正義と剣製と白兎   作:健坊

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Fate/stay night Ⅲ

悲劇ばかりが運命ではない。

歓喜ばかりが運命ではない。

しかしこの戦争に、喜びも悲しみも本当に必要だったのだろうか

誰もがその歪みに気づかずに、誰もがその歪みを指摘せず、

誰もがその歪みに希望を持って手を伸ばしてしまった。

復讐の完遂も、絶望からの脱出も、故国の救済も、

悪意でもってしか叶えられない奇跡はやはり、破滅しか無いのか。

 

正義の味方を志す少年の誓い。

偽物、贋作、借り物。

自分以外のナニかが無いと定義し切れないモノを胸に

それでも戦うと少年は誓った。

 

涙など見たくない。

泣き声など聞きたくない。

どうか笑って生きて少年は心を形にして戦うのだ。

全てが終わった時には姉の復讐を成就させるのも良いと思っていた。

自分が死んでしまったら悲しむ人は大勢居るだろう、そんなことは分かっている。

しかし自分が姉から養父を横取りしてしまったのだ。

その罪は居ない養父から受け継ぎ、自分が受け入れようと心に決めていた。

 

後輩が犯してしまった罪は、彼女の姉と自分と彼女自身の三人で清算しよう。

だってもう家族なんだから。

ずっと一緒に居たのだからそれが家族以外のなんだと云うのか。

司法によって裁かれるのか、魔術協会や、教会からの使者によって裁かれるのか

それは分からない。

悪意を持って裁くというのならそれらから守り、

善性を持って裁くのなら、そこに希望を持って受け入れよう。

 

 

 

―――そう、考えていた。

 

 

 

生誕されるこの世全ての悪を見過ごすわけにはいかない。

しかしまだ一行の道を阻むものが現れる。

間桐桜と共に現れていた影が、その触手を衛宮士郎達へ伸ばしていった。

反応が遅れた衛宮士郎を庇って、セイバーがその触手に捕まり、影の中へと引きづりこまれていった。

更に伸ばされた触手から逃れるようにライダーが宝具を発動させてなんとかその場は切り抜けたが

犠牲は余りにも大きかった。

傍から見ても分かる程狼狽える衛宮士郎。

自身の剣と誓ってくれた騎士、盾となると誓った騎士が自分を守るために消えていった

その事実がどうにも彼は認められない。

輝きを失った令呪は、そのまま音も経てずに衛宮士郎の手の甲からゆっくりと消えていった。

何度も令呪を発動させてセイバーを呼び寄せようとする彼を、

遠坂凛が一喝する。

彼女の脱落を認めさせ、今居る人間で桜を助けなければいけない。その為にも狼狽している時間など無い

アーチャーの言葉を思い出す。

自身の手から零れ落ちる命もある、と

こういう事か、と衛宮士郎は天を仰ぐ

自分が成熟した魔術師ならば、自分が未熟な魔術使いで無ければこうなってはいなかったのだろうか

そんな後悔は捨てて、衛宮士郎は進まなければいけない。

まだ彼の戦争は終了の鐘を鳴らしてはいないのだから。

 

頬を一発叩いて貰い、気を入れなおした士郎は更に洞窟の奥へと進む。

その先、妙に開けた場所に一人佇む間桐桜が彼らの到着を待っていた。

妄執に取りつかれていた自らの祖父を処分した間桐桜は笑っていた。

もう誰も、自分を虐める人間は居ない

だけど姉さんは先輩を独り占めしちゃうんでしょう?

今にも涙を溢しそうな顔をして、悲愴に濡れた彼女はそれは嫌だと声を荒げる

優雅な姉、可憐な姉、比べて地味な自分、愚鈍な自分、

何もかもが嫌だ、消えて無くなってしまえと、暴走した魔力を凶器へと変えて衛宮士郎…否、遠坂凛に向ける。

数多に出現する影を掻い潜り、間桐桜の元へと走る。

あの影は呪いだ、触れれば一たまりも無いのは一目瞭然だ。

徐々に追い詰められる衛宮士郎は一つの決断を下す。

 

固有結界の顕現

自身の心象世界で現実世界を塗りつぶす大禁呪

無限に剣を内包した世界

狙いは任意の対象の出現位置の調整

影は彼女が自由に産み出せる。しかし既に現れている影の位置を指定し道を作らせる

出現しようとしている影は剣弾にて封じて道の確保に努める。

猛然と駆け、間桐桜の元へと走る遠坂凛

そんな姉を見て、妹は笑った。

きっと自分は姉に殺される、姉妹としても魔術師としてもどちらも許されない業を背負ってしまったのだ

ただ裁くのが姉なら、なぜだかすとん、と納得してしまう。

殺してくれてありがとう、そう感謝を伝えようと口を開いて出た言葉は

 

 

 

「助けて、姉さん―――」

 

 

 

かっこいい姉に助けを求める一人の弱い妹の心からの祈りだった。

 

 

 

遠坂凛はそんな妹を抱きしめてもう大丈夫と背中を擦る

私は姉さんだから、妹を助けてあげる。

助けを求める妹の手のひらを優しく自分の手で包み込み、精いっぱいの強がりで微笑みかける

姉を笑顔を見た妹は、ポロポロと涙を溢して嬉しそうに笑い返して

遅いよ姉さん、と遅れたヒーローに文句を一つだけ投げつけた。

姉妹の逢瀬を祝福するように、この世全ての悪から産まれた影が二人にその手を振り下ろした。

 

死ね、死ね、殺せ、殺せ、

 

呪いが彼女達を蝕んでいく。

今の今まで笑い合っていた姉妹を嘲笑うかのように

悪意を持って祝福するこの世全ての悪

奴の祝福とは即ち【死】だ。

ようやく取り戻した姉妹の絆が、たかだか呪いなんぞに邪魔される

このままでは二人とも汚染された聖杯に取り込まれてしまう。

姉妹を母体とし、呪いが世界へ産み落とされてしまう。

許される?許されない?

 

「許されるわけ…ねぇだろ―――!!」

 

固有結界の維持に魔力の大半を持っていかれ、無茶な投影も繰り返し心身ともにボロボロだ。

だが、今ここで衛宮士郎が男の意地を見せなければいつ見せるというのか

痙攣ばかりでちっとも働いてくれない両脚に投影したナイフを刺して無理矢理起き上がる

もたもたしている時間等無い。一刻も早く姉妹をあの呪いの泥の中から出さなければ

しかしどうやって…あの泥を祓う為のもの、手段が思い浮かばない

焦りばかりが先に来る。

桜が操っていたあの影も次々と現れては姉妹までの道程を塞いでいく

影に包まれていく世界

恐怖と絶望が視界を染めていく、色は黒。

塗りつぶされてはもうなにも見れない、なにも出来ない

 

そしてまざまざと魅せられた。

いつだって絶望を打ち払うのは希望の光だと

極光が黒の世界をその色で切り払っていく

それは生命の本流、星の息吹そのもののようだ

 

「シロウ!はやく―――!」

 

「セイバー!!?」

 

影の中から半身を出して、彼女は聖剣を振るったのだ。

効力は全盛の半分以下、しかしこの状況では十分すぎる

見れば彼女の身体は聖杯の泥に汚染されかけている

霊基の三分の一は既に別なものに作り変えられている

清廉なる金髪もくすんでしまい、青のバトルドレスも、白銀の鎧も黒く染められつつあった。

しかし騎士王はそれでも自分の主への忠を捨てなかった

一体如何なる作用が働いたのかなど分からない。

ただ彼女は聖杯の泥なんぞに後れを取ることを良しとしなかった

未だ主らの戦いが終わらない中、自分一人脱落などあってはならないともがいていた

主との繋がりも切れたかと思った泥の中で、彼女は一筋の光を見た

令呪との繋がりだけではない、魔力供給の為の繋がりだけではない

もっと別な、もっと大事なところで、衛宮士郎とアルトリア・ペンドラゴンは繋がっている。

 

「シロウ、私は貴方の剣であり、貴方は私の鞘だ―――」

 

それを自覚した瞬間

大事な人を救おうとする自身の主を見た

聞くまでも無い、主が歩もうとする道を邪魔する輩は全て私が排する

魔力も既に尽きかけている、未だ現界している事がもう奇跡だ

しかしそれだけでは足りない。主の未来を、主の理想を私が守る為にあともう一度奇跡を起こすのだ。

振り上げた聖剣

この身体が泥に汚染されていようとも、この剣だけは未だその輝きを失ってはいない

その真名を謳い、聖剣は奇跡を起こして見せた。

 

「シロウ!鞘を――――」

 

本来の持ち主に返すべきだと思い、養父から授かったセイバーの鞘。

しかしそれはセイバーに断れた、きっとその鞘がシロウを救うからと

本当に、俺は何度セイバーに助けられるのか…そんな自嘲を攫って衛宮士郎は己の心を形にするのだった

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

五つの魔法すら受け付けない絶対結界を顕現する騎士王の鞘

たかが聖杯の呪いなど、それこそ一息で吹き飛んでしまうだろう

事実、姉妹を蝕んでいた呪いはその効力を失って消し飛んでいった

セイバーに礼を言う衛宮士郎、彼女は満足そうに微笑んで、その身を光の粒へと変えて消えていった。

鞘の力で聖杯とのパスも切れた桜、そして妹を守るためにその身を盾にしている凛

二人は気を失っていたが命に別状はないようだ。

安心した衛宮士郎は後の事は自身が受け持つと、ライダーに二人を預けて避難させた。

 

残るは聖杯の破壊のみ

関わった全ての人を不幸にしてしまう願望機など、破壊するべきだ

動かない脚を引きづるように聖杯の元へと進む衛宮士郎

そして待ち受けていたのは、言峰綺礼という名の神父であった。

 

彼は例え悪でしか在れない存在だとしても、産まれていないものを裁くことなど出来ない

全ての産まれ行く生命には祝福を

しかしそれは詭弁だ

誰しもを不幸にしてしまう生命などあってはならない

そしてこのままではあの後輩が笑って生きていけない

それは彼女の姉も同じことだ。

例えこの呪いを誰かが祝福しようとも

衛宮士郎は、衛宮士郎が目指す理想の為に、その呪いは破壊する

どこまで論議を交わしたところで平行線

ならば後は拳にて決着を―――

 

そして勝利した衛宮士郎はその理想を

自身が守りたい人を守る為に

その身体を剣として

この世全ての悪という名の呪いを切り払った。

 

残るものなど何も無い

戦いがあった

一人の少年が誓った、戦うという意思だけを残して

その剣戟は、いまは遥か遠く……




過去編終了
25話で終わらせる予定なのに終わるのだろうか…
いつもお付き合いありがとうございます。

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