「……フェイ」
2月の終わり、世間では雛祭りだなんだと少しだけ騒がしいものの、教会のミラにはほぼ無関係であり、ヴァルトシュタインにもやはり関係がない為、いつも通り。そんなある日……
ふと、読んでいた資料に気になる記述を見つけ、俺は横でソファーに座り束の間の昼休みの睡眠を満喫しているメイドの少女に語りかけた
『全く……。何ですか』
俺の右肩に頭を預けたまま、フェイが何時もより生気の無い眠そうな声で応じる
「質問の前に一つ良いか?何故俺の肩に頭を乗せる?」
『倒れきっては服が皺になります。後、寒いので暖房代わりです』
「そうか」
良く分からないが、フェイが嫌でないならば良いかと、本題に入る
「……いや、あの人の……クライノート・ヴァルトシュタインの手記を読んでいたんだが」
後半がかつての聖杯戦争で燃えてしまったという、後ろ半分が焼けた手記を閉じ、俺は言った
「彼の言う終焉、が気になった」
『聖杯に触れた際、夢に見たのでは?』
「……そうなんだが」
肯定する
確かに、ヴァルトシュタインの管理する聖杯に触れたその時、俺は見た。世界の終わりを。地上を破壊し尽くした、鋼の軍神の姿を
けれども、アレが恐ろしい存在だという事は解っても、アレが何なのかは……正直良く分からない
それは、怖いことだ。言うなれば、強いサーヴァントだと分かっていて、真名を知らぬサーヴァントの対策を考えるようなもの
「それでも、知らなければならないような、そんな気がした」
そんな俺の言葉に、銀髪の少女はゆっくりとその翠の眼を閉じて
『C001、ワタシは眠いので、代わりに』
そう、告げたのだった
『はい、では語りましょう』
低く、心に響く声が、蔵書を纏めた図書室に響き渡る
何時しか、俺の前に……ヴァルトシュタインのホムンクルスの中では成功例に近く、割と絡む方な銀髪狐耳の中性的な青年……
呪術師を目指した人工キャスター。自我は薄いが、ある程度の言語機能と、そこらの魔術師を越える魔術の能力を持つその男は……同じく初期シリーズの生き残りだからか、フェイの元で動いている事も割と見掛ける。模擬戦相手の時は和装、それ以外は基本執事用の仕立てられた服なのだが、今は執事服のようだ
「相方は居ないのか」
もう一人の狐耳……C002、対として造られたというピンクくて少女なホムンクルスの姿が見えず、俺は聞いてみる
『相方ではありませんので』
返ってくる反応はそんなもの。響く声は、どこまでも感情が薄い
……もう少し話してくれたら良いんだが、なんて考えても意味はない
「まあ、良い。教えられるのか?」
『ええ。ヴァルトシュタインの見た終焉とは何かならば』
「ならば、教えてくれ」
『それでは語りましょう
……アリストテレスという言葉に聞き覚えは?』
ある。当然だ。神巫雄輝は、馬鹿ではなかったから
けれども
「アリストテレス。古代ギリシアの哲学者で、プラトンの弟子。かのイスカンダルの家庭教師でもあったと言われる
……じゃ、ないんだろう?」
口の端を上げて、俺は
どうしてか、そう……興奮しているというのだろう。心が躍る
まるで、知るべきだった何かを、ずっと探していた真実に、遂に辿り着いたかのように
『はい。便宜上、《アリストテレス》と
ただ、彼等を総称する際に、そう呼んでいるだけです
アリストテレス、或いはタイプ・○○。それが、ヴァルトシュタインの見た終焉の
「タイプ・マァズ……」
ふと、口を付いてそんな言葉が出る
『……それは、あの鋼の軍神の事ですね。けれども、まずは全体を語らないと分かりません』
眼を瞑り、完全に俺の右肩に体重をかけながらも、フェイが補足した
『アリストテレスとは何なのか、と
。恐らくは知りたいのは其処でしょう
では、星の象徴とは、何だと思いますか?』
「星の、象徴……」
少し、額に左手を当てて考える。何時もは右だが、もたれ掛かるフェイの邪魔にならないように
例えば、月。とある平行世界では、月は地上を観測する最大級の魔術機構だという。それほどまでの差異ではなくとも、火星等の環境は、法則は、地球とは異なる。それは、魔術的にもそうだと言われている。実際に辿り着いて観測した魔術師が居ないため、あくまでも推測に留まっているらしいが
「法則、
『ある意味、そうです。そしてそれには、頂点がある。例えば、地球の魔術、魔法に、根源があるように
他の星という、地球から見れば異常識のルールにも、必ずたったひとつ、絶対的な頂点というものが存在する』
「つまり……」
『ええ。そうです
それこそが、アリストテレス。或いは、星の名を冠して、タイプ・○○
「……地球で言う根源の具現化。意思と姿を持った別の星の根源」
『少し違いますが、まあ、そんなものです』
聖杯戦争とは、そもそもが本来根源に触れるために行われるようなものであるという
で、あるならば。もしも、根源そのものが一個体として存在するならば。万が一、それが世界に、地球に、人類に、牙を剥くならば……
それはもう、ほぼどうしようもないと言えるだろう
根源接続者と呼ばれる、根源の片鱗に触れた者ですら、奇跡を起こせる聖人だとされるほどの力を持つ。聖堂教会の言う聖人のうち、聖書にあるような大魔術レベルの奇跡を祈りのみでやってのけた者は、実は根源接続者であったのかもしれない、とアルベール神父は言っていた
その、圧倒的上位互換能力。アリストテレスとは、ある意味そういうものらしい。どう足掻けば勝てると言うのだ
『ええ。ですから、ヴァルトシュタインは呼ぼうとしてるわけです。彼等を止めうる救世主。人類の味方をし、地球のSOSを止める、完全な
そう、美味しいところだけ持っていくように、フェイが
「救世主か。けれども、根源がタイプ・アースなんだろう?」
『いえ。根源はアリストテレスではありません。そもそも、地球に正式なアリストテレスは現在存在しない
だから、少し違う、訳です。だからこそ、彼等は主こそが、タイプ・アース足り得る偉大なる存在だとしている訳ですし』
その一念への敬意が、あまり感情を見せない銀髪から、少しだけ感じられた気がした
「それで、何故彼等は現れる。異なる星の代弁者ならば、その星に居れば良いだろうに」
ふっ、と、目の前の銀髪が、笑ったように見えた
『それは、人類を見れば分かるのではないですか?
地球を好き勝手に開発し、破壊し、そして自分等のみ繁栄する
暫しの未来、地球に限界が来て滅びるその時にも、そんな人類は生き延びようとするでしょう
……それを地球が恐怖し、人類を何とかしてくれと星にSOSを送ることに、何の疑問がありましょうか』
言われて、言葉に詰まる
その通りだ。人類の行動は、環境という一点から見ればあまりにも悪そのもの。それを否定することなど、出来るわけがない
けれども、でも。生きたいと思うことに、幸せになりたいと思うことに、嘘なんて無い。罪なんて無い。人は誰しも、幸福である権利があるはずなのだから。後は、幸福の中で、対策を考えてゆけば良い。そう思うことも、また確か
要は、人の
だが、地球は信じない。だからこそ……
「
という、話なのか。何故、マーズなんだ?他のアリストテレスは、地球が滅びる時まで来ないんだろう?」
ふとした、疑問。俺はその答えを知っている……気がする
『……これはヴァルトシュタインの別の手記のお伽噺ですが』
結局、俺を枕代わりにゆっくりしているだけなのか、フェイが言葉を続ける
『月が魔術機構の世界において、SOSをいち早く受けて地上に降り立ち、とあるものと戦ったのも、タイプ・マーズだったそうです
要は、軍神という概念みたいなものを持ってるだけあって、アリストテレスの中でも特に喧嘩っぱやいから、すぐにやって来るんでしょう』
……違う。何故だろう、そう思った
『はい。今日は此処まで。寝られませんので』
だが、その思考はフェイの言葉に打ち切られた