Fake/startears zero   作:雨在新人

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12/30(ミラ視点)

『あっ、こんにちは!』

 彼を逃がさないように、わたしはそう声をかけた

 目の前に居るのは、たったひとつの想いだけを瞳に湛えていた少年、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。わたしが聖杯に召喚された理由ではないかなと思われる、体内に剣士のサーヴァントを宿す人工サーヴァントだ

 けれども、今の彼は宿したサーヴァントとの同調が上手くいっていないのか、それとも……英霊側から彼が耐えられないと抑えているのか、あまりサーヴァントっぽくはない。今、彼を殺せば……彼の中のサーヴァントは、聖杯に呑まれる事無く座に還るだろう

 だけれども、わたしは同時に確信してもいる。今、彼の瞳にあの日の真っ直ぐさは見えない。けれども、きっと本質は……何にも変わってなんか無い。あの瞳が出来るような彼だから、このままであれば何時かサーヴァントに近い存在までも辿り着いてしまう

 だから、わたしがやるべきことは彼を殺すこと

 

 けれども、まだ、聖杯戦争は始まっていないから。まだ、本当に裁定者(ルーラー)が呼ばれるような聖杯戦争の歪みが彼なのかは結論が出せないから。そんな言い訳をして、わたしは彼を殺すのを先延ばしにしていた

 そんな事をしても、いざという時に辛くなるだけだなって、そんなことは分かってる。けれども、もしかしたらという思いを否定しきれなくて……

 

 「……ミラ」

 彼の手にあるのは小さな包みだ。丸薬……というものだろうか

 『ん?それは?』

 聞いてみる。答えが帰ってくるとは

 「……家の方で貰った御飯だ」

 帰ってきた。家とはヴァルトシュタインのこと。思ったことは間違ってなかったらしい

 『美味しいの?』

 「ああ、美味しい」

 きっと、それは嘘ではない。あくまでも、彼の中では。何度か、彼と話してみてよく分かった。彼の言う幸福の基準

 例え泥水であっても、それこそ極論毒であっても彼は美味しいと言うだろう。だって彼は……自分は本来そんなもの得られる訳がないと思っている。自分自身をそう信じ込ませようとしている

 産まれてくることすら本来無かった。そんな自分が何かを食べられる。無に比べれば何でも美味しいし、幸福だ。そうに違いない。いやそうでなければならない

 きっと彼はそう自分を呪っている。……彼の言う幸福なんて一切信じられない。信じたくない

 だから、聞いてみる

 『一個貰っても良いかな?』

 少し迷う素振りを見せた後、彼は大人しく包みから丸薬を一つ取り出した

 「ああ」

 『それじゃ』

 口に含んでみる

 青汁のような……というべきなのかもしれない、何とも言えない不味さが口に広がった

 ただただ単純に不味い。人間が口にする事を考慮していない、単純に効能だけを詰め込んだものだった

 体に、僅かな震えが走る……魔力の活性化

 恐らくは、彼の性能を引き上げる為の……彼をサーヴァントに近付ける為の投薬そのもの、それがこの丸薬なのだろう

 『……あんまり美味しくないね』

 「……そう、なのか?悪い、ちょっと舌が独特って皆に言われててさ」

 彼は首を傾げる

 独特……嘘だ。裁定者として少しヴァルトシュタインに関して調べてはみたけれど、それによると、彼がとある人間を素体に作られたのは4日前の12/26日、わたしが召喚された直前。独特だって言われる程に物を食べている訳がない

 

 『ちょっと、研究させて貰っていいかな?珍しい味だし』

 だから、わたしはそう言う

 とりあえず、この丸薬は危険だった。無理矢理に魔力を活性化させる。それは、彼を彼の中のサーヴァント……恐らくはセイバーに近付けてしまうだろうから。彼がセイバーになるようなら、わたしは聖杯戦争の監督者として、彼を殺さなければならないから。あんな眼を、あんな覚悟をした彼を……こうまでそのまんまの人間が居るなんて思わなかったくらいわたしが昔助けたかった人間の象徴みたいな彼を……この手で消さないといけないから

 だから、せめて、少しでも本当に彼が正すべき歪みなのかっていう結論を延ばしたくて、そんな事を言っていた

 「けれど、食事は」

 『だいじょーぶ、貰う代わりに、わたしが作るよ

 ちょっと近くの部屋で待ってて』

 「……それなら」

 迷いながらも、彼はわたしに包みを渡す

 わたしはそれを受け取って、教会の厨房に立った

 

 厨房の中で、わたしは見回す

 「裁定者、聖ニコラウス」

 声が掛けられる。聖堂教会の神父であり、これから起こるだろう第七次聖杯戦争の監督役。神父アルベールの声

 『うん、今のわたしはこの教会のシスター、ミラ。そういう事で

 バレちゃうからね、色々と』

 言って、厨房の中を探す

 わたし自身、自前の魔力供給として食事はするけれど……そこまで食事に重きを置いていなかったからか、ロクなものが残ってない

 作れるとして……ありあわせのスープくらいだろうか。わたしなら質素な食事には慣れてるしそれで良いけれども、彼に出すにはちょっと考えてしまう

 

 もうちょっと、何か買うかなぁ

 なんて考えて、自分がとても馬鹿な事を考えている事に気付く。まるで、恋する乙女みたいな反応だなぁ、わたし

 彼はきっと、いずれわたしが殺さなければならなくなるのに。あって欲しいとは思っているけれども、きっと彼以外にわたしが呼ばれるに足るだけの聖杯戦争の歪みなんて無いし、そもそも……他に歪みがあったとしても、彼を殺さなくても良いなんてことには……彼がセイバーに近付く前に聖杯戦争が終わらない限り無い。わたしが全力を出しさえすれば、それも出来なくない気がするけれど……それは出来ない。だってそれは、ルーラーであるわたし自身が聖杯戦争を破壊する事になってしまうから

 だから、彼に何かもっと、というなんて、本当は考えるのも可笑しい

 

 気が付くと、スープが出来ていた。作れるものも他に無いし、当然の選択

 お皿に盛って、彼の所に持っていく

 「……美味しい」

 一口食べて、ぼんやりと彼はそう呟く。その声は、思わず口を付いて出た感じで。僅かな微笑みも浮かべていて。作られたその時から自分を呪っているだろう彼からすれば、どこか異質な笑顔だった

 

 出来ない、なぁ

 自分の弱さに呆れ返る。こんなにも、わたしは弱かっただろうか。やらなきゃいけない正しいことがあって、それをやる覚悟を決められないくらい、ミラのニコラウスという存在は優柔不断じゃなかったと思うのに。その笑顔を見ただけで、彼への殺意をどうしても抱けない

 『美味しい?』

 「ああ、有り難う」

 彼が笑う

 胸が締め付けられる。わたしがもしも彼に呼ばれていたら、ザイフリート・ヴァルトシュタインという一人の為に……

 そんな思いを振り払う

 

 『そんなに喜んで貰えると、作り甲斐があるね

 たまに、食べに来る?』

 それでも、気が付くとわたしはそんな事を言っていた

 これは……あえていうならば、凄く弱くなってしまったわたしへの逃げ道

 「いや、それは悪い」

 『ううん?沢山作る方が、色々と作れるからね。少量だとバリエーションが作れなくて』

 嘘じゃない。そんな目的じゃないだけ

 「有り難う」

 そう、彼は言った。けれども、まだまだ隠しきれてはいない瞳の奥には、そんな幸福を貴様が得て良いわけがないという思いが微かに見えていて

 『それじゃ、たまに今日みたいに朝来てね』

 だから、これは賭け。彼を殺さなければいけない、だから新年という節目に彼を……殺す。だけれども、もしもわたしがどうしても覚悟を出来なかった時の次善策

 彼がセイバーになってしまわないように、彼の中のサーヴァントとのズレを大きくし、今の彼の根底を崩すために

 彼の覚悟を弱くする、そんな作戦の第一歩だった


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