憑依してから次の日、小学校が始まった。どこでも行けばいいんだよと思ったが朝の時間は母さんが起こしてくれるし、登校している同じ小学生を辿って行くと目的に着くことが出来た。
問題は学年と教室だが、これは運よく学校で静香ちゃんを見つけることが出来て、彼女が入っていく教室が分かったのでなんとかなった。さすがの俺ものび太と静香ちゃんは同じ教室なのは知っていたからな。
次の問題は席。これは登校時間が遅かったからか皆それぞれの席に座っており、空いてる席が少なくなっていたがそれでもやっぱり分からない。
俺は恥を忍んで近くの男の子に声を掛けた。
「ごめん、僕の席どこだっけ?」
「えっ、のび太くんの席はそこじゃないか。昨日席替えしたばかりだろう。大丈夫かい?」
「ああ、そうだったね。ありがと」
俺は静かに席に座る。というかさっきの男の子は学校一の秀才である出木杉くんだった。もう名前からすごいよなこいつ。少し時間が経つと先生がやってくる。どうやら今日は一時間目から数学のテストだったそうで皆は必死に教科書とにらめっこしていた。
一時間目のテストが始まる中、俺は簡単な四則演算を解きながら、これからのことを考えていた。
あれから色々考えたがこれからの方針は見えて来ない。とりあえず、今日はドラえもんが未来に一日行っているそうなので押し入れにしまってあるスペアポケットをいじってみようと思っている。この世界での唯一の楽しみだからな。
そんなことを考えていると先生が俺の回答を覗いてくる。その後、彼の顔は驚きで染まった。
「のっ、のののびくん。これは!?」
「どうしました、先生?」
俺は当たり前でしょ、というような顔で先生に声を掛ける。いやー、やってみたかった。バカなのび太が突然頭がよくなるみたいなこと。そういえばのび太は作中でもテストで100点を取ったことがあったが、この先生はカンニングとか疑われなかったんだよなぁー、最初。まぁ結局、ドラえもんの道具だった訳だが……。それでもしっかりと生徒を信頼しているこの先生はいい先生だと伺える。
先生はテスト終了後、気分よくこの教室から去っていった。
放課後になると、生徒の皆はそれぞれの目的ののために下校を始める。俺も席から立ち上がり家に帰ろうとすると大きな男が俺に声を掛けてくる。ジャイアンだ。
「おい、のび太!これから俺のリサイタルをやるんだ、特別にお前も招待してやるよ!」
「……」
突然の事態に俺の思考が停止する。
ジャイアンの歌といえばあの周りの木々をも吹き飛ばす強力な物理攻撃だ。好奇心で実際に聞いてみたい気もするがせっかくの命だ。大事にしたい。俺はやんわりとことわろうとする。
「えっと、ごめん。今日は……」
「あはは。そうだろ、そうだろ。四時から開演だ。待ってるからな」
何故か行くことになってしまった。俺は暫くそこから動くことが出来なかった。
「もう少ししたらあの迷曲を聞くことになるのか……」
俺はあの後、家に戻って自分の部屋の押し入れからスペアポケットを持ってお馴染みの空き地へと向かっていた。行く気などなかったのだが明日無駄に絡まれるのも面倒だったので仕方なく着たのだ。スペアポケットを持ってきたのは……耐えるためさ。
「あれ、のび太さん?」
「……静香ちゃん」
俺の目の前に現れたのはのび太のヒロインでお馴染み静香ちゃんだ。憑依してから始めて話すので少し緊張してしまう。しかし今ののび太である俺が何気なくどこでもドアを開けば入浴中の静香ちゃんのところに繋がるのだろうか。思考回路から頭の中まで変わったから無理か。後で検証してみよう。
「のび太くんも剛田くんのお誘いに……」
「まぁね」
「……お互いに頑張りましょう」
「……うん」
静香ちゃんはこれから起こる悲劇のことを想像したのか暗い表情をしている。きっと俺も同じ表情をしていることだろう。
……帰りたい。
二人で空き地に向かうこと五分、やがて目的地に辿り着く。
しかし、そこにジャイアンの姿はなく小物臭が漂う男……スネ夫と後何人かのクラスメイトの姿があった。
何かあったのだろうか?
俺たちの姿を見るとスネ夫が慌ててこちらに駆け足でやってきて話し掛けてきた。
「大変だ、のび太。ジャイアンが!」
なにやら話しを聞き簡潔にまとめるとここでライブを開こうとしたジャイアンだったが、そこに中学生がここを使わせろとやってきて喧嘩になったという。最初はライブが中止になると喜んだスネ夫たちであったが頑固としてジャイアンツは退かず、そのまま中学生たちに連れていかれたらしい。
ジャイアンの自業自得やん。
俺はただそう思い自分には関係ないと帰ろうとするとここにいる全員の視線に気付き思わず足が止まる。
正確にはスネ夫と静香ちゃんだがドラえもんに頼んでなんとかしてくれ。そんな目をしているように見えた。
もしのび太だったらこの時どんな行動をするだろうか。ジャイアンはあんな性格をしているがいいやつだということは俺でも知ってる。なんだかんだ皆が彼を慕っているのだ。のび太もきっと同じ気持ちだろう。
……仕方ない。
これはのび太ではないとバレないために仕方なく動くのだ。そう仕方なく。
俺はポケットに入っているスペアポケットを確認する。秘密道具も試せるいい機会でもある。
俺はジャイアンが連れていかれた方向へ走り出した。
「くそ……」
「おいおい、まだ立ち上がるか。こりねぇな」
「アニキ、こいつしつこいですぜ」
「はっ、あと何発か殴れば倒れるだろう」
「デカイ図体しやがって!」
「がっ」
痛みが体全体に響き地面に膝が着く。目の前の中学生たちは笑いながら俺を殴り続けた。
必死に抵抗しようとするが数の有利は変わらず状況は変わらないまま時間だけが過ぎていく。
しかし退くことは出来ない。俺はガキ大将だ、一番強いのだ。
意識が朦朧とする中、長く続いていた拳の嵐が止んだ。ふと、顔を上げるとそこには見慣れた弱虫の背中があった。
「ひどくやられているな。立てるか?」
「大丈夫に決まってるだろ。のび太の癖に生意気なんだよ!」
「そうかい。ならさっさと終わらせるぞ!」
俺は膝に鞭を打ち立ち上がると、親友と共に拳を振るった。
「そらよ!」
迫りくる拳にカウンターを合わせる。相手は俺の拳を受けると後ろにぶっ飛んでいった。
無論、のび太にそんなことが出来る筋力など存在しない。これはドラえもんの秘密道具によるものだ。
スーパー手ぶくろ
これを付けることで今俺の筋力は前の倍以上になっている。
俺は止まることなく二人の中学生を戦闘不能にしていった。隣を見るとジャイアンも終わったようだ。
もう少し他の秘密道具も試してみたかったが、ただの中学生じゃこんなもんか。
俺は最後に中学生たち三人に忘れ草を使用して今回の出来事を忘れさせる。
ポケットの中を覗くと、案外どんな道具があるのか思い出すものだ。
さて、じゃあ家に帰って他の道具も試すとするか。
しかし、何かを忘れているような……。
俺は家がある方向に向いて進もうとすると後ろから俺の肩が大きな手に捕まれる。振り向くとそこにはにっこりとしたジャイアンが立っていた。
「ありとう、のび太。さすがは心の友だ。今日は特等席で聞かせてやるよ!」
ジャイアンは止まることなく、俺を空き地まで連行していく。
やはり、この世界は嫌いだ。
俺は心の底からそう思った。