正義と剣製と白兎   作:健坊

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思い出す出会いと言葉

誰の物か分からないが落ちていたロングソードを拾い、眼前の敵を睨む。

両刃の剣。よく手入れされていたのだろう、使い込んだ形跡はあるがその刃の光は失われていない。

しかし、かのモンスターの硬皮に刃が立つだろうか

例えよく手入れされていたとしても、大量生産で作られた武器だ。

替えを前提としている武器。業物とは言い難い。

しかし無いもの強請りだ。

今ここに武器があるだけでも僥倖―――

絶望的な状況は、危機的な状況に変わる。

つまり一縷の望みはあるということ、絶体絶命の事実は変わらないがそれでも随分マシだ。

リューがこの場に応援を連れてくるまでの所要時間を計算、破棄。

考えたって分かるものではない、想像するのも困難且つ不毛だ。

だったら、俺は一分一秒を全力で生きるだけだ。

大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

丹田に力を籠める。敵の一挙手一投足を注視する。

ケアレスミスが致命的な失敗に変わらないよう、万全を期す。

油断、緩慢、増長、すべてを焼却しろ。

ゼロコンマ1秒を生きる為に、衛宮士郎は()()()使()()()()()()()()()()

 

放たれる致死の一撃。

一歩踏み込み、前傾のまま刃を当てて衝撃を緩和し、その死へと誘う牙をいなす。

両手で握った剣を、無防備な触手の腹へと全力を持って叩き込む。

鉄と鉄がぶつかり、弾けたような音が鼓膜を刺激する。

ズキリと両手に流れる痛みに悪態を吐く。

ダメージなんて感じられない、手ごたえが全くと言っていい程無いのだ

続く第二撃

痺れた両手に叱咤してなんとか顔面まで剣を持ち上げる。

触手の先端を剣の腹に当ててなんとか躱す。

しかし勢いは殺せない。どこかへ両腕が吹っ飛んだ錯覚を覚える衝撃

慌てて目をやる、どうやらまだ両手は自分の肩と接合されたままだ。

ほっと一息吐いてしまった俺に、敵はここぞとばかりにその触手をムチのようにしならせて叩く

後方へ全力で飛ぶが一拍間に合わない。

それは目の前で地雷が爆発したような衝撃で、俺は紙くずのように吹き飛ばされる。

 

「く、そ…」

 

腕に続いて脚まで無くなってしまったような錯覚を覚えると同時に、両手両足の無事を確認。

まだ動く

そもそもまだ始まったばかりというのに音を上げてなんていられない。

しかしこれで理解した。

俺ではこのモンスターには絶対勝てない。

相対した時から分かっていた事実に今更驚愕、違う。納得してしまった。

蛇のようなモンスター、あいつには顔みたいなものはあるが目や口、鼻と言った器官が見当たらない。

だというのに、俺はカエルのようにその身を縛られている。

視線は存在しないはずなのに見られているという感覚。

休ませる気は全く無いのだろう。続け様に向けられた攻撃を俺は迎撃する。

一合、二合…五合、六合

たった数十秒の攻防が百年続いていたようで、俺は知らずにその体力を削られる。

ジワリジワリと、俺の命を刈るために鎌を持った死神がにじり寄る。

俺は駄々を捏ねる子供のようにただ必死に、ただ夢中に剣を振るって死神を追い払おうとする

更に俺を死地の崖に突き落とすような現実が見えてしまう。

ロングソードの刀身に罅が入っている

血の気が引いて行くのが分かる。

ちょっと待て、ちょっと待ってくれ。

今ここでお前に居なくなられたら、俺はどうやってこの死神と戦えばいいと言うのか

口の中から響く音はまさしく、恐怖から来る生理現象だ。

上下の歯が打ち鳴らす、悲鳴にも酷似したソレは

ロングソードと衛宮士郎の寿命もここまでだ、と知らせる晩鐘の音。

一瞬、罅が入った武器に目を奪われた俺を、モンスターは容赦無く、貪るように触手を腹へと伸ばした。

 

「――――――がはっ!」

 

貫通して体の中身を食い破られた。

そんなことは無い、事実体に異常は無い。

腹に穴なんて空いてはいないし、背骨だって付いているからちゃんと立ち上がることだって出来る。

震える両足を一発殴ってなんとか立ち上がる。

惚けてる余裕など皆無なのに、なんという未熟さ

戦いの中で戦いを忘れ、あまつさえ恐怖に身を竦めるなど、あってはならないと言うのに

まだ数分も経っていない。

リューとの約束を守るためにはまだ時間を稼がなければ

奴は俺を殺して三人を追うだろう。

それだけはダメだ。

それだけは許してはいけない。

だってそうだろう。

守りたいから、救いたいからこの身を盾にして彼女らを逃がしたんだ。

なら最後までやり遂げなきゃ嘘だ。

そう、改めて決意を胸に、俺は顔を上げて次の攻撃に備える。

しかし、俺の目が捉えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うそ、だろ…」

 

それはまさしく食虫植物だった。

ただ対象が虫などの痩躯で微小の生物ではなく、俺と言う人間だ。

さっきからずっと俺は理解していた筈だ

()()()()()()()()()()()()()、と。

腹を空かせたモンスターは勇み、俺へと舌を伸ばす。

圧倒的なまでの威圧感を振り払うように、俺はもう一合も持たないだろう剣を奴へと―――

まだ死ねない。

俺はまだ死ねない。

俺はまだ誰にもなにも返しちゃいないんだ。

命を救われた。

なら、この体を使って俺は救われない人を救わなきゃいけない

誰かを助けたいという願いを胸に、俺は生きている。

あの日の誓いを果たす為に、衛宮士郎は剣を振るう。

 

その心を嘲笑うように、モンスターは剣ごと俺の願いを噛み砕いた。

バラバラに粉砕したロングソードの刀身を、俺はまるで他人事のように、当然のように受け入れた。

奴の口の中に見えるのは溶解液のようなものだろう。

剣を砕いた奴の口から零れたそれは俺の腕を容赦なく灼いた。

焦がすような高温を感じた腕を見ると皮膚の下、脂肪や筋肉を覗かせている。

ケラケラと笑うように高所から俺を見下ろしている奴を他所に

俺は砕けた剣の柄へと意識を向けた。

やはりダメだ。

こんな武器じゃ奴に対抗出来ない。

そうだ、最初から分かっていたことだ。

 

()()()()()()()()()()

 

その事実を再確認

ならばどうする?

衛宮士郎では倒せないのは分かった。

どうやってお前はあいつを打倒する?

手にはとうに役目を終えた剣の残骸だけが残っている。

これでは駄目だった。

なら、もっと強い武器が必要だ。

あの硬い皮膚をも切り裂くような武器を。

俺の心を反映してくれる強い武器を。

敵の攻撃を受けても刃毀れしない武器を。

強い武器が必要だ。

担い手に勝利を約束してくれるような―――

 

「強い武器が!」

 

そうだ、イメージしろ

かねてからの瞑想時、脳裏に映し出され続けたあの剣を幻視しろ

あの剣ならば岩だって断絶することだって可能だ

あんなモンスターの体だって一刀両断することを疑えない

 

―――シロウ、忘れないで欲しい―――

 

しかし現実は無常だ。この手にはかの剣が無いのだ

必要だからと言って都合良く剣が目の前に転がるなんて有りえない

ならばせめてイメージしろ、現実で敵わないのなら想像の中で敵を打ち倒す。

世界を騙せ

己を偽ってみせろ

真贋虚実を混濁させろ

無いと言うのなら、造ってみせろ。かの黄金の剣を

騎士王の言葉が蘇る。

今は遠き彼方、肩を並べて戦った相棒の言葉だ

どうして忘れていたのか

彼女を初めて見た時、この光景は例えこの身が滅んだとしても忘れることはないだろうと思ったというのに

彼女の声、姿、仕草が克明となる。

思い出したのはそれだけ

金髪碧眼の騎士の王の事だけだ。

そして彼女が振るった黄金の剣。

あぁ、そうだ。あの剣がこの手にあるのなら

この絶望だって切り払おう

 

 

 

 

―――私の剣が貴方の中にあるということを―――

 

 

 

 

投影、開始(トレース・オン)

 

紡ぐ言葉は衛宮士郎にだけ許された、己を変革させる呪文(スペル)

発せられた言の葉が世界へ零された時

27本の熱線が俺の体内を駆け巡る。

激痛による意識の暗転と覚醒を繰り返す

不安など微塵も無い、失敗する理由など皆無だ

なぜなら()()()()()()()()()()()()()()()のだから

俺の中にあると言われた剣を造り出す

そして八節を踏むことで想像が現実を侵食する。

 

創造の理念を鑑定し、

基本となる骨子を想定し、

構成された材質を複製し、

制作に及ぶ技術を模倣し、

成長に至る経験に共感し、

蓄積された年月を再現し、

あらゆる工程を凌駕し尽くし――――

ここに、幻想を結び剣と成す――――!

 

現れたるは黄金の剣

王を選定する岩の剣

騎士王が担う勝利すべき剣

衛宮士郎が記憶を失っても

心にはずっと残っていた、彼女の剣だ。

 

「セイバー…」

 

彼女の名を呼ぶと、王の剣はその身を輝かせた

こちらの魔術行使を脅威と認識したのか

甚振る様に緩慢に続けられた攻撃から一転

その勢いは苛烈を極めた。

しかし、それは最早脅威とならない

なぜなら彼女の剣が、俺を守ろうと俺の体を使って戦うからだ

放たれた触手を両断し、俺は奴との間合いを詰めていく

近寄らせたくないのだろう

数多に向けられる触手を難なく切り伏せる

そして決着の時が訪れる。

 

この身を害するには力不足と成った触手を掻い潜り

目指すはただ一点。

奴が俺を喰らおうとするその一瞬。

馬鹿みたいに口を開けたモンスター目掛けて、俺は黄金の剣を突き放つ

真名をここに

誉れ多くの騎士王が振るった勝利の剣

幾たびの戦場を超えて不敗を誇った常勝の王の剣

輝く刀身のソレは、彼女の清廉さを映し出すようだった

もう自分には体力も魔力も無い、エンドゲージも振り切ってしまっている

故に一撃。

衛宮士郎に許されたのはただ一撃のみ。

しかしてそれで充分

モンスター如き、一撃で葬らねばかの王を愚弄することになる

無い筈の魔力を底の底から引っ張り出して両手で握る剣へ叩き込む

そう

我が専心は奴の絶殺にのみ向けられる。

さぁ、括目しろ。

そして聞くがいい、この剣の名を

謳われた名は、文字通り、世界を照らすように輝いた―――

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!!」

 

放たれた流星を思わせる閃光は、モンスターの顔を弾け飛ばし

勢いそのままに、青い騎士を思い出させる色をした空へと消えていく

勝利をここに

俺は、剣の名を裏切らずに済んだことに安堵した。

感謝を胸に

()()()()()()()()()、俺のサーヴァントであってくれた彼女へ

ありがとう―――涙と一緒に言葉を落とす。




一話にこんなに時間がかかるとは思いませんでした…。
士郎君は少しだけ記憶を取り戻したようです。
最初は誓い、次は出会い、そして剣
導くような声は自分と認識しているが実際は?
まだまだ物語の佳境は遠いですが頑張っていきます。

タイトルの白兎が迷子のようです。
見かけた方はご連絡ください…orz

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