艦娘にハグしてみる   作:大葉景華

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磯風の場合

提督の仕事は艦娘への指示を除けば大体が書類関係だ。

世の中の殆どの人がそうであるように俺も書類仕事は好きではない。となるとついついサボってしまうのが世の常である。

そうはならないように秘書艦があるのだが、艦娘にとってもあまりやりたくはない仕事だから、人によって対応は様々だ。

率先して手伝ってくれる人。これは時雨や大和、雷、意外にも山城なんかもそうだ。

なんだかんだ文句を言いながら手伝ってくれる人。叢雲や若葉、龍驤などの最古参組は昔から俺の自堕落を知っているから手伝わないと仕事が終わらない事を分かっている。

サボる人。北上。あとは青葉も結構書類仕事は嫌がる。

なんだかんだで北上以外は手伝ってくれるのだが……。

 

「司令官!まだ仕事は終わらないのか!」

「もうすぐ終わるって……」

「1時間前もそう言ったよな!?それに、書類があまり減っていないぞ」

「相変わらずきついねぇ……磯風」

 

陽炎型の駆逐艦、磯風。おおよそ駆逐艦とは思えない体型と眼差し、そしてこの通りのきつい物言い。しかし、彼女は俺だけにきついのではない。古参の戦艦にも間違っていると思ったらどんどん言うし、新参の駆逐艦の中には厳しすぎると萎縮する人も出ている。

それでも彼女が周りとやっていけているのは彼女が他人に厳しくする以上に自分に厳しく生きているからだ。

早朝に起きてランニングをして演習をした後も自主練を欠かさない。夜は誰よりも遅くに資料室にこもり勉強をしている。そんなストイックな姿を皆は知っているから、磯風の厳しい物言いも少しは見逃されているのだ。

そんな磯風が今日の秘書艦で秘書艦補佐は曙だ。磯風のきつい物言いに曙はオロオロしている。

 

「磯風、曙が怯えてる。少し言い方を考えろ」

「む、そうか。曙、すまなかったな」

「い、いえ……私は大丈夫……です」

 

もうひとつ、磯風はこうやって間違えたと思ったら素直に謝ったり、他人のアドバイスをキチンと受け入れる人だ。反面、自分が正しいと思った方に突っ走る事が多い。

なんやかんやあって午前の業務が終わり、昼飯を3人で食べる事になった。

 

「そういえば磯風は非番の日は何してるの?」

 

俺が卵焼き(瑞鳳作)を口に放り込みながら聞く。

 

「非番はそもそもあまりとらない。司令が入れてくれた休みもすることが無くいつも通りに朝練、昼練、夜は勉強をしている」

 

つまり休み無しって事じゃないか……。どうにかしないと。

 

「なぁ、磯風」

「どうした?司令」

「磯風は趣味とかってあるのか?」

「訓練だな」

「特技は?」

「砲撃よりかは雷撃の方が得意だ」

「…………そうか」

 

処置なし……か。そう思って俺が半ば諦めた時。

 

「あ、あの……磯風、さん」

 

曙がしどろもどろつっかえながら話しだす。

 

「ん?どうした、曙」

 

磯風の眼光は厳しい。本人曰く、悪気はなく、自分でもどうにかしたいとは言っていたが、如何せん直っていない。曙は一層萎縮しながらも意を決して言った。

 

「磯風さんは……その、少し働きすぎな所があります。このままではいつか倒れてしまわないか心配です。」

 

磯風はそれを聞き、ふっと笑いながら答えた。

 

「心配ありがとう曙。だが大丈夫だ。自分の管理くらいは出来ているつもりだ」

 

と答える。そういう所が周りと壁を作る原因じゃないのか?

 

「そ、そうですか……」

 

曙からも意を決して言った言葉も届いてないように感じている様だ。

 

「磯風、今度の俺の非番の日に付き合ってくれないか?」

 

と俺が言うと曙が驚いて

 

「て、提督!?付き合ってってどういう事!あんたには若葉さんが……」

「あ、いや、そういう事じゃない」

「磯風の休日を司令に……か。いいぞ」

 

と磯風も快諾

 

「ま、まぁ……磯風さんがいいって言うならいいけど。あんたの次の休みとかだいぶ遠くない?この間休んだばかりじゃない」

「そこはあれだ。職権乱用だ」

「ダメじゃない!クソ提督!」

 

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待ちに待った(無理やりとった)休みの日。

朝から俺と磯風、そしてなんだかんだでついてきた曙と一緒に散歩をしている。

最初は磯風が走り出そうとしたのだが、俺が一緒に散歩をしようと言うとちゃんと歩いてくれる。

 

「司令、なんで朝から散歩しているのだ?」

「んー、磯風の性格をどうにかしようと思ったんだけど……いい案が浮かばないから。とりあえず一緒に俺のいつも通りの生活を過ごしてみようと思ってな。所で曙。なんでお前まで着いてきてくれているんだ?」

「…………別に何ででもいいでしょ……」

 

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「朝飯作るけど何がいい?」

「あたしトーストと目玉焼き。両面しっかり焼くけど焦がしたら承知しない」

「曙……ズバズバ言うな。磯風は?」

「自分の分は自分で作る」

「うーん……俺が皆の分を作りたいんだよ。流石に鳳翔や間宮ほど美味くはないけどな」

「そうか……なら司令と同じものを頼む」

「はいよっ」

「……その手があったか(ボソッ」

「曙?なんか言ったか?」

「なんでも無いわよ!クソ提督!」

 

結局俺と磯風はトーストとハムエッグ、そしてコーヒー。曙はご要望通りにトーストと目玉焼き、牛乳だった。

磯風はコーヒーを熱そうにすする。

 

「知ってるか?曙、牛乳飲んでもあんまり胸は育たないんだぞ?」

「セクハラ!」

 

同じ駆逐艦とは思えない。

磯風はコーヒーをすすりながらにっこりと笑う。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「ご馳走。意外と美味しかったわ」

「お粗末様。意外は余計だ」

「うん。美味しかったぞ。司令」

「ありがと。さてと……何しよっかな?」

「ホントにノープランだったのね」

「いつもは部屋で煙草吸いながら本を読んで気が向いたら昼寝して暇な人らと遊んでってのをしてたからな」

「よく夕立や時雨と遊んでいるものね……」

「…………」

「どうした?磯風」

「あ、いや……こんなに長い時間訓練をしていないのは初めてだから……変な気分だ」

「こりゃ重症だな」

「そうなのか……浦風達からともう少し休めと言われてはいるんだが……ちゃんと休憩時間は作っているのだ」

「そういう休みじゃなくて……心の休息ってやつ?」

「心の……休息……」

「曙がこの前言っていた働きすぎ、いつか倒れるってのは体じゃなくて心の方がを心配していたんだよ」

「そう……なのか?曙」

「はい。磯風さんはいつも皆より頑張っていますけど……どこか危なげなんです。」

「そうか……」

「ま、今色々言われたってすぐには分かんないよ。のんびり分かっていけばいいさ」

「そうだな」

 

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そうして俺達三人は街に出て、思うように過ごした。

初めてゲームセンターに入って興奮する磯風。姉妹艦のためにお土産を悩む曙。金をむしり取られる俺。

そうこうしてるうちに夕方になった。

 

「いやー、遊んだ遊んだ!潮たちのお土産も買ったし満足だわ」

「俺の金でな」

「いいじゃない。どうせ煙草買うか皆に甘味を奢るくらいしか使い道がないじゃない。あたし、あんたの煙草の匂い嫌いなのよ。禁煙しなさいよ」

「死んでもやだね」

「司令、やっぱり私の分は私が払うぞ?」

「磯風はそんな心配しなくていいんだよ。今日は磯風が主役だからな」

「あら?浮気?」

「ちげーよ」

「なら、なにか恩返しがしたい」

「恩返し?」

「ああ、私に出来ることなら何でもする。言ってくれ」

「うーん……じゃあ、明日の朝飯を作ってくれないか?」

「り、料理か……?」

「ああ。自分で作るのもいいけど誰かに作ってもらった料理はまた格別に美味いんだよ」

「あ……ああ。任せて……くれ……」

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

朝、いつもは若葉の入れてくれるコーヒーの匂いで起きるのだが、今日は違った。何かの焦げる匂いと、浦風、浜風の声。そして、磯風の悲鳴で目が覚めた。

何事かと駆けつけて見れば、そこにあったのはいつものキリッとした姿は全く無く、焦げた料理を前に慌てふためく磯風とそれをフォローするために奔走する2人の姿だった。

 

「し、司令……」

「磯風、どうしたんだ?」

「実は……料理は出来ないんだ……」

「そうだったのか……とりあえず火を止めて、焦げてるから」

 

そうして、浦風、浜風、俺の手伝いでなんとか料理は完成した。

しかし、ご飯は水の分量を間違えてビショビショ。豆腐の味噌汁は煮立ちすぎ、秋刀魚は焦げてしまい。コーヒーは激苦。

磯風はシュンとして。

 

「こんなものは食べさせられない……すまない司令、これは私と浦風と浜風で処分する……」

 

と言うと浦風と浜風がギョッとする。

 

「いや、食べるよ。せっかく磯風が作ってくれたんだろ?」

 

と俺が言うと磯風は少し微笑んだ。

 

「し、司令。どうだ?」

「うん……まぁ、上手くはないね」

「そうか……」

「でも美味いよ」

「え?」

「磯風は1番大切な事を分かってる」

「大切な事?」

「食べるくれる人の事を思って作る。だ」

「食べる人の事を思う……。そうだな、ずっと司令に美味しいって言って欲しくて作った」

「美味いよ。磯風」

 

そういうと磯風が俺に飛びついてきてボロボロと泣きながら司令、司令と泣きじゃくった。

磯風が泣き止んで顔を真っ赤にしながら離れるまでにコーヒーは冷めてしまった様だ。

 

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それから磯風は週に2.3回俺の元に来て料理を教わるようになった。俺より鳳翔の方がいいんじゃないか?と聞いても司令がいいと言って聞かない。

コーヒーだけはどうにか上手くなってきた。


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