窓から空を見上げていた。

 

手元にあるのはUSBメモリ。

 

「……聞こうか、な」

 

重い腰をあげ、PCに差し込んでヘッドフォンをつける。

 

このUSBメモリは、倉橋医師から直接手渡されたものだった。

 

『ユウキさんからです』

『自宅で、一人で、聞いてほしいそうです』

 

たった二言だけで渡されたこのUSBメモリは、彼女にとってかなり重たいものだった。

 

抑えている感情が、爆発しそうな……そんな予感がする。

でも聞かない訳にはいかない。

 

中にあったのは音声ファイル。

『聞いてほしい』というから、なんとなく予想はついている。

 

カーソルを合わせ、カチリ。

読み込みのサークルがクルクル。

 

……そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アスナ…………大丈夫。また、会えるよ。約束する。必ず、会える、よ!!!!』

 

 

 

元気な彼女の途切れ途切れの声が、明日奈の心を解放した。




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