正義と剣製と白兎   作:健坊

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プロローグ

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

息も絶え絶えに一人の少年が重い体を引きずるように歩く

ただ一つの思いを胸に、暗闇の中で歩を進める。

少年はただ守りたかった。

些細な日常を、自分の手が届く限り、自分の目が届く限りその幸福を守りたかった。

例え、その身を焼くことになろうとも

例え、その身を砕くことになろうとも

少年は皆の幸福を願った。

 

いつかの日

月下の日

少年は養父に誓ったのだ

 

「じいさんの夢は、俺が-----」

 

養父が目指した理想とは違うかもしれない。

自分が抱いた理想とは違うかもしれない。

ただそれでも

憧れの女性が、妹のような後輩が、自分を守護する騎士が

この壊れたブリキの人形へ道を示してくれたのだ。

 

「士郎、その生き方を止められないのなら自覚しなさい。貴方には貴方を案ずる人間が居るってこと・・・。」

「貴方の在り方は歪だ。だが・・・それが間違っているとは私には思えない。シロウ、忘れないで欲しい。私の剣が貴方の中にあるということを」

「先輩はそういう人だから仕方ありませんね。私は先輩が帰るべき場所でご飯を用意します。それがどういう意味か、先輩はわかりますよね」

 

弱きを助け、強きをくじく

泣いてる人が居るのなら手を差し伸べる。

苦しんでいる人が居るのならその言葉に耳を傾ける。

 

-----俺は、正義の味方になりたいんだ-----

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

呼吸器官はとうに焼け落ちている

新しい酸素を求めて舌を出しても血液の中にそれは巡らない

停止している。

自分の体はその生命活動を停止している。

なのになぜ動くのか

なぜ、衛宮士郎はその歩みを止めないのか

 

「とぉ・・・さ・・・、さく・・ら!せ・・・バー!」

 

暗闇の中に居るはずなのにその視界には赤が跋扈している。

もう自分にはなにもない

歩くことだって本当は出来ない

一呼吸することさえ重労働だ。

自分の体重が十倍に増えた錯覚を覚える。

それでも歩みを止めない。

聖杯を求める戦いがあった。

しかしてそれは、聖なる杯とは真逆のものであった

この世全ての悪

そう銘打たれた英霊の魂が聖杯を汚染

真っ当な願いなど叶えられないものとなった。

 

それが今目の前で解き放たれようとしている。

全ての誕生を祝福すると神父は言った。

なるほど、決められているとは言え、悪と断言でき、悪としか在れないとしても

産まれてもいないものを断ずることはできない。

ならば生を求む声を無視など出来ないのだろう。

しかし

それは許されない。

産まれればいくつもの命が失われる。

かの後輩が救われない。

あの騎士王の死が無駄死にになってしまう。

あかいあくまを裏切ることになってしまう。

衛宮士郎は正義の味方だ。

至るかもしれない未来の自分が今の自分に託したのだ。

 

「貴様は選んだ。ただ一人の味方ではなく、万人の味方でもなく・・・。自分が大切だと思う人間の日常を守るのだと。それはきっとどの衛宮士郎も選ばなかった道だ。しかし、変わらずその先は地獄だぞ」

 

しかし、希望がある。少なくともオレが選んだ道よりは----

 

言葉にならずともその瞳が雄弁に語っていた。

羨望、嫉妬、憧憬、そして期待

俺が歩む道の先にあるものを、かの弓兵は幻視した。

あぁ---

きっとそれは---

 

「投影…開始!」

 

この先の自分を打倒した。

いつかの、そしてかつての王を背負った。

妹分を助けたいと足掻いた。

師と共に立ち向かった。

姉を犠牲にした。

今、この地には自分ひとり

ただ心には数多くの思いがある

生きてくれ

生きて、幸せになってくれ

その場に俺はきっと居れない

悲しませてしまうだろう

苦しませてしまうだろう

それでも俺は、正義の味方を張るために

衛宮士郎で在り続けなければならない!

 

黒い月が怯えるように鳴動する

そうだ、俺こそがお前を終わらせる存在だ

5回も続いたこの戦争もこれで終わりだ

 

「こふ----っ」

 

吐血

なにか問題が?

もうこの体でイカれていない場所なんてない

身の程を弁えない魔術の行使。心象世界の具現化に始まり、今は騎士王の剣さえも投影しようと試みる。

さきほどエセ神父にはボッコボコに殴られ蹴られ極められ投げつけられた。

繰り返す。イカれていない箇所など無い。

それでもこの体は俺の理想に付き合ってくれる

なぜなら---

なぜならこの体は---

 

「――――I am the bone of my sword」

 

体は、剣で出来ている

 

約束された----(エクス---)

 

その言葉が真実であるのなら

かの聖剣さえも創り出し

眩き星光を御覧に入れよう

 

ーーーー勝利の剣(ーーーーカリバー)!!」

 

さあ謳え

星が鍛えし聖剣よ

この身が剣であるのなら

さあ謳え

我らの勝利を

この身が剣であるのなら

さあ謳え

全ての悪など歯牙にもかけん

人の夢は斯くも美しい

 

「------------あぁ」

 

「------------あぁ」

 

「勝ったよ、みんな」

 

星のきらめきがすべてを包み込み

目の前には一つの孔

極光の狭間に生まれたその孔は衛宮士郎を飲み込み

この世界から彼を退場させた。

 

それは呪いか

それは祝福か

それは褒美か

それは罰か

 

薄れゆく意識の中で、それでも少年は硬く拳を握り

勝利を謳う。すべきことをし、成すべきこと成した少年は

今、世界から旅立った。


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