「さてと……休憩にするか」
「分かりました。お茶を入れてきます」
今日の秘書艦は不知火。ようやく仕事にも慣れてきて、1人でこなせるようになってきた。
「今日は疲れたから濃いめの頼むわー」
「了解です」
事務的に答えてるように見えるが、俺の事を真にしたってくれている不知火の事だ。恐らく尻尾があったら扇風機のように振り回しているだろう。相変わらずの忠犬っぷりだ。
もう梅雨入りし、窓を叩く雨音も連日のものとなり最近はまともな訓練すら怪しくなってきている。元気いっぱいな駆逐達も暇を持て余しているだろうなぁ……。
そう思っていたら誰かが扉を控えめにトントンとノックする音が聞こえた。
俺が声をかける前に今度は勢いよくドアが空いてそのまま何かが俺のみぞおちに突っ込んできた!
「ごふぅ!?」
「てーとくさん!夕立暇っぽい!」
「夕立!提督、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫……だ」
俺のみぞおちに突っ込んできたのは白露型駆逐艦の夕立。長く綺麗な金髪をなびかせいつも天真爛漫な元気な犬2号。
俺を気遣ってくれているのは夕立の姉で恐らくノックの主の時雨。黒い三つ編みは丁寧に手入れされている。恐らくこの鎮守府でみんなの事を1番好きな犬3号。
そんな事をしていたら不知火がノックの音と共に部屋に入ってきた。
「司令。お茶を入れてきました。……時雨、夕立、何をしているのかしら?」
「てーとくさんと遊んでいるっぽい!」
俺に体を預けたままみぞおちで頭をグリグリと擦り付けてくる夕立を見て怒り心頭の声を上げる不知火と全く気づかずポイポイしてる夕立。対照的に見えるけどこの2人はたまに一緒にいて遊んでいるのを見かける。案外仲はいいのかもしれない。
俺は不知火にアイコンタクトを送ると不知火もキチンと受け取ってくれた。
「夕立、来なさい。遊んであげるわ」
「いいの?わーい!不知火と遊ぶっぽい!」
「間宮さんを奢ってあげます」
といいながら俺から夕立を引き剥がしてくれる。
パタンと扉がしまり、再び静寂が部屋を包み込む。
「時雨」
「なに?提督」
「不知火がせっかくお茶を入れてくれたし、一緒に飲まないか?」
「うん。勿論いいよ」
そそくさとお茶を注いで俺に渡してくる。
ありがとうとお礼を言って俺が受け取ってから時雨も自分の分をいれ出す。
「雨だなぁ……」
「梅雨だから雨は仕方ないよ。提督は雨は嫌い?」
「いや、嫌いと言う程じゃないな。月並みだけど雨には雨の風情があると思うよ」
「うん。僕も雨は好きだよ」
といいながら2人でお茶をすする。特にこれ以上は何を話さなかったが、それ以上に雄弁に雨音が話してくれた。
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「てーとくさん!ただいまっぽい!」
静寂を破ったのはやっぱり夕立だった。後ろから息を切らしながら不知火も入ってくる。
「夕立!少し……はぁ、はぁ……待ちなさい……」
あの不知火をバテさせるとは夕立は何をしてきたんだろう?
よく見ると夕立と不知火がしっとりと濡れている。まさか……
「夕立。お前まさかこの雨の中で遊んでいたのか?」
「違うっぽい!間宮さんからこっち来るのは中庭通った方が早いからそっち通っただけっぽい」
「で不知火もそれを追いかけたと」
「……申し訳ありません司令。夕立と止められませんでした」
「いいよ、ふたりとも風呂はいっておいで、不知火は風邪ひくぞ」
「あれ?夕立は?」
「お前はバカだから風邪ひかないから大丈夫だ」
「酷いっぽい!」
といいながら2人で風呂に向かう。
すると二人と入れ違いに今度は青葉がニヤニヤしながら入ってきた。
「どもー!青葉です!見ましたよー駆逐艦2人をお風呂に誘う司令官!ネタになりますねー♪」
青葉のトレードマークとなっている高そうなカメラを構えながらジリジリと近づいてくる。
「青葉、誤解を招くようなことを言うな!……で今回は何をご所望で?」
「いやー、最近二人で出かけていないのですんでねー、今度一緒に街に買い物でもと思いましてね」
「買い物?なんか欲しいものがあるなら俺に言えば取り寄せるぞ?」
「あちゃー!司令官は乙女心が分かってないですねー。二人っきりで、女の子が、お買い物に誘っているんですよ?」
一単語ずつ区切って言ってくる。少し考えてみると案外簡単な答えだ。
「なるほど、お前も素直じゃないなぁ」
「いやー、流石に青葉もNTR趣味とかはないので?一応お伺いを立てようかなと思いましてー」
「NTR言うな!」
「提督?えぬてぃーあーるって何だい?」
「…………………………」
「あれれぇ?司令官、どうしちゃったんですか?ほらほらぁ愛しの時雨さんが聞いているんですよ?知ってるんでしょう?ささ!ずいっと答えてください!」
とマイクまで向けてきながら煽ってきやがる。
「……川内!」
「何?」
「ぬぉわぁ!川内さん!?」
どこからともなく現れたのは川内型の長女軽巡川内。夜戦大好きで動きもどことなく似てるから皆からは忍者と言われる。
「川内喜べ、青葉が今から夜戦してくれるってさ」
「ななななななななななななな何をおっしゃって下さっているんですか司令官!?」
青葉が全力で否定するの時すでに遅し。川内の夜戦スイッチが入る。
「夜戦!?いいの?」
「ああ、存分に青葉と楽しんでこい」
青葉は逃げ出そうと部屋から飛び出るが川内も追いかける。これはもう逃げられないだろう。
「ふぅ……悪は去った」
「……提督」
と時雨が遠慮がちに話しかけてくる。
「ああ、時雨。どうした?」
「提督は若葉さんとケッコンしているんだよね?」
「ああ」
「……提督は若葉さんの事が好きなんだよね?」
「当たり前だろ?どうかしたのか?」
「……それなのに提督は他の人とベタベタしすぎじゃないかな?若葉さんに怒られないの?」
ああ、といいながらあの時の事を思い出しながら説明する。
「そう言えば時雨は知らないのか、俺が若葉に告白した時に若葉が私が1番なら良いって言ったんだよ」
「へー、そんな事を言ってたんだ」
「ああ、あの時の俺は酷かったからな、殆ど若葉と叢雲、あとは少数の事務員くらいしか話さなかったし、若葉がいなかったら俺はまだあの時のままだっただろうな」
俺が昔の事を思い出していると時雨はまた俺に話しかけて来た。
「提督は本当に若葉さんのことが好きなんだね」
「ああ……心の底から愛している」
「な、なんか急にそう言われると僕の方が照れちゃいそうだよ……あ!じゃあさ、提督」
「ん?どうした?」
「若葉さんの一番好きな所ってどこ?」
時雨からすればたんなる雑談の一環だったであろうこの一言。でも俺には思いの外響いた。
…………………若葉の1番好きな所……?
あれ?そう言えば……俺は若葉のどこが好きなんだろう……あれ?……
「……提督?どうしたの?」
と、時雨に言われてハッとする。
「あ……い、いや、なんでもないよ。若葉の好きな所か?そりゃ勿論全部だよ」
と言うと時雨は納得したようにウンウンと頷く。
「そっかー、若葉さん。愛されているね」
「ああ、勿論だ」
と、言いながらも俺の頭のなかはさっきの事が渦巻いていた。
「よし、そろそろ今日の仕事も終わにして、引き上げるか」
「うん。あ、ところで、提督」
「ん?どうした?まだ何かあるのか?」
「うん。結局えぬてぃーあーるって何なの?」
「…………時雨、世の中には知らなくていいこともあるんだよ」
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俺はまだあの事を考えながらフラフラと鎮守府内をブラついていた。
若葉を愛している。それは勿論だ。全部が好きだ。それもそうだ。でも具体的にどこがどう好きかと聞かれたら答えられる自信が無い……俺が若葉を思う気持ちはそんな程度だったのか?
そう思いながら前もろくに見ずに歩いていたら廊下の角で大井にぶつかってしまった。
「きゃあ!」
「うぉっと!」
大井が転びそうになるが、何とか腕を掴むことが出来た。
「すまない。大丈夫か?大井」
「ええ、こちらこそすみません。少し考え事をしていまして……」
そう言いながら別れようとするがふと思いつく。
もう行こうとしている大井の腕をまた掴んで引き止める。
「大井!今時間大丈夫か?」
「え、ええ……特には」
大井は俺の勢いに押されながらも返事を返す。
「ちょっと相談したいんだ。いいか?」
「ええ、それは構いませんよ」
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所変わっていつもの海岸……とは行かなかった。残念ながら雨が降っていたからこの前明石に作ってもらったプレハブの喫煙室に向かった。鎮守府の端っこの方だし、喫煙者自体があまり多くないからここなら誰にも邪魔されずに相談ができる。
とりあえず落ち着くために煙草に火をつけながら大井にも勧める。
「吸うか?」
「いえ、私は大丈夫なのですけど北上さんはあんまり好きじゃないので」
今ここにいない北上の事まで気にする……本当に今日北上の事が好きなんだな。
「そう、その事なんだよ」
「はい?」
「お前は北上の事が好きだよな?」
「ええ、そうですね」
「北上のどこが好きなんだ?具体的に」
「全部です。具体的に北上さんの全てが大好きです」
いきなり結論をズバッと言われて少したじろぐ。
「相談したかったことって若葉さんの事ですか?」
「……ああ、さっき時雨と話した時に具体的にどこが好きなんだって聞かれて即答出来なくてな。……ちょっと自分に自信が無くなってきたんだ」
「自信?」
「ああ。……本当に俺は若葉の事を愛しているのかって。ただ、初めからいたから俺は若葉を選んだんじゃないかって思ってな……」
そう言って大井の方を見ると、大井は呆れたような顔をして携帯をいじっている。
「お、おい、こっちは真面目に相談しているんだぞ!」
「真面目だから呆れているんですよ……はぁーこんな事で私呼ばれたのか……」
「こんな事って……」
「提督、もう一度時雨さんと同じ質問をします。あなたは若葉さんの事が好きですか?」
「……ああ」
「どこが好きなんですか?具体的に」
「…………全部だ。若葉の全てが愛おしい」
「その言葉に嘘偽りはありませんね?」
「ああ」
「じゃあそれが答えなんですよ」
「え?」
大井は出来の悪い弟を諭すように慈愛の表情で続ける。
「いいですか?恋愛というものは、誰かを好きになるってことは理屈じゃないんですよ。私は大井だから北上さんが好きじゃなくて私が、あの北上だから好きなんですよ。そこに理由なんてありません。それと同じですよ。あなたは若葉さんが好き。若葉さんもあなたが好き。そこに理屈も理由もありません」
そうか……そう……なんだな。俺は若葉が好きで、若葉も俺が好き。それでいいんだな。それだけで十分なんだ。
そう俺が大井の言った言葉を繰り返していると喫煙室のドアがガチャっと開いて入ってきたのは若葉だった。
「若葉!」
「大井からここに来いって連絡が来たんだ」
さっきの携帯はこのためか……。
いつの間にか大井はいなくなってる。
「……若葉」
「どうした?」
俺は若葉を抱きしめながら言った。
「愛している。お前の全てが大好きだ」
いきなりそう言われた若葉が驚いていたが、直ぐに俺の背中に腕を回してきて
「私もあなたを愛しています。あなたの全てが愛おしい」
と返してくれた。
俺達の間にはそれだけでいい。
俺達の愛の囁きは雨音に紛れて溶けていった。