正義と剣製と白兎   作:健坊

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Fate/stay night Ⅰ

―――聖杯戦争―――

 

それは七人の魔術師が、神話・伝説等に登場する英雄をサーヴァントとして召喚し、

あらゆる願いを叶えるという、究極の願望機である聖杯を巡るバトルロワイアルである。

七人の魔術師は偉業を成した英雄を英霊として召喚するにあたり、現代の降霊術では不可能である為

各クラスに当て嵌める事で彼らの格を下げる事によって成し得た奇跡である。

クラスは、

セイバー、

アーチャー、

ランサー、

ライダー、

キャスター、

アサシン、

バーサーカー。

それぞれのクラスに該当する英雄が、術者が持ち寄った触媒、又は縁に寄って召喚される。

 

衛宮士郎が引き当てたクラスはセイバー。

聖杯戦争において最優と謳われているクラスである。そう言われる理由は幾つかあるがここでは割愛する。

また、衛宮士郎がセイバーを召喚出来た理由も割愛する。

なんにせよ、衛宮士郎は魔術師ではあったが聖杯戦争の事等承知しておらず

どんな運命の悪戯か、彼は聖杯戦争と呼ばれる儀式に巻き込まれ、偶発的にセイバーを召喚して戦いに身を投じることとなる。

それは衛宮士郎が過去に負ったトラウマの原因を知ることとなり、

自身が目指す、正義の味方という理想の歪さ、現実を目の当たりにすることでもあった。

 

衛宮士郎の語る口はどこか軽く、そして省略されたものであった。

運命に出会った夜、

憧れていた女性との共闘、

級友との闘い、

どこか淡々と、熱など感じさせない語り口は聞いている者たちに不安を植え付けた。

リュー・リオンは思う。

これまで聞いた話も壮絶且つ、想像し辛いまるでおとぎ話のようなものだ。

しかしこれらは序章も序章、ただのあらすじに過ぎない。

彼、衛宮士郎が戦い抜いた聖杯戦争と呼ばれる儀式。

どれほど過酷なものだったのか。

と言うか、一度殺されてるってどういうことなのか?槍が心臓に刺さって破壊された?

絶命まではしていなかったから復元してその他もろもろを代用して誤魔化してなんとかなった?

多分士郎さんも分かってないまま喋ってるということは分かった。

別の世界から来たなんてそれこそ想像の埒外の話ではあるが、やはり士郎さんはあっちでもこっちでも変わらないということだ。

そしてそんなロープ一本で対岸を目指すような、文字通り綱渡りの日々が続くという。

 

衛宮士郎が語る聖杯戦争の顛末で周囲がもっとも驚きの事と言えば、未来の自分との闘いの一幕であろう。

いつか自分が至るかもしれない可能性の男は、ただ殺意を持って過去の在ったかもしれない自分を襲ったと言う。

正義の味方という理想に溺れ、摩耗した彼は、そんな理想を抱いた自分がどうしても許せなかった。

しかし衛宮士郎はそんな男とは違う可能性を示唆し、打倒して見せたという。

自分は後悔なんてしない。

誰かを助けたいという願いが、間違いな訳がないんだから―――

そして男はそんな衛宮士郎に希望を見出したのか、彼を従える魔術師と共に衛宮士郎と共闘した。

どんなに絶望し、擦れ切れて、自分自身を欠落させようとも、彼はどこまでも正義の味方であり、

そしてそのマスターである遠坂凛も、魔術師としてはどこまでも甘い女であった。

 

衛宮士郎の後輩が、彼女の祖父の暗躍により暴走。

彼らが住まう街の住人にも被害が出始めた。

聖杯戦争なる儀式の前に、一般人を巻き込む訳にはいかぬと、事態の解決を優先した。

この時既に、ランサー、キャスター、アサシンは脱落していたという。

衛宮士郎は遠坂凛と共に、それぞれのサーヴァントであるセイバー、アーチャーを従えて

バーサーカーと、そのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに助力を願った。

しかしその願いは空しくも聞き遂げられず彼らは戦端を開く事態となった。

戦闘の途中、衛宮士郎の後輩である間桐桜が、既に脱落している筈のランサーを従えて現れ

彼ら三人に牙を剥いた。

ランサー以外にも彼女は影を操り、衛宮士郎達を追い詰める。

そこで更に現場が混沌と化したのが、ライダーの参戦である。

彼女は自身のマスターである間桐桜の命令に寄って衛宮士郎を助けるという。

セイバー、とライダーの宝具の真名開放により辛くも戦場を脱出したイリヤスフィールを含めた三人のマスター。

事態の混迷を理解しているイリヤスフィールはしかし、それでもなお、衛宮士郎との共闘に頑として首を縦に振らなかった。

そして彼女が語った言葉は、衛宮士郎を大いに動揺させるものであった。

 

曰く、彼女は衛宮士郎の養父である衛宮切嗣の実子であり、その衛宮切嗣は婿となったアインツベルンなる家を裏切り、嫁を殺し娘をも見捨てた大罪人だという。

そして彼女の目的は衛宮切嗣と衛宮士郎を殺す事だと、幼い容姿とは裏腹に、はっきりとその殺意を口にした。

今度は殺すと口にして、彼女はどこか名残惜しそうに何処へと消えていった。

肩を落とす二人のマスターではあったが、何故か二人の背中には紫髪を靡かせる長身の女性が居た。ライダーである。

先ほど彼女が言ったように衛宮士郎の護衛として彼女は彼らに着いてくるという。

間桐桜の思惑が読めぬまま、真意を汲み取る事が出来ぬまま彼らは岐路へと着いた。

 

今後の方針を打ち合わせる彼らではあったが、もとより取るべき道は一つだけ。

間桐桜を止め、彼女の暴走の原因となった祖父を打倒するということだ。

二人の魔術師、三騎のサーヴァントの総意を確認した直後、衛宮邸へ一人の来訪者。

遠坂凛の父の弟子であり、彼女の後見人でもあり、また聖杯戦争の監督役を務める神父、代行者の肩書を持つ言峰綺礼である。

突如現れた彼は唐突に今回の聖杯戦争の異常を衛宮士郎らに伝えに来たという。

既に戦争の秩序は瓦解し、このままでは彼が住む街、冬木の土地に災厄が訪れると警告した。

そして神父は更に語る。

間桐桜は祖父、間桐臓硯の手によって、前回の聖杯戦争で破壊された聖杯の欠片を植え付けられている。

そしてその聖杯は前々回の聖杯戦争によって汚染されてしまい、真っ当な願望機としての機能は既に失われているという。

汚染の原因となったのが、前々回の聖杯戦争時にアインツベルンによって召喚された英霊、

この世全ての悪とうたわれるアンリマユが聖杯に取り込まれたからである。

汚染された聖杯は、殺す事によってその願いを叶える。

よって、このまま聖杯戦争の勝利者が間桐臓硯になった場合。

この街、この国、この世界の崩壊まで繋がるかもしれない。

間桐桜は汚染された聖杯によって、その精神を歪ませてしまい、助かりたい一心で影を操り

人を殺していくだろう。

 

衛宮士郎は苦悩した。

なぜ、気づいてやれなかったのか

なぜ、あれだけ長い時間を共に過ごしていたのに見てやれなかったのか

自身の間抜けさに激怒する。怒る事など烏滸がましい、自分こそが罪人だと、衛宮士郎は自身を責める。

神父は間桐桜は助かりたいという欲求を持って人を殺すという。

それが汚染された聖杯によって誘導されてしまった事なのかもしれないが

彼女は助けて欲しいと願っているのだ。

それをどうして、自分は気づけなかったのか。ずっと彼女は願っていたのではないか

彼女が衛宮邸へ出入りするようになってからも、衛宮邸のカギを渡された時だって、その後ずっとずっと

彼女は俺に助けを求めていたのではないか。

 

そしてまた、遠坂凛もまた悔やんでいた。

何を隠そう、彼女は間桐桜の実姉である。

魔術師の定義に従った遠坂凛の父親は、遠坂桜を間桐家へ養子に出したのだ。

全ては魔術師が目指す、根源へ至る為に。

そして遠坂凛は魔術師の間にある暗黙のルールに従った。

同じ街に住めども、過剰な、必要以上の接触を妹と持とうとしなかった。

別れた日に自分が渡したリボンを、桜はずっと身に着けていた。

それを見る度に遠坂凛は安堵した。きっと、間桐家でも彼女は幸せに過ごし、また自分との思い出を大事にしてくれているのだと

しかし、それは本当に遠坂凛が思っていた通りのことなのか

間桐となった桜は、姉から貰ったリボンに、思い出にただ縋っていたのではないか

本当は、姉に助けて欲しかったのではないか。

 

更に神父は語る。

間桐家の魔術の訓練、修行とは

常人では耐えられる物では無かったという事実。

あれは凌辱であり、拷問であり、絶望だった。

あれは人の所業ではないと、

幼い女子の精神を崩壊させるなど、それこそ赤子の手をひねる程に簡単である。

疑問には思っていた。

いつしか妹の髪の毛は、自身と同じ黒から、淡い紫色になっていた。

魔術を使用することで外見、容姿に変化が見られるのは特段珍しい事ではない。

しかし語られた言葉は遠坂凛を愕然とさせるものだった。

間桐桜は文字通り、作り変えられたのだった。

 

声なき声で悲鳴を上げる遠坂凛。

体を震わせ、現実を直視出来ない衛宮士郎。

そんな二人を、笑みを浮かべて見下ろす神父。

 

このまま間桐桜と間桐臓硯を放置すれば確実に被害が広がってしまう。

神秘の隠匿の為に、教会と協会が動く事も視野に入ってしまう。

そうなればどうなる?街の一つなど簡単に無くなってしまうだろう

友人も知人も他人も、纏めて塵へと変えられるだろう

 

 

 

「選択の時だ、衛宮士郎」

 

 

 

赤い外套を身に纏う、錬鉄の騎士が過去の自分に問いを投げつける。

 

 

 

「間桐臓硯を殺し、間桐桜を殺さなければこの街の人全てが死ぬ事となる」

 

「そしてそれは、二人を殺せば街の住人は助かるという事実だ」

 

「10を救う為に1を切り捨てる。正義の味方としてそれは当然の事だ」

 

「衛宮士郎。貴様はどちらを―――」

 

「―――うるせぇ」

 

未来の自分の問いを、今の自分が問そのものを切り捨てる。

考えるべきはどちらを助けるという事ではない

今の衛宮士郎に、その問は問すらならない。

何故なら彼は、正義の味方であるからして…

 

「桜を助ける。街の皆も殺させない」

 

「貴様にそれが出来るとでも?」

 

「俺だけじゃ無理だ。遠坂、助けてくれ。桜も街も救いたい、悔しいけど俺が頼れるのはお前だけなんだ」

 

「衛宮君…」

 

「遠坂とアーチャー、俺とセイバー、そして今はライダーも居る。皆で協力すれば決して無理なんかじゃない筈だ」

 

「えぇ…えぇ、そうね!」

 

「セイバー、無理を承知で頼む。どうか俺の願いを聞いてくれないか?」

 

「何を今更言うのです。この身は貴方の剣となる事を誓った。その誓いを果たさずして何が英霊か」

 

「アーチャー、お前も手伝え」

 

「貴様はもう少し口の利き方を覚えたらどうだ」

 

「うるせぇ、今更何を取り繕うってんだ」

 

「フン…」

 

面白くなさそうに、しかし、どこか嬉しそうに弓兵は笑みを零す。

それを見た衛宮士郎は決意する。

自身が守りたいもの全てを守る為に、衛宮士郎は剣を取る。

一人の少年が挑んだ聖杯戦争。

それぞれの願いが交差する中、

願望機と言われた聖なる杯は

一体誰の願いを聞き遂げるのか

神父の黒い笑みが、闇を示すかのように

物語は終局へと進んでいく。




前編終わり、後編へ続く。
士郎くんの聖杯戦争です。
ダンまち要素が一欠けらも無いけど許してください。

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