正義と剣製と白兎   作:健坊

13 / 18
正義の味方と正義の味方

「さらばだ、理想を抱いて溺死しろ」

 

赤の弓兵がその名に似合わない剣を俺の脳天目掛けて振り下ろす。

俺の理想の体現者と成った奴の言葉は、俺の心を捻り潰していく。

ガラスが割れたような破砕音が鼓膜を叩く。

 

ぐしゃりぐしゃり

 

奴は俺を斬っている訳ではない。

俺が抱える理想を、俺の心を斬ろうとしている。

奴が握る剣と同じ物を投影してそれに合わせる。

攻撃は防いだが、投影したその剣を見て愕然とする。

なんたる出来の悪さか―――

これでは奴の剣を弾き返す事など到底不可能だろう。

 

ぐしゃりぐしゃり

 

あぁ、割れていく。

奴もこんな気分だったのだろうか…?

自身が掲げた理想を追いかける度に現実が心を割り、摩耗されていく。

懺悔も後悔も全く意味が無い。

剣を打ち合う度に流れ込んでくる映像が、俺を責め立てる。

 

ぐしゃりぐしゃり

 

衛宮士郎がこれから歩むだろう道の先

英霊エミヤがこれまで歩いて来た道の跡

 

「その先は地獄だぞ。これまでもそうだったように」

 

見たくもない自分の未来と自分の過去

矛盾する現象も、奴と俺の間となれば例外となる。

割れていく心。丘に刺さる剣。

【正義】を執行する度に増えていく墓標という名の剣。

その墓標に刻まれる名は一体なんなのか

恐らく、無限にある剣に刻まれた名はただ一つ

エミヤというのだろう。

 

 

 

「自身から生み出されたものなど一つもない、所詮は借り物の理想、偽物の理想だ」

 

「この身は誰かの為にあるべきだと、そんな強迫観念に突き動かされてやっていることはただの殺戮だ」

 

「老人も大人も子供も関係ない。世界に害を為すものは全て殺して来た」

 

「称えて欲しかった訳じゃない、感謝されたい訳じゃない」

 

「オレはただ、無辜の民が嘆く様が見たくなかっただけだ」

 

「自己犠牲という概念すら持ち合わせていなかったオレは、まさしく道化だ」

 

「貴様もまた同じだ、衛宮士郎」

 

「なんの為に戦う。なんの為に剣を握る」

 

「戦いには理由がいる。しかしその理由が理想であってはならない」

 

「事実、助けるのは理想だけで、決して貴様は人を救えない」

 

「誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた」

 

「しかし目指したのは理想であって、何を救うかもさえ定まらない」

 

「これが偽善だ。貴様も歩むであろう終着だ」

 

 

 

ただ、打ちのめされた。

アイツの言葉は一々が納得させられる強さを持っていた。

それはそうだろう

アイツが歩んできた道で感じた事を俺にぶつけているのだ、説得力なんて俺とはダンチだ。

目の前の弓兵が剣を振りかぶる。

途端に俺の網膜が映すのは、俺を殺そうとする奴では無く

奴が歩んだ過去の映像になった。

 

 

 

「子供は宝だ。どんな世界でもそれだけは変わらない一つの希望だ」

 

「どんな魔法だってきっとこの輝きには敵わないだろう」

 

そう言ってアイツは、無邪気に笑う少年の頭を笑顔で撫でていた。

きっとアイツは子供という存在が好きだったのだろう。

これからどんな人生を歩むのか、可能性という光が彼ら少年少女を照らしている。

そんな事が、ただ子供の笑顔があるという事が、なによりの幸福だと思っていた。

だから救おうと思った。

自身の眼に映る彼らを、自身の手が届く限り、己が守ろうと

そう思って―――

 

 

 

 

―――オレはその少年を殺した。

 

 

 

 

銃を手にした少年兵を、殺して回った。

100を救う為に、1を切り捨てる。

その少年が1の方に入ってしまっていた。ただそれだけだ。

テロリズムで市民の犠牲が出ることは許されない。

ならばこそ、テログループの排除が急務であることを疑えない。

たとえそのグループの半数が、幼い少年兵で構成されていたとあってもだ。

ただただ、無味無乾燥な心持のまま矢を放ち敵兵を殺す。

 

ぐしゃりぐしゃり

 

割れていくのはどちらの心だろうか。

どちらだとしても、心は硝子。

音にならずも慟哭が丘の上から響いてくる。

泣いているのか、

哭いているのか、

ただ摩耗していくだけだ。

 

そうして

幾たびの戦場を越えて不敗であった奴は

ただの一度も理解されないまま

絞首台へと、足を掛けていく。

 

「その今に吐きそうな最低な面構え、貴様も見たな。それは事実だ衛宮士郎」

 

「オレは、オレが守りたかったものこそを、この手で殺してきたのだ」

 

「正義の味方などでは断じてない。オレはただの掃除屋だ」

 

その言葉には俺では計り知れない程の後悔と自責の念が折り重なっていた。

周りが理解できなかったように、奴は奴自身、そして俺は奴を理解することは無いだろう。

俺は奴ではないし、奴は俺ではないのだから。

本当はアイツだって分かっているはずだ。

この先俺がどんなことになろうとも、アーチャーには成らないし、成れないのだと

俺にはセイバーが、遠坂が、桜が居る。

アイツから流れてきた映像の中には三人はどこにもいなかった。

セイバーとの邂逅、遠坂の宝石等断片的なものだけだ。

そうではない。

俺には三人が居る。だから大丈夫。

この先どんな地獄があろうとも、俺は俺が信じる正義の味方を張り続けられる。

そもそも俺は絶対後悔なんてしない。

誰かを助けるということが、間違いな訳がないんだから―――

 

赤い台地、くすんだ空、浮かぶ歯車

そして無限の剣。

そんな世界で俺は、嘗ての衛宮士郎が抱いた理想を打倒する。

奴は呪いと言った。

エミヤという名が呪いだとするのなら、俺がそれを覆す。

養父が掲げて俺が受け継いだ夢が、決して間違いではないと

呪いなんかじゃないと否定し続ける。

セイバーが示してくれた道だ。

セイバーは俺が歪んでいると指摘した上で間違ってはいないと言ってくれたんだ。

それを誇りとして俺は生きていく。

英霊エミヤが背を向け続けたものを、俺は後生大事に抱えていく。

手放してはいけないものだと、強く信じる。

大丈夫だ、打ちのめされたのだって気のせいだ。

自分が歩んだ道に後悔しか抱けないような惰弱な男に、俺が負ける訳がない。

アイツが歪ませてしまった理想は、俺が正しく鍛ち直す。

そして見せつける。

英霊エミヤに成らずとも、衛宮の理想を貫き通すのだと。

なぜなら俺は、正義の味方になる衛宮士郎なのだから―――。

 

 

 

―――体は剣で出来ている―――

 

 

 

そして、アーチャーの世界が刷新される。

その事実が、俺が奴を否定したことと同義であり。

俺と奴が違う存在だということが決定的となった。

 

語るべきことは無い。

理想を信じた男は、理想にこそ裏切られ果てていった。

そして理想を信じた少年は、理想に負けることなく

自身の道を邁進していく。

男と少年の出会い、ただそれだけの物語。

 

「貴様は一体なにを目指す」

 

「俺は、俺の大事な人こそ守れる正義の味方になる」

 

「――――――」

 

「お前が切り捨ててきた中に入っていた捨てたくない人を、俺は救いたい」

 

「誰かを助けるということは、誰か助けないということだ。衛宮士郎、そうやって貴様は自己満足の為に大勢の人間を殺すのか」

 

「だったら、その大勢の人だって救って見せる」

 

「子供の戯言だ」

 

「はなから諦めているお前にだけは言われたくない。俺は絶対に諦めない。後悔なんてしたくないからな」

 

「たわけ。そうして零れ落ちる命が一体幾らあると思っている。貴様如き未熟者の手では救える命だって零すこととなる」

 

「そういう状況になったら恥を捨てて遠坂に頼るさ」

 

「なん、だと…?」

 

「俺一人で叶えられない理想なら、助けて貰う。遠坂だってきっと許してくれる」

 

そう。

英霊エミヤと、衛宮士郎の決定的な違いはその在り方や技術や、経験などでは決してない。

遠坂凛が傍に居るということだ。

そしてきっと、後輩も居ることとなるだろう。

だったら大丈夫。

俺一人では無理だったとしても、二人が居てくれるなら俺はきっと大丈夫。

それが、衛宮士郎が抱えるたった一つの希望だった。

そして紡ぎ始める祝詞。

祈るのは神ではないし、ただの魔術の詠唱だ。

言葉自体に意味なんてない。

でもきっとこうありたいという俺の願いが込められている。

瞠目して俺を見据えているアーチャーに、俺の世界をご覧にいれよう。

希望がある世界は、なんて美しい―――

遠坂が繋いでくれたパスから彼女の魔力が俺へと注がれる

左肩から真っ赤な魔力が、俺の中にある黄金の鞘へと導かれる。

俺の魔力と、遠坂の魔力、そしてセイバーの鞘が共鳴する

ひび割れた硝子はいつしか元に戻り、その在り方を損なうことは二度とない

無限の剣は墓標などではなく、己が進むべき導となった。

澄み渡る青い空、

赤い大地はどこまでも続き、

一本の桜の樹がその花弁を世界に撒いている。

 

これが希望か、と。

赤い弓兵は確かに微笑んでいた。

 




唐突な過去編でした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。