主人公は帝翔君(ていと、くん)です。
本編とは全く関係がないです。
男女比が極端に偏っているため、何人かは今回男として作品に登場します。不快に思った方、申し訳ございません。
梅雨もようやく開け、まだジリジリとうだるような暑さもなく。かといって夏の足音が全くないかと言われたらそうではなく、所々からセミの鳴き声が聞こえ始め、雲も夏特有の雄大な入道雲が出始めた。そんな初夏のある日のホームルームの時間。
担任の隼鷹のいつもの連絡事項、呼び出し等を聞き流しながら帝翔はあくびをかみ殺していた。
(退屈だなぁ……中間テストは終わったし、期末まではまだちょっと時間もあるから急がなくてもいいし)
四月に入学式の準備、五月には新入生歓迎会、六月には定期テストと学園祭と忙しかったために、特にイベントがないこの時期に二ヶ月遅れの五月病がやってきたのだ。
この学園は生徒の自主性を重んじる校風のため学園側からはあまりイベントは主催しない。その代わり、生徒が企画を持ってくれば学園から援助を受けることが出来る。先程の歓迎会も生徒企画のものだ。
「じゃあ、これで朝のホームルームは終わりだ。授業の準備しろよー 」
そう担任は言って退室する。
(やれやれ、やっと終わったか)
帝翔も鞄から教科書、ノート、筆箱を出して次の授業の準備を終え、始まるまでSNSでニュースでも見てようと携帯の電源を入れた時、隣の席の友人、北上が恋人の大井を連れて話しかけて来た。
「よう、帝翔。相変わらず彼女いなさそうな顔してるな」
北上の軽口は今に始まったことではない。
帝翔は携帯を操作しながら顔を上げずに応える。
「北上、余計なお世話だし、この顔は生まれつきだ」
そう返すと北上の隣で羨望の眼差しを向けていた大井が口を挟む。
「帝翔君。突っ込むところが違うと思いますよ?」
「ぐっ……で、北上。どんな用だ?今忙しいんだけど」
「携帯でニュース見て時間潰すのは忙しい男がする行為だとは思えないね。いや、そうじゃない。本当の用はお前に頼みがあるんだ」
帝翔はここでようやく北上の方を向く。
「頼み?珍しいな」
「ようやくその使い道皆無な無駄イケメンフェイスを向けてくれたな。頼みってのは、俺が今企画してる事を手伝って欲しいんだよ。その名も『 七夕プロジェクト』!」
自慢げにそう語る北上と対照的に帝翔は冷めた態度で返す。
「パス」
「何でだよ!?ちょっとくらい話の内容を聞いてからでもいいだろ?」
「内容も何も、分かりきってるじゃないか。どうせ七夕に便乗して、この暇な時期に騒ごうって魂胆だろ?」
そう帝翔が言うと、北上は図星だったようで、グッと大げさに仰け反ったが、気を取り直して帝翔の説得を続ける。
「でもでもでもでも!参加者はこんなに集まっているんだぜ?可愛い女の子もかなり集めたしさ!今回はお前のためと思って企画したんだぜ?」
北上がそう言いながら、リストを帝翔に見せる。帝翔がリストを眺めている間にも、北上の演説は続く。
「先ずは1年生の潮ちゃんに、曙ちゃん。いやー苦労したぜ?潮ちゃんはともかく、曙ちゃん引っ張ってくるのは?あとは1年生で生徒会に入ってる吹雪ちゃん!この子は欠かせないね!正統派って感じだな。ま、その子は俺の弟の木曽に頼んでもらったんだけどな。その代わり、あいつが狙ってるC組の天龍も誘う事に成功したんだよ!……まぁついでにあいつの弟の龍田君も参加したみたいだから木曽には少し同情するぜ……。まだ居るぞ!先輩らもにも声掛けて弓道部の赤城先輩に加賀先輩。お!弓道部と言えば隣のクラスの瑞鶴、加賀先輩の事狙ってるらしいから後で声掛けて見ないとな!後は水泳部のゴーヤ、はっちゃん、イムヤ先輩の人魚三姉妹!そうそう!阿賀野の野郎のツテで妹の矢矧ちゃんも引っ張って来れたらしいぜ!」
北上が熱演してるのに相変わらず帝翔は冷めている。
「ふーん……で、俺に何を手伝えばいいの?」
「参加者は大体揃ってきてるからあとは当日までの準備だな、お前、道路工事のバイトやってるから体力あるだろ?大丈夫!前日までは色々やってもらうけど、当日はしっかりフリーにしてやるから」
軽薄だが、相手の事もしっかり考えている。それだから北上は学園でも有名で人気もあり、こんな大掛かりなイベントの主催が出来るのだろう。
帝翔も北上の頼みならと了承する。
「分かったよ。」
「サンキュー!当日までに絶対お前の好みの子見つけて参加してもらうからな!」
「いいよそう言うのは。所で、参加者ってさっき言った子だけなの?」
「いや?さっき言ったのは俺や俺のダチが参加してくれるように頼んだ子。あとは校内チャットサイトとか、掲示板に張り出して募集してたんだよ」
「へー……まぁいいや。で?俺はまず何をすればいいの?」
「お前バイク持ってたろ?ホームセンターまで買い出しに行ってほしいんだよ。俺も持ってるは持ってるけど、現場監督が離れるわけにはいかないからな。勿論、ガス代は経費で落とすよ」
帝翔はバイクの鍵を握りながら頷いた。
「分かったよ。引き受けた」
「助かるよ。買い出しに行くのはもうちょい後でいいからな」
「オッケーそれまでに欲しいもののリストをメールで送ってくれ」
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(まぁ……退屈しのぎにはなるかな?)
と思いながら歩いていたら北上からのメールが届いた。
廊下を歩きながらメールを確認をする。
(けっこう買うなぁ……1回でいけるかな?)
と考えていたら学校の掲示板に北上の七夕祭のポスターを見かけた。
(へぇ……結構しっかりしてるポスターじゃん)
と思いながらポスターを眺めていると一人の女子生徒がこちらを見ているのに気がついた。
(ん?誰だあれ?)
肩までのふんわりとした染めてない故のナチュラルな色合いの茶髪。その金色の双眸は見るもの全てを見通すかのようだ。女子にしても平均より少し小さな体。
(知り合い……じゃないよな。腕章は緑だから同級生?)
そう帝翔が思っていると女子生徒はこちらに向かって歩いてきた。
帝翔はたじろぎながらも見知らぬ人から逃げ出すのも失礼と思いながらその場にとどまった。
「このポスターを見ていたんですか?」
女子生徒は前フリもなくいきなり話しかけて来た。
「あ、ああ。そうだよ。俺の友達がこの七夕祭を企画していて、それでちょっと気になってさ」
「ふーん……」
(あれ?ちょっと機嫌悪そう?)
少女は何も言わずにポスターをじっと眺めている。
帝翔は沈黙に耐えきれずにどこかに行こうとしたが隣の謎の少女の圧力に動けない。
「そ、そういえばこのポスターの絵、誰が描いたんだろうね?上手いし、この絵俺好きだな」
と絵に関して全く知識も才能もないような男の帝翔が場繋ぎの為に言ったこの一言が少女を振り向かせた。
「……今なんて?」
「え?」
1歩踏み出してくる迫力に押されながらも帝翔は答える。
「こ、このポスターの絵上手いなーって」
「その次」
「え?次?……えっと……この絵、好きだなぁって」
そう言うと今まで鋭い目付きて睨んできた少女がパァっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「……嬉しい!」
そう言って少女はパタパタも廊下をかけていった。
(嬉しい?なんの事だろう……それにあの笑顔……綺麗だったな……)
帝翔は北上から買い物の催促のメールが来る30分後までその場でボーッとしていた。
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「ただいまー」
「おー、おかえりー。遅かったなー?」
「悪い悪い、ちょっと寄り道してた」
「なんだー?可愛い子でも見つけてナンパしてたのか?」
いつもなら軽口で応戦するのだか、帝翔はポスターの少女を思い出して赤面する。
「あれ?……マジで?」
「あ、いや、その……ナンパとかしゃないぞ?ただちょっと不思議な子だったなぁって」
帝翔はふとポスターの絵を褒めた時の笑顔を思い出した。
「なあ、北上。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
「昇降口の掲示板のポスター。あのポスターの絵って誰が描いたの?」
北上は腕組みをして少し考える。
「ポスターの絵の子……うーん。あ!思い出した!美術部の若葉さんだよ」
「それってどんな子?」
帝翔が聞くが、返答は芳しくないものだった。
「いやー、それがよく分からないんだよ。今美術部も作品会が近いからって皆に絵の依頼拒否られてさー。誰でもいいから!って言ったら若葉さんがスッて手を挙げて」
「へー、そうだったんだ」
すると北上が周りをキョロキョロとしてから顔をを近づける。
「ここだけの話な?若葉さん、美術部の作品会とかにも全く出展してないらしいんだよ。頼めば絵とかは描いてくれるらしいけど、絶対に作品会とか展覧会とかには出さないらしいよ。ウチの学園の美術部は緩い方だから許されてるらしいけど、美術部内でも誰とも話さないし、クラスでも孤立ぎみだって」
今度は帝翔が腕組みする番だった。
「ふーん……あの子が……」
「あだ名は彫刻って言うらしいぜ?ずっときつい目付きでニコリともしないからって」
「え?笑わない?あの子が?」
「おう。絶対に表情を崩さない美術部員だからってついたらしいぜ」
(あの時の笑顔は?)
帝翔が考え込んでいると北上は他の人に呼ばれてどこかへ行ってしまった。
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次の日の放課後。帝翔は美術部に来ていた。
(いやいや、何いきなり来ているんだよ。普通に考えて迷惑だろ?他の部員とかにも……)
と思って帰ろうとしたらドアが内側からガラッと開いた。
「うわぁ!」
と驚いて尻もちを着いてしまう。
そこにいたのは昨日の女子生徒、若葉だった。
「……気配がしたから。新入部員かなって思って。いきなりドア開けてごめんなさい」
立ち上がりながら帝翔も謝る。
「いや、こちらこそいきなり押しかけてごめん」
若葉の鋭い目付きが問いかける。
「どうしてここに来たの?」
「うーん……よくわかんないんだよ。あの後、友達に君のこと聞いてね。ちょっと興味を持ったって言うか……」
とここまで言いかけて帝翔は北上の北上のナンパのくだりを思い出す。
(何言ってんだよ俺!これじゃあほんとにナンパじゃないか!)
と内心焦るが、若葉は気にする素振りを見せずに
「私に興味?面白いね。まぁいいや、入って」
と中に招き入れてくれる。
「いいのか?他の人は……」
「他の人は皆作品会に作品を出しに行ってる」
若葉が言うように中には誰もいなかった。
部屋の真ん中にあるのはこじんまりとした机の上に置かれた鉛筆とスケッチブックだけだった。
「今日は気が乗らなかったから落書きしてたの」
と帝翔に言うでもなく若葉が独りごちた。
帝翔はスケッチブックを手に取って
「見てもいいか?」
と聞いた。若葉は頷いて椅子を差し出してくれた。
「どうぞ、好きにして」
「ありがとう」
若葉が差し出してくれた椅子に座って帝翔はスケッチブックをパラパラとめくった。
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(凄いな……よく分からないけど、凄いことだけは分かる)
帝翔はスケッチブックに描かれた絵をながらながらそう考えた。
鉛筆で描かれたその絵の中の人物はスケッチブックの中で生き生きと動いており、背景画ではその世界の気温や音までもが分かるほどだ。
熱中してスケッチブックを捲っていた帝翔の頬に冷たいものがピトッと当たる。
「うわぁ!?」
本日二回目の悲鳴を上げながら顔をあげたらそこにいたのは缶コーヒーを二つ持った若葉だった。
「ごめんなさい。あんまり集中してるから声かけるのためらって」
と謝りながらコーヒーを手渡す。
ありがとう。と礼を言いなが受け取る。
「こっちこそ気づかなくてごめん。絵、すごい上手いね」
帝翔が賞賛すると若葉は照れた様子もなくありがとう。と返す。
「いいけど、北上君の仕事は手伝わなくていいの?」
「あれ?何で知ってるの?」
「最近話題だよ。あの北上君の使いパシリをしている人がいるって」
流石は北上の影響力。使いパシリすら有名にする。
「今日は特に運ぶものを無いからいいって言われてさ。明日からまた忙しくなるよ」
「ふぅ……ん。もう来ないのか」
若葉がボソリと呟く。
「次来れるとしたら七夕祭後かな?まぁ俺が邪魔じゃないならって話だけど」
帝翔がそう言うと、若葉は首をブンブンと振った。
「ううん。邪魔じゃないよ」
そう言って若葉ほ顔を赤らめる。そこに彫刻と揶揄される姿はなく、年相応の表情をしていた。
「あ、あのさ、どうして作品会には作品を出さなかったんだ?」
帝翔が聞くと若葉はさっきとうって変わって恐怖の表情を浮かべガタガタ震えだした。
帝翔が驚いて駆け寄ると若葉が吐き出すように叫んだ。
「怖いの!……昔はただ絵を描いているだけで楽しかったし、皆が褒めてくれた。でも……中学の時の作品会で知らない人が私の絵を見た時。私の絵を酷評したの。それから大勢の知らない人が私の絵を貶して、ビリビリに破いて捨てるんじゃないかって……そう思うようになったの。だから作品会には絵を出さなくなったの。学校内くらいなら良いと思ったけどやっぱり掲示板を通る度にビリビリ引き裂かれてないかって怖かったの……」
(そうか……だから俺の事睨んでいたんだ。自分の作品が壊されないか不安で……)
帝翔は若葉の頭にポンと手を置きながら言った。
「……俺は若葉の絵好きだよ。大丈夫だ」
帝翔に何が出来る訳では無い。だかこの一言が確かに若葉を救ったのだ。
「……なぁ、若葉」
「なぁに?」
「七夕祭に、自分の絵を出してみないか?」
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「なに?絵を出さして欲しい?お前、絵なんて描けるのかよ?」
翌日、北上にそう持ちかけると訝しげな目で見られる。
「いや、俺じゃないんだ。若葉の絵を出して欲しい」
帝翔がそう言うと北上は腕組みをして考える。
「絵かー……出来なくはないけど……その絵以外は多分用意出来ないぞ?」
「構わない。若葉の絵さえあればいいんだ!」
北上はにやりとして告げる。
「なるほどぉ。お前、そこまであの子に惚れ込むとはなぁ」
帝翔が赤面して否定する。
「そ、そんなんじゃねぇよ!ただ、彼女の……」
言葉に濁らせた帝翔に北上が聞き返す。
「彼女の?」
「いや、とにかく頼んだぞ」
そう言って帝翔は準備にとりかかる。
(七夕祭まであと四日。準備は終わりそうだけど……若葉の絵は完成するのかな?)
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七夕祭まであと三日。
帝翔は若葉に言った通り、北上の指導の元準備に明け暮れていた。
準備が進むにつれて必要なものも増え、買い出し班も結成され帝翔はそれのリーダーを任されていた。
買い出しから戻った時、水道で女子生徒が話しているのを見かけた。絵の具のついたパレットを洗っているところから、どうやら美術部員のようだ。
「ねぇ?知ってる?最近若葉さん、ずっと絵を描いているらしいよ?」
「あの人私嫌いだなー。何考えているか分かんないし。コンクールに絵今まで1枚も出した事がないんだよ?でも部長より絵上手いし……なんかあんたとは世界が違うんですーって言われているみたいでウザイよねー」
帝翔の頭に血が上るのが感じれた。買い出しの荷物も足元に落としたがそれも気付かず、帝翔は女子生徒に掴みかかる勢いで叫んだ。
「お前らっ!若葉の事を何も知らないで!」
女子生徒は冷めきった態度だ。
「はぁ?誰あんた?意味わかんないし」
「そーそー、別に彫刻の悪口とか今更みんな言ってるし、何でウチらだけグチグチ言われなきゃいけないわけ?」
「ホントダリーし、彫刻のオトコかなんか知んないけど、ウザったいよ!」
「ウザイもん同士、お似合いだね!」
「言えてる!キャハハハハハハハハ!」
そう言って二人の女子生徒は去っていった。
(何でだよ!あんな笑顔で絵を描くやつがあんなに苦しんでいて、あんなに簡単に人の事を悪く言えるやつが楽しそうに生きていられるんだよ……)
そう思っていたらピトッと頬に何かが当たる感触。
ハッとして顔を上げると若葉が帝翔の頬に手をあてていた。
帝翔の頬に涙が零れ、若葉の手を濡らす。
「ごめん……」
「どうして、あなたが謝るの?」
「君の事を……」
「私の事をどうするつもりだったの?」
「それはっ!」
「……やっぱり私は絵を描くべきじゃないのかもしれないわね」
「違う!そんな事ない!君の絵はあんな奴らのせいで失われちゃいけないんだ!」
「それはあなたや私じゃなくて世間が決めるべきよ、そして世間とはああ言う連中が作るものよ」
「……なら世間なんていらない。無くなってしまえばいいんだ」
「だめよ、あなたは世間に愛されている存在。私とは違うのよ」
「……君が居ない世間なんで……君が生きていない世間なんて必要ないんだ」
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七夕祭当日。
あの日から二人は会っていなかった。北上経由で話は聞いて絵は完成したらしいが。本人が来るかは分からないらしい。
イベント自体は大成功し、北上も御満悦のようだ。
北上が締めのイベントの説明をしている。
「みなさーん!七夕で願いを込める星って何か知っていますかー?」
すると群衆から一人の生徒が「織姫と彦星!」と叫ぶ。
「正解!十点です!さて!じゃあ織姫と彦星の星の名前は何でしょう?」
と言うと流石に即答できる人は少ないらしくしばらくザワザワとした後また別の生徒が「ベガとアルタイル」とさっきよりも控えめに叫んだ。
「はい正解!八十五点!つまり、我々はお願いは織姫と彦星、ベガとアルタイルの二つ分お願い出来るわけです!」
と北上が言うと周りはざわつきとクスクス笑いが起きた。
「さて!第二問!ベガとアルタイルまでの距離はそれぞれどれくらいでしょうか?」
流石にこれを答えられる人はいなかった。数十秒ザワついた後北上は答えを待たずに続けた。
「正解はそれぞれ二十五光年と十六光年です。つまり!ナンジャモンジャ博士のセッカチピンシャンの定理により、光より速くは動けないので願いは二十五年ないし十六年後に届くというわけなのです!」
さぁ!と北上は両手を広げて叫ぶ。
「皆さんはこれから何を体験し、何を学ぶのか?それは誰にも分かりません。なのでそんな未来の事なんて分からないと言うちっぽけな野郎どもはほっといて今から何を学んでどう成長していくのか楽しみでたまらないわが校の生徒だけ!未来に願い事を書く権利があるのです!」
北上の最早演説となってきた話に賛同する人も多く拍手をしたり、口笛を鳴らして場を盛り上げる人もいた。
帝翔はいたたまれなくなってその場を離れた。北上の最もらしい演説に乗せられて、個人個人の考えを放棄する。まさにこれが世間だ。
ふと見ると若葉が群衆の後ろのベンチで佇んでいるのを見つけた。
一瞬どうするか考えたが、意を決して若葉に話しかけた。
「よう。隣、いいか?」
「帝翔君……いいよ」
そう言って座っている位置をずらし、帝翔の座れる場所を作ってやる。
「…………………………」
「………………何か話に来たんじゃないの?」
「あ、えっと……その……若葉は願いは書かないのか?」
「……書かない。どうせ私一人が願ったってこの世界は何も変わらないから」
「……なるほど。じゃあ俺も何も書かない。俺の願いも俺一人じゃ絶対に叶わないからな」
「………………そう」
「でも」
帝翔は立ち上がりながら続ける。
「君と俺なら、二人分の願いならきっと織姫と彦星に届くんだ!」
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帝翔は若葉を連れて特別コーナーに向かう。そこには若葉の完成させた絵がひっそりと置いてあった。
辛うじて見えるくらいの星空の下の笹の木の下で、二人の男女が願いを吊るしている絵。
「この絵に短冊をかけよう?」
「……絵の通りにはならないわよ?」
二人はキャンバスに描かれた笹の木の下で一人二組の奇妙な短冊を吊るす。
その頭上には眩いばかりの星空が瞬いていた。
いかがだったでしょか?
七夕をモチーフとかいいながらあんまり七夕をいかせてなのが心残りでしたね。
一昨日思いついて昨日から書き出したこの話。何とか書ききれて良かったです。
さて、帝翔と若葉が吊るした願いは一体なんだったんでしょうか?それは織姫と彦星だけが知るのです。