正義と剣製と白兎   作:健坊

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無限の剣製

ふと、過去の戦いを思い出す。

ある筈が無い戦いだった。

まさかいつか自分が至るかもしれない未来の自分と戦うなんて

だけどお陰で大事な事を思い出すことが出来た。

先日リューに言ったあの言葉は嘘だった。

正義の味方になれなかったんじゃない、まだなってないだけだ。

これから長い人生の中でそうなれるように努力する。

決して諦めず、奢らず、自分を信じて進むんだ。

俺はまだ、道を歩き始めたばかりなのだから。

 

「シロウ」

 

頬に伸ばされ、傷口に触れるアイズの手を思わず握りしめる。

不甲斐ない。なんて不甲斐ない。

大事な弟分の恩人の願いを叶えてあげられずになにが正義の味方だ。

殴られ続けてもう両脚なんてパンクしたタイヤのようにボロボロだ

新しいものを付け替えたい気分ではあるが、残念ながらそういう訳にもいかない。

この両脚でしっかり立って、俺は俺だけの道を歩まなければならない。

渾身の力を込めて立ち上がる。声を出さぬようにしたのはただの意地だ。

ぷるぷる震えてみっともない、まるで生まれたばかりの小鹿のようだ

それでも自分の力だけで立ち上がれるのだ、小鹿も俺もいっちょまえに立派だ。

 

「シロウ?」

 

「ごめんな、アイズ」

 

小首を傾げて訝しげに俺の顔を覗く彼女に俺は謝罪する

酷く驚いた表情を見せた彼女は俺を案じるように何度か首を横に振って俺に応えた。

 

「ううん、悪いのは私。急に私と戦ってなんて失礼だった」

 

「いや、そうじゃないんだ」

 

え?と呟いてこれまた不思議そうに俺の顔を再び覗く。

 

「アイズは俺が強いと思ってるんだろう?だから戦ってって、でもそれは勘違いだ。俺も勘違いしていた、俺は戦えるような人間じゃないんだから」

 

「シロウ…?」

 

「そう、俺は戦士なんかじゃない。セイバーの剣があっても、アーチャーの剣があっても本当の意味では戦えない」

 

「…」

 

「俺の強さっていうのはそういうことじゃないんだ。まいったな、酷い勘違いだ…そもそも剣を創ることが俺の魔術なんかじゃないんだ」

 

俺の言っている意味が全く理解出来ないようで、左右に首を傾げ続けるアイズ

まるでメトロノームのようでなんだか可笑しかった。

少し名残惜しくもあるが彼女の手を放して俺はその場から何歩か後退する

俺とアイズの距離は約5M程だろうか、互いに間合いの外。だが仕掛けようと思えば彼女なら一瞬で詰めれる距離だ。

蒼穹を見上げる。

不思議と心が落ち着いている。

正直今からしようとしていることが成功するのか凄く不安だ。

あの時は遠坂からの魔力供給も、セイバーの鞘からの恩恵もあった。

今はどうだろう?

セイバーは俺の中にセイバーの剣がいつもあると言ってくれていたが

うん、鞘だって10年来ずっと俺の中にあったのだから今だってあるのだろう。

問題は魔力量だ。

遠坂の補助なくして俺はあの世界を顕現できるのだろうか

 

「考えたって仕方ない」

 

そう独り言ちて、意を決する。

ダメで元々だ。やるだけやってみよう。

本来ならばそう難しいものではない。

衛宮士郎に許された魔術はただ一つなのだから。

 

「アイズ」

 

「なに?」

 

「これからきっと俺はお前が知りたかったものを見せてやれると思う。でも一瞬だ」

 

「…うん」

 

「だから、どうか見逃さないでくれ。お前の問いの俺なりの答えを見せてやるから」

 

間の抜けた表情から一変。

彼女の顔は喜色で満ちた。

まるで欲しかった玩具を与えられた子供のように、頬に赤みを差してこう言った。

 

「うん!お願いシロウ、君の強さを私に教えて」

 

「あぁ、しっかり見ててくれ」

 

足は肩幅に広げ、右手を前に、左手は何かを求めているような右手を支えるように添える。

両の眼はまっすぐアイズ・ヴァレンシュタインを捉えている。

鼓動がどんどんと早まっていく。

緊張か、戸惑いか、興奮か

どれも必要はない。

俺の剣製って言うのは、剣を造ることでは決して無い。

そうだ、俺はいつだってそうだ。

自分の理想を、自分の夢を、自分の心を、

ただ形にして行くのだ。

正義の味方を自称するために、俺が俺で在るために

なにより、誓ったあの月下の思いを裏切らぬように

俺は一つの言葉を彼女に向けた。

 

 

 

―――体は剣で出来ている―――

 

 

 

彼女はその言葉を耳にした瞬間、その身に緊張を走らせる。

いったい彼は何をしようと言うのか、私になにを見せようと言うのか。

彼は言った。

見せてやる、と。

ならまた新しい剣でも造り出すというのだろうか?

いや、きっと違う。

彼は言った。

剣があっても本当の意味では戦えないと

ならば造るのだとしたらそれは剣では無いだろう。

赤銅の髪、琥珀の瞳、黄色の肌

高くは無い身長、しかし鍛えられている身体。

ひとつの人間如きが、一体なにをするというのか

私はいつだってそのジレンマに苛まれされている。

私ひとつの体でなにが出来るのか、どれだけ強くなれるというのか

事実、ステータスの成長に最近は遅滞が見られている。

たった一人のレベル7にはこれでは届かない。

一握りのレベル5?剣姫?戦姫?

それでは足りない。

全く足りない。

強さの証明にもならないばかりか、私を満足させるものにもなりはしない。

足りない。

全く足りない。

全然足りない。

好いた男を求める生娘のように、腹を空かせた餓鬼のように

ただただ強く求めた。頬に熱を感じる。

シロウが造ったあの黄金の剣を初めて見た時のような感動を思い出す。

さぁ見せてエミヤシロウ。

君の強さを私に見せて―――!

 

 

 

―――血潮は鉄で、心は硝子―――

 

 

 

これは詠唱か

魔法を発動させるときに使う祝詞。

自身の魔力、大気中の魔力と連動され、神からの恩恵を十全に発揮する奇跡のひとつ

しかし、なぜかそうでは無いと思う。

彼はきっと神・ヘスティアの恩恵が無かったとしても今と同じことをしようとするだろう

記憶を亡くし、自身を失い、夢を忘れたとしても

彼は理想だけは手放さなかった。

 

 

 

―――幾たびの戦場を越えて不敗―――

―――ただの一度の敗走もなく―――

―――たった一つの理想を遂げる―――

 

 

 

それは夢のようなもの。

敗れることを知らないままで思いを遂げる人間などありはしない。

それはアイズにだって分かっている。

だからこそエミヤシロウに私と戦えと懇願した。

自身が知りえないものを提示してくれと願った。

だが、

これは違う。

彼の言葉には敗北は無かったと言う。

そうだ、最初から知っていたのだ、私は。

彼の強さとは、意志の強さ、曲げない心、折れない世界を持っていることだ。

彼自身も言っていたことだ

 

 

 

―――担い手など不要ず―――

―――剣の丘で夢を鍛つ―――

 

 

 

震えが止まらない。

下腹部から登ってくるこの熱は一体なんなのか

それは胸へ、顔へ、頭まで到達して、とうとう脳髄まで蕩かせてしまう。

兄のように慕っていた。

彼の在り方は安堵を差し伸べてくれるものだった。

私を強いとは言わず、そのままでもいいとも言わず、

大多数の衆目が私に伝える言葉以外の言葉で私を奮わせた。

そこに特別を想うほど単純な女なんかでは決してない

ただ、あまりにもまっすぐな気持ちは、私の心を掴んで離さない。

 

 

 

―――我が生涯に意味は確かに有り―――

―――この体は―――

 

 

 

―――無限の剣で出来ていた―――

 

 

 

走る炎、猛る炎、立つ炎

視界を奪われたのは確かに一瞬だった。

しかし気づけば視界に広がる景観は、いつの間にか自分が知りえる世界では無かった。

あるのは剣。

剣、剣、剣―――

周囲四方を見渡しては映るのは剣ばかり

見たこともない剣、先ほど見たばかりの剣、そして、なぜか私の剣。

 

「これは」

 

雲一つ無い蒼穹の空はまるで、穢れなど許さない清廉さを感じる。

どこまでも続く赤い大地は、妥協など決して許さない決意の表れか。

ひと際高い丘の上にある桃色の花弁を世界に散らしている木がある、

まるで世界の生の全てを祝福しているかのような…

それを表しているのか、桃色の花弁の樹には雄々しく緑の葉が色づいている。

生を謳歌する。その意志を確かに感じる力強さだ。

 

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唐突な言葉にふと我に返る

なにを呆けているのか、今は鍛錬と言えでも戦いの渦中にいるというのに

この世界に目と心を奪われてそれを忘れてしまっていた。

少年の言葉に疑問を投げかける。

 

「これは固有結界。術者の心象世界で現実の世界を塗りつぶす。俺が居た世界では魔術の最奥、魔法に最も近い魔術と言われているらしい」

 

「心象…?じゃあ、これがシロウの心なの?」

 

「そうだ。…なぁ、アイズ。お前にはどう見える?この無限の剣、ある男は墓標と、呪いと言ったんだ」

 

「呪い…?なんで?私には分からないけれど、私にはこれが決意の表れに見えるよ」

 

「そうか、いや…そうなんだ。この剣の全ては偽物ではあるけれどそのすべてに俺の決意を籠めている」

 

「偽物?」

 

「あぁ。俺の夢は正義の味方になることだ。言ったことなかったか?」

 

「うん、聞いてない。でも納得」

 

「そうか。俺の夢は養父から受け継いだもので決して自分から生み出されたものではない借り物だ。そしてこれらの剣もそんな借り物の理想となんにも変わらない偽物だ」

 

「…シロウはおかしな事を言ってるよ。自分の夢が誰かから引き継がれようが自分が目指した以上それに本物も偽物もない」

 

「―――」

 

「うぅん、自分の夢や理想になった時点でそれはシロウにとって本物になったんじゃないの?」

 

「…はは、ははは」

 

「シロウ?」

 

「はははははっははははははは!!!」

 

「…シロウ?」

 

「いやごめんな、確かにそうだ。きっと俺たちはツマラナイ事に固執し過ぎたんだ」

 

「おれたち?」

 

何でもないと首を振ってその未練を切り捨てる。

本物も偽物もどうでもいいと言える強さが当時の俺にも、今の俺にも無かった。

それだけのことだ。

そうあれたなら良かったとは思うが、なに、これからなっていけばいいだけのことだ。

 

「でもよかった」

 

「なにが?」

 

心底から安心したように彼女はそんな言葉を俺に向けた。

なにがよかった、なのか。勿論俺には皆目見当もつかない。

その答えが欲しくて俺は彼女の返答を促した。

 

「きっとシロウは一人じゃないんだね。記憶が無くなっていたのに、心にはこんな世界があるんだから」

 

「…あぁ、俺は一人じゃないよ。これまでも、これからも、孤独に生きることは選ばない」

 

「うん、よかった。ありがとうシロウ。シロウの強さ、ちゃんと見せてもらった」

 

そう言って彼女はぺこりと頭を下げる。

固有結界の展開はなんとか出来た、けど戦闘を行う程の魔力が俺には無い。

今の俺にはチラッと彼女に見せてあげることが精いっぱいだ。

しかし、彼女の顔を見ればそれでも十分良かったことだと思える。

だって、頬を赤く染めて満面の笑顔を見せられた。

本当に、あんなにも嬉しそうなんだから。それが間違いな訳ないんだから。

 

そんな彼女の笑顔を数瞬眺めていたのだが、唐突に俺の意識はブラックアウトする。

原因は分かりきっている。

魔力の枯渇だ。

遠坂の援助も無しに、固有結界なんて魔力をバカみたい使う術を使用するなんて

栓を全開した水道のようにジャバジャバ流すことと同じことだ

そりゃ意識だって吹っ飛ぶ。

自業自得だなぁなんて考えて、

きっと俺が目が覚めたら激怒したリューの顔があるんだろうなぁなんて…

いっそ目覚めたくないなんて考えてしまう。

ただの一度の敗走は無くても、彼女にはどうにも勝てそうではない。

これは戦略的撤退は考慮すべきだと

そんな、どこか平和ボケした考えのまま、リューの顔を思い浮かべ

俺は今度こそ意識を手放した。




士郎君結界の展開は出来たけど維持は出来ずに戦闘終了
固有結界の詠唱はとにかく肯定的。
セイバー、凛、桜の誰かが居れば士郎君は人間になれると言われているので
三人とも居りゃ(正確には二人)そりゃ人生も謳歌出来ますね(白目
白兎さんがそろそろログインするようです。
次回も宜しくお願い致します。

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