正義と剣製と白兎   作:健坊

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戦闘シーンを加筆修正 6/11


暗闇の中の希望

「ししししろうしゃん!!!」

「…緊張し過ぎだろ」

「だだだけけけどどどどどおおお!!!?」

「ベルくん…」

「落ち着けってベル。まだロキ・ファミリアは来ていないぞ」

「そうだぞベルくん!君にはもっと緊張するべき相手がもう近くに―――」

「ほーらヘスティア様、食後のデザートだぞ」

「やったぁ!わはーーい!!」

「…ちょろい」

 

三日後、ベルは神様を連れて酒場へと足を運んでいた。

理由はただ一つ。

アイズ・ヴァレンシュタインに礼を伝える為だ。

お膳立て、というわけではないがロキには(あいつに様付けなんて絶対しない)伝えてある。

あいつは特に気にするような素振りも無く手のひらを振って答えたに過ぎないが

一つだけ小言を挟んでいた。あいつは男女の区別がついているのか、はたまたついているからこそのなのか。判断に迷う。

なんにせよ、今晩ロキ・ファミリアは遠征の成功を祝うためにこの酒場に来ることが決定している。

なら、なにかのタイミングでベルが彼女に話しかけることも出来るだろう。

慌てるベルを横目に俺は少しばかり安堵していた。

これでベルは一歩前に進むだろう。男だから分かる…ということでは無いが、得てして男はこういう事を乗り越えると強くなる。

こめかみが痛む。

なんだろう?痛い、本当に痛い。また映像が流れてくる。ベッドの上で俺の胸に手をかざし、そして、自らの服を脱ぎ始める女性の―――

 

「ご予約のお客様!ご来店ニャー!」

 

噂をすれば…とやらだな。

ロキ・ファミリアが入店なされた。

さぁ、忙しくなるぞ。あのファミリアの多くは大食漢ばかりだ。しかも舌も肥えている。

下手な料理なぞ出せば一瞬でひき肉にされてしまうだろう。

 

「ふふ」

「―――んん」

 

いつぞやのハイエルフが流し目を寄越す。

なんだってんだ。

誤魔化すように咳払いを一つ。訝し気に俺を見上げるベルの視線が少し痛い。

まぁ、それはさておき。

この弟分は一体いつになったらアイズに話しかけに行くのだろうか…?

もうすでに1時間以上は経っている。既にヘスティア様は出来上がっている。いつも通りだ。

チラチラとアイズを盗み見るベルはどっからどう見ても不審者というか、ストーカーっぽいぞ。

目を白黒させながら体を左右に揺らし続ける不審なベルに声を掛けようと手を伸ばしたその時―――

 

「アイズ!そろそろあの話をみんなに披露してやろうぜ?」

「あの話?」

 

戸惑うようなアイズの声が聞こえる。

頬を染めてご機嫌なのは…ベートか?

 

「あれだよ!いつぞや逃がしたミノタウロスを5階層でお前が始末した話だよ!ほら、そん時居ただろうよ!真っ赤に熟れたトマト野郎がよぉ!」

「―――!!?」

 

俺の目の前で、息を飲んだ奴が居た。

体の筋肉が硬直し、玉の汗をかき始めている。

 

「笑っちまうぜ、如何にも駆け出しのひよっこがミノタウロスのくっせぇ血を浴びて真っ赤になったあげく。ピーピー悲鳴を上げてる様はなぁ!」

「ははは…」

「オチは助けた筈のうちのお姫様を見た瞬間にそいつ逃げ出しやがった!ヒャハハ!あんときはほんと腹が痛かったぜ!」

「やめろベート、耳障りだ。そもそも17階層であのミノタウロスを逃がしてしまったのは私達の責だ。それを酒の席で話すなど…恥を知れ」

「うっせぇ!雑魚は雑魚だ!あのダンジョンに潜ることを良しとした人間はなぁ、言い訳なんざ許されねぇんだ!よえぇ奴が悪い!弱さは罪だ!殺されても笑われても文句は言えねぇ!!」

 

弱い事が罪?馬鹿なことを、ベートのやつ…。

俺は厨房から店内に身を乗り出した。

視界の端に思い詰めた表情をしたベルが映る。

 

「弱いことが…悪い…」

「アイズ!おめぇはどう思うよ?例えばだ!俺とあのトマト野郎とどっちを選ぶ?おい!?」

「ベート、君酔ってるね?」

「聞いてんだよアイズ!てめぇはあの雑魚ガキに言い寄られたら受け入れるのか?そんな訳はねぇ、あり得るこっちゃねぇ!お前の隣に雑魚は居られねぇ!なにより、お前がそれを許さねぇ!!」

「―――くっ!」

「ベル!!?」

「ベルくん!!」

「待ってください!」

「今のは…あっ―――」

 

ベートの言葉の槍に耐え切れなくなったベルがカウンターから飛び出し、店の外へ走り出していった

彼の背中を追いかけるヘスティア様とシルと、アイズ?

 

「あぁ?なんだぁ?」

「ありゃ?今の子は衛宮が言ってた…?」

 

突然店内に響いた喧噪とは違う音に気を引かれた彼らは店の玄関に視線を送る。

そこでベートと目が合う。

俺の顔を認めたベートは一気に顔色を変えた。

 

「あんだ衛宮ぁ?その顔は、なんか文句でもあんのか?」

「あぁ、ある」

「なんだとてめぇ!」

「お前は他人を貶めて自分を上げようだなんて、男の腐ったことしやがって!」

「んだとクソガキィ!?」

「ガキはお前だ!誇り高き狼の一族がこんなことを!」

「あいつは!あのトマト野郎は命を助けた相手に礼も言わず悲鳴を上げて逃げた、ただの恩知らずだ!そんな奴を弱いと笑ってなにが悪い!」

「礼を言わなかったのは確かにあいつが悪い!ただそれでも、あいつを馬鹿にする理由にならない!」

「なるんだよ!あいつは冒険者だ!腐ってようが弱かろうが冒険者だ!なら言われる責ってもんがあんだよ!!」

「そんなの強い奴の言葉だ!強く在ろうとする奴に向けるもんじゃない!」

「てめぇ…聞いてりゃ好き勝手にベラベラと―――!!?」

 

堪忍袋の緒が切れたベートが俺に掴み掛ろうとしたその瞬間。

ロープで簀巻きにされたベートが店の天井からぶら下がった。

 

「調子に乗りすぎだ、なにより―――」

「てめぇリヴェリア!」

「少年に拳を上げるな」

「なっ…!!?」

「お前は少し反省しろ」

「士郎さん!」

「士郎くん!ベルくんが!」

 

くそっ!ベルのやつ、どこに行こうと言うんだ!

 

「ベート、落とし前はきっちりつけてやるからな!」

「なんだとこの野郎!?誰に口聞いてやがる!」

「お前だ馬鹿犬!!」

「犬じゃねぇ!狼だ!!」

 

馬鹿犬の事はとりあえず放っておこう。

まさかベルの奴、ダンジョンに…?

 

「くそ!ベル!」

 

馬鹿野郎!前に言っただろ!死地に飛び込むってことがどういうことか!

今あいつの頭の中はぐちゃぐちゃだ。羞恥と自責と後悔でもう収拾がつかない。

そんな中、モンスターに囲まれでもしたらあいつは…

戦場では冷静さを失ったやつから死んでいく。

戦いの最中、熱を持つことは悪ではない。だが、必ず俯瞰した目線を持たないといけない。

あり得ないことなんてあり得ないんだ。ベル、今お前は死にに行ってるようなもんだ。

させない。そんなこと絶対に。

お前は俺が守ってみせる。

 

初めてダンジョンに足を踏み入れる。

神の恩恵も受けずにダンジョンに入るなんて、ただの自殺志願者か頭のネジが吹っ飛んでるやつかのどちらかだ。

果たして自分はどっちにカテゴライズされるのか。リューは間違いなく後者だと言うんだろうな。

そりゃそうだ。散々指摘されてきた。お前は歪だ、おかしいと。誰の言葉かはやはり思い出せない。

自身から産み出されたものではない思いを抱えて溺死しろと、奴は言った。

あいつは今の俺を見て、そら見ろと嘲笑するか?

やはりアイツは何もわかっちゃいない偽善者だと、蔑むか?

そんな事があってたまるか。

俺は、ベルを助けたい。

頼りなくも優しい弟分を助けてやりたい。

出来ることなら教えてやりたい。強くなることと、力を付けることは必ずしも同義ではないんだと

人の事を言えた義理では無いが、ゆっくりでいいんだ。経験を力を、知恵を付けるのは

それこそ、歩くような速さで身に着けていけばいい。

お前が憧れる存在は、お前のそんな弱さを認めない。あぁ、そこだけはあの馬鹿犬と同意見だ。

ただ強くなりたい。

目指す場所へ、高きへ手を伸ばすだけじゃ足りないんだ。

絶対的な強者とは、圧倒的なまでの弱者を知るものの事だ。

まずは認めろ。ベル・クラネル。

お前は弱い。

だから、次の一歩を進めることができるんだ。

怖いなら、辛いなら、俺の背中について来い。

手を引いてやることなんてしないが、ただ示そう。俺が信じる強さの一端を。

 

ダンジョンに足を踏み入れて半刻。

数体のモンスター達を全力でスルーする。

今の俺ではけして敵わない敵だ。

まともに取り合ってはただ死ぬだけだ。

今はただ最速でベルのところへ!

 

「ウォーシャドウ―――!?」

 

ベルの悲鳴にも似た戸惑いの声が聞こえた。

ずっと走り続けて息が続かない。道中出くわしたモンスターはなんとかその身一つで切り抜けた

ダメージは0では無い。むしろ傷だらけになってしまった。

そりゃそうだ。こちとら防具なんて身につけちゃいないし、武器すらも持ち合わせていない。

それなのにダンジョンに来てしまった。潜ってしまった。

あの馬鹿垂れを連れ戻すために

 

「くそ!!」

「ベル!!」

「え―――士郎さん?」

「馬鹿!前っ!」

「え?あ!!?」

 

ウォーシャドウの爪が、ベルのナイフを弾き飛ばした。

クルクルと空中で回転しながら物理法則に乗っ取り、その刀身は俺の足元に刺さった。

瞬間、息を飲む。

ベルの息が絶えることを想像してしまった。

それはいけない。絶対に間違っている。

だってベルは、死ぬべき人間では決して無い。あんなくだらない喧噪が原因で命を落とすなんて

そんなのは絶対許せない。

そうだ

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ウォーシャドウがベルに追撃をかける。寸でのところでモンスターの爪を躱す。

しかし拙い。体勢が崩された、このままで数手でベルの命は摘み取られる。

助けなければ…ベルは尻もちをついてしまった。悲鳴は上げず、目前の敵を睨んでいた。

思わず駆けだした。俺には武器なんて無いし、防具も無い。しかしこの体がたった一度だけベルを守ろう。

そう思ったが、無意識に足元に手を伸ばして、刺さっていたナイフを力強く握り構えた。

なんだ、武器ならあるじゃないか

ナイフ。リーチは短く、攻撃力は期待できない。しかしその身の軽さで、手数で敵を圧倒しよう。

 

「はぁーー!」

「士郎さん!?駄目です来ちゃあ!」

「■■■■ーー!」

 

咆哮を上げて俺へとターゲットを変えたウォーシャドウ。

多少知性があるようで、武器を握る俺を脅威者として認めたのかその爪を振り上げる。

敵の攻撃を視認した瞬間、俺の時間が少しだけ止まった。

 

俺は一体なにをしている?ナイフなんて握って何をしている?

たしかに体は鍛えていたが、それは戦う為じゃない。

そう、衛宮士郎は戦う者では無い。馬鹿が、これじゃあほんとにただの自殺志願者だ。

一歩踏み出す。敵との距離はもう6Mは切っている。あと二歩踏み出せば間合いに入る。

しかし間合いに入ってどうする?このままではただ飛び込んであの爪に割かれておしまいだ。

どうする衛宮士郎、お前は戦えない。お前では戦えない。

今のお前では足りないから戦えない、今の俺では知らないから戦えない。

ならば―――

そう、ならば―――

この左手に握っているナイフに聞いてみよう。

 

出来ないことは無い筈だ。

刀身が短く、名称がナイフと呼称されていても剣は剣だ。

ならば不可能はあり得ない。ナイフよ、ベルのナイフよ。どうか俺に、お前の担い手を助ける力を貸してくれ!

 

同調開始(トレース・オン)!」

 

叫ぶ。全力で。言葉の意味なんか知らない。しかし発声した瞬間、衛宮士郎の体が変革する。

ナイフを持つ左手から新しい神経が生み出されて設置された。

否、恐らくこれはずっと此処に存在していたもの。当人が忘れてしまっていただけだ。

ナイフの担い手から戦闘経験を読み取り、書き換え、実行する。

『奴』と切り結んだ経験を、体が、魂が呼び起こす。ナイフの使い方はすでに学んだ。

足の運び方、手に込める力の割合。前後左右の体重移動

それらを統合し、整理し、凌駕し、実行する。

覚悟はいいか、影野郎。俺の弟分に手を出すな。

力んだ瞬間、ブチリと鼻の奥で血管が割れた。これは代償。

なにも知らない。なにも出来ないはずの衛宮士郎がなにかを守ろうと今を犠牲にした。

なにかとはベルの命。ならばベットするは我が命。

覚悟を決めた瞬間。止まっていた時間が動き出す。

 

黒爪が振り下ろされる。視認は出来る速度ではある。しかし体はどうだ?反応できるか?

思案は刹那、体捌きは一瞬。一呼吸の間で奴の懐に飛び込む。

武器はナイフ一振り。()()()ならば一撃の下に切り伏せれるだろうがそうは行かない。

手数を多く、奴に呼吸する間すら与えない連続攻撃を…。

しかし、それでは先に詰むのはこちらの方だ。ベルを探すために全力でダンジョン内を駆け続けた。

体力に不安があるのはこちらの方、ならばどうする?衛宮士郎はどう戦う。

踏み込んだ敵の懐の中から奴の胴が見える、がら空きだ!

左手を振り上げて奴の胸を切り裂く、しかし浅い。ならばと左足を地面に杭打つ。

打たれた杭を支点に体を反転、右足の踵を奴の顔面に叩き込む。

普通の人間ならばノックダウンの一撃だが奴はモンスター、耐久力は人とはダンチだ。

たたらを踏みながらも苦し紛れの反撃をバックステップで回避する。

 

体は動く、まだ動く。一向に落ち着かない呼吸音が耳障りだが気にすることはない。

問題は一撃の攻撃力だ。このままではじり貧。決定的に足りてないものがある。

どうする、どうする衛宮士郎。

左手に持つナイフを握る力を強める。その度に頭に流れ込んでくる映像。

来る日も来る日も届かない背中を、遥か向こうにある背中を追いかける少年の姿が見える。

白金の鎧、美しく強く強靭な背中だ。映像が重なる。

赤い外套を翻し、黒鎧を纏う大きな背中。()()()()()()()()()()()()

あいつも同じ。遠く、高い壁を乗り越える為に愚直に進むのだ。

歯を食いしばる。

要はタイミングが命だ。下手すればこの身は死滅する。強大な敵だ。

衛宮士郎は戦う者では無い。

しかしそれでも、今は剣を振るう者である。それすらも本質では無い。

足りないのなら他所から持ってくるのが●●●だ―――

決死の覚悟を抱いて飛び込む―――

 

再度振るわれる黒爪をナイフでいなしてその手を絡め取る。

そのままこちらに引き寄せる。前のめりになるモンスターの首を狙う。

振るわれた狂気はそのまま利用する。

奴は必殺の一撃を繰り出して態勢を立て直せない。

俺はその反動を利用して全体重をナイフに乗せて、敵の首を刈る。

決着はここに。

衛宮士郎は少年の夢を守って見せた。

 

「はっ!はっ!」

「士郎…さん?」

 

呆然と、彼は俺を見上げている。冒険者でもない俺がモンスターを単独で倒したことが認められないのか?

そんな間抜けな姿に一安心してしまうのは、どうやら御法度らしい。

ベルは顔を真っ赤にして噛みついてきた。

そこの追及は明日またということで…

 

「今日は、帰ろうベル。神様が待っている」

「えぇ、…はい。わかりました」

「もう、こんな真似はしないでくれ」

「士郎さん…。」

「だって見てみろよ、お互いボロボロだ。」

「そうですね…くたくたです」

「もう、こんな無茶はしないでくれよ」

「…はい」

「うん」

「士郎さん…?」

「どうした?ベル」

「僕は、強くなりたいです」

 

暗い暗い絶望の洞窟の中。

戸惑ったような笑顔を浮かべてそう希望を口にした。




一つの山がなんとか出来上がりました。
また一つ、士郎は自分を取り戻す。
それが良いか悪いか別として

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