これは【GGO】であって、【MGS】ではない。 作:駆巡 艤宗
桜散る、4月初めての土曜日。
時刻は午後3時を回ろうとしている。
丘陵の上のカトリック教会。
小さな人だかりが点々と。
その輪から少し離れた建物陰のベンチ。
そこには二人の女性が腰掛け、空を眺めていた。
栗色の長髪、明日奈と。
黒いワンピースのシウネー……もとい
「……」
「……」
桜が舞う中、二人は静かに彼女……ユウキに思いを馳せる。
実感が湧かない……というよりかは、今もまだ……そばにいてくれているような。
どこかふわふわとした感情を抱えている。
……その時。
「「……?」」
二人は一人の足音が背後から近づいてくるのを感じた。
「……どうも」
「は、はい……?」
声を掛けられたので、思わず揃って振り返る。
するとそこに立っていたのは、一人の青年。
背丈こそ低めなものの、肩幅が広い、がっちりとした体躯。
歳もほぼ同じだろう。
顔は整っていて、目は黒く深い。
浮かべている優しげな微笑みは、二人の心を見ているような……。
言わずもがな。
二人は信じがたいが察する。
この人が、あの……。
「初めまして……
✣
「……タスクくんは、どう考えるの?」
それからしばらくして。
お互いの現実での自己紹介や、彼女との思い出話に花を咲かせた後。
不意に、明日奈が祐にそう問うた。
「どんな風に……何を、ですか」
「その……何というか……」
あまりにざっくりしていたからか、祐が少し戸惑う。
……しかし流石の彼。
それとなく察すると、ゆっくりと話し出す。
それはおそらく、彼の経験からすると、この出来事はどう映るのか。
そしてどう受け止め、どう考えるのか。
「あぁ、まぁ……」
「……!!」
「確かに、友人の死は辛いです。でも……」
言葉を詰まらせ、空を向く祐。
そんな彼を見つめる二人。
「でも。その死の
「
明日奈は視線を地面に落とし、少しだけ思案に耽る。
施恩も同じく、どこか考え顔だ。
祐は、そんな彼女らを見つつも話を続ける。
「確かに彼女は、あのまま生きていればアスナさん達のかけがえのない親友、戦友になっていたでしょう」
「!!」
「VRMMO界にも、革命を起こせたはずです。特にALOのような、肉弾戦のMMORPGではね」
「か、革命……!!」
『革命』、その言葉が二人の思い出とリンクする。
ユウキの戦闘に宿ったあの美しさと逞しさ。
そしてなんといってもそこから醸し出される強さ。
「……でも、彼女は亡くなってしまった」
「っ……」
「それは悲しいことです。僕も実はまだ、信じられない」
「タスクくん……」
黒い穏やかな目に、若干の悲しみが宿る。
「だから意味を、考えるんです。彼女がなぜ、命を落とさねばならなかったのか」
「……」
「そうするとね、ご存知ですか? 彼女の人生は、現代の最先端医療を少なくとも5年は推し進めた、という話を」
「……え?」
明日奈と施恩は驚いて祐を見る。
「僕の知り合いから聞いた話です。その人は医師で、主に仮想世界を応用した治療の研究に当たっている人なんですが……」
「……」
「その人が言うには、彼女の人生……つまり、どのように生まれ、どのように育ち、どのようにあの機械……メディキュボイドに入り、そこでどのように生きて、そして死に至ったのか。その全てが、もはや奇跡的、とも言えるほど貴重極まりないデータなんだそうです」
「奇跡的……な……」
「そしてそのデータは、あらゆる方面の研究に役立てられ、そしてそれが総合されると、進歩の度合いで言えば、少なく見積って、5年は軽く超えるんだそうです」
「す、すごい……!!」
ポカン、とした顔の明日奈と、目を落とし少し息をつく施恩。
そんな二人を見て、祐はまた微笑む。
「医療」という分野は、進歩がかなり早い。
それはただ単純に、「需要が尽きることがない」からだ。
ありとあらゆる知識、技術を持った人たちが。
莫大な資金を投じられ、誇りと重責を抱えて日夜邁進している。
そんな人たちが歩む道は、一年であっても壮大で、途方もない道のりだ。
それの5倍。
5年は5年でも、それは単なる5年とは比べようがない代物。
「だから、僕はこう考えています」
「!!」
「彼女は、彼女が単なる『戦士』であることをよしとしなかった」
「どういう……こと?」
祐の言葉に、二人は首を傾げる。
対して彼は、あくまで微笑みを崩さず続ける。
「『彼女は』、では無いかもしれません。神かもしれないし、もっと他の何かかもしれない。誰か、或いは何か、が、彼女を「素晴らしい人物」で終わらせられなかったんです」
「……」
「彼女が亡くなる……、その事によって、医療の進歩が5年は進んだ。考えてみてください。その革新的なデータは、様々な分野に役立てられているんです。その分野ごとに、患者さんがいらっしゃいます。複数の分野が必要な患者さんもいらっしゃるかもしれない」
「……」
「彼女の……ユウキさんのデータは、それら全ての患者さんを、救える可能性を秘めているんです」
「……!!!!」
こちらに向く祐の眼に、二人は今にも射抜かれんとしている獣のように息を詰まらせる。
「誰かあるいは何か、またもしかすると彼女自身は、彼女を、自らの命を賭けてたくさんの人の命を救った『本当の英雄』にしたんですよ」
「本当の……英、雄……!!!!」
二人の心に、確かにその言葉が響いた。
✣
「……あれ」
一方、和人である。
式が終わり、各々が各々の輪で話を咲かせる中。
彼は、少し離れる、と告げてからあまりに帰ってこない明日奈を気にかけて、キョロキョロしていた。
離れるとは言ったが、視界にあまりに映らない。
和人はだんだん気掛かりになってくる。
そうして周りを見回していると。
「……あ」
見覚えのある背中が、一人ベンチに座り教会を眺めているのを見つけた。
「あ、あの……」
「……おや、久しぶり」
寄って行って、声をかける。
その男は、和人を見るといつもの微笑みを見せ、少し嬉しそうに答えた。
ガタイのいい、のほほんとした雰囲気のその男。
……言わずもがな、店主、もとい多門である。
「……あ、あの」
「ま座りなよ、ほら」
「い、いやそんな」
「いーからいーから」
和人は、多門に腕を掴まれ座らされる。
さすが、と言うべきか力が強い。
それどころか、腕が全く痛くなかった。
あくまで簡単に、ストンと腰が落ちる。
「……お、俺、今……」
「大丈夫大丈夫、アスナさんなら、今シウネーさんと一緒にタスクくんと話してるよ」
「え……」
「ほら」
あくまで全てを見透かした多門は、微笑んで和人を見る。
多門が顎で示した先には、確かにベンチに座る三人の姿が。
「あ……」
「ね、大丈夫でしょ」
「……」
にっ、と微笑む多門に、和人は苦笑いで返すしかない。
「……それより」
「?」
すると、不意に多門の声が低く、真剣になった。
和人も思わず身構える。
「明日の『SJ2』。もしアスナさんがまだ……
「!!!!」
和人の顔が、一段と強ばった。
あとすこぉーしだけ、ユウキ編は続きます。
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