三日目おまけ あの日の夢を
オレ、は珍しく完全に主観的に物事を見ていた
これより先は人の時代、神たるオレはあまり干渉するもんでもない、とちょいと別世界に引きこもるようになってから、現世を見る際に良くやっていたのは世界を俯瞰する方法。少なくとも個人の視点から見るものではなく、かつて現世で暴れまわっていた頃を思いだし、何処か懐かしい。かの仏の体を借りているお陰でサーヴァントとして現世に出てきており、主観的に見る感覚は取り戻していたとはいえ、やはり昔取った杵柄では違和感は残る
そして、オレが見ているのは……マスターの過去、であった
幾らサーヴァントとマスターのパスがあるとはいえ、狙って見るのは難しい……なんてのは普通のサーヴァントの理屈。一応これでも神性、理屈をねじ曲げて奇跡を起こす程度何でもない。それでやることが美少女の過去を覗く事かよ、というのは……まあ、マスターの心が過去に縛られてる以上、それを何とかしようって事で不可抗力で良いや
見なきゃ始まんねぇからな
とはいえ、今は流石に目を瞑る
時は2015年12/24日、日没ちょっと前。マスター……
つまりは、今のマスターはデート用の服を選ぶ着替えの真っ最中で、流石に眼福眼福と見る訳にもいかない。幸せな時期を知ればこそ……と思い、その辺りの記憶から追っていく事にしたが、細かい調整は失敗しただろうか
マスターの思考が流れ込んでくる。幸福感の中に、期待感が多分に、そして僅かな不安感が混じっている
期待感とは、単なる片想いの幼馴染から一歩進めるかもしれないというもの。不安感は、変な服で行って幻滅されたらどうしよう、というもの。初めて、幼馴染から誘われた夜の街を……クリスマスイブの街を見て回る待ち合わせに、マスターは心を踊らせていた
マスターにとって、どれだけその幼馴染が大切かが良く良く理解出来る
まあ、理解は出来る
暫く……大体30分位して、漸くマスターが服を決める
流石に良いだろうと眼を開く。正確には、自力で遮断していた視覚を復活させる。今のオレはマスターの視点から世界を見ている状態。見るか見ないかしかない。それ以外の自由、他を見たりは流石に無理だ
「行ってきます、伯父様、おば様」
小さく言い残し、マスターは家を出た
返される声は無い。他に引き取り手が居なかった、ただそれだけの事で、意に沿わず引き取らされた少女に対し、この家の主達は特に愛情を持ってはいない。確かに弟の娘かもしれないが、やはり自分の子の方が可愛いのだろう
とはいえ、愛情を注がれていないだけで、特に暴力などを振るわれていない。最低限のものは言えば買って貰えもする。まだマシな環境……ではあるのだろう
だが、それはマスターの境遇を絶対評価した場合だ
幼くして海難事故で両親を喪ったマスターにとって、親の愛は良く分からないもの。そんな愛に飢えたマスターにとって、家は決して良い場所ではなかった
だからこそ……自分に良くしてくれる、両親の葬式にまで来て励ましてくれた幼馴染にのめり込む……というのも、無理なからぬ事だろう。自分が愛に飢えているからこそ、強い愛を注ぐ。端的に言えばぞっこん、ありがちではある
マスターの思考によると、待ち合わせは夜8時頃、駅前から見える大きなツリーの前。幼馴染のバイト……というか、友人の手伝いが終わってから……という事だ。家のクリスマスケーキやるから、代わりにちょっと手伝ってくれと言われ受けたらしいのは、まあどうでも良いや
兎に角、マスターは割と早くに家を出た訳だ。待ち合わせの一時間前には来るタイプの行動だ
そうして、そわそわしながら待っているマスターに、一本の電話が掛かってくる
発信者は、神巫雄輝。ひょっとして、8時に閉めると言っていた店が、早めに売り切れたのだろうか。喜び勇んで電話に出たマスターに対しての言葉はしかし、マスターにとってどうしても受け入れられない事であった
「紫乃。悪いんだけど、約束は無しで良いか?」
「どういう事なの、かーくん?」
時間は7時30分。待ち合わせの30分前、そんな時間に突然そんな事を言い出すなんて、どうしたのだろうとマスターが困惑する
オレ自身は、困惑している当時のマスターとは違い、大体事情は分かるがそれでもどうかと思うような対応方法に思える
眺めている間にも、話はおかしな方向に拗れていく
神巫曰く、他の約束優先するから帰れ。他の子とデートすることにした。ぶっちゃけ振る気で呼んだけれど、もう口頭で良いや
言っている事を要約すると大体こうなる
ああ、バカだ。あの幼馴染はそうでもしなければマスターを返せないと思ったのだろうが、マスターを深く傷つけすぎる。どうしてそんな馬鹿な道を選ぶのか、オレには理解しにくい
……ああ。やっぱりあのセイバーのマスター、あいつだわ
だが、そんな事は納得できた。間違ってはいないのだろうが、どうしてそんな過酷な道を態々選ぶ、その行動は、セイバーのマスターに実にそっくり。アレがどういうものか少し分かっていない部分もあるが、とりあえずよく似ている事は確かだ
そうして、マスターは
「大嫌い!もう知らない!」
とだけ言い残して電話を切る。そして、泣きながら家路に付いたのだった
そうして、マスターは泣きはらしたまま、夜が更けていく
朝になっても、隣の家へ、幼馴染が家へ戻った様子は無かった
マスターが絶望的な気分になる
そんな中、一人の男が、マスターの元を尋ねた
「警察のものです」
昨日の爆発事故について調査していると、男は、そう名乗った
「……爆発……事故?」
「昨夜8時頃、駅前で爆発事故があり、関係者に話を」
「……関係者って何ですか」
警戒するように、マスターは問う
「爆発事故の原因は、恐らくケーキ屋のガスの閉め忘れ」
「ひょっとして……なんですけど」
「はい。貴女の友人が手伝いをしていたらしく、事故後行方不明なので何か手掛かりはと」
此処で、夢は途切れる
当然だ。この先を、気を喪った当時のマスターは知らないのだから
だからオレがダイジェストしよう
一日後、意識を取り戻したマスターは、8時に起こった爆発事故の詳細を聞く
それは、4人の死者を出し、100人以上の怪我人を出した事故についての事。生存者の証言として、ガスを最後に見に行ったのは神巫雄輝であること
事故現場に血痕こそ残っていたものの、彼の死体等は見つかっていない事等
そうして、マスターはもしかしたら、あの電話は、何か嫌な気配を感じた彼が、自分を遠ざけるためにわざと酷いことを言ったのではないか、という事に思い至る
だがそれはマスターの救いでも何でもなく……
傷付いた心のまま、ぼんやりと一年を過ごすのだった
あの手紙が送られてくる、その日まで