Fake/startears zero   作:雨在新人

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12/23 ジングルベルの音色と共に・1

『ジングルベール、ジングルベール、すっずが鳴るー

 明後日は楽しいクリスマスー』

 俺の意識は、そんな綺麗な……というよりも可愛らしい歌声により、ふとした微睡みから起こされる

 「……今日は、じゃないのか」

 『うん、まあね。けど、現実の今に合わせたいじゃん?

 おはよっ、フリットくん!』

 にこやかな、それこそ太陽のような笑顔で、歌いながら敷地内に用意されたツリーの飾りつけをしていた少女は挨拶をしてくる

 「……ああ、お早う、ミラ」

 まだ、意識がぼんやりしている。今は何時で、此処は何処で、俺は何者で、それらが全て曖昧で……

 明確に覚えているのは、目の前に居るのが、ミラという少女である、という事だけ

 いや、理解する。分かる……はずだ

 俺の名はザイフリート、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。この少女が暮らす教会に居候する、孤児である

 ……本当に?とは思うが、思い返した所、そんな事しか思い浮かばない

 

 身を起こす。冬の木が落とす半分枯れた葉が、俺の体からこぼれ落ちた

 教会敷地内の広い庭。そこの一角で、俺は眠っていたようだ

 「お早う、ミラ」

 同年代で、それでも自分とは違って正式に教会でシスターとして働いている少女に向けて、俺はそう呟く

 『うん、改めておはよっ!

 まっ、もう昼間過ぎちゃってるけどね』

 言いながら、軽く音をたてて、少女は木の天辺に星を飾るために使っていた脚立を降りる

 「何か、やるべき事が……」

 頭が痛い。俺は、何かを忘れている

 『全く、寝坊助さんかな?終業式は、今日の午前中に終わったよ?』

 「終業式……」

 『うんうん、そうそう。終業式。高校生なら当然だよね

 帰ってくるなりお昼寝始めちゃって、きっと疲れたんだろうなって思ったけどね』

 何だろうか、全くもって、俺とは関係の無い言葉な気がしてならない

 『寝坊助さんなフリットくんには、今からちょっと温かいお昼のスープ持ってくるから待っててね

 それで体をあっためて、頭を働かそ?』

 言うだけ言って、少女はぱたぱたと足取りも軽く教会へと駆ける

 

 ……少し、頭を整理する

 俺の名はザイフリート・ヴァルトシュタイン。ヴァルトシュタインの……ヴァルトシュタインの……何だ?

 思い出せない。いや、思い出した

 記憶喪失の孤児……違う

 

 駄目だ。どうにも、記憶が混乱して……

 ふと、外を見る

 其所に、あるはずの無いものを見た

 俺とほぼ同じ顔。けれども、肌はもっと白く、髪はストレスで白く染まらず、目は色素異常で色を失わず。そうだ。その姿に当てはまる言葉を、俺は一つしか知らない

 リボンで髪を二つにくくった少女の横に居る彼は、神巫雄輝。俺になって消えてしまったはずの存在だった

 

 『ん?どうしたの?』

 「どうして……彼が」

 気が付くと、ミラが戻ってきていた

 ……待て、思い出した。全てを

 ならば、と構えかけるも、魔力を繰れない。光の剣を形成することが出来ない

 『うんうん、物騒なものは無しで、ね』

 「裁定者(ルーラー)、ミラのニコラウス……

 俺に、何をした」

 『何も?』

 「そもそも、聖杯戦争は……」

 こんなのんびりしては

 『やっぱり寝坊助さんだ。はい、スープ』

 だというのに、のんびりと、まるで昔、単なるシスターのふりをしていた時のように、ミラは手にしたカップを差し出す

 『聖杯戦争なら、フリットくんがバーサーカーを倒して終わったでしょ?』

 「は?」

 ……何を言っているんだ?

 一瞬、固まる

 「ならば、俺は」

 『けど、不完全なビーストなフリットくんじゃ、世界を遡るなんて離れ業無理だし、何だかんだ紫乃ちゃんの一年を無意味にしちゃうことに疑問も持ち始めていたからね

 だから、普通に聖杯は第三魔法の使用に使って、あそこの神巫くんを蘇らせて、それで聖杯戦争はおしまい

 ひょっとして、忘れちゃった?』

 「いや、ならば、ミラは……」

 『ん?わたし?フリットくんがそれで死ぬのも嫌だったし、そもそも魂ある程度修復に時間かかるしで……』

 てへへ、とそのかつて裁定者のサーヴァントだった少女は笑う

 『ちょっとルール的にはグレーなんだけど、サンタさんは偉いからね。クリスマスプレゼントとしてもう一個聖杯を用意してフリットくんにあげたんだ

 わたしが居るのも、フリットくんが生きてるのも、その聖杯のお陰』

 あっけからんと、少女は告げた

 聖杯戦争というものを、根底から無意味とするような言葉を

 「ちょっと待て」

 『うん、元々わたし、マスターの為なら自力で聖杯用意出来ちゃうからって、誰にも肩入れしないルーラー以外での聖杯戦争への参加を禁止されちゃってたからね』

 所謂、出禁って奴だねと、笑う

 『けどまあ、そもそもヴァルトシュタインが勝つことが前提って、今回の聖杯は不公平だからね。バーサーカーが負けても尚認めないような駄目な聖杯なら、もうわたしが代わりに何でも願い叶えちゃってもいっかなーって事で』

 「ならば、その奇跡は……」

 『駄目だよ、フリットくん。その先は

 だってフリットくんだって、心の奥底では、幸せに生きたかったんでしょ?

 そうじゃなければ、他人の幸せを奪うことを、あんなに思い悩んだりしないよ。自分の幸せがどうでも良い人は、他人の幸せだってどうでも良いもんね

 もう充分に苦しんだよ、フリットくんは。だから後は、わたしに色々と任せて幸せに過ごしちゃえば良いんじゃないかな』

 彼を、神巫雄輝を本当の意味で救うことに使うべきだ

 そう、言おうとした。そう、言いたかった

 ……けれども、その言葉をつぐんだ

 否定、しきれなかった。あまりにも、俺は弱かったから

 「というか、ならば今のミラってどんな存在なんだ?」

 だから、そんな質問に逃げる

 そうして、左の手で頭を抑えて思い出そうとする

 

 ……そうだ。確か俺は、あの日あの時、12/18日の夜。アサシンの存在と引き換えに、バーサーカーを滅した。そうして、尚も諦めないシュタール・ヴァルトシュタインの首を跳ね、その祖父グルナート・ヴァルトシュタインを三枚におろし、ヴァルトシュタインの血を引く者を全て聖杯の認識する世界範囲からその死をもって抹消する事で、聖杯にヴァルトシュタインの敗北を認めさせたのだ

 そう、そうだった……はずだ

 

 『ん?今のわたし?もうルーラーじゃないよ

 敢えて言うならば、キミと契約したライダーのサーヴァントの亜種、かな?』

 「……亜種、なのか」

 『まっ、そうでもないと、わたしがわざわざ残る理由なんて無いしね。フリットくんとわたしは表裏一体、一心同体……みたいなものかな

 だから、寝坊助さんで色々と忘れてるフリットくんに改めて自己紹介しよっか』

 綺麗な少女の瞳が、俺を覗き込む

 『わたしはちょっと冠位ってものを持ってるだけのライダーのサーヴァント、真名はミラのニコラウス。気軽にミラでもサンタさんでも好きに呼んで良いよ

 今は、フリットくんっていうビーストを、人間のままに抑えるのがお仕事かな。ってことで、宜しくねマスター』

 「あ、ああ……

 そう、だったな……」

 左手に刻まれた、三画の赤い痣を見ながら、俺はそう答えた

 

 本当に?という疑問を、未だに抱えながらも


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