『おや、何を読んでるんですか?』
その声に、顔を上げる
声から分かってはいたが、やはりフェイが此方を覗き込んでいた。昼の仕事は終わったようだ
「ああ、これだよ」
そういって、気になって読み返す段階まで来ていた本をパタンと閉じる
『これは……ああ、アヴァロンの魔術師☆Mの』
「そう。円卓の騎士や王を実際に見てきただろうマーリンが書いたアーサー王伝説」
『ワタシも見ましたが、最近市場に出回ってるらしいものとは色々と違いますね、それ』
「……とりあえず、
だが、真実は此方の方。実際に第六次聖杯戦争に呼ばれたというセイバーも、魔剣ぶっぱを得意としたというのだし
『そうですね。まあ、仕方ない事でしょう
何か面白い所はありましたか?大分集中していたようですが』
フェイが近くに座る
「……いや、幾つか気になる所があって」
『気になるところ、ですか』
「なんで、フェイの意見を聞けないかと思った所だ」
『ええ、良いですよ。聞きたいというならば話しましょう。けれども、ワタシの意見はワタシの意見。別にアルトリアの公式見解なんかではありません
それだけ』
「分かってる。何が元だろうと、フェイはフェイだ」
俺が、ザイフリートであるように
『なら、良いです』
そのフェイの言葉を受けて、再び本を開く
「まず気になるのは……」
指差すのは、始まりの部分。幼きアルトリアを描いた、本当の最初
「何故、モルガンは此処ではまるで妹思いの良い姉のように描かれているのに、以降は最大の敵となるのか」
『その変化が分からない、ですか?』
フェイが困ったように首を振った
『そんなこと、モルガン本人しか分かりませんよ』
「だよな。仮説は……いや、これは他の疑問と絡んでるから後でだ」
『忘れても知りませんよ?』
「忘れないさ」
次に捲るのは、即位。剣を抜き、キャメロットを築き、王となった後
「……此処から、アルトリア、とアーサー王、と二つの名前が出てくる」
『何か可笑しいんですか?』
「可笑しいさ
他の騎士は他の名前で呼ばれる事は無い。なのに、彼女だけがアーサー王と書かれたり、アルトリアと書かれたりしている。ガウェインだって太陽の騎士と書かれても可笑しくない場所でも常にガウェイン卿と書かれるなんて、しっかりと別の表現をしないように注意されてるのに」
使い分けの法則は……仮説はあるが、よく分からない
『なるほど、ですね。そう言われれば、違和感は無くも無いです』
フェイの反応に、少しだけ落胆する。この事に関しては、フェイの意見は聞けないだろうから
『それで、何か法則は見えましたか?』
フェイが此方を向き、少しだけ首を傾げる
「ああ。あくまでも感覚……ではあるけれども」
アーサー王、とされた部分に僅かに感じる違和感。それは……
「アーサー王、と書かれた部分は人間味が無い」
『どういう事です?』
「アルトリア、の部分は心が分かりやすいんだ。困っている人を放っておけなかったからマーリンの力も借りて助けた、みたいに
けれども、アーサー王の部分は……」
上手く言葉を探せない。けれども、あえて言うならば……
「理想の王って機械を書いてる気がした」
『理想の王……機械、ですか?それはまた』
フェイの前髪が揺れる
「王として正しい者ならばこうする、そんな選択を機械的に果たした。個人の意思もなく、それが正しい王だから。そんな風に書いている気が……した
しただけだけど、な」
少し、困ったように笑う
本当に、自信がないのだ。こんな解釈……正しいのか、読み違えているのか
『……それで、どう思いました?』
フェイの声も、震えている
当然か。フェイの心を動かすのはアーサー王とマーリンくらい。その片割れの事だから
……言いにくい。これは、かの王を否定する言葉だから。フェイにとって、嫌だろう言葉だから
けれども、そんなことを考えるのは、フェイに嫌われる事を恐れるのは、俺の取るべき行動ではなくて
「正直、気持ち悪かった。気分悪かった
……最初に読んだアルトリア・ペンドラゴンとはかけ離れた遠い存在。アルトリアが、アルトリアで無くなってしまったような……
……こんな事、言える存在じゃ無いけれども。それでも」
だから俺は、思った事をそのまま口に出した
フェイは、何も言わない。何も動かない
その瞳に見える色も、よく分からない
『……そう、ですか』
けれども、返ってきたその言葉は……そこまで嫌悪感を含んだものではなかった
「それで、仮説なんだが」
『覚えてましたか』
「ホンの少し前の事だしな」
『まあ、当然ですね
それで、仮説とは?』
フェイが尋ねる
声音に変化は無い。あんなふざけた事を言っても、怒らないのだろうか。それとも、仮説を聞いてから全てを否定する気だろうか
どちらにしても、言わなければ始まらない
「モルガンは……さ。昔のアルトリアが好きだったんじゃないか、と」
『……続けてください』
「アーサー王なんかじゃない、アルトリア・ペンドラゴンが大好きで
だからこそ、彼女はアーサー王というアルトリアらしからぬ王が、そんな人の心が分からないような行動を取るようになってしまったアルトリアが、どうしても許せなくなった。だから、アルトリアの思い出を汚すアーサー王を、殺したかったんじゃないか?」
これは、やっぱりあり得ない気がしてならない仮説
「そしてマーリンは、そんなモルガンに、アーサー王もアルトリアのように好きになって欲しくて近付いた」
けれど、そうとでも思わないと、モルガンと恋人にまでなったというマーリンが信じられるに足る存在じゃない単なる屑に思えて
『……違いますよ、きっと』
フェイの声は、確かに俺の耳に届いた
『モルガンは、最後までアルトリアに戻って欲しかったんです。きっと、ね』
「……フェイ?」
その言葉を発したフェイは、何処か何時もと明らかに違って……
『なんて、名前を取った元だからってモルガンを美化し過ぎですかね。冗談です』
誤魔化すような、そうでないような笑いを浮かべたフェイからは、すぐにその違和感は消えていた