正義と剣製と白兎   作:健坊

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彼女の懇願と侮蔑の笑み

朝露が大気をそっと湿らす、白む空。少し肌寒い時間。

街の外で俺は一人の少女と相対している。

長い金髪を風に靡かせ、昇り始めた朝日がその色を鮮やかに彩らせている。

黄金の朝焼けを思わせるような、そんな神々しささえ彼女から感じられる。

少し眠たそうにも見える垂れた瞳。

しかし、ころりと大きなその黄金色した瞳はまっすぐに俺を見据えている。

どこか決意を感じる雰囲気を纏わせている。

事実、あの言葉には決して譲らぬ意志が感じられた。

私と戦えと、彼女は言った。

一体それは彼女にとって、どれほど重要なことなのだろうか?

疑問が俺を掴んで離さない。

ただ、もう既に了承してしまった手前、意見を翻す訳にはいかない。

俺はだらりと両腕を下げてから一つ大きく息を吐いた。

彼女が一体何を思って自分と剣戟をぶつけようと云うのか。

今の自分がどう考えたってわかりゃしない。

なら、彼女に対して俺は全霊を以てこの力をぶつけなければいけない。

ゆっくりと、自分の動作に何か間違いがないか確認をしながら腕を持ち上げる。

肩の高さまで持ち上がった両腕。

手のひらを地面に向けて開き、指先を力強く正面に向ける。

吐き出した体内の酸素を再び体内へ呼び戻す、大きく、大きく、息を吸う。

巡る酸素、

駆ける血液、

開く回路、

起きた撃鉄、

満ちる魔力。

そして、落ちた言葉

 

「投影、開始」

 

風が吹いた気がする。

一瞬瞼を閉じて埃から己の瞳を守るアイズ。

ゆっくりと、開かれた瞳に映るのはあまり見た事が無い武器だった。

刃渡りは長くない、刃幅がよく見るロングソード等と比べるとやや大きくはある、まるで鉈のようにも見える。

二振りの刃、黒白の夫婦剣である。

黒の剣には亀裂模様、白の剣には水波模様がそれぞれ浮かんでいる。

刃元には陰陽の紋章が刻まれているが、なにかの呪いなのだろうか

華美な装飾も、息を呑むほどの存在感は感じられない。が、間違いなく一級品。

無骨、且つ愚直な彼に、なぜかとても似合うとアイズは妙に納得してしまう。

先日、彼が街中でモンスターを撃破した時に振るったあの剣とは全く違う。

彼女は目撃している。あの戦いを、間近で。

焦燥感だけが先走った。

士郎がモンスターに嬲られ、喰われようとしている。その事実を目の当たりにして彼女は地を蹴り、彼のもとへ走った。

しかしその歩は止められる。

なにかを呟いたと思ったその瞬間に、彼の両手には黄金の剣が握られていた。

刹那、ビリッと背筋に電撃が走ったような幻痛を知覚する。

気が付けば生唾を嚥下している自分がいる。

恐怖?違う、畏怖?そうではない。これは感動だ。

アイズは自分自身を周りの人間のように感情が豊かだとは決して思ってはいないが

それで自分が無感動な人間なのかと問えば、それにははっきりと否と答える。

嬉しいこと、悲しいこと、怒ること、喜ぶこと。彼女はそれを大事に抱えて生きれる人間だ。

しかしあの剣を見た時、彼女の価値観に一つの変革が起きたことはまず間違いないだろう。

 

名剣―――

宝剣―――

魔剣―――

 

数多くの価値高しと謳われる名刀の数々を彼女は見てきた。

勿論今現在、自分の愛刀『デスペレート』だって立派な名剣の一つである。

だが、あれは違うのだ。

何が違うのか、アイズは自問自答を繰り返すが答えは出ない。

自分が知っている武器とは違う。それだけが唯一確かな答え。

そしてそれは確信に変わる。

衛宮士郎は握った黄金の剣の名を叫び、剣は閃光となってモンスターを撃破した。

そして自壊していく剣。

あれは魔剣…?

首を横に振る。

属性、カテコライズするのならそれも間違いではないのだろうが、きっと違う。

そもそも、衛宮士郎はあの剣を最初は持ち合わせていなかった。

なにも無いところから剣を取り出すなんて、そんな話聞いた事が無い。

自身だけの経験と知識だけで答えを決めつけるなど、愚昧極まる事ではあるが

きっとそうでは無い。

もしかしたら、衛宮士郎は、剣を任意に生み出し使用する魔法を使えるのかもしれない。

もしくは自身が所持している剣を、どこからか取り出す魔法か。

どちらにせよ、あの魔法も、あの剣も、自分が知らない領域のことだ。

体が震える。

武者震いだ。

かつてアイズ・ヴァレンシュタインは衛宮士郎を『強い人』と定義し、語った。

自身が知らぬ強さを、彼は持っている。

 

知りたい。

知りたい。

知りたい。

 

戦えば文句なしに、完膚なきまでにアイズが勝利するだろう。

100度続いても変わらない。それが事実だ。曲がらぬ真実で現実だ。

衛宮士郎も、負けを認めるだろう。アイズに勝つことなど不可能だと、きっと言う。

しかし、彼女はきっと納得しない。

勝負とは、試合とは、殺し合いとは、刹那の逢瀬に互いの心臓を差し出すことだ。

心臓。すなわち心。

彼は絶対折れぬ心で、アイズと相対するだろう。

アイズは士郎の心臓を潰すことができるのか、自信はない。

では逆ならどうか…?

思い至り戦慄する。

 

「わたしが…つぶされる…?」

 

こんな仮定に意味など無い。

実際の所、先に記述した通り、アイズ・ヴァレンシュタインの勝利は動かない。

まさにそれは難攻不落の砦に例えて良いほどに揺るがないものだ。

そう、揺らいでいるのは自身の心の在り方だ。

エミヤ・シロウには

アイズ・ヴァレンシュタインは

敵わない。

そんな思案に、アイズの心は千々に散りばめられてしまい、回収するのには足元から固めなおさなきゃいけない。

 

知りたい。

知りたい。

知りたい―――!!

 

「教えてシロウ。私は、強くなりたい。君の強さを教えてほしい」

 

一体彼にどれだけの修羅場が襲ったのだろう。

どうあればあの強さが身に付く程の試練に耐えられるのだろう。

あの琥珀色の瞳は、一体今までなにを映してきたのだろう。

衛宮士郎。

どうか私に、貴方の強さを見せて欲しい。

 

「行くよシロウ。どうか死なないで」

「あぁ、お前が強いのは知っている。全力で行くぞ、アイズ!」

 

抜き放たれた彼女のサーベルに渾身の力を込めて二振りの剣をぶつける。

これは錯覚だ。

まるで今この瞬間だけ二人は世界から抜き取られたような感覚。

互いに抜いた刃が陽の光を浴びて、二人の顔をちらりと照らす。

これは錯覚だ。

絶対に敵わない相手と戦うなんて一回や二回じゃない。それこそ当たり前のように打ちのめされる。

セイバーとの鍛錬を思い出す。

あいつは容赦が無かった。

遠慮とか気遣いとか、そんな考えは1ミクロン程だって無かった。

きっとそれはアイズも同じ。

黒刀を翻し、アイズのサーベルを自身の間合いに巻き込む。それはアイズの間合いをずらすということ

返す白刀で必殺のタイミングを拍して当てる。

が、当然彼女は躱す。

頬を掠めるだけで刃は彼女に届かない。

いや、そうではない。

掠めてすらいない。彼女はずれたタイミング、外れた間合いでも俺の剣を完璧に見切り。

髪の毛一本ほどの距離を、自身の頬と俺の剣の間に取ったのだ。

このやり取りだけで、たった一合打ち合っただけで分かる彼我の戦力差。

当然俺は地面に打ち据えられる。

拳撃か、足打か、そんなことも分からないまま地面を抱きしめる結果になる。

 

何度繰り返そうが、この結果は変わらない。

衛宮士郎が振る刃は彼女には届かない。

アイズ・ヴァレンシュタインの刃は致命傷を避けて彼を切り刻む。

なんて、無様―――

彼女の瞳には一体何が映し出されているのだろうか

決まっている。

失望だ。

彼女の期待に、懇願に、俺は応えてあげることが出来ない。

なんて、無様。

記憶を一部戻し、魔術を思い出してセイバーの剣を、

あのヤロウの剣を投影しただけで、何を得意になっていやがる。

俺は、俺自身に幻滅してしまう。

 

「シロウ」

 

何度も斬られた。

 

「シロウ」

 

何度も蹴られた。

 

「シロウ」

 

何度も殴られた。

 

「シロウ」

 

その度に、彼女は俺の名を呼んで、傷口に触れている。

 

「シロウ」

 

その度に俺は立ち上がり、剣を取って彼女に立ち向かう。

 

「お願い、シロウ」

 

何日も何日も、アイズは俺に懇願する。

 

「教えてほしい、シロウ」

 

泣きそうな顔で、辛そうな顔で俺を斬り捨てる。

 

「君はなんで、強いの?」

 

「君はなんで―――」

 

 

 

 

 

 

 

――――――戦っているの?

 

 

 

 

 

 

 

赤く、大きな背中が、俺を嗤っている。

 

 

 

 

 

 

 


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